powdery snow
その夜、しんしんと降り積もる雪を窓越しに眺めていたエーリカは、やおらソファーから立ち上がると、おもむろに戸を開けバルコニーに出た。
何事かとトゥルーデが後を追うと、エーリカは真上をじっと眺めていた。
「どうしたエーリカ?」
「雪だよ、トゥルーデ」
「ああ。このままだと明日の朝には積もっているかもな」
「もう数センチ積もってるよ」
「そうだな。足元に気を付けろよ」
「ありがとトゥルーデ。でも、それだけじゃ物足りないな」
エーリカは手摺に積もっていた雪を手に取りきゅっきゅっと軽く握って固めると、おもむろにトゥルーデ目掛けて投げつけた。
ぱしゃっ。
粉雪の塊が、トゥルーデの服にぺたりと張り付き、端から少し解けていく。
「こら! いきなり何をする?」
「雪遊び」
「あのなあ……。そうやってはしゃぐ年でもないだろうに」
「そう? 楽しいものは楽しいよ。幾つになってもね」
「まったく……」
半分呆れ気味のトゥルーデに、もう一発、えい、と雪玉を投げつける。今度は避けたつもりが、踏み出した先にもう一発待っていた。
太腿に炸裂した雪玉は、じわじわと解けてトゥルーデの肌を濡らす。
「つ、冷たっ! こらエーリカ! 何するんだ!」
「トゥルーデが怒った~」
からかわれたと感じたトゥルーデは、手近に積もっていた雪をぎゅーっと握り、手当たり次第にエーリカに投げつける。
「お? トゥルーデが本気になった」
「やられっぱなしと言うのは腹が立つからな」
雪玉を投げ合う事しばし。二人は上気した息遣いの中、背を合わせて立っていた。
止まない雪が、二人の周囲を白銀に染め、肩に幾つもの結晶を載せていく。
「楽しいね」
「まあ、この程度ならな」
「皆集めて遊ぼうか」
「それはまずい。皆を考えてみろ。はしゃぎすぎて収拾が付かなくなって、ミーナか少佐に怒られるのがオチだ」
「そうかな? ほら、あそこ」
エーリカが指し示す先を見るトゥルーデ。
少し離れた場所では、ミーナと美緒が、窓から身を乗り出して雪を見ている。
舞い降りる雪を直接手に取り、くすっと笑うミーナ。そんな彼女を見て優しい表情を見せる美緒。
不思議な事に、こちらの様子は気にもしていない様だ。
「見て。向こうではエイラとサーニャが。あっちではシャーリーとルッキーニが……」
「エーリカ、他の奴等の事は良いから」
こちらから見えるという事は、向こうもこっちを見ていると言う事だと気付いたトゥルーデは、少々気恥ずかしくなって
エーリカを部屋に引き戻そうとした。
「待って、トゥルーデ」
エーリカは足を止め、空を見た。
灰色の空から、とめどなく舞い降りる雪の欠片。大きいもの、小さいもの……綿毛の様に繊細で、触るとすぐに溶けて消える。
音も無く、降り続く雪は大地を、二人を包み込む。
雪が少し頭に積もったのを見たトゥルーデは、エーリカの頭をそっと払い、雪を除ける。
ぶるっと身体を震わせたエーリカを見て、トゥルーデはそっと抱きしめる。そしてエーリカの名を呼び、呟く。
「寒いなら寒いと、言えば良いのに」
「だって、ここじゃあんまり雪を見る事が出来ないから」
「無理はダメだ」
「分かったよトゥルーデ」
エーリカを抱きしめ、頭を撫でる。積もった雪をそっと落とし、これ以上積もらせはしない、と胸に埋める。
「どうしたのトゥルーデ、急に」
「お前が心配なんだ」
「ありがとう」
二人はそっと軽く唇を触れ合わせて気持ちを確かめ合った後、一緒に空を見上げる。
いつ止むのか。
止んで欲しくない気持ちと、作戦に支障が出ると言う思いと……目の前で抱き合ういとしのひとを思い、
頭の中が巡り巡って、雪の中立ち尽くす。
トゥルーデは、そっとエーリカの耳元で囁く。
「そろそろ、良いか?」
「うん。満足した」
「部屋に戻ろう。温かいココアを入れてやる。温まるぞ」
「ありがと、トゥルーデ。……そう言えば」
「どうかしたか?」
「ココアもホットチョコレートも一緒だよね。と言う事は」
「どう捉えて貰っても良い。とにかく、戻るぞ」
「トゥルーデ、そういうとこ素直じゃないんだから」
エーリカはトゥルーデの服の裾を持って、部屋に戻る。引っ張られる格好のトゥルーデは、足を滑らせもたつきながらも後を追う。
間も無く、二人の部屋からほのかにココアの温かい香りが漂う。
501JFWには、降雪の多い地域と、そうでない地域出身のウィッチが混在している。
雪に対する見方は皆違う。
ただ、隣に居る者と一緒に眺め、少々戯れる事は悪い事ではない。
束の間の安らぎは、時として天から降りてくる。
end