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年末の祝祭日、久しぶりにちょっとした贅沢な夕餉の席での事。
シャーリーは、風呂上がりのトゥルーデに異変を感じた。
いつもはぎゅっと縛っているふたつのお下げ。ひとつが無い。
左のひとつはいつも通りぎゅっと髪をまとめているが、右にあるべき結びは無く、髪がはらりはらりと、ほつれ、艶やかにしだれている。
思わずごくり、と唾を飲み込むシャーリー。
「な、何だシャーリー。私をそんな目で見るな」
「え、どんな目してた?」
「いや……何でもない」
歯切れの悪いトゥルーデ。
「いや、あんたの髪の毛、片方縛ってないからどうしたのかと思ってさ」
「こっこれは……」
「また何かやったのかい?」
「違うんだ。風呂で、ハルトマンにちょっとした賭けで負けて……その」
「あー、それ以上は言わなくて良いよ。大体分かる」
「そうか」
「でもさ。珍しいね、堅物が賭けするなんて。それに……」
ずいと近付き、ふふんと笑ってトゥルーデを見るシャーリー。
「こうして見ると、なかなかどうして、あんたも可愛いな」
「なっ、何を言う! リベリアン貴様からかっているな!?」
「あー。言い方が悪かった。美人に見えるぞ」
「……」
悪意の無い笑顔で言われ、言葉に困るトゥルーデ。
「あ、いたいたシャーリー!」
「おおー、ルッキーニ。どうした」
「みてみて、あたしの髪~」
「おお。よく見たら結び方変えたのか~面白いな」
「でしょでしょ?」
よく見るとトゥルーデと同じ様な結び方をしている。
「なんかバルクホルンに似てないか?」
「ウニュー ハルトマン中尉にじゃんけんで負けてこんな髪に」
「何だ、ルッキーニもハルトマンにやられたのか。風呂で何やってたんだよ。しかしこうやって見ると……姉妹、には見えないか」
ニヤニヤ顔のシャーリーはルッキーニとトゥルーデを見比べて言った。
「あのなあ、リベリアン……」
「やーだー、あたしシャーリーがいいんだもん!」
シャーリーの胸に顔を埋めるルッキーニ。
「あはは、ルッキーニは可愛いなあ」
「……やれやれ。今日はサトゥルヌス神祝祭だと言うのに」
シャーリーとルッキーニのやりとりに付いて行けず、席に戻る。
いつの間に来ていたのか、エーリカがにやついてトゥルーデを待っていた。
「どう?」
「どうと言われても……結んでいないと何かと不便だ」
「そうじゃなくて、周りの反応」
「え?」
「トゥルーデ鈍感だから……」
エーリカは、トゥルーデの縛り紐をひとつ手にしてにやけ、周囲を見た。
つられて一緒に他の隊員を見る。
ペリーヌと視線が合う。はうっとした顔を一瞬見せたペリーヌは、ぷいと顔を背けた。
芳佳とリーネはこっちを見てひそひそと何か話していたが、トゥルーデの視線を受けてびくりと身体を震わせて食事に専念する。
サーニャは、寝起きなのかぼけーっとトゥルーデの髪を見て居たが、エイラに無理矢理食事を食べさせられる。
「ほらね」
「何?」
「少し感じ変えただけで、みんなトゥルーデの事気になって」
「普段と勝手が違うから皆戸惑っているんじゃないのか」
「違うんだな~これが。ねー、ミヤフジ」
「は、はい!?」
「どう? トゥルーデの、この髪」
言いながら、さりげなく下ろされた髪の毛をふぁさっとトゥルーデの顔の前に持ってくる。
「はい! 凄く可愛いと思います!」
「何ぃ!? 可愛いだと?」
「ご、ごめんなさい……でもバルクホルンさん、いつもそんな髪しないから……」
「まあ、な……普段は邪魔にならない様に結んでいるんだが……どうも鬱陶しい」
本人はばさっと煽ったつもりだったのだが、それがどうにも乙女の仕草に見えたらしく、芳佳とリーネはほわわ、と言った顔をしている。
「な、何だその顔は?」
「バルクホルンさん、いっそ両方下ろしませんか?」
「私は寝る時と風呂以外、髪は縛る主義だ」
「今日だけお願いします! もっと見たいです!」
