スオムス1946 ピアノのある喫茶店の風景 秋の訪れ


 8月が終わると、季節は急激に変わっていく。
 昼と夜の長さは大体おんなじくらいになる秋は駆け足でやってきて、そのまま駆け足で過ぎていってしまう。
 スオムスみたいな高緯度地方の冬は、夜が長い。
 サーニャにとっては昼の続く夏場よりも過ごしやすい季節だけど、大抵の人にとっては薄暗がりが続く陰鬱な季節になる。
 臨時で手伝ってもらっていたニパもお客さんが減るので8月一杯で暇を出した。
 あいつはずっとココにいるってだだを捏ねていたけれど、もともと家族に無理言ってこの近所に住んでたんで、ハッセとエル姉にも説得に協力してもらってひとまず冬の間はヘルシンキに帰ってもらった。
 多分夏場になったらこっちが呼ばなくても来るんだろうな。
 ま、二人きりになると色々また不安な要素も出てきたりするけれどわたしたちならはきっと乗り切れるさ。
 そんなわけで秋の喫茶ハカリスティは本日まったり営業中。


 今日は少し曇りがちな天気。
 あと何日もすると霜が降りそうな涼しいと言うよりは肌寒い陽気の中で、サーニャは料理を作り、私はコーヒーを入れる。
 めっきり減った人の流れに比例してうちに立ち寄るお客さんも減って、サーニャがピアノに触れる機会も増えた。
 ここ数日は指慣らしと言って1時間くらいそれ専用の練習曲を弾いてたりする。
 わたしは楽器とどうにも相性が悪いのでただ横で眺めてるだけなんだけれど、たまに気分がよくなって無意識にハミングを合わせてしまう。
 無意識なので自分から音が生まれている事にわたし自身は気づけていなかったりするんだけれど、そんな時はサーニャが少し嬉しそうな表情で私の大して合ってもいない音程にあわせて指先でハーモニーを作ってくれる。
 そして変化した曲調はわたしから漏れ出した歌と響き合って深みを持ち、わたしの無意識を意思ある場へと曝け出す。
 ピアノを、いや、音楽を奏でている時のサーニャはそうやって人をノせるのがとても上手い。
 何だか自分の鼻歌がサーニャの支援によってとても素晴らしい芸術になっているように錯覚してしまうのだ。
 あまりにも大仰過ぎてちょっと恥ずかしかったりはするんだけれど、同時に嬉しくなってしっかりと集中。
 自分の中からこぼれて来る連続した「ン」の音を意識して研ぎ澄ませ、こちらからもサーニャの音へと近付けていく。
 音は自然に形あるモノに変わって、二人が過去に歌い紡いできた曲になり、熱を帯びて、より強い意志の篭った作品へと移り往く。
 洗い物をしていた手を止め、カウンターを出て、一段高い場所にあるピアノの脇、サーニャの隣へ。
 ピアノのメロディに軽くステップを踏んだリズムをつけて、いつの間にか身に着けていた歌の為の呼吸がお腹の底から音を響かせる。
 もはや口を閉じてなどいられない。
 ハミングで我慢が出来なくなったわたしは口を開き、歌う。
 サーニャの指慣らしが気が付けば二人だけのコンサート。
 正直わたしの歌なんてサーニャの音楽からすると邪魔以外の何物でも無いのかも知れないけれど、こうして一緒に音を作る事が楽しくて止められないし、隣を見ればホラ、サーニャも笑顔でいてくれる。
 だからきっと、サーニャが楽しそうだからわたしは歌い続けて良いって確信できる。
 こんなに嬉しい事はないんだ。
 外が薄暗くて静かな曇り空だからこそ、サーニャだけを見てサーニャだけを聴いて、わたしの作れる精一杯の歌で二人ともこの笑顔のままで過ごしたい。
 二人だけのセッションは始まりと同じ様に自然に終わりへと向かい……。

