信じあえる人


ある日の夕方。私はいつも通り起きて出撃の準備をする。普段と違うことといえば、いつもは騒がしい基地の中がやけに寂しいことぐらい。ミーナ中佐に理由を尋ねたら、ネウロイが出現したからみんな出撃しているけど、今無事に帰ってきているところだと教えてくれた。なので、私はいつも通りの自分の任務のために出撃することにした。今出撃すれば帰ってくるみんなと会えると思ったから。


出撃して少し経ったころ、魔道針でみんなの声をとらえることができた。

「シールドなんかに頼っている奴は、私に言わせりゃ二流ダナ」
この声の主はエイラ。この基地に来たばかりの時、どうしたらいいのかわからなかった私に手を差し伸べてくれた人。

「そんな~。私はシールドだけが取り柄だって言われているのに~。」
 この声の主は芳佳ちゃん。エイラと私だけの閉鎖的なつながりに踏み込み、広げてくれた人。
二人は私にとってとても大切な人なのだけれど、エイラはいつも芳佳ちゃんをからかって遊んでいる。でも私は二人には仲好くしてもらいたいから、私はエイラを諌めることにする。

「そんな言い方をしたらだめよ、エイラ。おかえりなさい、みんな。」
「サーニャ!」
「サーニャちゃん!そうか・・・これから夜間哨戒なんだ。」
そう。私はこれからいつも通り夜間哨戒の任務に出発するはずだったんだけど・・・

「待て、サーニャ。今夜はいい。一緒に基地に戻れ。」
坂本少佐のこの一言で、私のいつも通りは終わりを告げた。


 その夜のブリーフィングで坂本少佐がなぜ私を行かせなかったのかが分かった。
今回のネウロイのコアは高度33333mという超高高度にあるのだという。そこは魔法がなければ一瞬で死に至るような世界だけど、私のフリーガーハマーならその厳しい条件下でも広範囲を攻撃できる。だから私がそこまで行って、そのネウロイを撃墜することになった。たしかにその案は正しいと思う。でも気がかりなのは・・・

「はいはいはいっ!だったら私も行く!」
やっぱり。私の横に座っていたエイラが手を挙げてアピールしている。
エイラはいつもそう。さっきだって私が夜間哨戒では一人で戦うこともあるということを芳佳ちゃんに自慢げに話していたのに、実際には私が一人で行動することをよしとしない。心配してくれるのは嬉しいのだけど、その振る舞いはなんだか母親が幼い子供を見ているような感じがして、私は少し不満だった。

私がそんな相反する二つの感情を抱いていると、坂本少佐が口を開いた。
「時にエイラ。お前、シールドを張ったことはあるか?」
坂本少佐の問いかけ、それは普通なら聞くまでもないこと。だってシールドは私たちの身をネウロイのレーザーから守ってくれる、ウィッチにとっては命綱のようなものだから。でも彼女にとっては・・・

「シールド?自慢じゃないけど、私は実戦でシールドを張ったことなんて一度もないぞ。」
やっぱり。固有魔法によって未来予知ができる彼女にとって、攻撃とは“避けるもの”であって“防ぐもの”ではないのだろう。彼女もそれを自慢げに言い放ったのだけど・・・

「なら無理だ。」
「そうね。こればかりは・・・。」
「え?」

坂本少佐とミーナ中佐によってエイラの希望はあっさり却下されてしまった。理由は、高度3万mでの戦闘では、誰かがシールドで私を守る必要があるから。なので、隊で一番強いシールドを張れる芳佳ちゃんが私と一緒に飛ぶことになった。エイラは悔しそうにして芳佳ちゃんに対して唸っていたけど、私は彼女に、私と芳佳ちゃんのことを信じて待っていて欲しかった。


翌日、私もエイラも気持ちが不安定だったからかもしれない。私は、いつもからかっているペリーヌさんの手を借りてまでシールドの特訓をしているエイラを励ましたかった。なのに、エイラはできないから諦めると言い出して、私がそれを止めようとしたら・・・

「じゃあ最初からできる宮藤に守ってもらえばいいだろ!」
どこか投げやりで人任せなエイラの言葉は私の心に響き、これまで私がエイラに対して心の中で築いてきた何かを壊してしまったような気がした。そのせいか、気づくと口が、体が、勝手に動いていた。

「エイラのバカ!」
「サーニャのわからずや!」
エイラも言い返してきたけれど、私はそれをろくに聞きもせずに彼女に手に持っていた枕を投げつけ、部屋から走り出てしまった。


部屋を出た後しばらく走って少し冷静になれた私は、近くに魔力反応があるのを感じた。間違いようのない、“あの人”の魔力を。彼女が何をしているのか気になったのと、さっきあったことを忘れたくて、私は様子を見に行ってみることにした。


「芳佳ちゃん、何をしているの?」
「あ、サーニャちゃん。何って・・・今から訓練に行くところだけど。」
 私はがむしゃらに走っているうちに、気づけばハンガーまで来てしまっていたらしい。そこには発進準備をしている芳佳ちゃん、坂本少佐、バルクホルン大尉の姿があった。

