その表情は彼女しか知らない
私は今、どんな顔をしているのでしょうか?
額を近づけ、図面を覗き込む二人。リネット・ビショップさんと・・・ペリーヌ中尉。
このガリアの地で再び中尉に会えたときには、昔みたく中尉の隣に居られるのだと
思った。でも、中尉の隣にはあの方がいらっしゃった。
先の決戦の詳細は人づてにも書面でも幾度も耳にし、目を通した。
ネウロイ化した扶桑の戦艦「赤城」のコアを破壊するため、わずか三人で戦艦内部に
進入し、見事にコアを撃破するエピソードを。
その時の三人が中尉とリネットさん、そして扶桑の宮藤芳佳さん。
その時の活躍を思うと、中尉の隣にいるべきなのはリネットさんなのだという思いが、
決めつけるように無理矢理納得させるように私の心の中に溢れる。
私は今、どんな顔をしているのでしょうか?
前に誰かに云われたことがある。
アメリーはいつも困っているような泣いているような顔をしていると。
多分、今もそんな顔をしているのだと思う。
困っているような泣いているような顔を。
二人の姿を見ているとなぜか哀しいような、辛いような、でも涙が零れるようなの
とは違う気持ちになる。それは、寂しい時の気持ちに似ている。でも、寂しいのは
誰もいないからだけれど、今は・・・あの二人がいるからこんな気持ちになるのだと思う。
「あぁ、アメリーさん」
リネットさんが私に気づくと「あら、いらしてたの」と中尉も私のほうを振り向いた。
「あの、頼まれていた書類です」
「ありがとうございます」リネットさんは笑顔を浮かべながら、私の差し出した書類を受け取った。
素敵な笑顔だ。ウィルマさんの溌剌とした笑顔とはまた違う、どこか繊細なでも優しさに満ちた笑顔を私に向けた。
私の方はどうだろう? やっぱりぎこちない笑顔をしているのかな?
「あの」
「あっ、はい?」
「表情が・・・あまり優れないようですけど」
「そ、そうでしょうか?」私は思わず頬に手を当てる。
「体調管理はしっかりなさいまし。ガリア復興のためとはいえ張り切りすぎて、
身体を壊してはもともこもありませんからね」
「は・・・はい、気を付けます。では、私はこれで」
二人に背を向けトボトボと歩く。
ふと、テットリング基地のことを思い出す。
そうか―あの時も、私は中尉の隣にいたのではなくて、ただ―中尉の背中を小さな子どもみたいに追っかけていただけなんだと。
私たちウィッチには宿泊場所として、あまり損傷がなかった元・ホテル
の一室がそれぞれに割り当てられた。もちろん、電気も水道も通じてないけど。
私は制服を脱ぎ、ネクタイを外して粗末なハンガーにそれをかけた。
一日の作業で身体はクタクタだった。
シャツとズボン姿でベッドに倒れ込み、少し上気した頬をわずかに冷たいシーツにあてる
「今日も、中尉とあんまり喋れなかったな」
思わずそうつぶやいてから頭を振った。
私は起き上がり、洗面台にへと向かう。洗面台の鏡の前に立ち、自分の姿を映す。
そこあるのは、泣いているような困っているような表情。
「・・・もっと綺麗に笑いたいな」下がっている眉毛に手をあてて上げてみる。
「こ・・・こんな感じかな。あぁ、でも眉間にしわが出来ちゃうな」
それに口元が変に歪んでいる。眉毛に当てていた手を口元に持ってくる。
唇の両端を人差し指でキュッと上げる。
「こ・・・こんな、感じかな? でも・・・」
「何をしていますの?」
「――――! ひゅ、ひゅうい!」
「それも、そんな格好で」
「あ、あの―す、すぐに着替えます!」
「いいですわよ、そのままで。勝手に入ってきたのは私なのですから」
中尉はクスリと笑った。二人でベッドに腰をかける。
中尉はそのままでいいって言ったけど、この格好のまま中尉の横に座るのは少し
恥ずかしかった。頬に熱を感じる。横目でチラリと中尉を見る。
「お茶をお持ちしましたの」そう言われて、中尉がポットと二つのカップを乗せた
お盆を持っていることに初めて気がついた。
「す、すいません。私のためにわざわざ」
「かまいませんわ」膝の上にお盆を置いて、中尉はカップに液体を注ぐ。
懐かしい匂いが鼻に届く。
これは―。
「・・・カモミール」
「えぇ、お疲れのようでしたからね」どうぞ、と中尉にカップを手渡される。
カップの中に私の顔が映る、やっぱりそこには困ったような泣き出しそうな顔をしている私がいた。
「すみばせん」
「・・・まったく、これぐらいのことで泣かれても困るのですが」
中尉はカップを口に近づけながら、呆れたようにでも優しいトーンでつぶやく。
だけど、どうしても、涙がこぼれた。
「その・・・ちゅぶいがとなりにいてくれて、わたしのために・・・おちゃ」
「アメリー!」
「はい?」
「もう少し、笑ったらどうです?」
「・・・わ、笑いたいです。私も。で、でも、なんだか上手くいかなくて」
「笑えますわよ。このガリアで貴女に再びお会いした時には、もう少し良い笑顔を
していましたもの。そうですわね、この眉毛が悪いのかしら?」
中尉の人指し指が眉間に当たる。ヒヤリとした感覚が伝わる。
「さっきも、一生懸命に練習をしていたのですし。もっと、素敵な笑顔を見せれそ
うなものですけどね」
「――――! み、見てたんですか!?」
「悪いとは思いましたが、一部始終を。ほら、また泣きそうな顔になっておりますわよ」
悪戯っぽい笑みを浮かべながら、中尉は今度は私の唇の両端を上げる。カップを両手に持
った私にはどうすることもできない。
「ちゅ、ちゅうい!」
「今こそ日頃の練習の成果を見せる時ですわよ」
「し、してません! さっき、ちょっとだけやってみただけです!」
「あら、じゃあやはり筋がよろしいんではありませんの。頬を当てたくなるような
表情をしていますわよ」
そう言いながら中尉は楽しそうに笑った。
この時に私がどんな表情をしていたのかは、中尉しか知らないことなのです。
Fin