loiter II
「補給物資の買い出し!?」
朝のミーティングでミーナの言葉を聞いたシャーリーは文字通り椅子から飛び上がると手をびしぃっと挙げた。
「あたしが行きます! このあたしが!」
「ウニャー あたしもいきたーい!」
同じく手を挙げたルッキーニを見て、シャーリーと美緒は苦い顔をした。
「ルッキーニ、お前は駄目だ」
「ヴェーなんでー」
「この前の事を忘れたのか?」
美緒に問われ、おろおろするルッキーニ。
「うっ……でも、でもいいじゃんかー! なんかあたしのおかげで基地にいろ~んなモノ増えたしぃ~」
「そう何度も同じ事が起きると思うか!?」
「はい……」
美緒に一喝されしおしおとしぼむロマーニャ娘。
「さて。今回は食料品と雑貨だ。希望者が有れば、少々の私物や消耗品の調達も頼むと良いだろう。何か無いか?」
美緒はミーナから資料を幾つか受け取ると、ページをめくって隊員達に聞いた。
そして準備が進められ……門の前にトラックが横付けされた。
ドライバーは勿論シャーリー。但し助手席に乗るのは、何故かエーリカ。
「飛ばすなよ。安全運転でな」
見送るトゥルーデが、腕組みしてシャーリー達の居る運転席を見上げる。
「大丈夫だって。あたしのドライビングテクニックはそこらのラリードライバーよりも安全、かつ速いんだ」
「何故言い切れる?」
短く鋭く切り返されたシャーリーは、あぁ~、と一瞬目を泳がせた後適当に答えた。
「ま、まあ……例えだよ例え。さ、行くかハルトマン」
「うー、寝てたかった」
「ハルトマン、たまにはお前も働け!」
「はいはい分かったよトゥルーデ。じゃねー」
皆に見送られ、トラックはのろのろと基地の門をくぐり、外へと出た。
基地と隊員達が見えなくなった瞬間、トラックが爆走を開始したのは言うまでもない。
「と言う訳で、ハルトマンが来たがっていたローマだ。どうだい?」
ハンドル片手に、うーんと背伸びするシャーリー。ついでに片手でぐるっと辺りの景色を指さし、エーリカに教える。
「途中、あんなに飛ばして大丈夫なの?」
呆れるエーリカ。道中の滅茶苦茶な飛ばしっぷりに車酔いもせず至って気楽な感じだ。
ぼんやりと窓の外を眺める。車の流れも人通りそこそこで、「戦争をしている」と言う感じは余り感じ無い。
街の所々に古代からの遺跡が散見され、ロンドンよりは退屈しなくて済みそうだが……実際のところ、
古代のものにあまり興味が無く、何より、今居る基地そのものが古代遺跡(の一部)であるエーリカにとっては、
ロンドンもローマも関心度は同じ様なものだった。
「大丈夫。前方視界よし、対向車無し。問題無いね」
気楽に答えるシャーリーをちらっと見る。何でこんなにはしゃいでいるのか。薄々感じてはいるが、まさかと疑念を打ち消す。
一方のシャーリーは、せっかく来たのにエーリカは何でこんなにテンションが低いのか謎であった。
「あの運転じゃミヤフジもリーネも来ない訳だわ。ま、私でいいのかな」
「何か言ったか?」
言葉とは裏腹に何故か心躍る感じのシャーリー。ついアクセルをふかし過ぎてないか、隣のカールスラント娘に悟られまいとうまく誤魔化す。
「別に。私は自分のおかしが買えれば良いよ」
エーリカはぼそっと呟く。
「なんか後ろ向きだな。とりあえず買い物済ませよう。店は知ってる。前にも来た事が有るからな」
シャーリーはやる気のないエーリカを見て少し苛立ったが、まあ、まだ序盤戦、本当の戦いはこれからだと言い聞かせ、
平静を装う。本当はもっとテンションを上げて欲しかったが、あいにく相手は勝手知ったるルッキーニではない。
丁寧に丁寧に扱わないと。……しかしよくあの堅物はうまく手懐けてるな、と変なところで感心する。
「じゃあそこで」
「なんか、やる気無いんだよな~ハルトマンは」
たった一言だけの返事を聞いて、シャーリーは溜め息をついた。
百貨店で全ての買い物を済ませた後、袋一杯の荷物を担いだ二人はふらふらと道端に停めたトラック目指して歩く。
「これで全員分。……みんな、要らないとか言って注文多過ぎなんだってば」
ぼやくエーリカに、シャーリーも横目で見ながら愚痴る。
