ヘルマのバルクホルン人形
「レンナルツ曹長、扶桑から小包が届いてます」
「あっ、ありがとうございますっ!」
郵便物を届けてくれた通信兵の手からひったくるようにして荷物を受け取ると、
急いで部屋の奥に。
私のあまりの慌てように通信兵は驚いたようですが、
今はそんなの構ってる場合ではないのです。
ふっふっふっ。
ついに、ついに手に入れたであります。
「世界のエースウィッチシリーズ vol.2
ゲルトルート・バルクホルン大尉」
精密さとかわいらしさの両方を極限まで追求したという全長50cmほどの
ぬいぐるみは箱の中でなんとも優しくほほえんでいます。
あぁ、本物の大尉と同じぐらい、魅力的ですてきでかっこいい……。
ぬいぐるみになってもその魅力を少しも失わない大尉はさすがであります。
そして、大尉の素晴らしさをとてもよく理解している角州書店と、
それを見事にぬいぐるみに仕上げた扶桑の職人、ぐっじょぶ。
これはもはや美術品の域に達しているであります。
家宝にして、代々大尉の素晴らしさを伝えていく所存であります。
ああっ、見とれている場合ではありません。大尉を箱から出して差し上げねば。
しかし、私のようなものが――ぬいぐるみとはいえ――軽々しく大尉に触れて良いものでしょうか。
朝早くからちゃんとお風呂に入って、身体をすみずみまで丁寧に洗って準備していたとはいうものの、
なかなか心の準備ができません。
心なしか箱を持っている手が小さく震えております。
はっ、いけません。誇り高きカールスラント軍人たるもの、
どんな時にも冷静沈着、平常心を持って任務を遂行しなければなりません。
こんなときはまず深呼吸。すーはーすーはー。
それでもダメなら少し体操。いちにっ、いちにっ。
……ふぅ、少し落ち着きました。では、いよいよ。
この包装は外からよく見えるだけではなくて、開けやすいようになっているのですね。
こういう細やかな心配りがさすがであります。
包装をとき、そっと大尉に手を触れると……。なんですか、この肌触りは。
普段、私たちが軍服で使っているのよりもずっと上等な生地を使っていることは間違いありません。
さすがに魔法繊維を織り込んだ特殊素材は簡単に手に入るような代物ではないので
使われてはいませんが、その分、肌触りのいい、ぱりっとした布を使っているようです。
しかも、大尉の美しい茶色の髪はさらさら。
上着からのぞく、白いブラウスはやわらか。
そして、おそれ多くもうっかり触ってしまった大尉の手はほんのりとあたたかい。
恥をしのんで、あの諏訪天姫とかいう扶桑軍人にお願いした甲斐がありました。
はぁ……大尉すてきでかわいいであります。頭なでなでしたいであります。
ぎゅーっと抱きしめたいであります。ふかふかもふもふしたいであります。
……憧れの上官に対してそんな劣情を抱くのは、カールスラント軍人以前に
人間として間違っているのは承知しておりますが、もう我慢できません。
人形ですし、自分の部屋なら誰も見ていないですし、ちょっとぐらいなら大丈夫でありますよね。
毎日訓練も頑張っているであります。さみしいときも泣かないであります。
苦手なにんじんも、たまにしか残さないであります。
だから……今日ぐらいは、ちょっとぐらい許されるでありますよね――。
「あっ……」
思わず、ため息が漏れてしまいました。気持ちいい……。
人形を抱きしめているのは私なのでありますが、なぜか私のほうが大尉に
抱きしめられているかのような、あたたかく包み込まれる感じがします。
「大尉ぃ……」
もしも私が大尉の妹になって、大尉に抱きしめられられたらこんなふうなのでしょうか。
あたたかくて、安心できて、心が落ち着いて――。
『ヘルマ、いつもよく頑張っているな。姉として鼻が高いぞ』
「あぁ……大尉。ありがたきお言葉」
『どうした、ヘルマ。私たちは姉妹なのだから、そんな堅苦しい言葉はいらないぞ。
“お姉ちゃん”と呼べばいい』
「はい、お姉さま……。ヘルマは、幸せ者であります……」
『ふっ……ヘルマはかわいいな』
「お姉さまぁ……」
幸せすぎて、なんだか胸のドキドキが止まらないであります。
ぎゅっと抱きしめる手に力を込めると、大尉の顔が目の前に。
もうすこしで、唇が、触れそうで……。
「レンナルツ曹長。午後の実験のことですこし……」
「うひゃああぁぁぁ!!!」
やや抑揚のない声でドアを開けて入ってきたのは、
難しそうな書類を抱えた、ウルスラ・ハルトマン中尉。
私がテストしているジェットストライカーの開発主任であります。
「……ごめん。呼んでも返事がなかったし、鍵あいてたから」
ヘルマ・レンナルツ、一生の不覚であります!
