thaw
ピアノも有るミーティングルーム隅の角っこに、二重に敷かれた畳。その広さは約四畳半程。
そこだけ扶桑の民家から切り抜かれた様な奇妙な空間……畳の中央には、冬の風物詩が置かれていた。
ふんわりと掛かる綺麗な布団。そっと置かれたテーブル。
慣れた感じで入って温もる芳佳、ちょこんと足を入れて温かさを確かめるサーニャの姿があった。
「芳佳ちゃん、これが『こたつ』?」
「そうだよ。温かいでしょ」
「うん……」
炬燵布団の上、テーブル部分に置かれたみかんの篭を不思議そうに見るサーニャ。芳佳はサーニャの顔を見て、微笑んだ。
「サーニャちゃん、こたつにはみかん。これが扶桑の冬の……」
「はっはっは! その通りだな宮藤。こたつには掘炬燵と置炬燵の二種類があるが、今回は扶桑から畳と置炬燵を持ってきた」
いつ来たのか、ささっとこたつに入る美緒。温かさを実感し、うむ、と頷く。
「うむ、良い感じだ」
「わざわざ扶桑から取り寄せたんですか、坂本さん」
驚く芳佳に美緒は力強く頷く。
「そうだ。寒さをしのぐにはこれが一番だからな!」
力説する美緒を横目に、サーニャは掛け布団を少しめくって覗いた。
「芳佳ちゃん。これ、中はどうなってるの?」
「ええっとね、小さな火鉢を入れて、それを小さな木の枠で囲って、やけどしないように作ってるんだよ」
「そうなんだ……あったかい」
掛け布団を元に戻し、ほんのりとした温もりを感じるサーニャ。
「でしょう? で、暖まりながら、こうやってみかんを食べて……」
「そして、眠くなったら少し足を伸ばして、横になると……。実に良いな……」
言いながら横になり、うとうとし始める美緒。あまりの展開の速さにびっくりする芳佳。
「さ、坂本さん寝ちゃだめです!」
「そうよ何のんびりしてるの美緒。ちょっと……」
こちらもいつ来たのか、ミーナが美緒の眼前に立っていた。畳の向こうから、呆れ気味に美緒を呼ぶ。
「ああすまんミーナ、今行く」
急に呼ばれた美緒はらしくなくよろよろと立ち上がると、ミーナについて行った。
「坂本さん行っちゃった……」
呆気にとられる芳佳。
「坂本少佐、扶桑のものよく持ってくるよね」
サーニャがぽつりと呟く。
「そうだね。もしかして私に気を遣ってくれてるのかな……。でも、みんなでおこた出来ると楽しいよね」
芳佳はそう言って笑った。
「そうね。オラーシャにはこう言う暖房、無いから……」
少し足を伸ばして、ぬくもるサーニャ。
「そうだ、オラーシャの暖房ってどんなのがあるの?」
芳佳の問いに答えるサーニャ。
「暖炉かな……部屋全体を暖かくするから」
「そっか。違うんだね、色々と」
「でも、501(ここ)だと色々な国の事が分かるから、楽しい」
「良かった。坂本さんも喜ぶよ」
「一番楽しそうなの、芳佳ちゃんだと思う」
「えっそうかな」
「だって、みかん食べて、ぬくぬくして……」
そう言いながら、サーニャは、芳佳の頬にそっと手を伸ばす。
「ひゃっ! サーニャちゃんの手、冷たい……」
「あ、ごめんね」
思わず引っ込めたサーニャの手を、ぎゅっと握る芳佳。
「大丈夫。手の冷たい人は心が温かいって、おばあちゃんが言ってたから」
「そうなんだ……私には、分からない」
少し悲しそうな顔をするサーニャ。黄昏にも似たその横顔を見て芳佳は一瞬どきりとしたが、すぐに言葉が出る。
「サーニャちゃんは大丈夫だよ。せっかくだし、もっとこたつで暖まろう?」
芳佳に手を握られる。芳佳の手は温かく、とても気持ち良い。
ずっと触れても吸われ尽くされる事の無い様な……、そんな芯のある温もりを、芳佳の手から感じる。
もっと触れてみたら……どうかな。
サーニャは芳佳の入る位置にそそっと場所を変え、一緒に潜り込む。
二人の身体の側面が、ぴたりとくっつく。
「ちょっ、狭いよ、サーニャちゃん」
「だって、温かいの、足と腰だけだから……」
芳佳は少々苦笑し、サーニャを受け入れる。
「こうすると温かいって事だよね」
深くこたつに入り、二人そっと身体を寄せ合う。
「こたつでのんびりしてると、眠くなるのは何でだろうね、サーニャちゃん」
「私に聞かれても、分からない。でも、確かに気持ち良い」
「でしょ? せっかくの休みだし、ゆっくりしよう」
「芳佳ちゃんの身体も、温かい……」
「サーニャちゃんだって……」
ふふ、と微笑み合う二人。
やがて、微睡みが二人を包み込む。他の隊員が賑やかに入って来るまで、二人だけの時間は続く。
end