bleu or rosso
ペリーヌはひとり基地の廊下を歩いていた。
誰も居ない基地は「かつて遺跡だった」と言われるだけあって静寂そのもの、石壁の向こうから過去の住人達が出てくるのではと
そんな怪談じみた話も聞くが、自らがウィッチであり、“遺跡の番人”を倒した自信も有り、別にどうと言う事はなかった。
そんな折、執務室から出てくる女性が一人。
ペリーヌより少し年上であろうか、長い髪をさらっとかきあげ、モデル宜しく肩で風を切る歩み方。
黒い制服の端から、赤色のシャツ、そしてズボンが見える。恐らくは、ウィッチか。
「貴方は……」
聞きかけたペリーヌよりも早く、その女性は一気に間合いを詰め、顔を間近に寄せた。
「聞いているわ、貴方がガリア解放の英雄ね。青の一番(ブループルミエ)さん?」
「なっ……」
確かにガリア解放の時、新聞の記事になったり、顔は知られている方だ。
だが少々唐突過ぎやしないか。そして何よりも。
無粋。
この事がペリーヌの気に触る。
「貴方、自分の名も名乗らずに何ですの? 一体、501(ここ)に何の御用?」
「まあそう尖らないの、ガリアの英雄さん。カワイイ顔が台無しよ。私はフェデリカ・N・ドッリオ……聞いた事は?」
「……ロマーニャの方ですの?」
「正解ね。一応、ロマーニャの赤ズボン隊の一員で、今は504JFWの隊長をしているわ」
「504の隊長? こっこれは失礼しました……でも」
一応、上官らしいと言う事で非礼を詫びる。だが、腑に落ちないペリーヌ。
何故、こんなに互いの距離……特に顔が近いのか。背け気味に問う。
「それにしても、何の御用で501に?」
「まあ、連絡と見学を兼ねて。504がボロボロになってからは501におんぶに抱っこ。その御礼もね」
「なるほど」
「そして、ガリア解放のエースをこの目でちょっと見たくなったって訳よ。とっても興味有るわ~」
ずいとまた一歩踏み出す。距離が近い。近過ぎる。
思わずのけぞり気味のペリーヌに、更にずいと迫るフェデリカ。
黒に近いダークブラウンの細くしなやかなフェデリカの髪。ペリーヌの頬に掛かり、彼女の髪と、微かに交わる。
「なっ何のつもりですの……見るって、そんな近くで」
いつの間にかペリーヌの腰に腕を回し、抱きかかえる格好になっている。フェデリカは言った。
「私、ちょっと貴方みたいに、可愛くて、それでいて強くて優しくて、刺激的な方が好みみたいでさ」
「何を仰ってるの?」
動揺するペリーヌの耳元で、囁くフェデリカ。
「どうして、ガリア解放後、民間人なんかに? ノブレス・オブリージュ? ガリアの民の為? それとも貴族たる矜恃?」
「何を言いたいのか、はっきりして貰いません事?」
苛ついているペリーヌを楽しむかの様に、彼女の豊かな髪に手を触れ、さっと玩ぶフェデリカ。
「506の隊長への昇進、どうして断ったの。勿体ない」
「いきなり何ですの!? 貴方に何が分かるんですの!? さっきから聞いていれば……っ」
口を塞がれる。交わる唇。
肩をきゅっと抱かれ、ぎゅっと腰に手を回されている事にも、ようやく気付く。
唇全体で撫で回す様な、情熱的なキス。
唾液が絡まり、舌の先が触れる。
そこでペリーヌは両手で思いっきりフェデリカを突き飛ばした。おっと、と言った感じで一歩退くフェデリカ。
ペリーヌは髪と唇……身体をも玩ばれた事に怒り、フェデリカを睨み付ける。唇を拭う。うっすらと手の甲につく口紅の痕。
「もう我慢なりませんわ! 貴方に決闘を……」
「良いの? いつだって受けるわよ。但し……」
不敵な笑みを浮かべるフェデリカは言葉を続けた。
「私が勝ったら、私の望み、何でも聞いてくれる? それで良いかしら?」
「……っ!?」
「私はもうじき引退だけど、まだまだ空の上ではイケてる自信があるの。どう、私を試してみない?」
自信と愛嬌たっぷりのロマーニャ娘を前に、ペリーヌは怒り心頭となり、なじる。
「ロマーニャ人は、どうしてこうもいい加減で、享楽的なんですの!? チームプレーもろくに出来ずスタンドプレーばかり……
ルッキーニさんも同じロマーニャ人と言う事は、本当、まさにこう言う事ですのね!」
「だけど個人の勇気、そして才覚で戦うロマーニャの者は、とっても強い。その事も忘れちゃダメよ。ガリアのエースさん?」
フェデリカはペリーヌを指差して妖艶な笑みを見せる。
「確かに貴方は同じ501の扶桑人が気になってるみたいだけど……ホント、扶桑の魔女ってずるいわよね。
私もあんな魅力、いや魔力が欲しいわぁ」
「な、何の事ですの?」
美緒の事をいきなり言い当てられたショックからか動揺を隠せないペリーヌ。
「ウチの竹井も、流石“扶桑の魔女”って感じよね。見た目とっても大人しいけど、もう周りが大変。分かるでしょ?」
答えに詰まるペリーヌを後目に、フェデリカは踵を返して歩き始めた。
「ちょっと、何処へ行くんですの!? 話はまだ終わってませんわよ!」
「ごめんね、ちょっと急いでるの。もし用事が有ったら、続きがしたければ504にいらっしゃい。歓迎するわ」
「504って……」
「生憎、今は開店休業中だけどね。でも私は居るから。そして……」
ちらりと振り返り、ペリーヌの顔を見る。まるで写真を決めるポーズの様に決まった端正な横顔。フェデリカは言葉を続けた。
「決闘はいつでも受けるわ。赤ズボン隊でも504でもなく、私個人としてね。貴方は何でも背負ってくると良いわ」
「待ちなさい、この……」
「本当はすぐにでも貴方を食べてしまいたいけど、時間がないの、ごめんなさいね。504で待ってる。Ciao!」
フェデリカは手を振り別れを惜しむと、颯爽と、廊下を後にした。
嵐の様な、ロマーニャの魔女は舞台から去った。残されたのは、ガリアの娘。
ただ、立ち尽くすペリーヌ。
一体何故、私を?
「ん? どうかしたかペリーヌ、こんな所で? 何か用事か?」
執務室から出て来た美緒と鉢合わせし、慌てたペリーヌは何でもありませんわと答えてすぐにその場を後にする。
早足で、自室に戻る。廊下の距離がいつもより長く思える。誰とも会わない事を、何故か祈る。
誰とも顔を合わせたくなかった。誰にも顔を見られたくなかった。何故かは分からない。
部屋に着き、入るなり後ろ手に扉を閉め、溜め息を付く。しかし、息が震えている事に気付く。
どうして?
答えは出る筈もなく……そっと唇に指をやる。まだ微かに残るフェデリカの残滓。
随分と尻軽なロマーニャの……だけど、この気持ちは一体。
ペリーヌはうつむき、顔を手で覆った。整理の着かない心を落ち着かせる為に。
私は何者で、どうしたいのか。
答えは出る筈も無く……部屋の窓から差し込む夕日が、ペリーヌを朱に染める。
end