alternative
「いやー、今日も元気に墜落だね」
「バカ言ってないで、早く自分のストライカーを何とかしなさい!」
急ぎ足のロスマンに、道すがら炎上する物体を指差し叱られる“伯爵”。
「はいはい」
適当に答えながら適当に消火器のノズルを炎上するストライカーに向ける。クルピンスキーは口笛を吹いた。
「あー、ボクのストライカーが……。こりゃ全損……でもないかな?」
「どう見ても全損だろ」
いつの間にか後ろに立っていたラルが一言呟く。余りに堂々とした見物っぷりにクルピンスキーは笑った。
「そいつはどうも」
「今日辛うじて無事だったのは結局管野だけか。ニパはどうした?」
「着地に失敗して、滑走路脇に激突して……」
ジョーゼットがおろおろする。
「よし、まずはそっちが先決だ。救護班の準備を。行くぞ」
ストライカーも服もぼろぼろになったニパは、地面で呻いていた。
「クソっ、こんな時に何で急に……痛っ!」
左腕が言う事を利かない。いや、右足も。どちらも途中の激しい痛覚だけで、先の感覚が無い。
「折れたか? 千切れてなきゃ良いけど……」
僅かに残った魔法力を発動させる。身体の方々が、じわりと熱くなる。
「痛ててっ……結構きついな」
そこに、ハーフトラックに乗った一同がやって来た。
「大丈夫か、ニパ!」
ラルの一声に、弱々しい声で応えるニパ。
「何とか」
「すぐにメディカルチェックを!」
焦るサーシャ。
「ストライカーは整備班に回せ……ってこりゃダメだな。ストレッチャーでニパを医務室へ」
ラルの指示が飛ぶ。
「ちょっと待った。このまま動かしたらニパ君の怪我が余計酷くなるよ。ここは医学にも通じたこのボクに……いたたっ」
ぴしゃぴしゃと腕と頭を叩かれるクルピンスキー。
「エセ伯爵、なんで貴方ここに居るのよ!? 自分のストライカーの始末は?」
「いやーもうあれは処置無しかと思って、処置アリの方に来……いててっ、先生、体罰は良くないな」
「ど、どうしましょう」
おろおろするサーシャ。
「あの、私の治癒魔法で」
「そうだな。ジョゼ、やってくれ」
「はい」
ニパの傍らに座ると、両手をかざし、ほんわかとした光を放つ。
ニパの自己治癒能力と相まって、酷い怪我もみるみるうちに治っていく。
「はあ、助かった……何とかなりそうだ」
ニパはそう言うと、目を閉じた。
ジョゼは必死に、応急手当目的の包帯を巻きながら、治癒魔法を全力でニパに掛けていく。
「よし、大丈夫そうだな。ニパを医務室へ。そこで改めてメディカルチェックだ。必要ならもう暫くジョゼ、頼む」
「了解です」
ニパは直ちにハーフトラックに載せられ、基地の医務室へと運ばれた。
医務室へ戻った後もジョーゼットの治癒魔法は続けられた。
やれやれ、と隊員達は一仕事終え、更なる厄介事の“片付け”へと向かったが、サーシャは一人残り、ジョーゼットとニパを見ていた。
(ニパさんにあんなベタベタ触って……)
自分の思考とは別に、何処か穏やかでないもう一人の自分が居る事に、内心気付くサーシャ。自分がどんな顔をしていたか、ジョーゼットがサーシャを見る目の色で、窺い知った。
「あの……サーシャ大尉……」
「何か?」
「いえ、何でもないです……」
怯えにも近い表情のまま、ニパを治療するジョーゼット。
かと言ってどう言い訳して良いかも分からず、ただ、ニパとジョーゼットを“見る”サーシャ。
たまにジョーゼットが振り返り、びくり、と身体を震わせ、ニパに視線を戻す。
もどかしい。ジョーゼットもサーシャも。
ただ一人、張本人ながら“蚊帳の外”のニパは、幸か不幸か、気を失っていた。
そんな中、ふと舞い込んできた“エセ伯爵”。やあ、と場違いな挨拶して軽やかに近付くと、ジョーゼットの耳元で囁いた。
「ねえジョゼ、おかしいと思わないかい?」
「サーシャ大尉ですか? おかしいと言うか、目つきが怖いです……」
「その理由、教えてあげるよ」
ジョーゼットの耳元で声を小さくして囁くクルピンスキー。
「あの熊さん、キミのことが好きなんじゃないかな? それで嫉妬してるんだよ」
「ふ、ふえええっ!?」
ジョーゼットは驚く余り、横に置いてあった傷薬の瓶を倒してしまう。
「ちょっと中尉、今何か余計な事を言いましたね!?」
「おっと、熊さんに噛まれたら大変だ。じゃあ、頑張ってね」
「ああ、そんな中途半端な……」
クルピンスキーは言うだけ言って去ってしまった。
