saunatonttu
「へー、珍しいじゃないカ、大尉達がサウナに入るなんて」
申し出を受けたエイラは心底びっくりした顔をした。
「おかしいか?」
「いや、いつもは扶桑の風呂に皆してわいわい入ってるからサ~」
「まあ、たまには異国文化を経験するのも……」
「ぶっちゃけ面白そうだからねー」
真面目そうな言い訳をするトゥルーデを遮り、にやけ顔のエーリカが言った。
「サウナはそんな面白いモンじゃないゾ。風呂よりも暑くて、入りすぎるとのぼせて死んじゃう事も有るンダゾ?」
「でもみんな気持ちよさそうに入ってるじゃん。エイラもサーにゃんも」
「それは、元々私達の国のものダシ、昔から慣れてるからナ」
「へえ、じゃあ教えてよ」
まずかけ湯で汚れを落とし、バスタオルで身体を包んだ四人は、サウナ部屋の前に立った。
トゥルーデとエーリカだけでは勝手が分からないのでエイラがお手本を見せると言う。
何故か三人に交じり、エイラにそっと寄り添うサーニャ。
エイラが先生ぶって説明する。
「入り方その一。サウナには妖精が住んでるんだゾ。だからこの妖精に悪い事をしちゃいけないンダ」
「妖精? 非科学的だな」
「ウィッチの私達が言う事じゃないよトゥルーデ」
「……まあ、それはそうかもな」
エイラが何か言う前に、あっさり問題解決してしまうカールスラントのコンビ。エーリカは続けてエイラに聞いた。
「で、決まり事とか有るの?」
「今からそれを言おうとしたんじゃないカ。サウナの妖精はトントと言って、一番最後にサウナを使うンダ。
だからサウナから出る時はきちんと綺麗にしておかないと駄目なんだゾ。そもそもサウナは神聖な場所で……」
「その妖精は見えるのか。どんな姿をしているんだ」
馬鹿真面目に質問したトゥルーデに、エイラは首を傾げた。
「私は小さい頃見た事有るけど、今は……。姿は、こう、水色の服を着て、帽子を被っテ……って説明するの面倒ダナ。
でもちゃんとスオムスから連れて来てるから安心してクレ」
「連れて来た? どうやって?」
「服のポケットに入れて」
「……タバコか何かかそれは」
「違ウ! サウナの妖精ダ!」
「まあ良いから入ろうよ」
待ちきれないエーリカはサーニャの肩をとんと押した。サーニャはごく自然にサウナの扉を開けた。
「こらーサーニャに触るナー!」
「まあいいじゃん。入ろうサーにゃん」
「え、うん……」
「おい二人共……」
「ちょ、ちょっと待てヨー」
のそのそと狭いサウナに入る四人。
スオムスのサウナは色々な特色がある。特定の地域でとれた特別な石を熱し、水を掛ける事で独特の蒸気の流れが発生し、
身体を芯から温めること。そしてサウナの部屋はただ「蒸し暑い」だけでなくきちんと換気を考えているので、
汗臭くなったり蒸れたりする事なく、蒸気の流れを楽しめること。
そして、ある程度汗をかいたら休憩して身体を洗いまたサウナで身体を温めること。
つらつらとサウナの蘊蓄を説明するエイラを前に、カールスラントのコンビは次第に口数が減っていった。
「あつー」
「なんの、これしき……」
エイラはお構いなしに、石に水をじゅわっと掛ける。熱風と化した蒸気が全員を包み込む。
「エイラ、いきなり暑くし過ぎちゃダメ。二人共初めてなんだから」
汗ばむサーニャがエイラをたしなめる。
「ちぇー、分かったヨ。じゃあ、もう一つの楽しみダナ」
エイラは葉っぱのついた白樺の枝を取り出した。
「これはヴィヒタって言って白樺の若枝を束ねたものダゾ。これで身体を軽く叩くと健康に良いんダ」
ふふんと笑うエイラ。
「何故だ、私には拷問に見えるが」
顔をしかめるトゥルーデ。
「ねえトゥルーデ、大丈夫?」
「問題無い」
エーリカの問い掛けに、ぼそっと呟くトゥルーデ。全身から汗が滝の様に落ちている。
