夢と髪飾り
「つまんねぇな~」
ピンク色の明かりが灯された部屋の中、私はベッドに寝転がり夜間哨戒のローテーション表を見ながら呟いた。
今日の夜間哨戒の担当はサーニャと宮藤だ。
今頃サーニャ、宮藤と楽しくお話でもしてるのかな。
そんな事を考えてたら、何だか無性に虚しくなってくる。
宮藤は確かに良いヤツなんだけど最近、あいつのサーニャを見る目が何と言うかその……いやらしい感じがする。
宮藤の奴、私がいないのを良い事にあんなことやこんなことをサーニャにしてたりしないよな?
「まぁ、一応出発前に宮藤には釘をさしといたから大丈夫だよな? 多分……」
私は自分にそう言い聞かせて、寝ることにした。
夢の中にサーニャ、出てこないかな……
「エイラ、起きて」
私を揺すりながら、耳元で甘く囁く声。
世界広しと言えど、こんなに甘い声を出せるのはこの世で1人しかいないだろう。
そう、私の大好きなサーニャだ。
「サーニャ! お帰り……ん? どうしたんだ、その格好……」
私は飛び上がってサーニャの方を振り向くと、彼女の服装がいつもと違う事に気付く。
サーニャは何故かいつもの軍服ではなく、純白のウェディングドレスに身を包んでいた。
「エイラ、よく聞いて。私、芳佳ちゃんと結婚することになったの」
「……へ?」
一瞬、私の思考は停止する。
ちょっと待ってくれよ、何言ってるんだよサーニャ。
「サーニャちゃん、お別れの挨拶は済んだ?」
「あ、芳佳ちゃん」
そこにタキシードに身を包んだ宮藤がやってきた。
サーニャは宮藤が入ってくるや否や、宮藤のことをぎゅっと抱きしめる。
何だよ、それ。2人ともまるで本当の夫婦みたいじゃないか。
「エイラ、私たち幸せになるから」
「お、おい! どういう事だよ!? サーニャ! 宮藤!」
「エイラ、今までありがとう……」
「それじゃ行こっか、サーニャちゃん」
「うん。じゃあねエイラ」
サーニャはそう言い残すと、宮藤と一緒に部屋を去って行った。
そんな……行かないでくれよ、サーニャ……サーニャ!
「いやだあああああああああ!」
叫び声と共に私は、がばっと起き上がる。
「ゆ、夢……?」
額を拭うと、べっとりとした寝汗が手に張り付いた。
「確かに、夢にサーニャが出てきてほしいって願ったけど……」
全く、なんて夢見てんだよ私は。
サーニャと宮藤が結婚だなんて悪夢以外の何物でもない、まだ心臓がバクバクしてるよ。
「何事だ!?」
「どうしたんだ!?」
「エイラさん、大丈夫ですか?」
「一体何事ですの?」
私の叫び声がよっぽどすごかったらしく、バルクホルン大尉、シャーリー、リーネ、ペリーヌの4人が一斉に部屋に入ってきた。
着替える間も惜しかったのか、バルクホルン大尉に至っては衣服を何も身に付けていなかった。
「エイラ、何があったんだ? あんなに大きな声を出して」
大尉が心配そうな表情で私の肩をつかんできた。
何というか……目のやり場に困るな。
「えっと……何があったか全部話すから、とりあえず服を着てくれ大尉」
「あーはっは!」
十数分後、私が食堂で夢の事を話し終えると、シャーリーは腹を抱えて大声で笑い出した。
……やっぱり話すんじゃなかった。
「声が大きいぞ、シャーリー。ミーナ達はまだ寝てるんだ」
「ごめんごめん。でも、宮藤とサーニャが結婚だなんて……くくっ」
「何だよ。そんなに笑うことないだろー?」
「全く、ちょっと変な夢を見ただけであんなに騒ぐなんて……みっともないですわよ」
「じゃあツンツンメガネは、坂本少佐とミーナ中佐が結婚する夢を見ても平常でいられるのか?」
「な!? 何でそういう話になるんですの!? と、とにかく……私とリーネさんで作ったカモミールティーですわ。
これでも飲んで、気持ちを落ち着けなさい」
ペリーヌはあからさまにうろたえた様子を見せながらも、私にカモミールティーを差し出してくれた。
ほんわりとした良い香りが辺りに漂う。
「……ありがとな。ツンツンメガネもたまには優しいとこあるんだな」