残されたサーシャ、ジョーゼット。そして意識のないニパ。転がって中身があらかた出てしまった薬瓶。
薬瓶を拾い、僅かに残った溶液を確かめ、蓋をするサーシャ。
「貴方も、中尉の虚言にいちいち惑わされたりしないで。皆ウソだし、言う事に中身なんて無いんだから」
サーシャはそう言うと、薬瓶を軽く振って見せた。
「そ、そうでしょうか?」
ジョーゼットはおろおろしながらも、自分の意見を続けた。
「あの、さっきの、中尉の言葉……なんですけど」
「ええ」
数秒の沈黙。ジョーゼットはごくりと唾を飲み込んだ後、問うた。
「も、もしかして、(私のことが)気になるんですか?」
サーシャは突然の問いに動揺した。思わず薬瓶を落としそうになる。
ジョーゼットの瞳はいつになく真剣だった。
目を閉じたまま、静かに横になるニパ。
サーシャは天井を見、ぽつりと呟いた。
「いつからだったかしらね────気付いたら、(ニパのことを)目で追うようになってたの」
「それってつまり、……(私を)好き、ってことですか?」
「そうね────ええ、(ニパが)好き、なのかも。」
「えええ!? 私、困ります!」
「え!? え!? どう言う事? ジョゼさん?」
二人しておろおろする。
そんなやり取りを、僅かに開くドア越しから見ていた直枝。頬に貼った絆創膏から僅かに血が滲む。
「サーシャ大尉……」
何故か分からないが溜め息が出る。苛つく程の勢いで。
左に人の気配がした。振り向くと、そこには定子が立っていた。定子は直枝に問い掛けた。
「どうしたんですか管野さん」
「下原か、何でもない」
「ニパさんが、気になるんですか」
「違う」
とだけ言って、もう一度、ドアの隙間の向こうのサーシャを見た。
「何でだよ」
ぽつりと言った。少し悔しそうな、でも負けたくない様な、微妙な表情。
直枝のそんないじらしさを見て、定子は思わずぎゅっと抱きしめたくなった。
が、直枝の居る廊下の向こう側からロスマンの視線を感じ、定子は動きを止めた。
「と、とりあえず行きましょう管野さん。もうじきご飯ですから」
騒ぎも収まり、誤解を解き、ほっと胸をなで下ろす二人。
(やっぱり……)
と、二人の思いは共通していた。
でも、その安堵の次にやって来たのは、不思議な感情。
ジョーゼットは、どこか少し寂しいような、大切な何かを無くした、そんな気持ちになる。
一方のサーシャは、気持ちをジョゼに話したことで感情に整理をつけた筈なのに、何処か居心地の悪い、もやもやしたものが胸の中で渦巻くのを感じる。もしかして私、ジョゼさんのこと……
ふと、目と目が合った。
「「あの」」
声が重なった。ジョーゼットは何故か悲しくて、うつむく。
サーシャは、そんなジョーゼットの顔を見たくて、彼女の顔を覗き込む。
「サーシャ大尉?」
言われた本人は……そっと、ジョーゼットを抱きしめていた。
治癒魔法を全力で使っていただけあって、ジョーゼットの熱気がサーシャを包む。
「あの、私……」
「もしかしたら、誤解じゃなかったのかも」
サーシャの告白に、ジョーゼットはどきりとした。
「それって……」
優しく抱かれながら、心配そうにサーシャを見るジョーゼット。
「大丈夫よ。これは私と貴方だけの秘密」
「ど、どれがですか? 何をです?」
「それは……」
「やあ二人共、食事の……おっと、こっちは食事中だったかい?」
間が良いのか悪いのか、ドアをノックもせずに現れたのはクルピンスキー。
「ふえっ!?」
「あ、ずるいなー熊さん、ジョゼ暖房独り占めぐはっ……」
本気の「グーのパンチ」を受けて思わず仰け反るクルピンスキー。
そのままずかずかと去っていくサーシャを後ろ目に見る。
「あちゃー、熊さん、虫の居所が悪かったかな」
「あの……」
ジョーゼットに声を掛けられ、クルピンスキーは無理矢理笑顔を作った。
「はっは。こう言うのは良くないよね」
「中尉、鼻から血が」
「えっ!?」
サーシャは何故全力で殴ってしまったのか、分からなかった。照れ隠し? それともジョーゼットをかばう為? それとも……。
胸の中で、心配そうに自分を見つめるジョーゼット。彼女の顔を思い出す。
服にまだ温かさが染み付いている。
(この気持ち、もしかして本当に……。どうすれば……)
サーシャは深く深呼吸をする。気持ちはまだくるくると独楽の様に回っていたが、とりあえず真っ直ぐには歩けそうだ。
足早に、食堂へ向かった。
end