「感動しましたっ!」
「お二人ともとても素敵です!」

 という二つの声援と拍手によって終了した。
 って……。

「おわっ!? だ、誰だよお前ら!? いつの間にココに来た!?」
「え?」
「あ、あの……」

 目の前の二人――一人は多分扶桑人でかなり背が低くてちょっと瓶底メガネと似たような髪形をしている。


 もう一人は欧州の……多分カールスラントでかなり長い金髪をポニーテールにしている。
 雰囲気的に年齢はサーニャと同じかそれより下くらいだと思うんだけれど胸はかなり残念賞な雰囲気の二人の少女。

「エイラ、この人たちはお客さん。さっき静かに入ってきてずっとわたし達の歌を聴いていたの」

 うろたえるわたしにサーニャが優しく教えてくれる。

「え、わたし全然気づかなかったぞ」
「歌とピアノに気づいていたからかなり気を使って入ってきたし、エイラは出入り口に背を向けていた上に歌に没頭していたから」
「そ、そうだったのか……っていうかお前ら忘れろ!」

 気分良く無防備に歌に没頭してた姿を見られたのが何だか恥ずかしかったので、二人に対し振り返って強い口調で叫ぶ。

「ダメよ、エイラ。お客さんにそんな言葉遣いはダメ」

 そんないっぱいいっぱいなわたしに飛んでくるのは静かなサーニャの叱責。
 うう、サーニャに怒られてしまった……。

「え、だってサーニャぁ……」
「いらっしゃいませ。お待たせしまってごめんなさい。ご注文は何になさいますか?」

 サーニャはわたしをスルーして立ち上がりつつお客さん二人へとスマイル。喫茶店のウェイトレスの決定版といった物腰でオーダーを取る。

「あ、はい。何か飲み物……とりあえずミルクを」
「わたしもミルクでお願いします」
「さ、サーニャ……」

 子供っぽいというかなんというか、ミルクを注文してくる二人と情けない顔でサーニャにすがる視線のわたし。

「お飲み物はエイラの仕事でしょ。お願いね。お客様に失礼の無い様に」

 わたしに向き直って優しくそう言いながら、襟元を直したりしてくれるサーニャ。

「おう、任せとけ。二人ともミルクだな。今日は結構涼しいから暖めた方がいいか?」
「あ、お願いします」
「わたしも」

 サーニャに元気付けられていつもの調子を取り戻し、少女二人へと確認を取る。
 歌ってる所を見られたのは恥ずかしくはあるけれど、その中心であるサーニャがなんとも思っていないどころか歓迎している様子なのでこれ以上わたしが気にするわけにも行かないな。
 冷蔵庫から取り出したミルクを鍋に移して火にかける。この時に重曹を一つまみ落として膜が出来ないような心配りも忘れない。
 ミルクの鍋に向かいながら、また自然とハミングが漏れる。

「なんだか、いい雰囲気ですね、ここ」

 扶桑人らしき少女の方がわたしの方を見ながら口を開いた。そういえばコイツは扶桑人とは思えないほど流暢なブリタニア語の発音だけれど、どこと無くカールスラントの訛りがある気がする。
 改めてそちらを見てみると二人とも揃いのワークシャツの上にリベリオンかブリタニアの払い下げ品らしいフライトジャケットを着ている。その他の装備からすると、自転車か何かで旅をしてたって言うところか。

「ここって、普段からピアノとか歌を聴かせてくれるんですか?」

 扶桑の少女に続いてカールスラントの方も口を開く。こちらは明らかに母国語がカールスラントな響きだ。

「ま、ピアノはサーニャが気が向いたときにな。二人して歌ってたのはお客さんがいなかったからだ。だから忘れとけ」


「エイラ、そんな言い方しないで。すごく素敵だったから」
「ほ、本当か?」
「はい、とても素敵でした!」
「また聴きたいです!」

 サーニャに素敵だと言われたのが嬉しくて舞い上がったらなんだか余計な反応も返ってきた。
 といっても、年下っぽい上になんかイヤミが無いというか素直に喜んでいる相手というのは邪険にしにくいんだよな……これだから扶桑の魔女は扱いにくい。

