loiter
「なあ、ハルトマン」
「どしたのシャーリー」
昼食のハンバーガーを頬張りながら会話するふたり。
食堂は人もまばら。早めに食事を済ませて立ち去った者、慌てて食事を詰め込んで任務に赴いた者、
そもそも食べる気が無いらしく来ない者も居る始末。
今他に居るのは、美緒と入れ違いに入ってきたミーナしか居ない。奥の厨房では、芳佳とリーネが食事の配膳やら食器洗いやらで大忙し。
ぱくりと一口食べ、付け合わせのポテトフライをもそもそ食べた後で、シャーリーは改めて話を振った。
「今日さ。ヒマ?」
「ヒマも何も、私もシャーリーも非番じゃん」
「ああ、そうだったっけか」
「で? シャーリーは今日もストライカーいじり?」
「うんにゃ。どうしようか考えてた」
頬杖をついてぼけっと答えるシャーリー。
「いつもみたいにルッキーニと遊べば? そう言えばルッキーニどうしたの?」
「ルッキーニね。今日は朝から虫取りとか言って、外出てったっきり。何処をほっつき歩いてるのやら」
「なるほど」
「そう言うハルトマンはどうしたんだ? あの堅物……」
「トゥルーデは今、哨戒任務中。それが終わったら、午後はミーナと一緒に軍司令部に行く予定」
「そっか。お互いヒマって事か」
気怠そうにハンバーガーをかじるエーリカに、シャーリーは片肘をついたまま声を掛ける。
「なあ、たまには二人でどっか行かないか?」
「えー? 行くって何処へ? 勝手に基地の外出られないし……」
面倒臭そうに応えるエーリカ。横でゆっくり食事をしていたミーナが二人に声を掛ける。
「あら、二人が暇なら、近くの町までお使いに行ってきてくれると助かるんだけど」
「町? ローマですか?」
がたんと席を立ち行く気満々のシャーリー。
「そこまでは行かないけど……近くの漁港に」
「ぎょ、漁港? 何しに行くんですか」
驚くシャーリーに、厨房から芳佳が答えた。
「確か、地元の漁師さんが『たくさん魚が獲れたから、どうぞ』って……ですよね、ミーナ中佐?」
「ええそうなの。せっかくの申し出だし、……ほら、物資もここ最近不足気味でしょ? だからちょうど良いかと思って」
「魚かあ。骨取るの面倒なんだよね」
「アジとかイワシなら、細かく叩いてつみれにして……ミンチにしてハンバーグ風に出来ますよ。食べやすくて栄養もあって美味しいですよ?」
さらっと答える芳佳。
「……ま、何もしないよりは良いか。行こうハルトマン」
「うー」
部屋で寝ていたい、と言わんばかりの表情もお構いなしに、シャーリーに連れられ、エーリカは基地を出た。
シャーリーご自慢のトラックがエンジン音を控えめに轟かせながら、基地の入口から外へと出る。
「たまには外出しないとね」
「ローマでおかし買いたかったー」
「ローマねえ……。そっちはそのうち機会も有るだろう」
「うー」
「ま、漁港は近くだから五分と掛からないよ」
ハンドル片手に、渡された地図を見て経路を確認するシャーリー。
「じゃあ何でトラックなのさ」
「貰える魚の量は、大きなカゴ数杯分って言うじゃないか。ハルトマン達のキューベルワーゲンじゃそこまで積めないだろう?」
「それ以前に魚臭くなるのが……」
「トラックはその辺適当で良いのさ。使い勝手がね」
地図を仕舞う。前方に障害物が無いのを確認すると、シャーリーの目の色が変わる。
「舌噛むなよ?」
エーリカが何か言う前に、シャーリーは素早くシフトチェンジすると、アクセルペダルを目一杯踏んだ。
テールを滑らせながら、爆走するトラック。
基地の入口でその様子を見ていた芳佳とリーネは、あわわ、と言う表情をする。リーネがおろおろしてミーナに問う。
「あの、ミーナ中佐……?」
「……まあ、仕方ないわね」
