jelly roll
「ねえ、知ってる?」
いつもの戦闘後。
回収班のトラックに揺られながら、クルピンスキーは疲れ切った表情のニパと直枝に声を掛けた。
「知らないし聞きたくもない」
口を揃えるニパと直枝に、クルピンスキーはにじり寄って嬉しそうに言った。
「明日はボクの誕生日なんだよ。お祝い楽しみにして……って何でボクの顔を見てくれないのかな」
「はいはいおめでとおめでと」
「祝いついでに、下原に納豆作って貰うか」
「あのねえ君達……、ボクがこの地に生まれ出たこの偉大にして神聖なる日を、一体何だと思ってるんだい?」
「非番の日」
「そう言えばそうだ。非番だな」
ニパと直枝は顔を見合わせて言った。
「いや、だからボクを楽しませてくれないかな」
「伯爵は言う事がいちいちエロく聞こえるから困るんだよ……あ、もうすぐ基地だ」
三人の会話はそこで終わった。
夕食の席でも、クルピンスキーは自分の誕生日の事を周囲に言って回った。
「はあ。中尉の誕生日ですか。おめでとうございます」
「そう、世界で一番おめでたいんだよ。だからジョゼ、ボクと一緒に……」
「ごめんなさい」
「ははは、えらく素早いストレートだなあ。じゃあ定子ちゃん、ボクに何かお祝いくれるかい?」
「この前作った納豆がそろそろ食べ頃なので、如何でしょう?」
「うっ……扶桑の腐敗した豆はちょっとね。ナオちゃんにプレゼントするよ」
珍しくたじろぐクルピンスキー。
「クルピンスキー中尉」
「はい、なんでしょう熊さん?」
「ちゃんと名前と階級を付けて呼びなさい」
「ああすいませんサーシャ大尉。で、何か?」
「明日は飛行訓練が有りますから、決して無断外出などしない様に」
「あっれぇ? 前に、外出願いの届け、出したよね?」
「却下されました」
「そんなあ。酷いな、みんなして」
クルピンスキーはすました顔で食事を取るロスマンとラルの方を見た。
二人のノーリアクションぶりに、流石の伯爵もやれやれと愚痴をこぼしながら部屋に戻った。
翌日。
司令所がにわかに慌ただしくなった。
「飛行訓練中のクルピンスキー中尉が、失踪?」
「いや、訓練エリアの先で、小型ネウロイと遭遇したらしい。迎撃に向かった現地部隊と合流した可能性も有る。現在情報収集中だ」
ラルにロスマン、サーシャが情報確認に追われる。
「オレ達は出なくて良いのか?」
突然、ひょいと顔を出した直枝。サーシャはほんの少しの微笑を送ったあと、真面目な顔を作って言った。
「ひとまず、別命あるまで待機をお願いします。ニパさんとジョゼさんにも伝えて下さい」
「了解した」
直枝は駆け出した。
「管野も、何だかんだで仲間の事は気になる様だな」
「良い傾向です」
ラルの言葉に、ロスマンは頷いた。
その日の夜遅く、現地部隊からのトラックに揺られ、クルピンスキーは502基地に戻ってきた。
微妙な千鳥足で、トラックから降りるなりクルピンスキーは機関銃の如く喋った。
「いや~聞いてよ。飛行訓練中に遠くでキラって何か光ったから、まさか『フー・ファイター』かな~なんて思ったら
ロスマン先生じゃなくて実は現地部隊が交戦しててさ。今日の搭乗割り思い出したらオリガちゃんとナターリアちゃんだったから、
慌てて掩護に行ってね。残りの魔力ギリギリで何とかした後、流石に502(こっち)まで帰って来るのアブナイつうか面倒だったから
向こうの基地に降りたつもりが何かとびっきりの大歓迎受けちゃって。いやーウオツカって原液で一気飲みしちゃいけなかったんだねぇー」
「……」
頭を抱えるサーシャ、もはや何も言えないロスマン。
「良いからまずはシャワーを浴びてこい。詳細な報告はその後だ」
ラルは呆れる様に、クルピンスキーに命令した。
「中尉、息が酒臭いですよ……どうするんですか」