「でも、芳佳ちゃん今日はお休みのはずじゃないの?」
そう。今日は訓練がないはず。それにもしあったとしても、芳佳ちゃん一人に坂本少佐とバルクホルン大尉がつくような厳しい訓練は聞いたことがない。

「それは・・・その・・・」
芳佳ちゃんは何やらモジモジして言いづらそうにしている。すると坂本少佐が普段と変わらない大きな声で話し始めた。
「ああ、宮藤に特別訓練を頼まれてな。サーニャのことを絶対に守りきりたいんだそうだ。よかったな、サーニャ。はっはっは。」
「ちょっと坂本さん。なんで言っちゃうんですか~。」
「まあ細かいことは気にするな。」

そんな二人の会話を聞いてると、私も楽しい気持ちになってくる。でも、まだ疑問はある。
「芳佳ちゃんはあれだけ強力なシールドを張れるんだから、訓練なんていらないんじゃ・・・。」
そんな私のつぶやきを聞き逃さなかったらしく、今度はバルクホルン大尉が答えてくれた。
「宮藤は今回のような超高高度での戦闘経験がないからな。生命維持の方法やその状況での戦い方を事前に練習しておきたいそうなんだ。」

「芳佳ちゃんそうなの?」
「うん・・・。今回の任務で私にできることは、サーニャちゃんがネウロイを撃破してくれることを信じてシールドを張ることだけ。だから、そのためにできる限りのことをして、サーニャちゃんが不安なく戦えるようにしたいの!」
カッコつけすぎかな私、と芳佳ちゃんは照れているけど、私にとっては彼女の私を信じるという言葉がとても嬉しくて・・・私の口からも気づけば言葉がでていた。

「なら私も芳佳ちゃんを信じて、そして芳佳ちゃんから信じてもらえるように頑張ります。だから坂本少佐、バルクホルン大尉、私にも特訓をお願いします。」
 芳佳ちゃんはちょっと驚いた顔をしたけど、すぐに私の手を取ってこう言ってくれた。
「サーニャちゃん・・・。一緒に頑張ろうね!」
「うん!」

こうして私たち二人は、そのあとみっちりと特訓をしてもらった。昼に特訓をすることなんて久しぶりだったし、まして芳佳ちゃんと二人での特訓なんて初めてだったけど、私にとってそれはとても清々しく感じられた。


夕方まで実際に飛行して、夕食の後、注意事項をもう一度おさらいしてから特訓は終わった。最後には坂本少佐やバルクホルン大尉も誉めてくれたので私が充実感に浸っていたら、芳佳ちゃんが私をお風呂に誘ってくれた。

疲れた体には温かいお湯が心地よくて、いつも入っているサウナとはまた違った良さがあるなと考えていると、いつも一緒にサウナに入っている人のことを、そしてその人と喧嘩をしてしまったことを思い出してしまった。そのせいで無意識のうちに顔色が曇ってしまったみたいで、それに気づいた彼女が訪ねてくる。

「サーニャちゃんどうかしたの?」
「それは・・・」
喧嘩の原因に彼女が絡んでいるので、できれば彼女には話したくない。けれど、せっかく信じあおうとしている相手に嘘をつきたくもないという思いもあって、私は口籠ってしまう。どうしたらいいのか困っていたら、思わぬところから助け船が来た。

「うりゃりゃりゃりゃ~~~。」
「きゃああああ!ル、ルッキーニちゃん。何をしてるの。」
「う~ん。やっぱり残念~。」
「残念って何よ~。」

どこからともなく現れたルッキーニちゃんが、芳佳ちゃんの後ろから彼女の胸を揉んでその一言。おかげで二人の追いかけっこが始まってしまった。彼女の注意がそちらに逸れたので答えずに済んだけど・・・それでもエイラとのことが頭から離れなくて、私はまた考え込んでしまう。すると今度は私の隣に入ってくる人がいた。

「ルッキーニ。風呂で転んだら危ないから走んなよ~。おっと隣失礼。」
そう言いながら入ってきたのはシャーリーさん。私が彼女の体にちょっと見とれていると、彼女が口を開いた。

「聞いていいことかわからないけど・・・エイラと何かあったのか?」
「それは・・・」
「いや夕飯のときに二人の様子がおかしかったから気になってな。よければ話してくれないか?」
走るのをやめた芳佳ちゃんとルッキーニちゃんは、今度は水の掛け合いをしていて、こっちには気を止めていないし、他にお風呂に入っている人もいない。それにシャーリーさんなら力になってくれそうな気がしたので、私は全てを話すことにした。


「成程なあ。」
私が全てを説明すると、シャーリーさんは納得したような声をあげた。
「私、どうしたらいいんでしょうか。」
「う~ん・・・。難しいところだけど、自分の気持ちを信じてまっすぐ振り返らずに進めば、きっと答えは見つかるんじゃないか。」
「あ、ありがとうございます。」
自分の気持ち・・・私は・・・私は・・・。

