limelight
厨房での出来事。
夕食の食事当番を任され、いつもの様に準備を手際よく進める定子。
横にはジョーゼットがかいがいしく付き添い、サポートをしている。
「どう、しました?」
エプロン姿のジョーゼットが突然定子の顔を覗き込んで言った。
「えっ、何がです?」
割烹着姿の定子は、突然の質問に戸惑った。
「顔色悪いですよ?」
「そんな事無いです。体温も正常、何処も怪我してないし」
ふっと笑うジョーゼット。
「扶桑の人って、そうやって強がる所は一緒なんですね」
「えっ、どう言う事ですか」
「秘密です」
「えーずるーい、教えてジョゼさん」
「だめです」
くすっと笑うジョーゼット。
黙々と作業をしていると、日常の些細な事や、嫌な事、そういった雑音が消えていく。
特に料理をしている時は、皆にしっかりとしたものを出さないと、と言う緊張感からか、味付けや量の加減と言った事に気を取られる。
だけど。
今日は何処かおかしい。肉じゃがを作り、味噌汁を作り……そのたびに、彼女の笑顔がちらつく。
彼女の、きりっと引き締まった顔。凛々しい顔。鋭い眼光。
お菓子を前にした、弾けるばかりの笑顔。
(ああもう、どうして!?)
だん、と作業台を叩き、ふう、と溜め息を付く。
そして、はっと気付く。今日は一人じゃなかった。
横を見ると、突然の仕草にびっくりしたジョーゼットが、おどおどしながら、心配そうに定子を見ている。
「大丈夫、ですか?」
「えっ……、いや、何でも。ちょっと、思い出しちゃって」
「そうですか。何か、とっても辛そう」
「そんな事、ないです……。本当に……」
言い淀む定子。
正直、辛い。
どうしてこんな気持ちになるのか、どうしたら治るのか分からない。
でも、だからと言って“彼女”にこのもやもやした気持ちを言ったところで、困るだけ。
誰も得をしない。良い事がない。でも……
「そうやって、自分の中にばかり溜め込むの、良くないです」
どきりとして声の主を見る。
いつになく真面目で、ちょっと怒った感じのジョーゼット。
「下原さん、いい人なのに、そんなに困らせる人が居るんですか」
「ち、違うのジョゼさん。これは、私だけの問題、で……その、だから」
ジョーゼットは定子の傍らに立つと、そっと、定子を抱きしめた。
魔法を使った直後みたいな、かあっとした熱は無い。
でも、ほんのりとした肌はとても気持ち良く、あたたかい。
「もう隊の人にはばれてますけど……秘密、ですよね。私達の」
「え、ええ」
「だから、今日は私から、しちゃいます。勇気を出して」
「えっ?」
「だって下原さん、見ていて悲しくなるから」
「ごめん、なさい」
厨房で抱き合う二人。
抱かれっぱなしの定子も、お玉を置き、そっとジョーゼットの腰に手を回す。
ジョーゼットは、定子の目を見て言った。
「言いたければ言えば良い、悲しければ泣けばいいと思うんです。扶桑の人は、何でも我慢するのが美徳みたいですけど」
「そ、そんな事……」
「もっと自分の気持ちに、正直になって下さい。そうでないと、私も、悲しい……」
ぎゅっと抱く力を強めるジョーゼット。
定子は、ジョーゼットの目を見た。
はっと、気付く。
ジョーゼットの目に、うっすらと涙が滲んでる事。
紛れもなく、定子を心配している事。
そしてそれ以上に、定子の事を思っている、と言う証拠。
(どうして、どうして気付かなかったの!? 私のバカ!)
