ハロウィンの想い出
「待て待て~! お菓子をくれないとイタズラしちゃうぞ~!」
「フフフ、お菓子をくれないリーネにはイタズラなんだな」
「や、やめてくださ~い!」
「随分と騒がしいな。何をやっているんだ? あいつら」
私とトゥルーデが食堂に入ると、黒い帽子とマントを身にまとった
ルッキーニとエイラがリーネを追いかけまわしていた。
2人のその格好を見て、私は今の状況を把握する。
「そっか、今日はハロウィンだったっけ」
お菓子をくれなかったらイタズラしてもいい日だなんて、イタズラ好きのあの2人にしてみたら
夢のような行事だね。
「あら、バルクホルン大尉にハルトマン中尉」
「ペリーヌ、どうしたんだ? 髪が乱れているぞ」
「どうもこうもありませんわ。ルッキーニさん達がいきなり『トリックオアトリート?』と
訊いてくるものですから、『何も持ってませんわ』と答えたらこんな目に……本当、年中騒がしい方々ですこと」
「悪戯にも限度というものがあるだろうに……本当にしょうがない奴らだ。
おい! 何をやっているんだ? お前たち」
「うじゃー、バルクホルン!」
トゥルーデは、リーネに『イタズラ』を実行しようとしていたルッキーニとエイラにつかつかと歩み寄る。
ありゃりゃ、2人ともお気の毒さま。
それにしても……
「ハロウィンか、懐かしいな」
私は、ルッキーニ達を叱るトゥルーデの背中を見ながらふと呟く。
「あら? ハルトマン中尉は前にもハロウィンをやったことがあるんですの?」
「うん、随分前にね。JG52にいた頃だから、もう6年前になるのかな?
丁度その頃ハロウィンについて詳しく書かれてた本が手元にあったから、それを読んで私も、
仮装して隊のみんなからお菓子を貰おうって考えたんだ。それでね……」
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「これでよし、と」
部屋の鏡に映るいつもとは少し違う自分の姿。
黒い帽子とマント、それにお手製のステッキ。
うん、我ながら完璧な仮装だね。
さてと、まずは誰からお菓子を貰いに行こうかな。
う~ん……そうだ! ロスマン先生のとこに行こっと。
「せ~んせい!」
部屋を出てすぐにロスマン先生を発見した私は、先生の背中にハグをする。
本当に先生の背中は暖かいな。
「きゃっ! もう、ハルトマンったらいきなり驚かせないでよ。それに、その可愛らしい格好は何?」
「えへへ、ハロウィンだよ先生。とりっくおあとりーと!」
私はお手製ステッキをくるくると回しながら、イタズラっぽく笑ってみせる。
「ふふっ、飴玉くらいしか持ってないけどこれでいいかしら?」
先生はそう言うとポケットから飴玉を取り出して、それを私にくれた。
「わ~い! ありがとう、先生。じゃ、私もう行くね」
「ええ。みんなに迷惑かけちゃ駄目よ?」
「は~い!」
さてと、次は誰のところに行こっかな。
おや? あそこにいるのはハンナだね。
「お~い、ハンナ」
「ハルトマンか。その格好は何だ?」
「ハロウィンだよ。とりっくおあとりーと!」
私がステッキをくるくると回すと、それを見たハンナはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
う、何だか嫌な予感……
「生憎今は何も持ってないな。だがお前にイタズラはしたい」
そう言ってハンナは、私に一歩ずつ詰め寄ってくる。
えっと、ハロウィンって「貰う側」がイタズラされる行事なんだっけ?
なんてこと考えてる場合じゃない、これは逃げたほうが良さそうだね。
「ごめん! 私、大事な用事を思い出しちゃった。じゃ、またね!」
「あ、待て!」
「ふぅ、なんとかまいたかな」
私は辺りを見回して、ハンナの姿がないことを確認する。
「それにしても、びっくりしたなぁもう」
「やぁ、フラウ。何がびっくりしたって?」
「あ、伯爵」
気がつくと私の前にはヴァルトルート・クルピンスキー少尉、通称伯爵の姿があった。
伯爵は私の格好を見るや否や、こう訊いてきた。
「その格好はハロウィンの仮装かな? 可愛いワンちゃん」
「うん、そうだよ。伯爵は何かお菓子持ってる? とりっくおあとりーと!」
私が三度ステッキを回すと、伯爵はさっきのハンナと同様ニヤニヤしながらこっちのを見てくる。
うぅ、またしても嫌な予感……
「悪いね。何も持ってないんだ。さ、ボクに好きにイタズラしていいよ」
そう言って伯爵は軍服のボタンを一つ一つ外し始める。
ちょ、ちょっと待って! なんでこの人は脱ごうとしてるの!?
