inception II


 リーネの挙動が乱れストライカーに被弾し、くるくると回る独楽の様に、ぽちゃりと海に墜落した。
 すぐさま他のウィッチ達に助けられ、基地に後送され、治療が開始された。
「リーネちゃんは大丈夫なんですか」
 目を閉じたまま動かないリーネの横で、芳佳が担当の女医に聞いた。
「問題無いわ。怪我そのものは貴方の治癒魔法で完治していますから。ただ……」
「ただ?」
 ごくりと唾を飲み込む芳佳、言葉を続ける女医。
「被弾した時のショックで……落ち込んだり、ヒステリックになったりするかも知れないですね」
「えっ、そんな……」
「大丈夫だとは思うけど……どうかしら」

 目を覚ましたリーネは「大丈夫だよ芳佳ちゃん、問題無いから」と笑って見せたが、
その後のトレーニングでミスを連発、食事当番でもお鍋を焦がしてしまったりと良い所がない。
「大丈夫だから、ちょっと疲れてるのかな……」
 と気丈に振る舞うリーネ。しかし、大皿を割ってしまった時のリーネは……明らかに震えていた。
 指がかじかんだ様に小刻みに震え、やがて腕にも伝播する。
「リーネちゃん?」
 心配してリーネの肩を持つ芳佳。びくりと震えたリーネは、芳佳をどーんと突き飛ばした。
「離してっ!」
 厨房の端まで転がる芳佳。壁に頭を打ち付け、いたた……と呟く。額の横が切れたらしく、僅かに出血している。
 異変に気付いた隊員達が、厨房に集まった。
「おい何だ今の騒ぎは!? 宮藤、大丈夫か?」
「わ、私は……その、リーネちゃんが」
 シャーリーとエーリカがすぐさま芳佳を抱き起こし、トゥルーデがハンカチで芳佳の血を拭う。
「な、なんでも……ないんです」
 涙目のリーネ。
 芳佳は衝撃でふらっと来たのか、だらしなくシャーリーの胸に顔を埋めた。
「宮藤、大丈夫か!」
「一体何の騒ぎですの?」
「芳佳ぁ、大丈夫?」
 訳が分からないといった感じのペリーヌ。ルッキーニも心なしか心配そうだ。
「何でもないなら、何故宮藤を投げ飛ばす?」
 立ち上がり、詰問するトゥルーデ。
「リーネ、どうした。何があっ……」
「いやああああああああああああああああああああああああああああ」
 美緒の問いを、リーネの悲鳴が切り裂いた。

 睡眠薬を無理矢理飲まされ、静かに眠るリーネ。
「やっぱりね……」
 女医は溜め息混じりに、リーネの様子を聞き取り、診断カルテに何かを書き込む。
「それで先生、リーネちゃんは」
 したたかに頭を打ち付けた芳佳は、大事を取って包帯で額を巻かれていた。
「リーネさんは、恐らく戦闘によるストレス、いわゆる精神的なダメージね……それを受けていると思います」
「リーネちゃんが? 私の治癒魔法で治せますか?」
「宮藤さんの治癒魔法は主に外傷や疾病だと思うから……精神的なものは難しいんじゃないかと」
「そんな……リーネちゃん」
「ねえ、芳佳ちゃん」
 芳佳の傍らに立ったのは、サーニャ。
「私、前、エイラの夢の中に、魔法を使って入った事が有るの。それを応用すれば、何とか……なりませんか、先生?」
 サーニャの提案を受けた女医は戸惑ったが、カルテと分厚い医学事典を睨めっこしたあと、小さく頷いた。
「難しいと思うけど……やってみる価値は有るかも知れないですね」

 芳佳とサーニャは、ベッドに横になり手を繋ぐ。そして横に居る、寝たきりのリーネの手をそっと繋いだ。
「良い、芳佳ちゃん? 何が有っても動揺しない事。もしどうしようもなくなった時の“目覚め”の合図は……」
「うん、さっき聞いたよ。分かってる」
 真剣な表情で、芳佳は頷いた。
「では、行きます……」
「サーニャぁ……無事に帰って来いヨ」
「エイラ、貴方が側に居てくれれば大丈夫よ」
 サーニャはふと微笑んだ。そして静かに魔力を発動させ、魔導針が輝く。
 ぶうん、と魔導針の光が増幅される。
 手を繋いだサーニャと芳佳は、横になり、目を静かに閉じた。