「『たまには』は余計ですわ。たんとお飲みなさい」
私はペリーヌ達が淹れてくれたカモミールティーを口に含んだ。
ほんわりとした香りが口の中にも広がるのを感じる。
「うん、美味い」
「気に入って貰えて良かったです。それにしても私、ビックリしましたよ。眠ってたら、エイラさんの部屋からいきなり
すごい叫び声が聞こえてくるんだもん」
「騒がしてごめんな。でも、リーネだって同じ夢を見てたら、慌ててたと思うぞ~?」
「それは、絶対ないと思います」
リーネがはっきりとした口調でそう応える。
「へ? 何でそう言いきれるんだ?」
「芳佳ちゃんが夢の中で誰と結婚しようと、それはあくまで夢の中での話です。本当の芳佳ちゃんは、
エイラさんからサーニャちゃんをとるような事は絶対しません」
「すごいな、そこまで言いきれるなんて……」
「はい。だって私、芳佳ちゃんを信じてますから」
リーネは、私を真っすぐ見つめながらそう言いきった。
本当にすごい奴だな、お前。
「あはは! 一本とられたな、エイラ。お前ももう少し宮藤のこと信じてやんなよ。確かにあいつはちょっと変なとこあるけど、
リーネの言うようにお前からサーニャをとるような事は絶対にしないと思うよ。なぁ、バルクホルン?」
「うむ。宮藤もサーニャも素直で可愛い私の妹だ」
「あー、あんたに振ったあたしが馬鹿だった……それじゃ、あたしらはもう寝るからエイラもそれ飲んだら寝たほうがいいぞ。
何てったって明日は……おっと、これはまだ秘密だった。じゃ、また明日な」
みんながいなくなると食堂は急に静かになった。
シャーリーの奴、一体何を言おうとしてたんだ?
まぁいいや、早くこれ飲んで部屋に戻って寝よ……
「エイラ、起きて」
私を揺すりながら、耳元で甘く囁く声が聞こえる。
こんなに甘い声を出せるのは世界で1人だけ……
「ん……サー……ニャ?」
私が起き上がると、そこにいたのは軍服に身を包んだサーニャだった。
もちろんウェディングドレスも着てないし、隣にはタキシードを着た宮藤もいない、私の知っている大好きなサーニャ。
「夢、じゃないよな?」
「何言ってるの? ふふっ、変なエイラ……ねぇエイラ、これ見て」
サーニャが微笑みながら小さな鏡を私に見せてきた。
私がその鏡を覗きこむと、そこに映っていたのは見慣れない髪飾りを付けた私の顔。
「ん? なんだこれ……」
私は、いつの間にか髪に付いていた髪飾りを触ってみた。
花の形をしたとても可愛らしい髪飾りだ。
「エイラ、誕生日おめでとう。それは私からの誕生日プレゼントよ」
「え?」
私は、サーニャの発言を理解するのに少々時間がかかった。
誕生日? 誰の?
「あ、そうか……私の誕生日、今日だったっけ……」
部屋のカレンダーを見て、ようやく私は今日が自分の誕生日だという事を思い出す。
昨日はサーニャと宮藤の事で頭がいっぱいですっかり自分の誕生日を忘れていた。
もしかして、シャーリーは昨日この事を言おうとしてたのか?
「……なぁサーニャ、頬をつねってくれ」
「え? いいの?」
「ああ、頼む」
サーニャが私の頬をそっとつねってくれた。
少し痛かった。痛いってことはつまり……
「夢、じゃないんだ……私、サーニャからプレゼントもらったんだ……やった! 本当にありがとな、サーニャ」
「ふふっ、やっぱり今日のエイラちょっと変……ん」
「へ? サ、サーニャ!?」
その時、私はサーニャに突然ベッドに押し倒された。
ちょ、ちょっと待ってくれよサーニャ。私たちまだこういうのは早いんじゃ……
「すー、すー……」
「え? ね、寝てる?」
サーニャは可愛らしい寝息をたてながら、私の上でぐっすりと眠ってしまった。
まぁ夜間哨戒明けだから無理もないか……って、そういう問題じゃない!
この体制だと私、身動きとれないじゃないか。
私の心臓の鼓動が昨日夢から覚めた時よりも早く鳴っているのを感じる。
色々とマズいぞこの状況。
でも、心地良く眠っているサーニャを起こすわけにもいかないし……私、一体どうすればいいんだー!
~Fin~