tiny orange


 夕食も終わり、隊員達はそれぞれの場所で、思い思いの自由なひとときを過ごす。
 芳佳は補給で送られて来た木箱を開けると、中から果実を取り出し、カゴに盛った。それをミーティングルームに持って行く。
 窓際でひとり、ぼんやりと月を見ているサーニャを見かける。
(あれ、今はエイラさんと一緒じゃないんだ……)
 と不思議に思うも、芳佳はサーニャの横に座り、扶桑からの“プレゼント”を差し出した。
「サーニャちゃん、はい、みかんどうぞ」
「ミカン? 扶桑の果物?」
「よく分かったね。甘くて美味しいんだよ」
「ありがとう、芳佳ちゃん。あの……」
「ああ、食べ方ね。こうやって外の皮をむいて……中の薄皮はそのまま食べても良いし、また剥いても良いし」
「うん」
 サーニャは芳佳に教わった通り、一房剥いて、口に含んだ。ぎゅっと詰まった甘味が口の中で溢れ出し、舌に馴染む。
「甘い」
 ふっと微笑むサーニャ。
「良かった。身体にも良いから、たくさん食べてね」
「ありがとう。芳佳ちゃん」
「それで、サーニャちゃん……」
「はっはっは、扶桑にはみかんにまつわる様々な言い伝えがあってな、例えば嵐を恐れず江戸にミカンを運んだ大商人の話が……」
 芳佳の言葉を遮って突然背後から話し掛ける美緒。扶桑の蘊蓄を話したいらしかった。
「あの、坂本さんもみかん食べたいなら言って下さい」
「すまん、ひとつくれ。……いや、やっぱり四つだ」
「えっ、四つも一気に食べるんですか? ふたつで十分ですよ」
「とにかく四つだ。……うむ。すまんな宮藤。では」
 美緒は四つのみかんを手にすると、すたすたと歩きミーティングルームを後にする。
 しばし美緒の勢いにぽかんとするも、芳佳とサーニャは二人でみかんを食べる。
 皮を剥き、少しの酸っぱさを感じる香りを楽しみ、実を食べ、甘味と滋養を得る。
 部屋の片隅で、二人してもくもくと、みかんを食べる。二人共ひとつ食べ終わったところで、芳佳が手ぬぐいを差し出す。
「素手で食べるから、手が黄色くなるんだよね。食べ過ぎちゃっても手が黄色くなるんだけど」
「不思議ね」
 くすっと笑うと、サーニャは芳佳の手ぬぐいを借り、手を拭く。芳佳はみかんをもう一つカゴから出した。
「もう一個食べる?」
「……半分位で、いいかな」
「じゃあ私と半分こしよう?」
 芳佳は慣れた手つきでみかんをざっくりと半分に裂き、丁寧に皮を剥いて、サーニャに渡した。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
「それで、サーニャちゃん」
「どうかしたの?」
「あの、いつもエイラさんと一緒なのに、今日はどうしたのかなって……」
「今日は、別々」
「そう、なんだ。……ごめんね、変な事聞いて」
「気にしないで。私も、どうして良いか分からなかったから。……ただ、月を見てた」
「そう。……月、綺麗だね」
 頷くサーニャ。
 二人揃って月を見上げる。鋭い鎌の様な三日月が、ゆったりと空に浮かぶ。微かな月の光が、二人を癒す。
「芳佳ちゃんは……その、リーネさんは?」
「私も、ちょっと……」
 へへ、と頭を掻いて苦笑いする芳佳。
「じゃあ、一緒だね」
「そうだね。一緒」

 芳佳はみかんの房を剥いた。剥かれた房をじっと見つめる。薄皮から露わになった橙色の甘露。
 控えめな部屋の照明と、外からの僅かな月明かりが、不思議な色に変える。
 ふと、サーニャが屈んだ様に見えた。芳佳は手を掴まれ……食べようとしていた一房が、サーニャの口に移った事を知る。
「え? サーニャちゃん?」
「ちょっと、意地悪してみたくなっちゃった」
「ひどい、サーニャちゃん」
 二人で、くすくす笑う。
「本当、甘くて美味しいね。ロマーニャの果物にも負けない……」
 サーニャはぽつりと感想を述べる。
「だって扶桑のみかんだから」
 自信ありげに答える芳佳。
「そうね、きっと」
「今度はちゃんと、私が剥いて食べさせてあげるから……はい、どうぞ」
 芳佳は丁寧に薄皮も剥いて、サーニャに差し出した。
「ちょっと、恥ずかしい……」
「さっきは自分から食べたのにぃ」
「じゃあ、いただきます……甘い」
「もっと食べてね。元気出して」
「芳佳ちゃんも、私が剥いてあげるから」
「あはは……ありがとう」
 一房ずつ、食べさせ合う二人。芳佳の手は軽やかで、サーニャの指先はすらっとしてこまやかで……二人共、戦場で武器を握る手とは思えない。
 今はただ、部屋の窓辺でゆっくりと、扶桑の果物を味合う乙女。ふたりの少女。

「あら、小さいオレンジね」
 執務室に籠もって書類作成の途中だったミーナは、美緒の入室を切欠に筆を止め、橙の果物に興味を持った。。
「扶桑のみかんでな。扶桑からの補給の中に入っていた様だ。宮藤はさっそく嗅ぎ付けて食べている様だが」
「あら、宮藤さんたら。でも、故郷の味は恋しくなるものよね……美緒も?」
「まあそうだな……、扶桑の冬と言えばコタツにみかんだからな」
 美緒は昔を懐かしむ様に呟いた。
「こたつ?」
「扶桑の暖房器具だ。今度持ってこさせるか」
「何でも持って来たり作ったり、扶桑人の行動力は妙なところで凝っているのよね。あのお風呂と言い……」
 苦笑するミーナ。
「まあともかく、少し休んで食べないか? 幾つか持って来た」
 ミーナにぽんとふたつ渡す美緒。
「あら、有り難う」
「食べ方を教えよう。こうやって手で剥いて……食べる。皮は柔らかいから簡単に素手で剥ける」
「本当ね。……あら、美味しい」
 ミーナは一房口に含んで、笑った。
「皮は薬にもなるし、風呂に浮かべても良い。実は今味わって貰った通りだ。まだ沢山有るからどんどん食べろ」
「でも、みんなにも食べて貰いたいじゃない?」
 美緒は笑った。そして言葉を続けた。
「心配ない。皆の分は充分に有る。それに、一番に持って来たのは、ミーナに食べて貰いたかったからな」
「えっ」
「いつも苦労を掛けるな」
 いつになく真面目な美緒。ミーナはみかんを剥く手を止め、ふふっと笑った。
「気を遣って貰わなくても、十分よ。はい」
 美緒の口元に一房、みかんを差し出すミーナ。
「な、何を……」
「すまないと思っているなら、口を開けてこれを食べなさい、坂本少佐?」
 狼狽える美緒に、優しい声で“命令”するミーナ。
「そう来たか……ならば仰せの通りに」
 美緒はぱくっと、一房を口にする。くすくす笑うミーナ。

 基地での夜は、また更けていく。

end



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