  ここは何処?
  芳佳は辺りを見回した。
  ブリーフィングルームでもない、石造りの巨大な部屋。いや、回廊と言った方が正しいか。その位の奥行きが有った。
  陽の光は無く、部屋の隅に掲げられた巨大なキャンドルが整然と並び、ぼんやりと周囲を照らす。
  横にサーニャが居る。眠りから目覚めた様に、目を擦る。
  「サーニャちゃん」
  「芳佳ちゃん。……よかった、すぐに会えて」
  「うん。リーネちゃんを捜しに行こう」
  「大丈夫、すぐ見つけるから」
  サーニャの魔導針が光る。
  「こっち」
  サーニャが芳佳の手を取り、進む。
  しかし「大回廊」は行けども行けども先が見えず……流石に立ち止まってしまう。
  「サーニャちゃん、何でこんなにこの部屋長いの?」
  「リーネちゃんの意識の中だから……」
  「そっか。リーネちゃん」
  「大丈夫、すぐそこに」
  サーニャが手を伸ばすと、ぶわっと一瞬のうちに周りの景色が動き、どこからともなく大きな扉が現れた。
  「外に何か有る。気を付けてね、芳佳ちゃん」
  「うん」
  閂を外す。お互い手をぎゅっと握ったまま、扉に力を込め、開ける。

  そこは地平線の彼方まで広がる農場。
  眩しい程の陽の光に満ち、作物はたわわに実り、鳥が鳴き動物がうたう、長閑で平和過ぎるシーンだった。
  「芳佳ちゃん、あそこに」
  サーニャが指し示す方向に、リーネが居た。
  ブルーベリー畑で、摘み取り作業をしている。
  「リーネちゃーん!」
  「あ、芳佳ちゃん! サーニャちゃんも!」
  「リーネさん、元気そうで良かった」
  「私は元気。大丈夫だよ? ほら見て、今年のブルーベリーは豊作だよ! 美味しいんだから」
  リーネは採れたてのブルーベリーを数粒、芳佳に分け与えた。
  「へえ、すごい!」
  笑顔の芳佳、リーネ。そして一人浮かない顔のサーニャ。
  「リーネさん」
  「どうしたのサーニャちゃん?」
  「帰りましょう、元の世界……私達のあるべきところに」
  「何を言ってるのサーニャちゃん? ここ、私の実家だよ?」
  「あなたは第501統合戦闘航空団『ストライクウィッチーズ』の狙撃手です。リーネさん。農場主では無い筈です……今は」
  さっと表情が変わるリーネ。
  「違うの……これは違うの。夢なんかじゃないの。本当なの」
  「今私達が通ってきた回廊……本当は私達に来て欲しくなかったから、あんな……」
  「そんな事、無い!」
  空の色がさっと変わる。
  それまでの澄んだ青空が一変、燃え盛る大地から障気が沸き立つ、どす黒く染まる赤い戦火の渦巻く風景が現れる。
  一瞬にしてブルーベリー畑が燃え盛る。
  芳佳が手にしていたブルーベリーの粒は、血の色をした液体に変わって手からこぼれ落ちた。どろっとした生々しい感触。
  空を劈く無数のネウロイ、撃ち出されるビーム。
  それをかわしながら突き進む、無数の、見た事もないウィッチ達。
  「サーニャちゃん、これは……」
  「大丈夫、リーネちゃんの夢だから」
  「でも、ネウロイがこっちに……」
  「大丈夫」
  リーネ、サーニャ、芳佳の頭上で、間も無く激しい戦闘が開始された。
  辺りは銃弾とビームが交錯し、次々と小型ネウロイが撃破され、
  またひとり、ひとりとウィッチが大型ネウロイの集中打を浴び、墜落していく。
  「また、汚れちゃった……私の居場所」
  「リーネちゃん」
  「もう来ないでっ!」
  刹那、世界がぴたりと止まった。
  ネウロイも、ウィッチも、全員が芳佳とサーニャの方を向いた。全ての銃口が向けられる。
  放たれるビームと、銃弾。
  芳佳は咄嗟に魔法でシールドを展開した。ぽんと肩を叩くサーニャ。
  「どうしたの、サーニャちゃん?」
  「ここは何処か、忘れたの?」
  「リーネちゃんの、夢……」
  「じゃあ、無駄に魔力を使うのは止めて。シールドをしまって」
  「そんな事したら、皆死んじゃう!」
  「良いから、私の言う通りに」
  「ええっ」
  サーニャが芳佳の手を取った。思わずシールドが切れる。
  サーニャを、芳佳を、そしてリーネに、無数の銃弾が降り注ぎ、ビームが浴びせられる。
  シールドと言う「抵抗」を失った三人の身体。
  間も無くぼろ切れの如く、血にまみれ、四肢が吹き飛び、原形を留めなくなる。
  「大丈夫」
  サーニャの言葉が響く。
  そうだ……芳佳は思い出した。そして、顔の見えぬウィッチが放った銃弾が、芳佳の眉間を貫いた。

