old fashioned love song


 スオムスの冷たい風が頬を撫でる。
 オラーシャの刺さる様なブリザードとは違った“寒さ”を肌で感じ、戻って来た、と言う安堵となる。
「いよ、お帰りニパ」
 ハンガーで同僚の一人が出迎える。
「今日は着陸時に墜落とかしなかったのか、ニパ?」
 別の同僚がからかう。
「誰がするか。今日は502からの連絡で来ただけ。あれ、ウインド大尉は?」
「司令所に居るよ」
「ありがとな」
 ニパはストライカーを格納装置にドッキングさせるとするりと脱ぎ、靴を履き、鞄を肩に掛け、司令所を目指した。

「お帰り、ニパ」
 いつもと変わらない、控えめな笑顔。ハンナの顔を見て、ニパは安らぎにも似た安堵感を得た。
「ただいま、ウインド大尉……あれ?」
「どうかした?」
「そのセーター、まだ着てるの?」
「ニパから貰ったものだからね。大切にしてるよ」
 お揃いのセーターの袖を持って、おどけて見せるハンナ。
「そ、そりゃどうも……」
「それに、このセーターで居ると、ニパと間違えられた時に都合が良い」
 ハンナはくすっと笑った。
「ちょっ、それどう言う意味だよ!」
 すねるニパに、ハンナは問い掛けた。
「そう言えば502(向こう)はどう? きちんとやってる? 色々と噂は聞くけど……」
「変人と変態が居るけど……。まあまあ、かな」
 前半はストレートに、後半は言葉を選んで感想を言うニパ。
「そっか」
 聞いて笑ったハンナは、ニパの顔をじっと見て聞いた。
「今日はこのまま502へ蜻蛉返り? それとも基地に一泊?」
「流石に一泊位はさせてくれよ。ヘトヘトだよ」
「じゃあ……」
 ハンナは少し言い淀んだ後、平静を装って言った。
「久々に、一緒にサウナでもどう? 仕事たて込んでて、入ってないの私だけなんだ」
「サウナ? そっか。いいね。行こう」
 連絡用の書類をハンナに渡した後、二人揃ってサウナに向かった。

 じりじりと石が焼ける。水がぱしゃっと掛けられ、熱気が更に上がる。
「やっぱり良いね、スオムスのサウナ」
「オラーシャのとは違う?」
「微妙に違う気がする。まあ、一緒に入る奴が違うからだと思うから」
 ニパの言葉を聞いて、ハンナは微笑んだ。
「私となら、良いって?」
「いや、まあ……」
 照れにも似た困り顔をするニパを見るハンナ。
 ニパの姿を目に焼き付け、ごくり、と唾を飲み込む。そして慌てる様に、いけないいけない、と頭を振る。
「どうかした?」
 ニパがハンナを見て言う。
「ニパ、胸また大きくなった? 一層見分けがつきやすくなるね」
「またそう言う……イッルみたいな事言わないでくれ」
「イッルか……懐かしいな。みんなでわいわいやってた頃を思い出すよ。彼女は今、元気かな」
「手紙の一つも寄越しやしない。でも、元気なんだろうな。あのオラーシャの娘と宜しくやってるんじゃないか?」
「そっか……」
 少し考え込むハンナ。
「ウインド大尉、どうした? さっきから考え事?」
 ニパが顔を覗き込む。ハンナはすっと、僅かに距離を取った。
「ウインド大尉?」
「あの、さ……」
 ハンナは白樺の枝を手にしたまま、言葉を続けた。
「例えばの、例えばの話だよ?」
「うん。何?」
「『私達の友情は嘘だった』って言ったら、どうする?」
「え? いきなり何の事?」
 事情が飲み込めないニパ。ハンナは言葉を続けた。
「大切な話だから。もし私達の関係が、壊れるとしたら……」
 言葉を止め、一呼吸するハンナ。彼女の言葉の“真意”を図りかね、困惑するニパ。
「ウインド大尉、意味が分からない……」
 ハンナは続けた。
「みんなと色々やって来たけど、今日で、私達が終わりだとしたら?」
「どう言う事? ……はっ! もしかしてウインド大尉、何処かに行くの? でもスカウト断ったんじゃ……何処の統合航空戦闘団に?」
「もう、バカ」
 苦笑し、ぴしゃっと白樺の枝でニパの頭を小突く。そして、耳元に近付き、囁いた。
「愛してる」
 突然の告白に、ニパは仰天して後ずさった。
「な、な、いきなり……えええ!?」
「冗談でも嘘でもない。今までの、上官と部下、この関係のままは、もう嫌」
 ニパの手を取って、言った。
「愛してる。ずっと側に居て欲しいの。ニパ、貴方を私の『恋人』と言わせて」
「ちょ……冗談、でしょ?」
 ハンナの目を見る。真剣な瞳の色を見て、もう一度見る事は出来なかった。
 伏し目がちのニパの手を取ったまま、ハンナは歌う様に、言葉を続けた。
「友情は普通だけど、ニパに対してはそれだけじゃなかった。気付いたら、いつの間にか愛情に……」
「ウインド大尉……」
「けど、いつまで経っても『好き』って言えなくて。たった一言なのにね。でも、もう限界。ニパ……」
「な、何か古臭い告白、じゃない?」
 ハンナの言葉を遮り精一杯の抵抗をするニパ。でも、ハンナの目は真剣で、返って来た言葉も同じく真っ直ぐだった。
「好き嫌いに古いも新しいも無いよ。ニパ、愛してる」
「ちょ、ウインド大尉……。外出よう、あ、熱い……」
 変な汗が噴き出てきた。サウナだけでなくハンナの熱気にやられ、フラフラとサウナから出るニパ。
 そのまま数歩歩いた後、雪の中にぼさっと突っ込み、気を失った。