「しかし、サーにゃんとエイラはよく平気だね。慣れてるから?」
エーリカの問いに、エイラとサーニャは揃って頷いた。
「私達はせいぜいシャワー程度だけどね。501来て初めて知ったよ。扶桑の風呂に、スオムスのサウナに……」
「扶桑の風呂はナー、少佐が妙に力入れるからナ」
「そうね。坂本少佐、凄いお風呂好き……」
「多分、次に別の基地に移ってモ、絶対に豪華な風呂作るゾあの人は」
エイラはそう言って苦笑した。美緒が無駄に張り切る様子を想像し、苦笑する一同。
「そうダ、サーニャ、今度ここでさ……」
サーニャの耳元で何か囁くエイラ。聞いたサーニャは大丈夫なの? と問いながらも笑顔を見せた。
「どうした二人共。何か有ったのか?」
「いやー、ちょっとね。思い付きダヨ」
「なるほど。しかし暑いな」
「サウナだから暑いに決まってるダロー?」
「ま、まあ……、そうだな」
「トゥルーデ、たまに面白い事言うよね。天然?」
「何でそうなる?」
カールスラントコンビのやり取りで、またサウナに笑顔が広がる。
そうこうしているうちに、数分が過ぎ……。
汗がぽたり、ぽたりと落ち、木の床に染み、うっすらと消えていく。
誰もが皆、等しく汗を流し、じんわりと熱気の中に身を置く。身体から流れる汗を実感しながら。
たまに、慣れた感じでエイラがサウナストーンに軽く水を掛ける。蒸発した水分が熱気となり四人を包む。
しばしの無言。
体内から水分がこれでもかと言う程に流れ出る。エイラとサーニャは慣れた様子ですましている。
一方のカールスラントコンビは、我慢比べをしているかの様に、じっと熱に耐え、水分を流している感じだ。
ちらりとエーリカの肌を見るトゥルーデ。
(流れる汗の量は同じ位か……)
変な所で分析してしまう。そして自分の身体を見る。だいぶ水分が失われている様だ。
気付くと、エーリカがトゥルーデを見て、ふふっと笑った。
汗まみれだが、その天真爛漫な笑顔を見て、何故か安堵する事に気付く。
はあ、とトゥルーデは息をついた。
「お、大尉もうギブアップか?」
「あのな、エイラ。サウナとは我慢比べの場なのか? リラックスする場じゃないのか」
「あー、まあ確かにスオムスとかサウナ自慢の国は、我慢大会やったりするけどナ」
「過激だね」
驚くエーリカ。
「踏ん張りすぎて倒れる人も居る位ダヨ。じゃあ今から何か賭けして……」
「エイラ。初めての人に我慢大会とか言っちゃダメ」
「ううっ……分かったよサーニャ」
サーニャに白樺の枝でぴしゃりと軽く肩を叩かれるエイラ。水気と汗が混じり、皮膚の触覚が刺激され、じんわりと赤くなる。
「ふむ。エイラとサーニャは、二人共、さすが肌の色が良いな。白くて美しい」
じっと観察していたトゥルーデは言った。
「な、何見てるんダ大尉」
「あの……」
「ちょっとトゥルーデ?」
恥じらうエイラとサーニャ、たしなめるエーリカ。
「いや、変な意味じゃないぞ? 何か誤解してないか?」
「大尉はナァ、たまにおかしくなるカラ」
「どう言う意味だそれは」
「まあ、とりあえず白樺の枝やってみようよトゥルーデ」
「え? ああ……」
「ほら二人モ」
「ちょっと貸して。トゥルーデ……」
エーリカはエイラから白樺の枝を借りると、ぴしゃぴしゃとトゥルーデの肩を叩いた後、こちょこちょと枝の先で脇をくすぐった。
「こ、こら……そう言う使い方じゃ……ははははは」
「トゥルーデ笑ってるー」
「くすぐられて笑わない奴がどこにいる」
「じゃあやってみてよ。力一杯は無しだからね」
「軽くだろ? そっとやるから……」
ぱしっ、ぱしっとはたかれるエーリカ。
「ちょっと痛いね」
「ああ、すまん。強過ぎたか」
「いやそんなもんダッテ。慣れると気持ち良いんダゾ」
エイラは呑気に言っている。
