no border


 部屋の中央に引かれた、一本の赤い線。何者も超える事を許されないその“防衛線”を、「ジークフリート線」と呼んだ。
 その線をいとも簡単にまたぎ、がらくたをぐわっしゃんと崩壊させながら、金髪の少女が転がり込んできた。
「こ、こら! また私の境界を侵犯する気かっ!?」
 部屋のテーブルで読書をしていたトゥルーデは、慣れた手つきで散らばった本やら瓶やら何かの木ぎれなど
様々な“物体”を手に取っては、適当に領域の向こうへと戻し始める。
「ちょっとトゥルーデ、もっと丁寧にそっと扱ってよ」
「なら何故がらくた毎やって来るんだ!? あれ程モノをこっちにやるなと……」
「まあまあトゥルーデ」
 侵犯の主、エーリカは、トゥルーデの肩に腕を回し、にやにやと笑う。
「どうした? 何か様子が……息が酒臭いぞ」
 気付いてエーリカの顔を見る。頬がほんのり紅い。
「たまには良いかなーなんて思って。珍しいカールスラント産のワインだよ」
 にやつくエーリカを見る。ワインの瓶を渡され、自然と受け取る。
「ほう、これは珍しいな。何処で手に入れたんだ」
「私のスペースに、有った」
 エーリカの指さすところは、およそゴミの山と言った感じだ。何が出てきてもおかしくない。
「飲めるのか、これは」
「大丈夫、何本も出てきたし、栓もしっかりしてあったし、ラベルも読めるよ。ほら」
「ふむふむ。……結構年代物みたいだな」
 ラベルの記載をつらつらと読むトゥルーデ。いつの間に用意したのか、グラスをふたつ用意し、トゥルーデのベッドに腰掛けるエーリカ。
「さ、飲もう」
 パジャマ姿と言うラフな格好で、誘うエーリカ。
「飲もうって……明日も有るのにどうしろと」
 呆れるトゥルーデ。
「今夜私達非番じゃん」
「非番も何も、いざネウロイが来たら……」
 言いかけるも、既にエーリカは栓をぽんと抜き、こぽこぽとワインをグラスに注ぐ。
 琥珀色をした魅惑的な液体が注がれる。
「貴腐ワインか?」
「だね。甘くて美味しいんだよ」
「……知っている」
 トゥルーデは仕方無くグラスを手に取った。
「あれ、さっき飲まないって言ってなかった?」
「栓を開けた以上、早く飲まないと痛むからな。せっかくの貴腐ワインが勿体ない」
「そそ。飲まないとね~」
 二人は一応、乾杯、とワイングラスを合わせ、ぐいと呷った。
「甘いね!」
「悪くないな」
 二人は同時に感想を述べた。
「確かまだ何本か有った筈だから持ってくるよ」
 エーリカは自分のスペースへ戻ると、ワインの瓶をどこからともなく持ち込んでくる。
「今そんなに飲まなくても」
「いつ飲めるか分からないし、この際飲めるだけ飲んじゃおうよ」
「おいおい……」
 そう言いながら、実はまんざらでもなさそうなトゥルーデ。
「はい、飲んで飲んで~」
「うん……。まあ、うまいな。やはりワインはカールスラント産に限るな」
「でしょでしょ? もっと飲もうよ」
 窓から月明かりが差し込む中、二人はつまみも無しにワインを一瓶、また一瓶と開けていく。

