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それは、雨上がりの早朝の出来事。
まだ日も昇らないうちから、部屋を分断する「ジークフリート線」を超えてくるウィッチがひとり。
そこらに散らばるがらくたやよく分からない物体をかきわけ、時折蹴飛ばしたり踏み潰しつつ、ベッドの近くでごろりと横になるエーリカの傍に近付いた。
「ハルトマン」
辛うじて毛布を掛けて眠っていたエーリカは、寝る前に読んでいたであろう本を頭の上からずらし、退ける。
目をしょぼしょぼさせて問う。
「どうしたのトゥルーデ、改まって」
聞かれた“堅物”大尉は、腰に手を当て、きりりとした感じで聞いた。
「何か欲しい物はないか? 例えば……」
「おかし」
「即答か……」
いささか幻滅気味の同僚を傍目に、よいしょと身体を起こすエーリカ。ぼさぼさの髪をふぁさっとかきあげ、何事かと聞き返す。
「どうしたのトゥルーデ? 私、何か変な事言った?」
眠気はまだ残るが、意識は次第にはっきりしてきた。まだ起床時間ではない事を、目覚まし時計を見て確認する。
「いや、それはいつもの事だろう。他に無いのか?」
繰り返ししつこく聞いてくる“相棒”を見て、エーリカは目覚ましを横に置くと、一呼吸置いて答える。
「無い事は無いけど……でも今日に限ってどうして?」
トゥルーデは、何故かいらっとした表情でなおも聞いてくる。
「今日は何の日だ?」
なるほど、と思い当たったエーリカは、ベッドにごろっと横になって答える。
「お休みの日~」
「違う! 今日はお前と妹ウルスラの誕生日だろうが!」
ふふ、何となく分かっていたよ、とエーリカはひとりごちる。
毛布にくるまりながら、上目遣いにトゥルーデを見る。
「トゥルーデ、何か用意してくれるの?」
急に風向きが変わった事に気付いたのか、目の前に立っているカールスラント娘が慌てているのがよく分かる。
「そ、それは、同じ仲間としてだな……」
しどろもどろになるトゥルーデ。はっきり言えば良いのに、と思うも、それはもう少しだけ後にしようと思う。
「もしかして、食堂でみんな待ってるとか?」
一応確認する。
「こんな朝っぱらから流石に……」
いささか呆れ気味のトゥルーデを見て、ふむふむ、と考えを巡らすエーリカ。
「そっかー」
「で。決まったのか」
何度目かの質問。その訊き方、相変わらず野暮だねと内心ぼやくとエーリカは毛布の端からそっとトゥルーデの手を取った。
「もう決めてるんだよね」
指を絡める。ぐいと引っ張り、腕も一緒に絡めていく。
「ハルトマン。何故私の手を……」
焦りがはっきり顔に出た“お姉ちゃん”を見て、微笑むエーリカ。
「鈍いなあ、トゥルーデ」
やっぱり、もっとしないと分からないかな、と、一気に実力行使に出る。
「ちょ、ちょっと……おい、髪を解くな、服を脱がすな!」
「私、トゥルーデだけで良いよ」
「お、おい……」
それ以上は言わせないよ、とばかりに唇を重ねる。
最初は少し躊躇っていたが暫く繰り返すうちに観念したのか、ゆっくり息をつくと、はああ、と熱い吐息混じりに、名を呼んできた。
「エーリカ」
「そう、それでいいの、トゥルーデ。私だけのトゥルーデ」
(……まあ、こう言う事は今日だけじゃないんだけど)
お祝いしてくれるなら、こう言うのもアリだよね。
エーリカはトゥルーデの耳元でそう呟くと、舌を這わせる。お楽しみはこれから。
その後、朝のミーティング後に始まったエーリカの誕生祝いで誰よりも照れていたのはトゥルーデだった。
その理由は、トゥルーデ、そしてエーリカだけが知っている。
ふたりだけの内緒。
実際の所501隊員からすると今更秘密でもなかったが……とりあえず祝いは続いた。
end