「ハルトマンだってお菓子買い過ぎだろ。どんだけ買ってんだよ」
エーリカの背負うお菓子満載の袋を見て呆れた。ハロウィンなんてレベルじゃない。
まさに「子供にプレゼントを与えて歩く」聖人ニコラウスと言うべきか。
但し中身が全部彼女のものだと言う事が大きな違いだが。これを見てあの堅物は何と言うか……。
「このお菓子は、私の給金からも出してるから良いの。おかし~、今度こそおかし~」
尋常ならざる執念を見せるエーリカ。この為だけに生きてきた、この為だけにやってきた、といわんばかりの表情。
「食べ過ぎると太るぞ」
「シャーリーみたいに胸だけ太るからいいよ」
思わぬところで自分の名が出たリベリアン娘は、少し表情が崩れた。そのままもやもや溜まっていた感情を笑い飛ばす。
「あっははは! ハルトマンも面白い事言うなあ!」
「まあ出来たら苦労しないけどね」
まだテンションの低いエーリカに少しがっかりしながら、シャーリーは言葉を選んだ。
「……ま、とりあえずトラックに積み込むか」
「はいはい」
結局、無言でのそのそと荷台に詰め込んでいく二人。
十分後、二人は洒落た場所に居た。シャーリーは両手を広げて自分の庭みたいに自慢する。
「で、ここがあたしと宮藤お薦めのカフェだ」
「そんな美味しいの?」
「勿論。これはまさに役得だな……あ、すいませーん」
ウエイトレスを呼びつけると、メニューを開き、あれこれと注文する。
「これは……ひとつ、いや、ふたつお願い」
ジェスチャーも交えて注文しまくるシャーリー。テーブルに頬杖をつき、退屈そうに眺めるエーリカ。
「私はメニュー全然分からないよ」
「任せろ」
シャーリーの“自信”は何処から来るのかエーリカには分からなかった。
だがシャーリーとしては、前回の“戦訓”から、明らかな手応えを既に感じていた。
ハルトマンは絶対に美味いと言う、いや言わせてみせると何故か燃えていた。自分でも分からない位に。
程なくして、コーヒーとケーキが運ばれて来た。
「役得ってこう言う事?」
ぼやくエーリカに、シャーリーはフォークを取ると、ほら、と勧めて見せた。
「まあ食べてみなって」
眠たそうな視線をケーキに向ける。
基地でリーネや芳佳が作っているケーキとは全く違い、見た目からして洗練されている。
角の辺りを切り崩して、なにげに口に運ぶ。
味覚が唸り、意識と感覚が全開になる。目を見開くエーリカ。
「……おいしい!」
「だろ? この美味さは万国共通だね。ローマ万歳って感じだ」
「うん。おいしい」
頷きながら、ケーキをぱくつくエーリカ。速度は速くなる一方で、呑気に様子を見ていたシャーリーも少々不安になる。
「わ、こら! そんなにがっつくな! あたしの分まで無くなるだろ!」
「すいません、今の同じのふたつ」
通り掛かったウエイトレスに追加注文するエーリカ。
「ふたつ? そんなに食べるのか?」
「ひとつはシャーリーの分」
「ああ、そりゃどうも……」
二人は代金の事もそっちのけで、ひたすらにケーキを楽しんだ。
「さて。たっぷりと美味しいケーキも食べた事だし」
「うん」
「少しのんびりするか」
コーヒーのカップを手にすると、上品を気取って一口飲んでみせるシャーリー。
「良いの? またこの前みたいに敵が来たら……」
「その時の為に、トラックにストライカーユニットと格納装置積んできてるんじゃないか。あたしとハルトマンなら大丈夫だって」
「そう言う問題?」
「気にしない気にしない」
「ま、いいけど」
いちいち「めんどくさい」と言いたそうなエーリカを見て、シャーリーは内心少々の怒りと不安、焦りを覚えていた。
だがヘタに刺激してそっぽを向かれても困るし、かと言って自分の言いたい事も言えない様じゃ台無しだ。
しかしエーリカはエーリカで、シャーリーに何と言って良いか考えあぐねていた。ヘンに気を遣い過ぎてもいけないし、
かと言ってこのまま退屈そうにしていてもシャーリーに悪い。折角色々案内してくれてるのに。
ぼんやりと、時間だけが過ぎる。
だらっとコーヒーを飲んでいるエーリカに、シャーリーは思い切って言った。
「でさ」
「?」
「どうよ? あたし達」
「どうって言われても……」