「しかし、この熱気は扶桑の風呂と全然違って、何と言うか……何て言えば良いんだ?」
「トゥルーデ、私に振らないでよ。……あれ、トゥルーデのぼせてる?」
「そんなんじゃ、ない」
言いながらも、くらっと来たトゥルーデは思わずエーリカの肌に手を置いた。
二人の皮膚の表面温度は高い。
「あつっ」
「熱い! トゥルーデ何するの」
「す、すまん。ちょっと……」
「バルクホルンさん、そろそろ出た方が良いかも……エイラ」
「分かっタ。そろそろ出るカ。妖精の為にも綺麗にして出るんダゾ?」
無言でふらふらと外に出るトゥルーデ、慌ててついて行くエーリカ。サーニャが出たのを確認した後、サウナの設備を点検確認し、
エイラはゆっくりサウナ部屋から出て、そっと扉を閉めた。
サウナのすぐ近くにある、川べりで涼む四人。
「サウナの後は水浴びに限るんダ」
「ああ、生き返った気持ちだ」
のぼせ気味だったトゥルーデはすっかり元気を取り戻し、くつろいでいる。
「ダロ? だからサウナは良いンダヨ」
「こうやって、スオムスやオラーシャの人々はくつろいでいると言う訳か。なるほどな」
「まあこう言うのは話で聞くより実際に体験した方が早いからナー」
「確かにな」
川の向こう側では、水に足をつけて何やら話し込むサーニャとエーリカの姿があった。
「なんか、ハルトマン中尉とサーニャって仲良いんだよナ」
頬杖をついて不満そうなエイラ。
「どうした、嫉妬かエイラ?」
「そんなんジャネーヨ……」
「まあ、隊の皆で仲良く出来るならそれで良いじゃないか、こう言う時位はな」
「大尉がそんな呑気な事言うなんて、明日はネウロイが降ってくるナ」
「な、何を言う!? 私だって気持ちの切り替えくらいはだな……」
「いつも訓練だの規律だの言ってるのに、似合わないゾ大尉」
ふふんと笑うエイラ。
「……あのな、エイラ」
ずいと近寄るトゥルーデ、思わず一歩退くエイラ。
「な、なんだヨ」
「いや。有り難う。礼を言う」
「へ?」
「良い経験になったよ」
トゥルーデの礼と感想を聞いたエイラは、ははっと笑った。
「いきなり真面目な顔するから何かと思えば……」
「礼節をわきまえてこそ軍人たるもの……」
「そうだ大尉。少し身体を冷やしたら、もう一度サウナに入るのも良いんダゾ? 何回かやると……」
「いや今回は遠慮しとく」
「ソッカ」
「それに、今はお前の言う妖精とやらが入っているんじゃないのか?」
「あ、あァ……」
何か言いかけたエイラ。その時二人に届いたのは、澄んだ歌声。
儚げで、でも抱きしめたくなる様な、かわいらしい不思議なメロディ。
「サーニャか?」
エーリカの横で、歌うオラーシャの可憐な少女。
「なる程な……」
トゥルーデは足元を流れる川の水に足をぴちょんと浸し、足先で涼しさを感じ、耳で可憐な歌声を感じる。
「彼女こそ、妖精みたいだな。いや、そのものか」
ぽつりと呟いた言葉にエイラが反応した。
「大尉らしくないゾ。いつから詩人になったンダ?」
「なっ……」
「ま……私モ」
エイラは照れ隠しに、腕を後ろ手に組んで、サーニャの歌声を聴いた。
「否定はしないゾ」
夕暮れ時、橙色に周囲が染まり、四人の姿を染めていく。
歌は暫く続き、のんびりとした時間が流れる。
耳を傾ける三人は自然と目を閉じ、聴覚に意識を集中させる。
「サーニャ……」
エイラがふと漏らした小さな声。愛する者への愛情か、慈しみか。サーニャはそんなエイラを見て微笑み、歌を続ける。
トゥルーデは片目を開け、ちらりとエーリカを見る。同じ仕草をしていた彼女は、手を振って、にかっと笑った。
何故か照れてしまい、視線を逸らす。でも手だけは微かに振っている。
二組の、交錯する気持ち。ゆったりと包み込む川の流れは穏やかで、絶える事は無かった。
end