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カールスラント軍司令部より一通の手紙が届く。それは執務室でミーナから手渡された。
二百五十機超の撃墜記録達成についてのささやかな祝辞と、原隊復帰後の昇進等について書かれている。
そのかしこまった手紙をざっと読み終えると、トゥルーデはふう、と溜め息をついた。
「あら、どうしたのトゥルーデ? 何か問題でも?」
ミーナはトゥルーデの顔色を見て質問した。
「いや。問題とか、別にそう言う事ではないのだが……」
「既に二百五十以上もの撃墜記録を作っているのよ。撃墜の内容はどうであれ、その数字を無視する事は軍の上層部だって出来ない筈よ?」
「いや、そう言う事じゃない。違うんだ、ミーナ……」
言いかけて、思わず手紙を握る手に力が入る。
くしゃっと言う音がする。手元を見ると、せっかくの手紙がしわくちゃに握り潰されていた。
ああ、と言う顔を作るカールスラントの“堅物”。
「はいはい、分かってるわよ、トゥルーデ」
「何だ、その問題無いと言わんばかりの表情は」
いぶかしむトゥルーデを見て、ミーナはふふっと笑った。
「さあ、お昼よ。まずは食事に行きましょう」
トゥルーデはミーナに肩を持たれ、押されるかたちで執務室から出る。手紙はポケットに押し込んだ。
「おめでとうございます!」
食堂では芳佳達が待ち構えていて、入室するなり方々から祝福の声が飛んで来た。
よく見ると501の全員が揃っている。
「な、何だこの騒ぎは」
「何って、バルクホルンさんのお祝いですよ。二百五十撃墜を、カールスラント軍から認められて……」
「ああ、その話か」
まるで他人事の様に答えるトゥルーデ。
テーブルに用意されたお祝いのケーキを見る。
ケーキ自体はあり合わせのものだと推測する。多分大急ぎで芳佳やリーネ達が一生懸命作ったのだろう。
それ自体はとても有り難いのだが、その心遣いが、トゥルーデの心の「すれ違い」を増幅させる。
勿論分かっては居る。だが……。
トゥルーデは一応皆の善意に答えるかたちで、有難うと礼を言った後、芳佳に聞いた。
「しかしどうして、私の事を知っているんだ? 誰から聞いた」
「それは、秘密です。でもバルクホルンさん、凄いじゃないですか」
「私にはとても真似出来ません……」
リーネももじもじしながら言う。
「流石は大尉、素晴らしいスコアですわ。認定おめでとうございます。同じ部隊である事に誇りを感じます」
ペリーヌらしい祝辞。
「なかなかどうして、大したもんじゃないか。おめでとう」
「おめでとー! ニヒヒ」
シャーリーもルッキーニを連れ、祝福する。
「ああ……まあ……」
曖昧な返事を返すトゥルーデを見てにやつくシャーリーとルッキーニ。
「おめでとう、ございます……」
「おめでとナー、大尉」
眠そうなサーニャを連れたエイラも一応声を掛けてきた。
「サーニャ寝そうじゃないか。無理しなくて良いんだぞ?」
「ま、こう言う時位はナー」
「さあ、みんなでお祝いしましょう」
ミーナの一声で、祝宴は始まった。
祝宴と言っても最初のうちだけで、後はめいめいがケーキやお菓子、それにちょっとした豪勢な食事、飲み物を口にし、
いつもと大して変わらない、賑やかな団らんの場と化した。
トゥルーデはそんな場の変化を見てとると、気付かれぬ様、独りそっと食堂から抜け出した。
廊下に出て、天井を仰ぐ。ポケットからしわくちゃになった手紙を取り出し、じっと見つめる。
違う。私が思っている事は、言いたい事は……、私は……。
「何処行くの、トゥルーデ」
声に振り向く。いつ来たのか、エーリカだった。こう言う辺り、相変わらず目ざとく、鋭い。
「ちょっと、気分転換を、な」
「気分転換も何も、最初から出来てないでしょ」
「それは……」
心の中を覗かれた様な気分で、答えに詰まるトゥルーデ。
「トゥルーデ、どっか行くの?」
エーリカがぼそっと呟いた。
「行くもんか! 軍の命令など……いや、命令だから、仕方無い、か」
瞬間的にかっとなったものの、すぐに冷静さを取り戻す。
「でも今はっきり言ったよね? 行きたくないって。そう言えば良いのに」
「仮にも私は軍人だ。ネウロイと戦っている以上……」
「じゃあ聞くけど、トゥルーデは一体何者? 誰の為に戦ってる? そして、一番大事なこと。誰の恋人かな?」
エーリカは意地悪くそう言うとにやっと笑い、トゥルーデから手紙を奪うと彼女のポケットに押し込み、手をそっと握った。
温かいエーリカの手。そして二人の指に輝く、同じかたち、同じ輝きの指輪。
トゥルーデは、うつむき、はあ、と一つ溜め息をついて頷いた。