「デートしたいってこの前ハルトマンが言うから、連れて来たんだぞ?」
ああ、言ってしまった、とシャーリーは思ったが、もうこの際どうにでもなれ、とやけっぱちでの発言。
それに、ここで言わないと、タイミングを逸してしまいそうで。
意外にも、エーリカの返事は素直なものだった。こくりと頷いて、金髪の天使は一言呟いた。
「……分かってる」
エーリカの微かな笑顔と、不安の混じった複雑な表情を見て、シャーリーは半分喜び、半分失望した。
「意地の悪い奴だなー。分かってるなら何で最初から……」
「良いのかなって」
エーリカは珍しく、思っている事を素直に口にした。
「何が」
「私達。だって、シャーリーにはルッキーニが居て、私には……」
エーリカ自身の、素直なキモチ。
彼女には世話焼きなトゥルーデが居て、一方のシャーリーはルッキーニと親子に近い関係だ。
その事を正直に言うと、不意にシャーリーは真面目な顔を作って、言った。
「それは、言うなよ」
「え」
「ここでは、言うな」
「だって」
「ここだけで良いから、言うな」
繰り返す。
シャーリーの偽らざるキモチ。せめてローマ市内だけでも良い。基地に帰ったらさっぱり忘れても構わない。
だけどせめてこのちょっとした“デート”の間だけでも、言わないで欲しかったのだ。
「……面白いね、リベリアンジョーク」
控えめな答えでお茶を濁そうとするエーリカ。
「ジョーク扱いかよ」
少しすねるシャーリー。
エーリカは頬杖をついたまま、微笑しながら言った。
「でもまあ、基地帰ってこんな事言ったら、他の二人がパニック起こしそうだしね」
「ま、まあ……そうかもな」
「ルッキーニとトゥルーデかぁ。油と火って感じ?」
「どんなだよ」
「にしし。気にしない」
ここでエーリカは笑った。
つられてシャーリーも笑った。
分かってる。こいつは誰も傷付けたくないが為に、自分の感情を殺そうとしている、とシャーリーは感じていた。
適当に振る舞っている様で実に鋭い観察眼で相手を見ている事も。
だからこそ、あの堅物相手に、うまくやっているし、堅物も何だかんだで面倒を見ているのだろう。
……だけど、いや、だからこそ、少し位は自分をさらけ出して、もう少し踏み込んで言えば、自分の方を向いて欲しいと思った。
でも、やっぱりそれは叶わぬ夢なのかも知れない。
シャーリーは扶桑の魔女程天然でも無いし、強引に自分の所に引き入れる程の身勝手さも無かった。
お互い、何だかんだで常識人なのかも知れなかった。
「ねえシャーリー」
「うん? どうした?」
「あと少ししたら、起こしてね」
エーリカはひとつあくびをすると、テーブルに突っ伏した。
「お、おい、ハルトマン……」
シャーリーはカップを置いて立ち上がった。そして溜め息一つつくと、エーリカの方に回って、自分の制服のジャケットを
そっとエーリカの身体に被せた。
……そういやそうだ。基地を出てから買い物でずっと回っていたんだから、疲れて当然だろう。
シャツの姿になったシャーリーは、残り僅かなコーヒーを一口含むと、ふう、と一息ついた。
そしてエーリカは、身体が少し重くなったと感じた。それはシャーリーの制服が由来とすぐに悟る。
シャーリーは何だかんだで、気を遣ってくれる。トゥルーデとはまた違ったアプローチで。
けど、何処か似ている部分も有って……戦場で背中を預ける程ではないけど、それでもある種の安心感は有った。
だから目の前でぐう~と寝てしまう。寝たふりをして反応を試す程、エーリカも悪魔ではなかった。
「平和だなあ……」
ぽつりと呟いたシャーリーの言葉が、何処か抜けていて、寂しく感じる。
エーリカはあえて反応せず、目を閉じたまま、シャーリーの温もりが微かに残る制服をかぶったまま、じっとしている。
気怠い昼下がり。
陽の光がふたりに熱分を与え、時折流れるそよ風が適度に体温を調節してくれる。
ふう、と最後のコーヒーを飲み終えると、シャーリーは頬杖をついた。
「夕暮れまで……は無理か」
そう言って自嘲気味に笑うシャーリーの言葉を聞いて、思わずくすっと笑ってしまうエーリカ。
「もう一回笑ったら、帰るぞ~」
のんびりしたシャーリーの台詞を聞いて、小さく頷いた。
end