「見たい? 見世物じゃないぞ」
「ね、トゥルーデ?」
横で頬杖をついてにやつくエーリカ。
「私からもお願いします。たまには雰囲気の違うバルクホルン大尉も見てみたいです」
リーネも芳佳と一緒になってお願いに回る。
「私も……少し見てみたい」
「サーニャまで……」
「おい大尉、サーニャが言ってるんダ、少し位良いダロ~?」
「エイラ、何でお前に命令されないといけないんだ。お前こそ髪を縛れ髪を」
「イヤダネ」
「まあ、今日は半分で勘弁してあげてよ」
トゥルーデの横に立ち、ふぁさっと、髪をすくい上げて、はらはらとこぼすエーリカ。
「こらエーリカ、勝手に……」
それを見た隊員達はトゥルーデの前にずいと近付いて言った。
「バルクホルンさん、髪手入れしたらもっと綺麗になれます!」
「そうです、縛ってるだけなんて勿体ないです!」
いつの間にか隊員に囲まれてたじろぐトゥルーデ。
「いや、た、戦いには必要ないだろう。と言うかこれは個人の勝手だ!」
席を立ち、皆に背を向ける。髪がなびき、嗚呼、と皆の溜め息が漏れる。
「たまには言う事聞いてよお姉ちゃん」
「!?」
姉、の単語に反応したトゥルーデは、物凄い勢いで振り向き、声の主を探す。
何の事は無い、いつの間にか隊員に紛れて茶化すエーリカだった。
「こらエーリカ! 声色変えて何て事言うんだ! 来い!」
トゥルーデはエーリカの首根っこを掴まえると、食堂から出て行った。
ミーナは、あらあらと言った感じでその様子を苦笑いして見ていた。
部屋に戻ったトゥルーデとエーリカは、ベッドの上で気怠そうに髪をいじくっていた。
「つまんないの、トゥルーデ」
「遊ばれてる私の身にもなれ……」
「でも、私は良いと思うよ。髪。縛らなくても」
「どうして」
「そうやって縛ってると、何か息苦しくない?」
「動きやすいし邪魔にならない」
「機能的な事じゃなくてさ……見てると何かそんな気するよ」
「そう、言われても」
「じゃあ、私の前では半分で良いから髪解いてよね。そう言うトゥルーデ見ていたい」
手を伸ばし、髪をすくう。はらはらとしだれ落ちるダークブラウンの髪の匂いを嗅ぎ、そっと口付けする。
「や、やめてくれ……くすぐったい」
「私の髪、ちょっと短いからさ。トゥルーデみたいに長いの、羨ましいよ。いっそミーナみたいに長くしてみたら?」
「うーん……もっと面倒だな」
「そう? 私はちょっと興味有るな」
「まあ……そのうちに」
「とりあえず、今は半分で良いかな」
トゥルーデに抱きつき、そのままベッドに押し倒すエーリカ。
「後で、全部解いてあげるよ、トゥルーデ」
「また何か思い付いたな、エーリカ」
「ちょっとね。……ねえ、トゥルーデ」
顔を近付けたエーリカを拒まず、そのまま受け容れるトゥルーデ。
唇が重なる。
エーリカは口吻を続けながら、トゥルーデの結んでいる片方の髪を解いた。
「今夜、楽しくなりそうだね。トゥルーデ。今日は何の日か知ってるよね?」
「ああ。家族や大切な人と過ごす日……」
「分かってるなら、ね。トゥルーデ」
「エーリカ……」
トゥルーデに何も言わせず、エーリカはもう一度唇を重ねた。」
その頃、ミーナはひとり、部屋の鏡を前に己の髪を見、あれこれ試していた。
「案外、難しいものね……」
「どうしたんだミーナ」
「きゃっ美緒! 部屋入ってくるならノック位してよ!」
「ああすまん、つい忘れてた。……で、何をやっているんだ?」
不思議そうにミーナの髪を見る美緒。目の前で慌てふためくカールスラントの乙女は、自分の髪を何か結ぼうとしているらしかった。
「ちょっと……ね」
気まずそうに言うミーナを見て、美緒は笑った。
「結ぶなら、私と同じにしてみるか? 佐官二人で同じ格好だったら、祭のちょっとした余興になるな」
「他の子達がヘンに思うでしょう……もう、美緒ったら。知らない」
「冗談だ……おいミーナ」
501の“聖なる夜”は変わらず更けていく。
end