事故らなければいいわ、と付け加えると、苦い顔をしたミーナは書類を手に、執務へと戻った。
数分と掛からず漁港に到着した二人は、予め用意されていた新鮮な魚介類をカゴや樽一杯に貰うと、端からトラックの荷台に積み込んだ。
「いやー、どうもありがとうございます」
恰幅の良い、漁師のおかみさんらしき方々に囲まれ、シャーリーが礼を言う横で、黙々と荷台にカゴを乗せるエーリカ。
「じゃ、このカゴとか、使い終わったら後で返しに来ますんで」
魚が傷まないうちにと、話も早々に切り上げ、二人はトラックに乗り込み、漁港を後にする。
「うわー、カゴ持っただけなのにすごい魚臭い……」
服の裾を持ってすんすんと匂いを嗅ぎ、幻滅するエーリカ。
「しょうがないだろ。我慢我慢」
「シャーリー、町の人と話してばっかりだったじゃん」
「まあ、少しは御礼も言っておかないとさ。大丈夫、宮藤達が何か面白美味しい料理作ってくれるさ」
「まーた宮藤頼み?」
「あたしはせいぜい網焼きで焼く位しか出来ないからね」
トラックに揺られながら、速度控えめに運転するシャーリー。ちらっと横目でエーリカを見、聞く。
「で、ハルトマンはどうなのよ」
「私は、料理するなってミーナとトゥルーデから命令されてる」
「はは、命令か……ってどんなだよ」
「私が作ると、食べ物じゃなくなるんだって」
「どんな魔法だ」
「私に聞かれても」
「ま、今回あたし達は物資運搬係だから、後は料理係に任せれば良いさ」
「料理係ねえ……確かにミヤフジは扶桑の料理なら良いけど、他が……」
「まあ、ねえ。また甘辛ソースの煮魚とか出てくるのかな」
「嫌いなの?」
「魚って骨有るじゃん? 呑み込んで喉に刺さると痛くてさ」
「ちまちましてるよね」
「まあ、不味くはないけどさ。魚は」
それきり会話が途絶えるふたり。
のろのろと道を進むトラック。
暫くして、エーリカが口を開く。
「行きと違って、帰りのスピード、ゆっくりすぎない?」
「魚を山程積んでるし、そーっと走らないとな」
「さっさと運ぶんじゃなかったの?」
「まあまあ」
「さては」
エーリカはにやっと笑った。
「理由付けて私とデートしたかった?」
ぴくりと表情を少しだけ変えた後、平然とした顔を無理に作ってシャーリーは答えた。
「デートねえ。そう言うのなら、もうちょっと洒落たとこ……ローマにでも行ければ雰囲気出て良いんじゃね?」
「今から行く?」
「こんな大量の魚荷台に積んで?」
「ローマで屋台でも出して売れば良いんだよ」
「軍人が魚屋か?」
あはは、と笑うシャーリーは、少しした後に首を横に振った。
「駄目だ。中佐に怒られるし、せっかくくれた漁師さんに悪いよ」
それを聞いたエーリカは、くすっと笑った。
「な、なんだよ」
シャーリーをちらっと見て、エーリカは後ろ手に腕を組んでふふーんとにやけた。
「シャーリーも、似てるね」
「似てる? 誰と」
「言うと怒るから言わない」
「分かった。あの堅物と似てるって言いたいんだな?」
「ノーコメント」
キキッ、とブレーキを踏んで、トラックを路肩に停める。じっとエーリカの顔を見る。
「な、何さ?」
「あいつと一緒にすんな」
「それ言うだけの為にトラック停めたの?」
「いや……」
シャーリーはのろのろとトラックを走らせた
「まあ、どうなんだろうね……あたしは」
「どうしたのいきなり黄昏れて」
それきり、再び、無言の車内。ごとんごとんと、すすむたび車がゆれる。舗装のいきとどいていない道路は、気持ちのいいドライブを
たのしむにはかなり条件がわるかった。とはいえ、わるいのはそれだけではない。
(なにか失敗したかな)
助手席にすわるエーリカは顔をそむけて窓のそとをぼんやりとながめながら、だまってしまった運転手の気配を耳のうしろのあたりで
感じていた。
