memory and record


 風の無い穏やかなある日の事。兵舎の窓のひとつを開け放ち、外を見るビューリングの姿があった。
「ビューリングさん、こんな所で一体何を?」
「ちょっとな」
 煙草の火をくゆらせ、どんよりと曇った空を眺める。
 しばしの沈黙。エルマはビューリングの背後に立ったまま。ビューリングはそんな彼女の表情を振り返って見る事も無しに、ぽつりと言った。
「あいつの……」
「えっ?」
「昔の話さ。ライバルだった奴が居るんだが……そいつが戦死してな」
「そうなんですか。お気の毒に……」
「今日はそいつの命日なんだ」
「……」
 冷たい風が、軽く窓を通して部屋に入ってくる。お構いなしのビューリングは、煙草をくわえ、言葉を続けた。
「ここには墓も無いし、思い出すものと言えばあいつの小憎らしい顔位。でも、せめてもの手向けに、思い出す位はしてやらないと」
「十分ですよ。だって、覚えていてくれる人が居るって事は、それだけ覚えてる人に愛されてるって事ですから」
「エルマは優しいな。無条件にそう思えるなんて」
「えっ……違うんですか」
 ビューリングは何も言わずに、もう一本煙草を取り出すと火を付けた。
「私は……」
 エルマの方を振り向き、ビューリングは独り言の様に呟いた。
「ネウロイとがむしゃらに戦って名誉の戦死を遂げるか……一人生き残って恥を背負うか」
 エルマは黙り込んで、ビューリングの顔をじっと見た。
「私にはどっちも出来ん。せいぜい、馴染みの顔を思い出して……」
「そうやって、いじけてるの良くないと思います」
 毅然とした表情のエルマ。
 珍しい。
 ぴくりと眉を動かして反応を見る。エルマは彼女なりに、必死に訴えかけている。
「亡くなった方を弔うのはとても大事な事です。でも、貴方には……」
「分かってる。生きて恥を背負ったまま、今の仲間を守るさ。私にはそれしか出来ん」
 煙草の火を消し、エルマの顔をじっと見る。
「それなら、良いんです」
「エルマに納得された」
 少し驚くビューリング。
「もっと、今の貴方を、今の私達を、大事にしてくれれば、それで良いんです」
 エルマはそう言って、一歩踏み出した。
「分かってるさ」
 ビューリングは、エルマをそっと抱きしめた。ごく自然な感じで。
 一陣の風が、二人を包み、抜けて行く。
 ビューリングは鈍色の空と太陽を窓越しに見上げた。
 エルマは彼女の悲しそうな目を見た。やがて、彼女の瞳が自分のそれと重なる時、悲しみは薄れ、希望にも似た光を湛えている事に気付く。
「そうだな。私は……」
 言いかけたが、エルマにぎゅっと抱きしめられ、ビューリングは答えが出なかった。でもそれで良かった。
 居なくなった者を慰めているつもりが、逆に慰められるとは。でも、それで……。

end


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