「お前らさ、共通のブリタニア語じゃなくて……コホン、カールスラント語でも通じるから、そっちの方が喋りやすいならそれでも良いぞ」
「あ、はい」
「ありがとうございます」

 なんだか二人ともカールスラント後のほうがネイティブに近そうな雰囲気だったんでそうして水を向けてみる。
 わたしの台詞は咳払いより前がブリタニア語、後がカールスラント語で、二人の返事は「ヤー」と「ダンケシェン」だな。

「ところでお前たち雰囲気的にウィッチだろ? なんでこんな辺鄙な所を一緒に旅してるんだ? 部隊とかは一緒だったのか?」

 おしゃべりの間に程よく温まったホットミルクを陶器製のマグカップへと注ぐ。
 実はこの注ぐという行為、これが意外と苦手な作業だったりする。
 サーニャとか、あと芳佳とかリーネとかもこいつを何の気なしに行っても零したりしないのに、わたしは練習を要した上にちょっと集中しないと上手に出来ない。
 今はマシになったとは言え、結構初めの内は難儀したんだよな。サーニャみたいに毎回うまく出来るようになるのは一体何時になることやら。
 ……っと、ヨシ。今回もうまくいったぞ。心のなかで小さくガッツポーズ。

「はい、正確には同じ部隊じゃなくて兵科も違いますけど、同じ場所で一緒に戦ってました」
「うん、マミは航空ウィッチで、わたしは陸戦ウィッチ」

 思いつくままのちょっとした雑談的質問に答えてくれる二人。
 わたしはその二人に「ほい、おまたせ」とマグカップを差し出す。

「うちのお店って、結構ウィッチが来てくれるのね、エイラ」
「サーニャの人徳だな」

 ちょっと得意な気分になって腕を組み、ひとり勝手にうんうんと頷いているとマミと呼ばれた少女が声をかけてきた。

「あの……やっぱり、スオムスのエイラ・イルマタル・ユーティライネンさんと、オラーシャのサーニャ・リトヴャクさんですよね。元501統合戦闘航空団で活躍した」
「おう、いかにもその通りだぞ」
「わ、嬉しいです。ケイさんからはこの辺にお店があるって聞いてはいたんですけど土地勘が無くて……見つけることが出来て本当によかった。もしよろしければ色々お話聞かせていただけますか?」
「おう、何でも聞いてくれていいぞ」

 身を乗り上げ、瞳をきらきらさせてくるマミの態度に気を良くしたわたしは、なるべく色々な質問に答えてやる事にした。
 スオムスの事、501の事、ブリタニアのこと、ロマーニャ・ヴェネチアの事、今の事、世界の事。
 お客さんも少なくヒマだった事も合って結構な時間話をして幾つもの質問に答えた。
 わたしはもちろんサーニャがどれだけ素敵な存在なのかを中心に語ったんだけれど、途中でサーニャからちゃんとみんなの事も話してあげなきゃダメとの指摘が入ったので仕方なく方向修正。うん、やっぱりサーニャは謙虚でステキだな。
 そうして色々話をするうちに、マミたちの事も何をしてるのか聞くことが出来た。
 どうやら二人はアフリカのあのマルセイユのいた部隊で一緒に戦っていて、マミは先輩の引退したウィッチを見習ってカメラマンとかジャーナリストになりたいと考えて見聞を広めているらしい。
 シャーロットと名乗った名前は同じ癖にシャーリーとは比べるべくもない残念な胸の持ち主の方は、今のところやることが思いつかないので親友であるマミの旅に付き合って自分の将来を探しているといったところだ。

「私、配属されてからずっとアフリカに居たんで、他の国がどうなっているか知りたかったんです。まぁ、観光みたいなものなんですけど立ち寄った先で復興のお手伝いをしたりもしてますし」
「いいんじゃないか、観光でもさ。お前は色んなものを見て考える仕事をしたいんだろ? だったら今旅をして見聞きする事を後でちゃんと役立てられれば良いんだ」
「あ、はい」
「んー、そうだな。折角だからわたしがお前の将来を占ってやるよ。ちょっとまってな、タロットを持ってくる」

