playfully
(嫌いなら、何でわざわざ来たんだろう……)
アンジーは思いを巡らせながら、執務室へと急いだ。
執務室をノックすると、どうぞー、と気楽な声が帰って来た。がちゃりとドアを開け、中に入る。
「あらどうしたの、アンジー。むっつりした顔で。何かイケナイ事でもあった?」
つまらなそうに片肘をついて書類を読んでいたフェデリカは、横目でアンジーの顔を見て作り笑いをして見せた。
「隊長。さっきのはどういうおつもりですか」
一歩一歩近付き、机の前に立つと、怒鳴る訳でもなく、ただ、怒りを押し殺した声で問うアンジー。
“さっき”の出来事。それは誕生日祝いもそこそこに、極めて適当な態度でさっさと切り上げてしまった祝いの主役。
そんな彼女に対する、アンジーの悲しみと若干の怒り。
「何って言われても。私はまだまだイケてる自信はあるけど、流石にああいう事するトシでもないと思っただけよ」
あっけらかんと答えるフェデリカ。顔色を変えるアンジー。
「だからって……」
ばんと机に手を置き……叩くとも言う……、フェデリカをじっと“見る”アンジー。
そんな馬鹿真面目なヒスパニアンを見たフェデリカは、物怖じ一つせず、あらあらと様子を見た後くすっと笑い、
やおら立ち上がるとアンジーの身体をつつっと指でなぞり、そっと後ろから抱きしめた。
「分かってる、アンジー。貴方、優しい子ね」
「隊長……」
突然の抱擁に慌てるアンジー。身体の距離が近過ぎるスキンシップはまだ少々不慣れだ。
「あのロマーニャ三バカ娘を筆頭におバカな事ばっかりだからちょっとは腹の立つ事もあるでしょうけど、大目に見てやって。
同じ赤ズボン隊のひとりとしてね」
「でも、私は」
なおも食い下がるアンジーに、フェデリカは笑顔のまま、言葉を続けた。
「良いのよ。たまには私抜きでどんちゃん騒ぎしても」
「そ、それはいつもの事で」
「あはは。アンジーはいつも横目で見てるだけだからね。何故見てるの? 見てるだけなの?」
「何故って……」
フェデリカはアンジーを真正面に見る。肩をぐっと掴み、真面目な顔を作って言った。
「貴方も、もっと楽しみなさい。生きてるうちじゃないと楽しめないわよ?」
「……」
引退間近の、魔女の言葉は殊の外重い。手から肩にかかる力だけでなく、言葉の力も、意味も。
「この前の怪我もそう。死ぬ気で戦うのと、死んでも良いと思って戦う事は別。分かる?」
先日の戦いと負傷の事を言われ、言い返せず、肯定するしかなかった。
「……はい」
脇に目を逸らしたアンジーを見、フェデリカはもう一度アンジーを抱きしめ、耳元で囁いた。
「なら、明日を生きる為に、戦いなさい。そして今日を生き抜いて、とことん楽しむ。それでいいわね?」
「め、命令とあらば」
「どこまでもカタいんだから」
フェデリカはもう一度、笑った。そしてアンジーの耳元でそっと囁いた。
「もう、行ってあげなよ。心配してる娘がいるから」
「えっ?」
「私の授業はここまで。さ、出てった出てった」
フェデリカに唐突に腕を引かれ……、そのまま執務室の外にぽいと追い出される。
びっくりした顔で目の前に居たのはパティ。突然の“パス”を出された格好で、何処か挙動不審に見える。
「うわ、アンジー。た、隊長……、どうだった?」
恐る恐る聞いてくるブリタニア娘を前に、アンジーは答えに詰まる。
「うーん、まあ……」
「怒ってた?」
「怒ってはなかった。皆で騒げって」
アンジーの答えを聞いたパティは、やれやれと身体の緊張を解いた。
「それは大丈夫。もう随分と騒いでるから」
「あいつら……」
パティはアンジーの肩を抱くと、にやっと笑い、誘う。
「まあ良いじゃない。アンジーもどう?」
「わりとどうでもいい」
ぶっきらぼうな答えを聞いたパティは、アンジーの耳元でわざとひそひそ声で囁いてみる。
「隊長の言葉、いきなり反故にするの」
パティの吐息絡みの言葉を聞いたアンジーは、耳まで真っ赤にして、驚く。
「ちょっ、パティ、まさか聞いてた?」
「さあ、どうだかね」
パティはさっと身を翻すと、一歩退いた。一歩踏み出すアンジーは警告した。
「ちょっと待て。盗み聞きは良くない」
「なら、私を捕まえたら教えてあげる」
悪戯っぽい笑みを浮かべて、パティはパーティー会場になっている食堂目掛けて走り出す。
「ま、待てぇ!」
「あはは、アンジーこっちこっち!」
パティとアンジーの短い鬼ごっこは、食堂の目前で終わる。
肩を掴まれ、そのまま廊下にすっ転ぶ。
身体がもつれ、廊下で抱き合ったかたちになったパティとアンジー。真剣な目で見るアンジー。
「で、どうなんだ」
「ここまでして、知りたい?」
悪戯っぽく笑うパティ。
その時、食堂のドアが開き、ドミニカとジェーンがひょっこり顔を出した。
「おや、大きな物音の正体は……」
「大将、じっと見てたら悪いですよ」
「こりゃ邪魔したな」
言うなり、ばたんとドアを閉めるドミニカ。
「ちっ違う! 誤解するな!」
「誤解じゃなくしてもいいんだけどなー」
「えっ」
驚くアンジーの前で、少し頬を染めたパティが居る。
アンジーは食堂に乱入して「くだらない会合をただちに中止させる」か、「目の前のパティの企みを暴く」か、
いずれにせよ迷い、困惑し、身動きが取れなくなった。
目の前のパティをまずどうするか……どうでも良くない事が、始まろうとしていた。
end