ロスマン先生のお誕生会


――1940年1月、カールスラント空軍JG52

JG52の朝の食堂はいつも賑やかだ。
所属するウィッチのほとんどが同じ時間帯に食事をとり、その日一日の訓練や戦闘の話題に花を咲かせている。
私も整備兵さんから朝食のプレートを受け取り、ラル中尉と伯爵が談笑しているテーブルの席に着く。
「おはよう、2人とも」
私が2人に声をかけると、彼女達は何故か一瞬驚いたような表情を浮かべ、その後すぐに挨拶を返してくれた。
「おはよう、先生」
「やぁ、おはようエディータ」
「何の話をしてたの? 随分と楽しそうだったけど」
私がなんとなく聞いてみると、2人は急に困ったような表情になる。
……聞いちゃいけない事だったかしら。
「その……今日の作戦の打ち合わせだよ。な? クルピンスキー」
「う、うんそう。作戦の打ち合わせ……先生、悪いんだけどボク達のプレート、後で下げといてくれるかい?
ちょっとこれからやらなきゃいけない事があって……それじゃ!」
「あ、ちょっと!」
伯爵とラル中尉は私からほとんど逃げるように食堂を出て行った。
すごく怪しいわ、あの2人に限らず最近みんなの様子がおかしい。
最も、JG52は元々良くも悪くも個性的な面々が集まっている部隊なのだけれど、
それを抜きにしてもここ数日のみんなは、なんだか様子が変だ。
今の伯爵達のように何人かで談笑しているところに私が入ると、みんな急に静かになるという場面が多々あった。
みんなして私に聞かれたくないような話をしているのかしら。

「あ、いけない。早く食べないと午前の教練に間に合わないわ」
みんなの様子が少し変なのは確かに気になるけど、そればっかりを気にしてるわけにもいかない。
今日は午前の教導が終わったら、午後からJG53のミーナ中尉と今度の共同作戦の打ち合わせがある。
私は朝食を急いで食べて、午前の教導へと急ぐ。

――数時間後

「まだ、もうちょっと時間があるわね」
無事に教導を終え、軽めの昼食をとった後時計を見てみると、時刻は午後1時ごろ。
ミーナ中尉との打ち合わせまでまだ1時間ほど時間があったので、私は時間を潰す為に談話室へと足を運んだ。

「だから、ここは絶対こうしたほうがいいって」
「……なるほど」
談話室では、ハルトマンとバルクホルン中尉が大きめの紙を広げて何やら話し合いをしていた。
何かの設計図かしら。
「2人とも、何の話をしてるの?」
「わわっ! ロスマン先生!?」
「曹長、今日はヴィルケ中尉との打ち合わせでは?」
私が声をかけると、2人は母親に隠し事がばれた子供のような表情で私を見てくる。
何もそんなに驚かなくても……
「ミーナ中尉との打ち合わせはこれからよ。ところで、その紙は何?」
私がそう尋ねると、バルクホルン中尉は設計図のような紙を自分のポケットの中にしまってしまう。
そんなに私に見られたくないものだったのだろうか。
「すまないな、曹長。今はまだ秘密だ。それじゃあハルトマン、そちらの準備もぬかるなよ」
「りょ~か~い」
中尉はそう言い残して談話室を後にする。
部屋に残ったのは、私とハルトマンの2人だけ。
私がハルトマンの隣に腰掛けると、彼女はそわそわと落ち着かない素振りを見せる。
「え~と……そうだ! 先生、見てこれ! 私の妹がやったんだよ! すごいでしょ」
ハルトマンが目を輝かせながら、テーブルに置いてあった新聞を私に見せてくれた。
その新聞の一面には、スオムスの義勇独立飛行中隊のウィッチが巨大爆撃兵器ディオミディアを撃墜したとの記事が載っていた。
なんでも、ハルトマンの双子の妹がその義勇独立飛行中隊の一員なのだという。

「大型の撃墜なんてそう簡単にできることじゃないわ……すごいじゃない 」
「えへへー、でしょでしょ?」
妹の活躍を自分の事のようにハルトマンは喜んでいた。
本当にあなたは妹想いの良い娘ね。
「ところで……今、バルクホルン中尉と何の話をしてたの? 準備がどうとか言ってたけど……」
私がそう尋ねると、ハルトマンは再びそわそわし出す。
「えっと、何て言うかその……ごめん、先生! そう言えば、ボニン司令に呼びだされてたの忘れてたよ! それじゃ、また後でね!」
「あ! 待って、ハルトマン!」
ハルトマンも先ほどの伯爵達と同様、逃げるように談話室を出て行った。
あれ? もしかして私、避けられてる?

