ペテルブルグ1945 プレゼント
オストゼー……国際共通ではバルト海上空、高度1000。
低く垂れ込めた雲と舞い散る粉雪を貫いて、翼たちが舞う。
現在、502統合戦闘航空団所属のウィッチ4人は補給船団救援の任務に当たっていた。
とはいえ魔力の衰えが進んでいる私は十分な実力を持ちながらも暴走しがちな前衛3人のお目付け役と言えなくも無い。
でも、今日に限っては私は用無しだったかもしれない。
指揮官であるクルピンスキー中尉を中心として、菅野少尉も、カタヤイネン曹長も素晴らしい連携を見せ、危なげない戦闘をしている。
私のすることといったら3人をいつも視界の中に入れて安全圏で旋回を繰り返す事くらいで、そうこうしているうちにネウロイは船団への攻撃を諦めたのか、徐々に撤退に移って行った。
3人の様子を見ると、彼女達は殿として残った小型ネウロイ数機に手間取っているようだった。
ネウロイの動き自体は大した様に見えないのだけれど……。
3人で追い詰めて、どこかに誘導しようとしている?
その動きを見てピンと来た。
あの時の、あの娘たちと同じ事をしようとしているわね。
周囲の警戒を怠らずに彼女達の動向を見守る内に過去の記憶がよみがえり、自然と頬が緩む。
そう、あれもこんな風に雪の降る寒い空だった。
――――。
1940年1月、今日の私はボニン司令からの特別の計らいでお休みを頂いていた。
とはいえここは前線、いつ敵が来てもおかしくないし、要請があれば出撃するつもりでいた。
そこに、声をかけてくる少女二人組。
「ね、パウラー」
「ロスマン、ちょっといいか?」
「フラウとハンナ、二人揃ってなんて珍しいわね」
鮮やかな金髪のショートに、私と同じく小柄な背格好の彼女はエーリカ・ハルトマンで、背が高く、将来性に溢れた体型の方がハンナ・マルセイユ。
「わたしたち、今日出撃予定なんだけどさ」
「もしも時間があったら一緒についてきて欲しい」
「一体どうしたの?」
「ここまでパウラにお世話になった分の成果を見せたくてさ」
「わたしたちがどれだけ強くなったかを見て、わたしたち二人のどちらが上かをロスマンに判断して欲しい」
「えー、今日は勝負は抜きって言ったじゃーん」
「こんな機会は他に無いぞ、ロスマンの目なら信用できる」
「うー、めんどくさー」
いきなりこんなお誘いがくるとは、どうやら天は私に休むなと言っているらしい。
まぁ、冗談はさておき、目をかけていた二人の願いなら無下には出来ない。
「はいはい、そんな所で喧嘩はしない」
「でもハンナがー」
「だって、いい機会じゃ無いか」
「フラウはそんなに嫌がらない。競い合えるライバルがいると言うのは素晴らしい事よ」
「えー?」
「ふふん」
「ハンナも、そこまでムキにならない。折角の素敵なロッテなんだから、相手が嫌がるような事はしない。闘志は胸に秘めて自分を磨きなさい」
「う……」
「へへー」
「ま、とにかくあなた達には付き合うわ。成長を見せて頂戴」
「うん」
「ああ」
そして私たちは3人で出撃する事になった。
ボニン司令には折角休みをやったのにと苦笑されたけれど無事飛行許可をもらう事が出来、哨戒飛行の時間がやってきた。
哨戒と言ってもここは最前線、ほぼ確実に接敵が見込まれる任務。
そして案の定ネウロイは現れた。
セオリー通りの高速一撃離脱戦法を私が舌を巻くほどの精度でこなすフラウと、回避の位置取りだけは基本に忠実に、いざ攻撃に移ると変幻自在の機動と射撃で次々にネウロイに命中を与えるハンナ。
動きは対照的だし地上でのトラブルは耐えないけれど、二人は素晴らしいウィッチだと私の目に映った。
私が大して何をするまでも無く敵編隊は駆逐され、残りは一機。
これもあっという間に撃墜して終わるかと思いきや、二人の動きが途端に精彩を欠くようになった。
特に敵が強いわけでもないし、被弾した気配は無かったし、ストライカーの不調にも見えない。
「二人とも、大丈夫!? すぐに行くわ!」
無線で呼びかけながら加勢しようとするも、返って来るのは拒絶の声。
『パウラ、ダメ』
『そこを動くなロスマン』
一体どういうことだろうと思った直後に、二人の連携が上手く行き、翼端や動翼、尾翼などの末端部分を蜂の巣にされた瀕死のネウロイが私の目の前へともがく様に上昇してきた。
絶好の獲物だった。
『パウラ、いまだ!』
『そいつにトドメを!』
言われるまでも無く、MG42を一連射。
胴体中心部を蜂の巣にされたこのネウロイはそのまま力なく錐揉みに入ると墜落する前に空中でばらばらになった。
「ナイスキル、パウラ」
「普段から遠慮をする事は無いと言うのに……」
「今のは一体……もしかして、私のためにわざと?」
「うん、そーだよ」
「今日はロスマンの誕生日と聞いた」
「だからお世話になった私たちからの……」
「「バースデープレゼント」」
「え……その為に最後の一機を?」
その問いに二人が頷く。
「まったく、もう……二人とも!」
強い口調でそう言い、懐から取り出した指示棒で二人の頭をぺち、ぺちと叩く。
「いたっ」
「な、なにをする!?」
「いくら強くなったからと言って、慢心は身を滅ぼすわ。だから最後まで手を抜かない!」
「で、でもさ、パウラっていつもサポートに徹してよっぽどの事が無いと撃墜に関わったりしないし……」
「こうでもしなければスコアを稼いでくれないだろう? それを……」
「わかっているわ」
今度は指示棒をしまうと、二人の首に両手を回してまとめてハグして頬ずり。
「わっ、パウラ!?」
「ロスマン!?」
「わたしはあなた達が活躍してくれるだけで嬉しいわ、だから危険な事はしないでいつも全力で戦って、どんな時も生きて戻ってきて」
「うん」
「ああ」
「それと、今日の誕生日プレゼント、本当に嬉しかったわ。ありがとう、二人とも!」
「「はいっ」」
帰還後はボニン司令とバルクホルン中尉たちがささやかなパーティを用意していてくれた。
そんなJG52時代のささやかな思い出。
――――。
あの時と一緒だ。
そんな気がする。
その証拠にほら、また私の目の前に追い込まれたネウロイがもがき苦しむようにして上昇してくる。
『せんせー、そいつやっちゃって』
『やっちまえ! ロスマン!』
『曹長、頼む!』
うん、やっぱりだ。
私ももう二十歳。
これは現役のウィッチとして最後の撃墜になるかもしれない。
様々な思いを胸に、引き金を引く。
飛び散るネウロイ。
通信機越しに聞こえてくる、三者三様の歓声。
でも、心遣いよりも撃墜よりも、みんなが怪我せずに任務を終える事ができたのが一番のプレゼントだと思ったのは秘密にしておくとしましょう。
近寄ってきた三人に、あの時と同じ様にお小言を言ってから「ありがとう」を言おうと心に決め、みんなの下へと飛んだ。
1945年1月11日。
私は20歳になった。