サーシャの問いに、ラルは平然と答えた。
「ま、後で話を聞くさ」
執務室に通される。シャワーを浴びて頭の中もさっぱりしたのか、すました顔で入室する。
部屋にはラルとロスマンが居た。ラルの机の前に立つクルピンスキー。ラルは彼女の顔を見ながら、言葉を掛けた。
「現地部隊からの報告は既に聞いている。救援に感謝する、との事だ。それについては、よくやってくれた」
ラルが机の上で手を組み、話をする。クルピンスキーは何故かリラックスした感じで話を聞き、答えた。
「当然の事をしたまで、ですよ」
「但し。その後の、向こうの基地での乱痴気騒ぎについては……」
「それはこのわたくしめから説明を……」
「要らん」
「あ、はい」
ラルの重い一言で言葉を失う伯爵。
「何度言ったかもう忘れたが……、現地部隊との過度な接触は控える様に」
「いや、ダイレクトに接触したのはそんなに無いけど?」
「このエセ伯爵! また現地の子達にちょっかい出して!」
ロスマンがクルピンスキーの横に立ち、怒る。
「ちょっかいじゃないよ先生。これはちょっとした冒険……じゃなく部隊交流だと思って欲しいね。
部隊同士の交流ってとっても大事な事だと思うよ、502代表のボクとしては」
「勝手に502の代表を名乗らないで頂戴! 話がややこしくなるでしょう!」
「いやーでも久々にどんちゃん騒ぎ……いや、有意義なる時を過ごせたよ。お互いの情報交換も大切ですよね、隊長?」
「……」
「貴方の情報交換って、口説く為の情報ばっかりでしょ!」
「ヤケにボクの事詳しいね、先生」
「あのねえ……」
「向こうも何か凄い乗り気でさ。今日はボクの誕生日だって話したら何だかえらい盛り上がってくれてね、これがまた……」
「分かった、もう良い」
ラルは苦笑して制止した。
「余り皆を困らせるな。分かったな、クルピンスキー」
ラルの言葉を聞いて、クルピンスキーは妙にかしこまり、
「了解です」
とだけ答えた。
「さて、……お説教はここまでだ。まあ座れ。色々と遅くなったが、これはエディータと私からだ」
ラルは後ろの棚に置かれていた皿を取り、椅子に腰掛けたクルピンスキーの前に差し出した。
小ぶりの、小さなロールケーキがふたつ。
スポンジ生地に生クリーム代わりのジャムが巻かれただけの、シンプルなお菓子。もうひとつは簡素なバタークリームが詰まっている。
ラルは片方のロールケーキを指して話した。
「こっちは、部隊の皆で作ったものだ。うちは物資が乏しいのでこれがせいぜいだ、我慢しろ」
「作って貰えるだけ感謝感激。……こっちは、502の皆が?」
「まあ、皆、表立っては余り言わないだろうがな……ともかく誕生日祝いだ。おめでとう」
ラルはそう言って微笑んだ。
「これはまた、どうも有り難う」
クルピンスキーも笑顔を見せる。そっとフォークを入れ、もくもくと食べてみる。
「これは舌で味わうものじゃないね」
クルピンスキーは言った。首を傾げるラルとロスマンに、クルピンスキーはとびきりの笑顔で言った。
「心で味わい、感謝するもの。違うかな」
ロスマンは苦笑した。
「全く、どこでそんな大仰な言葉を……」
「でも、もうちょっとリキュール利いてても良いかな、なんて」
「その一言が余計よ」
ロスマンは呆れた。しかし、照れ隠しである事はラルもロスマンも周知の事だった。
お喋りしながらケーキを食べる伯爵、お茶を淹れてああだこうだ受け答えするロスマン。
ラルはひとり、窓の外から空を見た。月の輪郭がぼんやりしている。ラルはぽつりと呟いた。
「明日は……雪でも降るか?」
もし吹雪いたら訓練や搭乗割りはどうするか、と言った事も頭を過ぎったが……、
目の前で控えめに、かつ楽しくお茶とお菓子を楽しむ同郷のウィッチを見ているうちに、自然と笑みがこぼれた。
end