彼女とふたりきりになると、たまにうまくいかなくなった。シャーリーはおしゃべりだ。だから、だまってしまうだけですこし意味深だった。
彼女とのあいだのそういう空気は、あまり得意ではない。彼女とは、軽快な会話をたのしんでいないと不安になる。それなのに、
シャーリーからことばをうしなわせてしまった。原因がなにかはわからないが、自分の失言のせいだということくらいには思いあたっている。
エーリカは意味もなくすんと鼻をならした。シャーリーは、なにも言わない。
「仮定の話だとして」
どれくらいの沈黙があったかは、見当をつける気にもならなかった。シャーリーはやっとのことでそれをやぶって話をした。ただし、
こちらはちらりとも見ない。そのおかげでぎくりと肩がゆれたことに気づかれることはなく、ほっとしながらエーリカはつづきをうながす
ようにうんと言った。
「好きになった人には、既に好きな人がいました。さあどうする」
「自分が好きにするしか無いんじゃない?」
「ホントに?」
「相手の事考えるのも必要だけど」
「だよなー」
「どうしたのシャーリー。誰か好きな人でも出来たの? ルッキーニじゃなくて」
「いや、違うんだ、そうじゃなくて」
「まさかトゥルーデ?」
「なんでいちいち堅物なんだ」
「じゃあ、誰?」
「だから仮定の話だってばよ」
「なら、そう言う事にしとく」
「ああ。そうしといてくれ」
シャーリーはわざと乱暴にギアチェンジをすると、基地目指して走るトラックの速度を上げた。
あいかわらず窓越しの景色を見ながら、エーリカは頬杖をついていた。耳のうしろがぴりぴりする。微妙な空気、空々しい会話だと思った。
そういうのはきらいじゃないはずなのに、相手がシャーリーだと途端に居心地がわるくなる。その理由をしりたいと、いつも思った。けれど、
答えをさがそうとはしなかった。本当は、もうわかっているのかもしれない。
結局また沈黙。重苦しいわけではない、ただ、すこしだけかなしくなる。エーリカには、シャーリーのかんがえていることがわからなかった。
しりたいのにしることができなかった。自分が彼女に望んでいること、彼女が自分に望んでいること、なにもかもが全然見えなくて、気味が
わるいくらいに胸がいたんだ。
「……お。見えてきた」
やがて、見慣れた501の基地が姿を見せた。海のほとりに浮かぶ、偉大なる遺跡を包容する501の心臓部。ふたりの時間がおわりをつげよう
としている。エーリカはどこかでほっとしていた、ただし、シャーリーもまた同感であることはしるよしもない。途端に空気がゆるんで、肩の
力がぬけてゆく。すっかりとざされていたふたつの口も、ゆっくりと他愛ないおしゃべりを再開する。
「早速、宮藤達に料理作って貰おう」
「シャーリー、扶桑の食事好きだね」
「美味ければ何でもいいのさ」
「缶詰肉とかあるじゃん」
「ルッキーニじゃないけど、あれは勘弁……」
「そう言えばカゴの中に、足いっぱいあってうねうねしたのが……」
「タコかよ!? あれは勘弁……ルッキーニと宮藤は平気で食べるけど、あれ人間の食いもんじゃないだろ!」
「そんな嫌そうな顔しなくても。他に色々有るし」
「まあそうだけどさ……」
「おかしなシャーリー」
「へ?」
「何でもない。タコ食べられる様になると良いね」
「どう言う意味だよ、それ」
「な~んでも」
501基地の扉が開かれ、トラックはするりと門を潜った。
芳佳とリーネが出迎える。
かご一杯の魚介類を見て、今夜は魚尽くしですよ、と力強く言った芳佳を複雑な視線で見るシャーリー。
大丈夫、シャーリーさんに蛸は出しませんから、と言われてほっとする。
そんなリベリアン娘を見て、ふっと笑うと、カールスラントの気ままな天使はすっと姿を消した。
end