 カウンターを離れて、タロットカードを取りに店舗から家屋側へと移動。自室に辿り着いてタロットを取り出し、戻ろうとすると聞き覚えのある音が外から響いてきた。
 これは……、Bf-109系列っぽいけどちょっと違うこの感じ、Bf-110かな? ってことはあのおっぱいの大きな、ええと……そうだ、ハイデマリー。あいつがまた遊びに来たのか?
 何て事を考えつつ店内に戻るのと同時に、外との出入り口も開かれた。勢い良く、バーンという感じで。
 おいおい、いくらウィッチがちょっと力を込めても平気な作りにしてるとは言えそんなに思いっきり開けたら壊れちゃうぞ。ハイディってこんな事する奴じゃないと思ったんだけどなぁ。

「ウィトゲンシュタイン見参! マリーをたぶらかしたオラーシャの牝猫め! ここにいるのは分かっている、出て来て尋常に勝負!」

 ……何だコイツ?
 カールスラント人っぽいけれど、なんかマルセイユ並みに面倒な奴が来たな。
 サーニャもマミもシャーロットも当然の様に唖然としてる。
 て、待てよ。
 オラーシャがどうこう言ってるって事は、サーニャに用があるのか?
 それでもってマリーって、もしかしてハイデマリー?
 履いてたストライカーの事を考えるとこいつは夜戦仲間?
 あーそういえばウィトゲンシュタインって名前聞いた事ある気がするな。

「ハインリーケさん……ですか?」

 おお、それだ! ハインリーケ・プリ……なんとかかんとかウィトゲンシュタインだっけ。長い名前なんだよなー。
 ちゃんと名前を知っているなんて流石はサーニャだな。
 と、感心している間にもツカツカと背筋を伸ばした歩みでカウンター前まで接近してくる。

「そなたがアレクサンドラ・ウラジミーロヴナ・リトヴャクか、如何にも妾はハインリーケ・プリンツェシン・ツー・ザイン=ウィトゲンシュタイン。誇り高き青き血を持つものだ。そなたに奪われたマリーの心、妾がこの手で取り戻す!」

 っと思ったらちゃんと自分で名乗ったよ。ご丁寧にサーニャの本名まで名指しだ。
 少しばかり古風な名乗りを上げつつサーニャに向かってびしっと指差す、んー……プリンツェシンとか入ってるし何だか長いので「姫サマ」でいいや。
 んで古風で貴族な彼女の次の行動が余地を使うまでも無く読めたのでそのままサーニャの横まで移動。
 姫はそのまま流れるように優雅なしぐさで左手の手袋を外し、投げる。

「リトヴャク! そなたに決闘を申し込む!」
「店内で変なもん投げ捨てんな」

 手袋が手を離れた直後にそれを空中でキャッチし、投げ返す。
 なんだかツンツンメガネとマルセイユを足したような奴だけど、こういう話を聞かないタイプは相手のペースに嵌ったら負けだ。

「な、なんと無礼な!?」
「無礼なのはどっちだよー。場をわきまえろ。ココは喫茶店でよくわからない名乗りを上げて暴れる場所じゃないぞ」
「む……」

 サーニャを危ない目に合わせようとする奴はこの私が許さない。サーニャは私が守るんだ。

「注文は何だ? 決められないなら私が特性のコーヒーを煎れてやる」

 ビューリングに出した特性の泥水コーヒーだけどな、と内心ほくそ笑みながらも表向きは模範的喫茶店店主な提案だぞ。

「ティータイムを楽しみに来たわけではない! 妾は……」
「お客さんじゃないなら帰った帰った」

 テンションの下がらない姫サマを遮ってシッシッと手を振る。

「くっ、貴様……よかろう、妾が尊い行為の妨害をするのならまずは貴様から排除するまでだ!」
「なんだ? やるのか?」


 怒りを隠せない姫サマが、拳を握り締めて闘志をむき出しにした視線を向けてくる。
 フフン、勝負するなら受けて立っ……アレ? なんかもしかしてアイツのペースに乗せられてないか? わたし。