    気が付くと、身体も服も元に戻り、全く別の場所に立っていた。
    「ここは?」
    周りを見る。
    「あれ、ここ、ブリタニアの基地?」
    基地の廊下らしい。てくてくと歩いて行くと、見えた。リーネの部屋だ。
    「あ、でもその前にサーニャちゃんを捜さないと」
    「私ならここに居るよ」
    ふっと芳佳の頭上から降ってくるサーニャ。
    「さすがだねサーニャちゃん、夢の中だから何でもアリだね」
    「芳佳ちゃんだってやろうと思えばすぐ出来るんだから」
    「いや、サーニャちゃん、なんか慣れてるなって……やっぱりエイラさんと?」
    顔を真っ赤にしてうつむくサーニャ。
    「芳佳ちゃんの……バカ」
    「ああ、ごめんねサーニャちゃん、そんなつもりじゃ」
    「行こう」
    リーネの扉の前に立つ。
    「まさか夢の中にブリタニアの基地が出てくるなんて……」
    芳佳は笑って扉を開けた。
    どどっと扉の向こうから大量の熱々ご飯が雪崩れ込んでくる。
    「な、なにこれっ熱っ! 窒息するっ!」
    「玄関開けたら2tのご飯……」
    サーニャはいつ抜け出したのか、熱々のご飯の上に立っていた。
    そしてご飯まみれになった芳佳をよいしょ、と引き揚げた。
    「リーネちゃんの部屋だよね、何でこんな事に?」
    「それは、芳佳ちゃんの主食がご飯だから?」
    「どう言う事?」
    「とにかく、行こう」
    サーニャは芳佳の手を取り、ご飯の中を歩く。
    割れる海の如く、ご飯が廊下の中央をずばっと空間を作り、目指す扉がもう一度見えた。
    「今度はお味噌汁とか、無いよね?」
    「大丈夫……だと思う」
    そっと扉を開ける。
    ベッドの上で泣いているリーネ。
    傍らには、投げ捨てられたボーイズ対戦車ライフル。
    リーネの横にはボロボロになったストライカーユニットが転がっている。
    「リーネちゃん」
    「私のせいで、みんなが」
    「私は大丈夫だよ。みんなも。誰だって一度くらい墜落するって、ハルトマンさんもバルクホ……」
    「芳佳ちゃんは」
    言葉を遮って、虚ろな目をしたリーネが芳佳の顔を見る。顔が青白く精気がない。
    瞬間移動したかの如く、芳佳の眼前にリーネの顔が見えた。
    「どうしてそんなにしつこいの? どうしてそんなに諦めないの?」
    「どうしてだろうね。私……リーネちゃんが好きだから」
    「芳佳ちゃん、ゴメン。私、芳佳ちゃんに応えてあげられそうに……」
    「リーネちゃん!」
    ふわふわした感触のリーネを、芳佳はぎゅっと掴んだ。
    「私、私は絶対に諦めない。リーネちゃんと一緒に帰るまで」
    その時、ターン、と乾いた銃声が響く。