「ど、どうしてそうなるの~」
「あっ! 待って、フラウ!」
「結局、今のところの収穫は先生から貰ったこの飴玉だけか……」
伯爵からなんとか逃れた私は、飴玉を見ながらぽつりと呟く。
ハロウィンでお菓子を貰うのって結構大変だね。
次は誰のところに行こうかな。
「あれ? ここは……」
しばらくの間、誰のところに行こうか考えながら歩いていたら、
私はいつの間にかトゥルーデの部屋の前に来ていた。
そうだ、トゥルーデなら何かお菓子くれるかも。
そう考えた私はトゥルーデの部屋の扉をそっと開け、彼女の部屋に侵入する。
トゥルーデは、机と向き合って何かを書いていた。
よっぽど集中してるのか、まだ私の存在には気づいてないみたい。
よ~し、それならそっと近付いてトゥルーデを驚かせちゃおうっと。
私は一歩、また一歩とトゥルーデに近づいていき、彼女の背中を思いっきりハグする。
「とりっくおあとりーと!」
「わわっ! は、離れろハルトマン!」
「はーい」
私がトゥルーデから離れると、彼女は椅子から立ち上がり驚いたような表情を浮かべこう訊いてくる。
「貴様、いつからそこに……?」
「結構前からいたけど。トゥルーデこそ、私に気付かないほど集中してたみたいだけど、何書いてたの?」
「そ、その……妹への手紙を」
なるほど、それで私の存在にも気付かなかったわけか。
本当、トゥルーデったら妹のクリスちゃんのことになると周りが見えなくなるんだから。
「ところでお前、私に何の用だ? それにその格好は……」
「えへへ、今日はハロウィンだから何かお菓子ちょうだい!」
「悪いが、今は忙しいんだ。他をあたってくれ」
「あ、待ってよ!」
私は、椅子に座ろうとしたトゥルーデの腕を引っ張って引きとめる。
「そんなこと言わずにさ、今日ぐらいいいでしょ? ね……お、お姉ちゃん」
「なっ!?」
うわっ、私ったら何言ってんだろ……
しばらくの間、私とトゥルーデの間に沈黙が流れる。
うぅ、何だかすごく恥ずかしい。
「ハルトマン」
沈黙を破ったトゥルーデが、私の肩を掴んできた。
あれ? 心なしかトゥルーデも顔真っ赤だ。
「その、だな……少し待ってろ」
「え?」
――数十分後、厨房
「さ、焼けたぞ」
「わぁ、美味しそう!」
トゥルーデがオーブンから取り出したケーキがテーブルの上に乗せられる。
う~ん、とっても良い匂い。
「いっただきまーす!」
私はトゥルーデが作ってくれたケーキを一口、口の中に運ぶ。
「美味しい……このケーキ、すごく美味しいよ! トゥルーデ」
「ほ、本当か?」
「うん、甘みが広がって口の中がすごく幸せ。何でこんな美味しいケーキを作れるの?」
「昔、クリスに頼まれて作ったことがあったんだ……まだ世の中が平和だった頃に」
トゥルーデが、寂しそうな表情を浮かべながらそう言う。
きっと、昔家族と平和に暮らしてた時のことを思い出してるんだろう。
私も父様や母様、ウーシュとまた一緒に暮らせるようになりたいな。
「ね、トゥルーデ」
「何だ?」
「早く来るといいね。クリスちゃんにまたケーキを作ってあげられるような平和な日常が」
「ああ、そうだな」
寂しげな顔だったトゥルーデの表情が少し和らぐ。
うん、やっぱり君には笑顔が一番似合ってるよ。
「さて、世界をネウロイの異形どもから守るためには我々はもっと強くならければならない。
ハルトマン、訓練の時間だ」
「ええ!? まだ全部食べ終わってないよ~」
「『ええ!?』じゃない! ほら、行くぞ!」
「ちょ、ちょっと! 手、引っ張らないでよ~」
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「……ってことがあってね。あの時トゥルーデが作ってくれたケーキ、
本当に美味しかったなぁ」
「は、はぁ……そうなんですの」
「エーリカ、一体何の話をしてたんだ?」
「「うぅ、痛い……」」
ペリーヌへの話が終わると同時にトゥルーデが頭にタンコブを作ったエイラとルッキーニを従えてやってきた。
うわ、2人とも痛そう~。
「ハロウィンの想い出話をしてたところだよ。ねぇ、またあの時のケーキ作ってよ。お姉ちゃん」
「なっ!?」
私は6年前と同じようにトゥルーデにお菓子をねだる。
あはは、トゥルーデのリアクションまで6年前と同じだね。
「そ、そうだな……久しぶりに作ってみよう。リーネ、手伝ってくれるか?」
「はい! じゃあ芳佳ちゃんも呼んできますね」
「やたっ! ケーキだ! シャーリーに教えてこよっと」
「サーニャ、起きてるかな」
「私も坂本少佐達を呼んできますわ!」
「いってらっしゃーい」
私は、みんなを呼ぶために食堂を出て行った隊員達の背中を見送る。
「ねぇ、トゥルーデ」
2人きりになった食堂で私はトゥルーデに声をかける。
「何だ、エーリカ」
「あの時私が言った『平和な日常』にはまだほど遠いかもしれないけど、
平和な世の中が1日でも早く訪れるようにこれからも頑張ろ」
「ああ。これからもよろしく頼む」
私とトゥルーデはがっしりと腕を組み合う。
これからもよろしくね、トゥルーデ。
~Fin~