「ああそうだよ、エーリカ。私は……。だから、行きたくないんだ」
気付くと、エーリカを抱きしめていた。トゥルーデの胸に顔を埋めるエーリカ。
エーリカの髪を撫でる。さらさらとしたブロンドの髪が指の間からこぼれる。鼻をくすぐるのは、紛れもない愛しの人の匂い。
いつも一緒に居て。これからも一緒だと信じたかった。だけど、とトゥルーデは思う。
「私と離れるのがイヤなら、イヤってはっきり言えば良いのに」
ぽつりと呟くエーリカ。
「私は……」
「そこんとこ、バカ真面目なんだよね。ガランド少将みたいにはっきり言えば良いんだよ、トゥルーデ」
トゥルーデは答えられず、ただ、エーリカを抱きしめる。彼女の温もりが、しばしの安らぎと猶予を与える。
「軍からの手紙になんて書いてあったかは知らないけどさ」
エーリカが呟く。静かに聞いているトゥルーデに、エーリカが尚も語りかける。
「トゥルーデはどうしたいの? 結果はどうあれ、もっと自分の気持ちに素直になりなよ」
エーリカの言葉を聞いて、思わずふっと笑うトゥルーデ。
「お前の言う通り、私はどうにもカタいらしいな」
「今更、トゥルーデ?」
エーリカは呆れて笑い、言葉を続けた。
「ちなみに私が三百超えした時はどうだった?」
「あの時は、ああ……そう言えば」
「ね。大丈夫だって」
エーリカはトゥルーデの顔を上目遣いに見た。
「まさか、手紙には二百五十撃墜の事、触れてなかったとか?」
「そんな事あるか」
「じゃあ、まずは、そっちを喜ぼうよ。私の時も、トゥルーデお祝いしてくれたじゃない」
「ああ、あの騒ぎか……」
三百撃墜時の“ささやかな”お祝い、そして、ブリタニア基地での勲章授与の顛末を思い出し、苦笑いする。
「今回はトゥルーデ、勲章無し?」
「さあな。送られて来たのはさっきの手紙一通だけ。中身はおめでとうの一言と、原隊復帰後の昇進についてだけだった」
「なら、望みはあるよ。私からもガランド少将に言ってみる」
「エーリカ……」
「だって。私達、一緒じゃないと……」
エーリカはトゥルーデの腰に腕を回した。
結びつく二人の視線。近付く顔。瞳が閉じ、交わる唇。
しばしお互いの気持ちを確かめた後、エーリカはぽつりと言った。
「一緒じゃないと、イヤだ」
「分かった、エーリカ。お前を悲しませる事はしない」
「本当?」
「ああ。やっと気付いたよ。私は軍人だが、同時にエーリカ、お前の……」
「元気出たね、トゥルーデ」
「えっ?」
「食堂入って来た時から、なんか浮かない顔してたから」
「そうか」
「誰だって気付くよ。さっきの、約束だよ?」
「ああ。守る。守ってみせるさ。絶対に」
「じゃあ、食堂に戻ろう?」
「何? どうして」
「みんな、聞きたがってるよ。手紙の内容。そしてトゥルーデのキモチ」
「な、何ぃ? それは改めて言うもんじゃ……」
「ダメ。ちゃんとトゥルーデの口から言わないとね」
そう言って、エーリカはトゥルーデの身体を持って、食堂に戻ろうとする。
トゥルーデは、笑った。そしてエーリカの頬にキスをする。
「トゥルーデ?」
「分かったよ。行こう。もう一度、皆と話したい」
「でしょでしょ? あ、まだケーキ残ってるかな?」
「さあな」
二人は揃って、食堂の扉をばーんと開けた。
隊員達は全員残っていた。そして「祝宴の主」の帰還を待ちわびたのか、二人の姿を見てか、拍手と、ひゅーとからかいの口笛も飛ぶ。
「すまない、途中で抜け出して。ちょっと、気分転換を」
「どんなダヨー、言えヨー」
「うっうるさい! それで……皆に、話したい事が有るんだ。私は……」
ちらりとエーリカを見る。エーリカは笑顔で、小さく頷いた。
「私は……」
短くも、明快なトゥルーデの決意を聞いた501の面々は沸き立ち、祝宴は第二席と言う事で続けられた。
トゥルーデとエーリカを冷やかしたりもしたが、皆、笑顔で祝福する。
「ね? トゥルーデ。家族って良いものでしょう?」
トゥルーデとエーリカに、ミーナが近付いて来て話しかける。
「家族……。そうだったな。隊の皆は家族。ミーナがそう、何度も教えてくれた」
同郷のエースの言葉を聞いたミーナは笑った。
「あの時はつい手も出ちゃったけど……今はもうその必要もないわね。心配しないで、何か有ったら私からも……」
「すまない、ミーナ。私も自ら言うが、万が一の時は……頼む」
「大丈夫よ。私達、家族でしょう? 501の?」
力強いミーナの言葉に頷くトゥルーデ。横で無邪気に笑うエーリカ。
間もなくカールスラントの三人は、それぞれ他の隊員達に引っ張られ、祝いの輪へと引き戻される。
戦いを忘れる、つかの間の時間へと。
end