冬虫夏草


「蝉の声が聞こえる」
ハルトマンが不思議そうに呟いた。
12月に蝉などいる筈ないと思いつつ、サーニャも耳を澄ましてみた。
「本当だ…本当に蝉の声が聞こえる! でも…なんで?」
飛行訓練を終えて基地に戻る途中だった。眼下には金色の草原が広がっている。
「向こうから聞こえてくるみたいだ。サーニャ、一緒に行ってみようよ」
「うん!」
日中の日差しは強いものの、身を切る風は冬の到来を告げていた。
2人は蝉の声を追いながら、胸の中で繰り返し「なんで?」と呟く。
草原の上を低空で旋回しながら音源を探ってみる。どうやら蝉の声に間違いないようだ。
しばらく探しまわって、やがて2人は草原に舞い降りた。
「ここから聞こえるけど、蝉がいないね。それどころか木さえないよ…」
周囲を見渡しながら、ハルトマンが不思議そうに言う。
「そこの背の高い草の辺りから聞こえるみたい」
頭をもたげた背の高い草を指差してサーニャが言った。
2人で草に近づいてみる。特に変な感じには見えない。
でも蝉の声は間違いなく、この草から聞こえてくる。
何か思い当たる節があるのか、サーニャがおもむろに草を引き抜いた。
草の根元に視線を向けたハルトマンの体が硬直する。
「そんな馬鹿な!」ハルトマンが喘ぐように叫んだ。
草の根が蝉の形をしている。いや、正確には蝉の背中から草が生えていた…。
その草の根(?)が蝉の声で鳴いている。
「冬虫夏草…?」サーニャが呟いた。
「えっ?」
「夏は草の姿をして、冬は虫の姿になるの。わたしも実際に見るのは初めてだわ。
…でも何で蝉の姿に?」
「いや、冬虫夏草はそもそも菌類の…これはソレとは…」
ハルトマンが言いかけた瞬間、草原の草花が一斉に蝉の鳴き声をあげた。
耳をつんざくような蝉の大合唱に2人がたじろぐ。
「まさかこの草全部が?」
「まさか…そんな…」サーニャの声が震えていた。
「サーニャ! 早く此処から離れよう!」
蝉の鳴き声は急速に強さを増していき、いまや雷鳴の如く轟き渡っていた。
「うわっ! この鳴き声! 頭が割れそうだ」
2人はもはや立っている事さえ出来ない。遠のいていく意識の中でハルトマンが叫ぶ。
「サーニャ!」

「起きろ! ハルトマン! 」
バルクホルンの怒鳴り声にハルトマンが薄目を開ける。
「うぅ…ん、あと40分…」
耳元で鳴り響いている目覚まし時計を手探りで止めて布団の中に潜り込む。
「ふざけるなコラっ! サーニャも起きろ! だいたい何でサーニャが此処にいるんだ?」
サーニャは怒鳴り声にさえ気つかずにハルトマンの横でスヤスヤと寝息を立てている。
「っ…貴様らは…早く起きろぉおおお!」
呆れ果てたバルクホルンが最後の雄叫びを残して部屋を出て行った。

冬虫夏草の草原から脱出したハルトマンとサーニャは手を繋いで草原を見下ろしていた。
「ここまで来ればもう大丈夫だ。本当に危ないとこだったね、サーニャ」
サーニャが頷いた。もう蝉の声は聞こえない。
「うん。でも不思議だわ。蝉の声に混じって、エイラの泣き声が聞こえたような…」
こんな所にエイラがいる訳ないと思いつつ、ハルトマンも耳を澄ましてみた。
「本当だ…エイラのすすり泣く声がする。行ってみよう」
「うん!」

…to be continued


そのころ、ハルトマンの部屋の前を偶然シャーリーが通りかかった。
「よぅエイラじゃないか! 何してんだ、そんなとこで…て、泣いてんのか?」

『泣きながら 蟻にひかれる 冬の蝉』詠み人 エイラ


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