定子は、自分を恥じた。そしてジョーゼットに向かい言った。
「ごめんなさい、ジョゼさん」
えっと言う顔をするジョーゼット。定子は、そっと頬をくっつけた。そしてジョーゼットに呟く。
「私、遠くに居る人を見てて……、もっと、凄く近くに居る人の事、見てなかった」
ジョーゼットの小さくも“精一杯の勇気”が、定子を気付かせ、気持ちをまっすぐに戻す。
「ジョゼさん、ありがとう」
「下原さん」
くすっと、定子は笑った。ジョーゼットもうっすら涙を浮かべ、ぐすっと微笑む。
「でも、ジョゼさんも、ストレートには言わないんですね」
「えっ?」
「だって……」
「そ、そんな事、言わせないで下さい、恥ずかしい……」
かあっと熱くなるジョーゼット。
「ねえ、ジョゼさん」
「はい?」
「もうひとつ、秘密、作りませんか?」
「それって……」
言いかけたジョーゼットの唇に、そっと自分の唇を重ねる。
目が点になり、そして、間も無く、瞳が潤む。
「私達だけの、秘密」
「下原さん……」
「定子、で良いですよ」
「定子さん」
「私、自分の癖に振り回されていた感じで……本質を見てなかった。固有魔法でも、見たままの事しか」
「……」
「でも、今ははっきりと見えました。いえ、感じました。そして見ています。ジョゼさん……」
もう一度、軽く触れ合う唇。
「私、ジョゼさんと、その、……だめですか?」
ジョーゼットは今更な事を聞かれ、涙ながらに苦笑した。
「扶桑の人って、やっぱり何かおかしいです。順番とか」
「えっ?」
「これからも宜しく、定子さん」
今度はジョーゼットの方から、キスを求められた。二人はしっかりと抱き合い、お互いの気持ちを確かめた。
夕食後。
扶桑食を存分に食べてご満悦の直枝は、食堂に残り、一人お茶を飲んでいた。
ずずず、と番茶をすする。
そこに、割烹着を着たままの定子がやってきた。
「おう、下原、どうした?」
「今日も可愛いですね、管野さん」
「はあ? いきなり何だ……っておい、ちょっと!」
突然に抱きしめられ、湯飲みを落としそうになる。慌ててテーブルに置く。
ぎゅーっと抱きしめられ、もがく直枝。頬をすりすりされる。
「はーっ、すっきりした」
定子は満足した様子で、直枝を解放した。
「な、何だ、いきなり!?」
「ゴメンなさい、癖で」
「あのなあ、誤解されるだろう」
「管野さん、誤解は解いてくれたんですよね?」
先日の事を言われたと気付いた直枝は、途端に顔色を変え、真面目な顔でひとつ頷いた。
「なら、良いんです。生憎、私、そういう所は変えられないみたいで」
「変えろよ! てかその癖直せって! そんな癖持ってて大丈夫か?」
「でも、もう私、問題無いですから。大丈夫です」
いまいち会話が噛み合わない二人。
厨房では、二人のやり取りを見ていたジョーゼットが、くすくす笑っている。
「だけど、どうしても、もう一度だけ抱きしめたかったんです。ありがとう、管野さん」
「はあ?」
定子は軽い足取りで厨房に戻った。そしてジョーゼットと一言二言交わし……
次の瞬間、直枝は信じがたい光景を見た。
定子とジョーゼットが、キスをした。一瞬だったが、まるで軽い挨拶の様にしたのを、確かに見た。
お茶を吹きかけ、ごほごほとむせる。
「な、何なんだ。今度は一体……」
「どうかしたの? ナオ」
いつの間に立っていたのか、書類を小脇に抱えたサーシャが直枝の横に立っていた。
とりあえず、見間違いではないかと思った直枝は一言
「い、いや。下原の抱き癖に付き合わされた」
とだけ言った。
「そう、大変ね。彼女も困った癖を持ってるから……」
「まあ、とにかく。お茶飲むか?」
「これから残務が有るから今はいいわ。終わったら、呼ぶから部屋に……」
「わ、分かった」
それだけ言い残して、サーシャは廊下へと出て行った。
「502(ここ)もいつの間にか、賑やかになって来た……のかな」
直枝はお茶を全部飲み干すと、湯飲みを置き、席を立った。
end