cocoa
それはまだ陽も出ない早朝の事。
ベッドでひとり微睡んでいたトゥルーデは、部屋の中からただならぬ気配を感じ、がばと飛び起きた。
果たしてそこにはシャーリーとエーリカが居て、トゥルーデを見て「しまった」と言う顔をしている。
「何をしている二人共」
寝惚け眼をこすりつつも、問い質す。
「今日誕生日だよな?」
呑気なシャーリーの答え。
「ああ……。まあ……、そうだが」
「と言う訳で、後でみんなからお祝い有ると思うけど、まず私からの前祝い~」
笑うエーリカ。
「『私から』って、エーリカお前何もしてないじゃないか」
トゥルーデの言う通り、シャーリーは携帯コンロとフライパンを持ち込み、何やらパンケーキをじゅっと焼いている。
エーリカは横で見ているだけ。
「だって、私には料理するなって言うじゃん。だからシャーリー代理」
「代理って……」
呆れるトゥルーデ。
「まあ、堅物にも、たまにはこうして何か作ってやるのも良いかな、なんて思った訳よ」
シャーリーもまんざらでもなさそうな顔で、パンケーキを一枚、また一枚と焼いていく。
「なあ、別に部屋でなくても……それに前にもこんな事が有った様な」
「気にしなーい。はい、焼けた。熱々のうちに食べな」
ほかほかのパンケーキが載った皿を渡される。何処か釈然としないトゥルーデ。
「そうそう、バターとハチミツはそこに有るから適当に」
「……」
適当に甘味を付け、もそもそと一口食べる。
「悪くない」
「美味いと素直に言えないのかねー」
「いや、すまない。美味い」
「……ま、誕生日おめでとう、って事で」
「おめでとう、トゥルーデ」
「ああ、有り難う……」
「で、これも」
エーリカから、カップを渡される。カップの中身はココアだった。
ミルクと砂糖で甘味を出していて、ほんわかと湯気が立ち上る。
一口、口に含む。少し熱い。いや、だいぶ熱い。
「エーリカ、これは舌を焼くぞ」
「その辺は魔力で……」
「どうにもならん」
だらけた二人のやり取りを聞いていたシャーリーは、くすっと笑った。
ふわあとひとつあくびをすると、フライパンやら携帯コンロをさっさと片付け、立ち上がった。
「何処へ行くリベリアン」
「あたしの役目はここまで。起床までもう少し時間有るから、ちょっと寝るわ」
「分かった」
寝坊するなよ、と言いたかったが色々気を遣わせてしまった以上、厳しくも言えない。
「色々すまなかった」
「なぁに、良いって。そいじゃ」
シャーリーは片付け物を持ったまま、部屋から出て行った。
いつの間に用意していたのか、エーリカも自分のカップにココアを淹れていた。
「ココアってさ」
ふーふーしながら一口飲み、トゥルーデに語りかける。
「チョコレートと一緒なんだよね?」
「成分的にはそうだな」
「じゃあ、……そう言う意味で取っても良いのかな?」
「そう言う意味ってどう言う意味だ」
「まあ、もう祝祭日は過ぎたし……」
二月の聖なる日を思い返すエーリカ。トゥルーデはそんな彼女を見ていたが、ぽつりと呟く。
「いや、そう取るなら取っても良いんじゃないか」
途端に目を輝かせるエーリカ。
「本当?」
「な、何でも無い。良いから早く飲め」
「ふふ、ありがとトゥルーデ。トゥルーデも冷めないうちに早くパンケーキを」
「ああ……」
エーリカが顔を近付けてくる。
「食べ残し、ついてる」
「えっ?」
少し顔を向けた途端、唇が触れ合う。
「なんてね。ウソ」
「こら、人をからかうな」
「でもちょっとドキッとした?」
「……した」
「じゃあ、もう少しだけ」
エーリカはトゥルーデにしだれ掛かり、腕を身体に回すと、ゆっくりキスをする。
「たまにはこう言うのも良いよね」
「しょっちゅうの様な気もするが……」
「気にしない」
くすくすと笑うエーリカを前に、……まあいいか、とぼんやり思うトゥルーデ。
「今日はどれ位お祝いして貰えるかな、トゥルーデ?」
「私は、もう十分……」
またもエーリカに唇を塞がれる。オモチャにされている感じもしたが、悪い気分ではなかった。
もう少し、このままで。トゥルーデは腕を回し、エーリカを抱きしめた。
end