「エイラ、待って」

 そこに素晴らしいタイミングでサーニャが割り込んでくれた。

「うん、わたしもハインリーケさんにいきなりそう言われる理由がわからない。まずはお話を聞かせて欲しいです」

 自分に敵意を向けてくる人にもまずはお話からか、サーニャは優しいな。よし、その分もしもの時に備えてちゃんとわたしが守るぞ。

「とぼけるのかこの牝猫め!」
「なんだとっ!」
「エイラ」

 うう、サーニャを侮辱されたんでつい熱くなってしまうけど、本人に窘められてしまった……。サーニャ自身は話し合いを望んでるんだよなー。反省。

「あのー、よろしければ第三者として仲裁し、お話をお聞きしたいのですけれど……」
「ん? そなたは?」
「はい、わたしは丁度ここの喫茶店に客として来ていて、お店の方と色々とお話をしてました。
 ウィトゲンシュタインさんも何か事情があってお話にこられたのだと思うのですけれど、傍から見ていて双方の意思がすれ違っているように思われます。ですのでまずはお話を整理してみるのはどうでしょうか?」

 おお、ナイスだぞマミ。
 ジャーナリストを目指してるだけ合って小さい割にはこういう事には頼りになりそうじゃないか。

「ふむ、よかろう。言われて見ればそちの方、自らの行いを理解していない様子にも見える。その非道なる所業を教えて進ぜようではないか」

 等と容疑者は意味不明の供述を繰り返しており、っと……まぁ、話くらいは聞いてやらないとな。
 一人小動物のようにおろおろしているシャーロットを横目に見つつ、マミの仲裁というか、彼女がインタビュアー役になってこの姫サマの話を丁寧に引き出していく。
 結果、彼女の言い分を要約すると、「ハイデマリーがサーニャと仲良くなってから笑顔でいる事が増えたし、人との関わりにも積極的になった。彼女をそうやって導くのは自分の役目だったのにその役をサーニャに盗られた」と言った所だろうか?
 オイオイ、逆恨みですらないぞ。

「いつも隣で彼女を見ていた妾ではなく、何故離れているそなたなのだ。納得がいかない!」
「それは、多分きっとエイラや芳佳ちゃんのお陰だと思うの」
「なに?」
「私もハイデマリーさん程ではないけれど人とお話しするのは余り得意じゃなくて、でもみんなのお陰でいろんな人と楽しくおしゃべり出来る様になったの。
 だから、ハイデマリーさんの笑顔が増えたのは私だけの影響じゃないし、きっとそうやって横でがんばっているハインリーケさんのお陰でもあると思う」

 ちょっとだけ胸が痛い。
 サーニャが今みたいになれたのは私の力だって思いたい。でも、悔しいけれど結構宮藤の力が大きかったりするんだよな。それはこの前の誕生日でも改めて痛感したんだ。
 そう思ってみると、ちょっとこの姫サマの気持ちもわかってくる。うん、お前が今いる場所は2年前にわたしが通り過ぎた場所だぞ。

「そ、そうなのか?」
「うん、きっとそう」
「しかし、妾は彼女に避けられている……」
「お前、いつもそんな態度なのか?」

 心に余裕が出来、少しだけ客観的に状況を見れるようになった私は口を挟んだ。

「如何にもその通りだ。貴族として気の抜けた振る舞いなど出来ん」
「それがいけないんじゃないかー?」


 胸を張って得意げに答える姫サマに思わずツッコミを入れる。

「なんだと!?」
「あ、その……自分を律するのは悪い事じゃないんだけれど、お友達としてならもうちょっと砕けた態度で接してあげても良いんじゃないかと思います」
「私もそう思います」

 激昂しかける姫サマにサーニャとマミの援護射撃、ついでにシャーロットも二人への同意を示す様にこくこくと頷いている。

「いや、その……砕けた態度といわれても……」

 姫サマは言葉に詰まりつつなんか赤くなってる。ははーん、脳内シミュレート中だな。

「む、無理だ。妾には守らねばならぬ矜持がある!」
「その矜持はハイディとどっちが大事なんだー?」
「!!!」

 姫サマは何だかショックを受けた様になってからその表情を引き締め、席を立つ。

「ま、まぁ今日のところは引き下がっておく。そなた等とはまた近いうちにまみえよう。さらばだ」
「今度は穏やかになー」
「またのお越しをお待ちしてますね」
「またお会いで着たら光栄です」
「またですー」