考えてもうまく答えはでなくて、気づけば私は少しのぼせてしまったみたいで、お風呂から出た後芳佳ちゃんと話しながら歩いていたこともあってか、気づけば私は芳佳ちゃんの部屋まで来てしまっていた。
自分の部屋に戻らないといけないのは分かっているんだけど、まだエイラと顔を合わせる勇気が私にはない。それに久しぶりの激しい特訓で疲れたのもあってか、私は芳佳ちゃんのベッドに横になってしまう。

「あ・・・」
彼女は少し驚いた表情をしたけれど
「今日だけは・・・いいよね。」
そういいながら私の横に寝そべると、もう私が眠っていると思ったのか小さな声で話しかけてきた。
「私たちならきっとできるから。一緒に頑張ろうね、サーニャちゃん。」

緊張が隠し切れていない彼女の声。でもその言葉のおかげで、私は自分の気持ちを確認できた。自分を信じてくれるこの人のために、全力を尽くしてこの任務を成功させたい、と。そんな決意を胸に秘めて、私たちは一緒に眠りについた。


そんな中迎えた作戦当日。高度33333mに到達するために、私たちは3段重ねの塔のような隊形をとっていた。1番上が突撃班の私と芳佳ちゃん。その下にエイラを含む第2打ち上げ班。さらにその下に第1打ち上げ班がいて、下から順にストライカーに点火、それぞれが限界まで飛行しては離脱を繰り返す計画だ。

打ち上げは順調に進み、まず第1打ち上げ班が離脱。続いて第2打ち上げ班も離脱して、いよいよ私と芳佳ちゃんがストライカーに点火した。今回の作戦のための特別装備、ロケットブースターが生み出す騒音で、周りの音が聞き取りづらい。でも私はシャーリーさんに言われたとおり、まっすぐ振り返らずに高度33333mまで上昇していった。


目標高度に到達したときには、私たちは魔道針を使わずともネウロイを確認できた。ここは本来生命の存在しない死の空間だから。それはネウロイも同じらしく、すぐに私たちに攻撃をしかけてきた。強力なレーザーが何本も向かってくるのが見える。でも私はそれを恐れたりしない。

「任せて!」
空気のないこの空間では言葉が聞こえるはずがないのだけど、私には芳佳ちゃんがそう言ったような気がした。その直後、彼女が張ったシールドは、この空間でも何の問題もなく機能し、レーザーを受け止めてくれる。彼女は攻撃が途切れた一瞬のタイミングを見計らってシールドを解除、私はそれと同時にフリーガーハマーでネウロイを攻撃する。言葉を交わせなくても、彼女を信じて私は動く。彼女もそれに応えてくれる。そして・・・

私が放った弾丸はネウロイにすべて命中、ネウロイは爆炎に包まれた。芳佳ちゃんが笑いかけてきたけど、私はあるものに気づいて慌てて彼女の手を握り締める。

私が気付いたもの。それは倒したと思ったネウロイの先端部分。コアとその周りの僅かな部分のみが切り離されたそれは、爆風を利用して一気にこちらに接近してきていた。これはまずい、フリーガーハマーの弱点である近接戦闘に持ち込まれてしまった。今攻撃すれば、強力すぎる爆風は自分をも巻き込んでしまう。予想外の事態に私はパニックに陥りそうになる。けどそんな私の手を、芳佳ちゃんは強く握り返してくれた。それだけで私は冷静になれた。そして彼女が言いたいことも分かったから・・・私はフリーガーハマーをネウロイに向け、躊躇なく引き金を引いた。

命中と同時に途方もない爆風とネウロイの破片が向かってくる。でも私たちの手が離れることはなくて・・・彼女が張った巨大なシールドは全てを防いでくれていた。


今度こそ戦闘が完全に終わったことを確認して、私たちは笑いあい、基地へ帰還しようとしていた。その時、私の目に映ったものがあった。

「芳佳ちゃん。あれがオラーシャよ。」
そう。それはネウロイに占領されてしまった私の故郷。
「あれがウラルの山。あの向こうのどこかに私の家族がいるの。」
 今すぐにでもあそこに飛んでいきたい。私がそう考えていると・・・
「取り返そう!」
「え?」
唐突な彼女の言葉に思わず聞き返してしまう。
「絶対にこの戦いに勝って、平和な日常を取り返そう。そうすればきっと、サーニャちゃんも家族に会えるよ。そのために私頑張るから!」

 人のために戦いたい、そんな彼女の純粋な言葉に、私はさっき思ったことを心にしまうことにした。彼女の願いを叶えたい、そしてそれを叶えることは、きっと私の願いを叶えることでもあると思ったから。
私は目に浮かんでいた涙を拭って彼女に応えた。
「うん。頑張ろう!」

そうしてネウロイと戦う新たな決意を胸に、私たちは基地へと帰って行った。

~end~


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