    芳佳は音の所在を確かめた。立ちこめる硝煙の臭い。
    自分の腹を、リーネが拳銃で撃ち抜いたのだ。
    「ほら、無理だよ。芳佳ちゃん」
    どくどくと流れ出る血流。
    「今、芳佳ちゃんの命を奪ってあげる」
    意識が混濁しかける芳佳。
    「大丈夫」
    横に居るサーニャが呟くと、不思議と痛みが戻る。
    「さっきから、サーニャちゃんも何?」
    リーネが向けた拳銃を握り、銃口を明後日の方に向ける。ぱんぱん、と乾いた音が続く。
    部屋の調度品が割れ、粉々になる。
    やっとの思いで拳銃を払い除けた芳佳は、リーネをぎゅっと抱きしめ、言った。
    「リーネちゃん。私は、リーネちゃんの命を、魂を、リーネちゃんの恐怖心から奪い返す!」
    「何バカな事言ってるの芳佳ちゃん……証拠は?」
    「証拠は、私とリーネちゃん。この身体の熱さ、分かる?」
    流れが止まらない血の中……ベッドの中央に広がる血溜まりの中で、芳佳は続けた。
    「私は、既にリーネちゃんを抱きしめてる。これからも、ずっと。だって、リーネちゃんが好きだから」
    芳佳は、狼狽えるリーネに、そっと口吻をした。
    動きが止まるリーネ。
    「ね、リーネちゃん。私、リーネちゃんと何処までも一緒だよ? 愛してる」
    「何処までも……?」
    「そう。何処までも」
    「本当に?」
    「勿論、本当だよ」
    「じゃあ、一緒に……」
    「うん。帰ろう?」
    笑顔の芳佳に、リーネは涙ながらに笑顔を見せ、もう一度キスをした。
    キスをした二人。
    その瞬間を逃さず、サーニャはぱちんと指を鳴らす。
    二人の動きが、固まる。
    サーニャは手にした拳銃で芳佳とリーネのこめかみを撃ち抜く。
    サーニャはぱちんと指をもう一度鳴らした後、自身のこめかみにまだ硝煙くすぶる銃口を当て、引き金を引いた。


「あれ、ここ何処?」
 リーネはゆっくり起き上がり、ぼんやりとする視線で辺りを見た。
 501の隊員が全員で、リーネを見ている。
「えっ、これは一体」
「うーん……リーネちゃん」
 ごろりと転がり、リーネに抱きつく芳佳。
「ちょ、ちょっと芳佳ちゃん、皆の目の前だよっ!」
「あ、あれ? もう終わり?」
 眠たそうに目を開ける芳佳。横ではエイラが一人騒いでいた。
「オワ!? サーニャも目覚めタ! サーニャ、大丈夫かサーニャ?」
「エイラ……ただいま」
「お帰リ、サーニャ」
 美緒は、サーニャ、芳佳、リーネの三人を魔眼でじっと見ていた。
「どう?」
 ミーナの心配そうな顔。美緒は眼帯で目を覆うと、ゆっくりと頷いた。
「大丈夫だ、問題無い」

 その後サーニャは魔力を消耗し過ぎたと言う事で、エイラと一緒に寝室に戻った。
「しかし、本当に夢の中に入れるなんて、凄いのね」
 驚く女医。眠りから目覚めたリーネと芳佳を診て、二人共大丈夫そう、と診察した後カルテに何か書いている。
「リーネさんは、暫くは実戦には出さず、トレーニングと日常生活で問題が無いかチェックします」
 ミーナは女医からの報告を受け、告げた。
「ええ、そうして下さい。でも、彼女はもう大丈夫だと思います」
「そうですか……良かった。本当に」
 ミーナはほっと息をついた。
「ありがとう、芳佳ちゃん。私、また芳佳ちゃんのお陰で……」
「ううん、リーネちゃんの為だもん」
「これ、夢じゃないよね?」
「もちろん!」
 無邪気に笑い合う二人。
「しかし、本当に夢の中に入れるなんて、凄いのね」
 女医は余程感心したのか、全く同じ言葉を繰り返した。美緒は笑った。
「ウィッチに不可能は有りませんから」

end


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