まさか大尉の人形が届いたことに舞い上がって、そんな初歩的なミスを犯してしまうとは!
ほんの小さなミスが戦場では死に直結すると、カールスラント空戦教範の冒頭にも書いてあるというのに!
「あの……ウルスラ中尉……みっ、見たで、あります、か……」
「見た」
まるで実験結果を告げるかのように淡々としたウルスラ中尉の口調が
余計に現実味があってこたえるであります。
「あっ、あのっ! これはっ!」
「別に、変なことじゃない。憧れの人の写真や本を持っているのは普通のこと」
そうはおっしゃられても、やっぱりこれは……。
「もしヘルマが変態でも、任務さえきちんとこなしてくれれば私は気にしない」
やっぱり変態だって思ってるでありますか!
「うぅ……。私は、カールスラント軍人失格であります……」
「軍にはもっと変態な人がたくさんいるから大丈夫」
ベッドに座り込んでしょぼんとしている私のことはあまり気にしていない様子で、
かたわらの大尉人形を手に取ります。
「それにしても……よく出来てる」
ウルスラ中尉は手にとった人形をくるくる回しながら、いろんな角度から眺めていました。
あっ、逆さまにすると、大尉のお腹がみえちゃうであります……。
「ヘルマ曹長」
「はっ、はいぃっ!」
「これの……エーリカ・ハルトマンのは?」
「えっ、エーリカ・ハルトマン中尉でありますか……?」
ハルトマン中尉はだらしないイメージがかなり強烈ではありますが、
撃墜数カールスラント第一位のウルトラエースウィッチでありますから……。
「たしか、vol.1がハルトマン中尉であります」
「そう……」
ウルスラ中尉の声が心なしか嬉しそうな響きに変わったように思いました。
「もし、お買いもとめになられるのでありましたら、
私が、扶桑陸軍の諏訪天姫にお願いしておきますが……?」
私の言葉に、ウルスラ中尉がびくっと身をすくめたように見えました。
「……父様……母様に……」
先ほどとはうってかわって、中尉の声が消え入りそうなぐらい小さく、
ぼそぼそといったものに変わりました。いつもはちゃんとお話になる方なのですが。
「父様と母様に送りたいから……別に、私が欲しいわけじゃ……ない……」
「……そうですか?それなら、送り先は中尉のご実家でお願いしておきますか?」
ウルスラ中尉はぶんぶんと首を横に振り、
「私から送るからいい。ここに、3体送ってもらって」
「3体も……ですか?」
「お願い」
「了解しました。では、必ず注文しておきます」
「できるだけ、急がせて」
「はい」
「今ので不都合なら、最新のジェットストライカー貸し出してもいい」
「いや、中尉、それはちょっと……」
さすがにめちゃくちゃであります。そんなに急いでおられるんでしょうか?
後日。所用でウルスラ中尉のお部屋にお邪魔したというウィッチから聞いたのでありますが、
なんでも、ウルスラ中尉のお部屋には件のハルトマン中尉人形が2体あり、
しかもそのうちの一体は我々と同じ緑の軍服を着ていたそうです。
なぜでしょう?
fin.