 夜も更け、月もだいぶ傾いた頃……
 ふたりはぐでんぐでんに酔っぱらい、ベッドの上で微睡んでいた。
 ワインの瓶は何本も転がり、ベッドの周りだけエーリカのスペースと余り変わらない感じになっている。
「……飲み過ぎたか」
 うう、と呻くトゥルーデ。
「トゥルーデ飲み過ぎなんだよ……瓶毎ラッパ飲みするなんて」
「エーリカがやれと言ったから!」
「罰ゲームだもんね」
 にしし、と笑うエーリカ。トゥルーデはベッドの上に、ごろりと横になる。そしてぽつりと呟く。
「毛布が欲しい」
「毛布?」
「もうこのまま眠りたい」
「えー」
「飲み過ぎて何だか気分が……」
「しょうがないなー、トゥルーデ」
 エーリカもよろめきながら、近くに置かれた毛布を手に取る。
「おろ? 端が二重に見えるよ、トゥルーデ。面白い」
「エーリカも酔ってるじゃないか」
「とりあえず、はい!」
 折り畳んだ毛布を投げつける。
「痛っ! 畳んだまま投げるな! て言うか、掛けてくれないのか……」
「トゥルーデ、いつの間に甘えっ子になったの?」
「こう言うのは甘えっ子とは言わない」
「仕方無いなあ、トゥルーデ」
 エーリカは毛布の端を持ち、ばさっと広げるとトゥルーデの身体に掛ける。
「すまない、エーリカ……」
 何か言いかけたトゥルーデが気になり、顔を見る。気分が悪そうとかそう言うのではなさそうだ。
 そこで、少々の寒気を覚えたエーリカは、そのままするりとトゥルーデの懐に潜り込んだ。
「どうした、エーリカ」
「寒くなったからちょっと暖めて」
「あ、暖め、て……?」
 トゥルーデの声色が変わる。
 そこで、エーリカは、ふと気付く。
 目の前で微睡んでいた筈のトゥルーデが、何故か覚醒している。
 いや、目の色はまるで貴腐ワインの様にとろけ、そして少々澱んでいる。
 だが、何処か何か思い詰めた様な、一途な表情をしている。
「今、暖めてと言ったな?」
「う、うん」
「じゃあ、そうする?」
「えっ? えっ? トゥルーデ? ちょっ……」
 腕をがっしりと掴まれ、唇を奪われる。舐る様な、濃厚なキス。
 さっきまで飲んでいたワインの味が、お互いの口を行き来する。
 舌が絡む。貪る様に、唇を重ねる。はあ、と息が上がり、灼ける吐息が頬を掠める。
 そんなキスを何度も繰り返し、息がとことん荒くなったところで、トゥルーデはエーリカのパジャマを強引に脱がせた。
「ちょっと、トゥルーデ?」
「お前が望んだんだぞ、エーリカ」
 まだ息の荒いトゥルーデは、エーリカを前に、自分も服を脱ぎ捨てた。
「そして、私も望んでいる」
 それだけ言うと、エーリカに襲い掛かった。
 毛布の中で、突然始まる情事。
 普段あまり自分から求めないトゥルーデが情欲に溺れ狂ったのは、ワインの魔力か。
 それとも、間近で嗅いだ“愛しの人”の芳香か。
 体中に唇を這わせ、乳房を舐め、微かな膨らみを繰り返し舐る。
「あっ……はうっ……トゥルーデ、そこばっかり……」
「エーリカの、胸は……。でも、だからこそ好きだ」
「トゥルーデ、何言ってるかよく分からないよ」
 途中何を言っているか分からないが、とにかくトゥルーデにがっしりと身体を拘束され、なすがままにされる。
 執拗に胸を舌と唇で玩ばれ、身体をびくりと震わせるエーリカ。
「ズボンも要らないな」
 しゅるりとズボンを脱がすトゥルーデ。少々熱く、湿り気味の秘所に、中指をくちゅっと入れ、こすり、回し、つまむ。
 堪えきれずにトゥルーデを抱きしめ、腰を震わせるエーリカ。
「トゥルーデ、だめ……そんなにしちゃ……」
「私も……」
 いつ脱いだのか、トゥルーデもズボンを下ろし、露わになった自分の股をエーリカと合わせる。
 最初ゆっくりしたリズムで、腰を浮かし、擦り合う。溢れ出る蜜。
「あっ……んっ……だめ……トゥルーデ……」
「うう……先にはイカせないぞ……エーリカ、愛してる」
「トゥルーデ、ずるい……んっ……こんな時に……はあっ」
 唇を重ねる。身体が本能的に動き、うまくキス出来ない。無理矢理ぎゅっと抱きしめ、腰を振りながら、もう一度キス。
 やがてテンポが早くなり、息が浅くなり、上がり……
 二人は同時に、快楽の頂点に達し、がくがくと身体を震わせた。
 抱き合ったまま、ベッドにごろりと横になる。
 二人の重なった秘所から溢れる愛液はつつっと垂れ、ベッドのシーツにぽつぽつと染みを作る。
 荒い息のまま、二人はキスを繰り返す。数なんて数えていられない。ただ、目の前に居る者が、愛おしい。それだけ。
「トゥルーデ、愛してる」
「エーリカ、私もだ」
 絡み合う視線、吐息。
 そして重なる唇。乳房。素肌。
 二人の営みは、夜を徹して続いた。

 明け方。のそっと身体を起こすエーリカ。いつ掛けたのか、毛布にくるまったまま二人は寝ていた。
 トゥルーデは疲れ切ったのか、全身の力が抜けた様にぐたーっと寝ている。
「あんなに飲むから……って飲ませたのは私か」
 髪をかき上げ、ぼんやりと思い出し呟くエーリカ。
 その“飲み過ぎ”な愛しの人は、エーリカの横で寝たまま、起きる気配もない。
 時計を見る。そろそろトゥルーデは起床する時間なのに……。
「こりゃ起きないね。起こしてもしょうがないし」
 エーリカはもそもそと毛布に潜り込むと、トゥルーデと肌を合わせる。
 素肌の触れ合い。とても温かく心地良い。お互いの鼓動がはっきりと分かる。
 本能的か反射的か、エーリカを抱き寄せるトゥルーデ。しかし寝たままだ。
「私は抱き枕かっつうの」
 口調は少しきついが、悪い気はしない。
「もし、ワイン飲んだ後の事、忘れてたら……」
 一週間無視しよう、と決心するエーリカ。
 でもトゥルーデの事だから、きっと顔を真っ赤にして「それはその……」とかしどろもどろになって弁解するに違いない。
 そこも織り込み済みでの、決心。
 ある意味での逃げかも知れない。
 だけど、そうなる確信にも似た気分は有った。何より、二人で付け合った身体の痕。そしてベッド周りの状況。
 ふふ、と何故かこみ上げる笑みを浮かべながら、エーリカはトゥルーデの胸の中で、もう一度眠りに落ちる。
 一番安心出来る人の、腕の中で。

end



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