うさぎのおはなし


「定子、起きてるか?」
石造りの部屋の扉をコンコンと叩きながら、オレは部屋の主の返事を待つ。
……おかしいな、いつもならすぐに開けてくれるのに今日は一向に扉が開く気配がない。
「……入るぞ」
オレが少々遠慮がちに扉をゆっくりと開けると、部屋のベッドにはうずくまっている定子の姿があった。
白いハンカチで目頭を抑えている。もしかして、泣いてるのか?

「おい、定子! どうしたんだ? しっかりしろ!」
定子が泣くなんて余程のことがあったに違いない。
オレは慌ててベッドの定子へと駆け寄る。
「あ、ナオちゃん。どうしたんですか?」
目を真っ赤に腫らした定子がオレの方を見ながら訊いてくる。
「どうしたもこうしたもねぇよ! お前何で泣いてんだ……ん?」
オレはふと、定子が綺麗な装丁の本を持っているのに気付く。
「えっと、もしかして……それ読んで泣いてたのか?」
「ええ。すごく切ない話だったんで」
「なんだ、驚かすなよ……てっきりオレは中尉の奴に、その……何かされたのかと思ったよ」
「ふふっ、クルピンスキー中尉は女の子を泣かすような事、しないと思いますよ」
どうだかね、あの女たらしのことだ。
影で何人もの女を泣かせてたって不思議じゃない。
「ところでナオちゃん、どうして私の部屋に?」
「ああ、そうだ。すっかりここに来た目的を忘れてたよ」
オレはポケットから煎餅の入った袋を何枚か取り出す。
さっきジョゼから貰ったものだ。
「一緒に食べようぜ」

「それで、なんて本読んで泣いてたんだ? ほらよ」
オレは煎餅の入った袋を3枚ほど定子に渡しながら、尋ねる。
「あっ、ありがとうございます。これ、サーシャ大尉から借りたオラーシャの文学なんですけど、
ナオちゃんは読んだことありますか?」
「オラーシャの文学はあんまり読んだことないな。どんな話だったんだ?」
「えっとですね、主人公は恋するウサギの女の子なんですよ」
「それはまた、随分とメルヘンな物語だな」
オレは煎餅をバリバリとかじりながら呟く。
「ええ。それである日、その女の子の恋人のウサギが戦争に行ってしまうんです」
ウサギの戦争? 何だそりゃ。
オレは2本足で立ってるウサギが戦車に乗って、戦う場面を想像してみる。
う~ん、中々にシュールな絵面だ。
「2人は再会を約束しあうんですけど、彼は戦場で死んじゃうんです。それでも彼女は約束を信じて待ち続けるんです。
何日も何ヶ月も……」
「それで、彼女はどうなったんだ?」
「……1年ほどして彼女も病気で亡くなっちゃうんです。悲しいですよね、再会を誓いあったのに二度と逢うことがなかったなんて」
定子が少し俯きながら呟く。
今定子が話してくれたオラーシャの文学、ネウロイとの戦いに身を投じてるオレ達にも決して無縁な話じゃないんだよな。
オレ達だって大切な人と突然別れる日がくるかもしれない状況で戦ってるんだから。

「ねぇ、ナオちゃん」
定子がオレに寄りかかりながら言う。
「こういう話、知ってますか? ウサギは寂しいと死んじゃうって」
「ああ。でもそれって、迷信じゃないのか?」
「迷信なんかじゃないですよ。ほら、私も使い魔がウサギですけど寂しいのは怖いですし……
何よりナオちゃんのいない人生なんて考えられないです。ナオちゃんがもしいなくなったら私、きっと寂しくて死んじゃいます」
定子のその言葉を聞いて、思わずオレはドキリとしてしまった。
おいおい、定子の奴、さり気なくすごく恥ずかしいこと言ってないか?
「……ナオちゃんは、私とずっと一緒にいてくれますか?」
定子は目を潤ませながら、オレの方を見てくる。
オレの2つ上とは思えないほど可愛らしく、守ってやらないといけないような瞳をしている。
「絶対、とは言い切れない。オレいつも無茶な戦いばっかりやってるし、物語のウサギみたいに
突然別れる日がこないなんて保障はどこにもない。でも……」
「でも、何ですか?」
「オ、オレが定子を残して死ぬわけないだろ。オレが死んだら誰がお前を守るんだよ」
思わず声が上擦ってしまう。自分でも恥ずかしい事を言ってるのは分かってる。
だけど、定子の事を、一生をかけて守りたいというこの気持ちに偽りはなかった。

「ありがとう、ナオちゃん。私たち、ずっと一緒にいれるといいね」
定子が頬笑みながらオレの事を強く抱きしめてくる。
「お、おい定子……」
「ふふっ、ナオちゃんってやっぱり暖かい」
やれやれ、こりゃ当分離してもらえそうにないな。
でもまぁ、定子の喜ぶ顔が見れるならこうやって抱きしめられるのも悪くないかな。

~Fin~


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