音よ伝えて After


 ニパへ

 早速だが、例のレコードを聞かせてもらった。
 おまえは本当にバカだ。わざわざわたしなんかの誕生日のためにあんなの作って、サーニャ
まで巻き込んじゃってさ。
 五〇二だって暇じゃないんだろ? それなのに隊ごと巻き込んで、というか、おまえが乗せ
られたのか、そこまでは知らないけど、とりあえずおまえが相変わらずなようで安心した。
 こんなことを書いておいてなんだけど、すごく嬉しかった。本当に。
 とても素敵な、一生忘れられない誕生日になったと思う。
 ありがとうな。
 でも、いろんな意味で恥ずかしかったから、今度会ったら怒る。

 今回は少し短いけど、書くことがうまくまとまらないのでこれで。
 また手紙を書くよ。

 平和になった空の下で会う日を楽しみにしている。

 愛する戦友へ、心を込めて。

 エイラ・イルマタル・ユーティライネン

 p.s. 他の五○二の隊員にもよろしくと伝えてくれ。


   ◇

 イッルから届いた手紙は相変わらず、彼女のぶっきらぼうな面が見え隠れするものだった。
「イッルのやつ……」
「ニパ君は本当に愛されているんだねえ」
「そんなことないですよ……って中尉!?」
 いつの間にかクルピンスキー中尉が背後から手紙を覗き込んでいた。
 慌てて文面を隠すが、中尉は意に介さずにやにやとわたしを見て笑う。
「そういう情熱的な言葉に弱いんだよ、ボクは」
「そもそもスオムス語読めるんですか?」
「いいや。でも、ニパ君の顔を見ればどんなことが書いてあるかは大体わかる」
「そ、そうですか」
「自分の部屋に戻る時間も惜しくて食堂で手紙を開いちゃうせっかちなニパ君とは、珍しいも
のが見れたね。そろそろご飯の時間だよ?」
「わかってますよ!」
 これでは感傷に浸る間もない。食事が終わってから改めて部屋で眺めることにしよう。
 そう思って手紙をしまおうとした時、あることに気付いた。
「……あれ?」
 イッルの手紙はいつも通りスオムス語で書かれているのだが、追伸の下の最後の一文だけが
違う言語で書かれているのだ。
 これは、カールスラント語だろうか。何故わざわざこんな手の込んだことを……。
「中尉、ここの部分なんですけど」
 せっかく近くにカールスラント人がいるのだし、中尉に文の内容を尋ねてみる。
「うん? どれどれ」
 中尉がよどみなくその一文を読み上げた。

「『それと、クルピンスキー中尉に例のニシンの缶詰を是非とも勧めてやって欲しい』」
「えっ!?」
 その一瞬で、その文の意味を理解した。
「ということで、是非とも勧めてくれたまえ」
「嫌です」
「どうしてだい? せっかくそう書いてあるのに」
「いえ、大変なことになるので」
「美味しすぎて奪い合いになるとか?」
「そんな可愛いものじゃありません」
 クルピンスキー中尉の誘いを断固拒否する。しなければならない。
 録音の最後でサーニャさんに手を出しそうなことを言ったから、こんなことを書いたのか!
慌てて切ったけど、サーニャさんに惚れ込んでいるイッルが聞き逃すはずもなく。
 もし本当にアレを勧めてしまったら、中尉だけでなく基地中大騒ぎになってしまう。そんな
事態はごめんだ。ただでさえストライカーの件で肩身が狭いというのに!
「中尉! またニパさんを困らせて遊んでいたんですか!」
 食堂に入ってきたポクルイーシキン大尉が中尉をたしなめた。
「ただの世間話だよ、大尉。ニシンの缶詰がどうのってね」
「ニシンの缶詰?」
 一瞬の間の後、はっとおぞましいものを見たような表情を浮かべる大尉。
 大尉はアレのことを知っているようだ……。
「ニパさん、もしかして――」
「スオムスの方もニシンを召し上がるんですね。扶桑でもニシンを食べるんですよ」
 調理に精を出していたシモハラさんがキッチンから出てきて、大尉の言葉を遮った。
「いや、その……」
 厳密にはアレはスオムスではなく、その隣国であるバルトランドのものなのだが、それは今
重要なことではない。
「なんだ、今日はニシンか?」
「いえ、今日はお肉です。もうすぐ出来ますからもう少し待ってくださいね、菅野さん」
 頷いて大人しくわたしの隣の席に着くカンノに続いて、ラル隊長とロスマン曹長も食堂に入っ
てくる。
「ほう、ニシンか。あれはマリネにすると美味いんだ」
「そうなんですか。お酢などもありますから、試してみてもいいかもしれませんね」
「わたしも、ちょっと気になります」
「ね」
 おずおずと会話に加わったジョゼさんにシモハラさんが同意する。
「せっかくの機会だ、エディータが教えてやればいい」
「そうね、たまにはそういうのもいいかしら」
 和やかな雰囲気が広がり、胸を撫で下ろす。なんとか、ニシン話は終結へ向かいそうだ。
 いや、向かいそうだったのだが、
「で、そのニシンの缶詰はどうなんだい、ニパ君?」
 クルピンスキー中尉はそれを許してくれなかった。
「そうそう、せっかくですから、そちらのも教えてくれませんか、ニパさん?」
 しかもそこにシモハラさんまで加わってくる。
 クルピンスキー中尉だけならともかく、シモハラさんの何も知らない純粋な探究心からの行
動には、ポクルイーシキン大尉も下手に口を挟めないようだった。
「えーっと……」
 下手に話してしまうと逆に食べてみたいと言い出す人がいないとも言い切れない以上、なん
とか話題を逸らさなければならない。
 手紙の余計な一文でこんなことになるなんて。
 わたしも、今度会ったら怒ろう。その口実が出来た。

 イッルのやつめ、次に会う日が楽しみだ。


Loppu.


前話:1525

コメントを書く・見る

戻る

ストライクウィッチーズ 百合SSまとめ