 ハンナの声が聞こえる。
「ニパ。大丈夫、ニパ?」
「ウインド大尉……」
 頭が接地する感覚が心地良い。ふと気付くと、服をぞんざいに着せられたまま、ハンナの膝枕の格好で寝転がっていた。
「動かなくて良い。大丈夫、さっきのは誰にも見られてない。今の私達も」
「う、うん」
 ニパは、さっきのサウナでの告白が冗談かどうか、ハンナの目を見た。
「愛してる」
 ニパを眺める優しい笑みと共に発せられた言葉が、ニパの心を射貫く。
「私の言葉、嘘でも冗談でもないから。ねえニパ、側に居て? 恋人と呼ばせて」
「どうして、私を?」
「それは、ニパが一番知ってると思うな」
「……」
 ハンナの愛おしい顔を直視出来ず、ニパは呟いた。
「側に居たいのは、私だって同じだよ」
 そう言うと、ニパはハンナの太腿に顔を埋めた。
 静かな時が流れる。
 しばしの沈黙。二人の規則的な呼吸が、肌を通して伝わる。
 不意にニパは言った。
「502はそれなりに良いとこだけど、やっぱり、何か寂しいよ」
「それは私が居ないから?」
 黙ってこくりと頷くニパ。
「イッルでもなくて?」
 もう一度、頷くニパ。
「でも、ニパは明日にも502に戻らないといけない。何て悲しい運命なんだろうね、私達」
「ウインド大尉……」
「ねえ、ニパ」
 ニパの髪の毛を優しく撫でながら、ハンナは言った。
「私を『ハンナ』って呼んでみてくれる?」
「ハンナ」
「もう一度」
「ハンナ」
「何か、嬉しいな」
「良いのかな……こんな事」
「上官の私が良いと言ってるんだから」
「う、うん」
 素直に頷くニパ。
「ニパが居たから私達は戦って来れた。ニパが居たから、私は私でいられる」
「ハンナ」
 ハンナはニパの身体をそっと持ち上げ、抱きしめた。ニパの腕ごと抱きしめたので、ニパの手は自然とハンナの胸の上に。
 柔らかく、温かい。ハンナの鼓動、生きている証。
「502に戻る……いや、再び『行く』前に、もうひとつお願い、良いかな」
「うん?」
 上を向いたニパに、覆い被さり、そっと唇を重ねるハンナ。
 控えめで、優しいキス。触れ合い、確かめ、何度も繰り返す。
「これで、ニパは私の。決まりだね」
「決まりって……」
「異論は?」
「……無い」
「宜しい」
 ハンナはくすっと笑った。そして言葉を続けた。
「こんな事言って、ニパに嫌われたらどうしよう、逃げられたらどうしようって、ずっと思ってた。
でも言わずに後悔するより、言って後悔した方が良いかな、と思った」
「うん」
「ごめんね。ニパの気持ちも考えずに。でも、ずっと、いつどうやって、なんて言おうか考えてた」
「いや、良いんだ。ウイ……いや、ハンナがずっとそう想ってくれてたなら」
「え、まさか、ニパも私の事……」
「ハンナ程じゃないけど、何て言うか、一緒に居てほっとすると言うか……何だろう、この気持ち」
 ふっと笑うハンナ。飾らない素朴な笑顔、見ているだけでとても安心する。
 不意に視界が曇る。原因が自分の涙だと知ったニパ。ごしごしと目をこする前に、ハンナにつつっと、涙を指で拭われる。
「ニパ」
 ハンナの声を聞くたび、涙が溢れてくる。止まらない。
「あれ、どうして……」
「ごめん。ニパ泣かせちゃったね」
「ち、違うんだ、これは、でも……うえっ……ハンナぁ……」
 胸に顔を埋めるニパ、頭をそっと撫でるハンナ。
 暫く、抱き合ったまま時を過ごす。お互いの体温で、じっくりと温めあう。
「ねえ、ハンナ」
「何?」
「私、ハンナの気持ちに応えたいけど、どうすれば……」
 ニパの消え入りそうな声を聞いたハンナ。頭の中で何かにどーんと背を押された感覚に陥る。
「じゃあ、もうひとつ、お願いしちゃおうかな?」
「え、何? それは……」
 言葉は続かなかった。
 部屋の明かりが消え、ニパはあっという間に服を脱がされ、ハンナの“餌食”となった。

「ニパの502帰還が延期になった? どうして?」
 ラルはスオムスからの電信文を受け取り、唖然とした。そして椅子に座ると、頬杖をついた。
「まさか、向こうで着地に失敗して墜落したとか、そう言うオチか?」
 ラルのぼやきを聞き、電信文を受け取ったロスマンは、つらつらと内容読み、こほんと咳をして言った。
「体調不良で数日飛べないそうですが?」
「……まったく、あだ名の通り、本当についてないな。今日から暫く編成シフトを少々変更する必要が有る」
「ですね」
「まったく……」
 ラルは執務室の窓から、鈍色の空を見上げた。

 吹雪くスオムスの兵舎。ハンナの部屋で、一糸纏わぬ姿でベッドに眠るニパ。
 疲労か情欲の末か、規則正しく息をしながら、眠っていた。最後のハンナの“一撃”で、気を失ったとも言う。
 そんなニパをそっと抱きしめ、微笑むハンナ。
 せめてもう少しだけ。
 糸の切れた操り人形みたいに、くたっとハンナに身体を預けるニパの首筋に、きゅっと吸い口を付けた。
 これは、私だけの“獲物”。そのサイン。
「愛してる、ニパ」
 ハンナはそう言うと、自分によく似た髪をしたスオムス娘を抱き直し、口吻をする。ニパが起きるまで、何度も。

end


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