 微妙に小物っぽい捨て台詞的なものを残してウィトゲンシュタインは去っていった。

「ふぅ、嵐は去ったか……」
「ほっ、一時はどうなるかと思いました」
「マミがかっこよかった」
「マミさんがいてくれて助かりました」
「うん、確かに。小さいのになかなかサマになってるじゃないか、マミ」
「え……あの、小さいですか?」
「え? だってシャーロットよりも年下なんじゃないのか? あーでも扶桑の人間は見た目より若く見えやすいって言うしなー。サーニャと同い年とかなのか?」
「うう……やっぱりそう見られちゃうんですね」
「マミは18歳だよ」
「なーんだそうか……ってぇ、えええええ!? 嘘だろっ!」

 だって背もちっちゃくて……なぁ。と心の中の誰かに同意を求めるレベルで動揺。

「はぅ……、こう見えても一応エイラさんよりも年上で、さっきのハインリーケさんと同い年くらいのはずです」

「ぜ、全然そうは見えなかった……」
「ごめんなさい。実は、私も年下だと思ってた」

 サーニャも謝罪。そうだよな、年上には見えないよなー、うん。サーニャもそう思っていたのなら、きっとわたしもそう思っていても仕方ないぞ。

「いえ、いいんです。よく言われますから……」
「でもマミは可愛いからそのままでいいと思うよ」
「ううう」

 うわ、シャーロットのやつナチュラルに追い討ちをかけてる。悪気が無いのは帰って本人へのダメージがでかいぞ。

「ま、まぁホラ、お前たちさ、もうだいぶ時間も遅くなったし、旅は先を急がないんだろ? だったら今日は泊まってけよ。一緒にサウナ入って水浴びして……何なら扶桑式の風呂もあるからゆっくりとソコで話も出来るし」
「あ、ははは……いいですね、それは助かります。でも、本当にいいんですか?」
「うん、大歓迎だから」
「やったー! よかったね、マミ」
「うん」
「よし、そうと決まればちょっと早いけれど店を閉めるかな」

 二人にはカウンターで待っていてもらって、出入り口にCLOSEDの表示を掛け、店内の掃除を始める。
 箒とちりとりを持ったわたしの背中にサーニャの気配。
 サーニャはそのままふわりとわたしの背へと抱きついてくる。

「さ、サーニャ!? どうした?」
「ありがとう、エイラ」
「え、ど、どうしたんだ? 何かあったか?」
「ううん……何となくエイラにお礼を言いたくなったの」
「…………」
「私、エイラにたくさん感謝してる。本当に色んなことをありがとう、エイラ」
「な、何を言ってるんだよ。それを言うならわたしの方がいっぱいサーニャに感謝してるぞ。ありがとな、サーニャ」
「うん。それじゃ、お片付けしてして、サウナとお風呂と夕飯の準備をしましょ」
「おう、ココは任せとけ」

 サーニャと暮らし始めてから、あっという間に3ヶ月が過ぎて、夏が終わり、秋もすぐに過ぎ去ろうとしてる。
 長い冬、薄暗がりの日々。
 昔は憂鬱に感じていた季節の始まりだけれど、サーニャがいれば真夜中だって楽しんでいける。
 まぁつまりどういう事かと言うと、これからも一緒に入れるという事を思うだけでウキウキした気分が止まらないんだ。
 そんな浮かれた気分は再び無意識の歌を創り出す。
 どうやらサーニャとお店をするようになってから鼻歌がすっかり癖になってしまった気がする。
 わたしが掃除の間中たっぷり上機嫌の詰まった鼻歌を奏でていた事に気づいたのは、全部が終わって皆でお風呂に入った時にシャーロットから笑顔で「とても楽しそうでした」と言われた時なのだった。



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