「私、嫌われてるのかしら」
その日の夕方、ミーナ中尉との打ち合わせが終わった後、私は中尉を自分の部屋に招き入れ、
ここ最近自分がみんなに避けられているかもしれないという話を彼女に話していた。
「気にしすぎじゃないかしら。ここのみんながロスマンさんの事を嫌ってるようには見えないけど」
「でも、心当たりは何個かあるの……この間だって、訓練の時つい厳しく叱っちゃったし……」
「ロスマンさん……」
「そりゃ、私だってみんなに厳しく言うことはあるけれど、それはみんなの事を大切に思ってるからで……うぅっ」
みんなに嫌われていると思うと、なんだか悲しくなってきて私の目からはいつの間にか涙が溢れていた。
「ちょ、ちょっとロスマンさん!? 落ち着いて」
ミーナ中尉はポケットの中から可愛らしいハンカチを取り出して、それを私に渡してくれた。
「ありがとう、ミーナ中尉」
私はミーナ中尉からそのハンカチを受け取って、涙を拭きとる。
その直後、部屋のドアをコンコンと叩く音が私の耳に鳴り響く。
「ボニンだ、入ってもいいか?」
「ええ、どうぞ……」
扉が開かれ、ボニン司令が姿を現す。
「おお、ヴィルケ中尉もいたのか……曹長、少し目が腫れてるように見えるが大丈夫か?」
「え、ええ大丈夫です……司令、私に何の用でしょう?」
「何の用も何も、今日の主役がいないとパーティーが始まらないじゃないか。早く来てくれ。よければヴィルケ中尉も一緒に来てくれないか?」
「え? パーティー?」

「ほら、急いで」
私がボニン司令に急かされながら、食堂に入るとクラッカーの音が一斉に鳴り響いた。
『ロスマン先生、誕生日おめでとう!』
「え?」
私は今のこの状況を理解するのに少々時間がかかった。
テーブルには美味しそうな料理の数々、そして、目の前にはJG52の大切な仲間達。
みんな私のほうを見て、頬笑みかけてくれる。
すっかり忘れてた……今日は1月10日、他ならぬ私の誕生日だ。

「みんな、これ全部私のために……?」
私は食堂の辺りを見回す。
色とりどりの飾り付けが施されていて、とても綺麗だった。
「そうだよ。みんなロスマン曹長のために何日も前からこっそり準備をしていたんだ。クルピンスキー少尉を中心にね」
「え? 伯爵が?」
私は伯爵の方を見る。彼女はいつもの伯爵スマイルで私に微笑みかけてくれた。
「ボク達、先生にはいつもお世話になっているからね。日頃の感謝を込めて、盛大に誕生日を祝ってあげたかったんだ。
ほら、見てこのケーキ。バルクホルンが作ったんだよ。すごくない?」

ここ最近、みんなの様子が少しおかしかった理由が今分かった。
私を驚かせるためにこっそりパーティーの準備をしていたんだ。
それなのに私は嫌われてるなんて勘違いしちゃって……
「伯爵……」
気が付けば私は伯爵の事を抱きしめていた。
「へ? ちょ、ちょっと!? 先生!?」
「ありがとう、それとごめんなさい……私、最近なんだかみんなに避けられていたから嫌われてるって、
勝手に勘違いしちゃって……うぅっ」
私の目からは再び涙が溢れる。もちろん、悲しい涙じゃなくて嬉し涙だ。
「ボク達のほうこそごめん。驚かせるためとはいえ、先生に寂しい思いさせちゃって……でも、ボク達が
先生の事、嫌いなわけないじゃない。みんな優しくて面白い先生の事が大好きだよ」
「ふふっ、やっぱりロスマンさんの思い過ごしだったみたいね」
伯爵から離れた私にミーナ中尉が再びハンカチを差し出してくれた。
私はそのハンカチを受け取って、涙を拭う。
「うん。本当にありがとう、みんな」
「さ、曹長。このロウソクの灯を吹き消してくれ」
部屋の明かりを消して、ロウソクに灯を灯しながら、ボニン司令が言った。
「はい」

――この大好きな仲間達ともうしばらく、一緒にいられますように。

私は、そんな想いを込めながらロウソクの灯を思いっきり吹き消した。

~Fin~


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