twister


 夜明け前、しんと静まりかえった基地内の木立。
 静寂過ぎて張り裂けんばかりの緊張感の中、必死に刀を振るう魔女がひとり。
 かけ声は鋭く、手にした刀の切れ味に負けずとも劣らず。

 不意に身の背後へ迫る「何か」を感じ、切っ先を向ける。
「ギニャ! 斬るのなしー」
 樹上から姿を現し、悲鳴を上げる。
「なんだ、ルッキーニか。いきなりどうした」
「ニヒヒ 後ろ取ったから勝ち~」
「何だそれは。稽古でもしにきたのか?」
「違うよ」
 あっさりと否定する天真爛漫なロマーニャ娘を前に、扶桑軍人は顔色を曇らせる。
「で、何だルッキーニ」
「んーとね、少佐、あたしね、夢の中ですんごい戦法思い付いたの!」
「ほう、どんな?」
 “戦法”に興味を持ち、刀を鞘に収める美緒。
「あのね、あのね」
 ルッキーニは木から飛び降りると、目をきらきらさせて、両方の手をひらひらさせながら、語った。
「こう言う感じでネウロイが居るでしょ? そこであたしは、こっからギューンとこっち行って、
そうすると敵も追ってくるから、そこであたしがグルングルンスバーな感じでギュワーンして、
で、敵も負けじとグルグルしてくるから、あたしはもっとズバーっとゴーして、
最後ヨイショッって感じでクルクルーってして、最後ずどーん」
 擬音の多さに何をどうしたいのか意図が全く分からず、眉間にしわを寄せる。
「これは……シャーリーに通訳を頼むべきなのか」
「あ、シャーリーまだ寝てるよ。さっきまで寝ないでずっとストライカーの整備してたから」
「そうか。あいつも熱心だな。って任務は……ああ、今日シャーリーは非番か。なるほどな」
 ひとりスケジュールを思い出し合点する美緒。
「でね少佐。シャーリー起こすのかわいそうだし、少佐にどうって聞いてみたくなって」
「ふむ……」
 美緒は顎に手を遣り考えた。
 これは……。
「よしルッキーニ、お前が実際にやってみせろ。私が見届けてやる」
「えっホント?」
「ああ。数分程度ならちょっとした訓練で済むし、ミーナもうるさく言わんだろう」

 数分後、基地上空で揃って飛ぶ美緒とルッキーニ。
「じゃあ、少佐、ネウロイね」
「私が敵役なのか……まあ、必然的にそうなるか」
 何やら不吉めいた言葉を聞くも、とりあえず受け流す美緒。
「で、あたしの後をついてきてね」
 二人は一応模擬戦用の銃器を担いでいるが、あくまでマニューバの確認と言う事で模擬弾は装填していない。
「じゃあ、行くね」
 ルッキーニはそう言うと、前方に急加速した。
 流石はロマーニャの誇るG55、速度は大したものだ。
 美緒も負けじと後を追う。よく整備された紫電改は美緒の思うままに挙動する。
 唐突に、ルッキーニが振り向いた。
「ここで、さっきのグルングルンスバーな感じでギュワーンいくよ。少佐はまっすぐ飛んでね」
 言うなり、ルッキーニは急上昇を始める。美緒も少し後ろをついて行く。
 するとどうだろう、美緒を中心軸にして、滑らかにロールしながら上昇していく。
「ハイGバレルロールか?」
 美緒はルッキーニの挙動を見、唸った。
 しかし不安もある。
 上昇角が急過ぎる。
「おいルッキーニ、このままだと……」
 言いかけ、息を呑む美緒。
 案の定失速したルッキーニは、加速が止まり、重力に従って「下降」を開始する。
 良くないパターン。
 焦る美緒に、ルッキーニが笑いかけた。
「ここで、クルクルー、で、どかーん!」
 ルッキーニの身体を持とうとした鼻先で、ルッキーニは身体を捻らせ、下降しながら美緒に狙いをつけた。
 二人の身体が重なる。
 美緒は奥歯を噛みしめ、ルッキーニをストライカーごとがっしりと受けとめる。
 何とか安定したホバリング状態に移った後、ゆっくりとルッキーニの身体を離し、雷を落とす。
「こらルッキーニ! あんなでたらめな急上昇で、危ないじゃないか」
「でも、少佐をねらって、ずどーんって……」
 ちょっとしょげるルッキーニ。
 そこで美緒ははたと思い返す。
 なるほど……。
 わざとストールさせ、自重に任せてターンし、急降下攻撃、と言う事か。
 美緒は笑った。
「そうか、そう言う事かルッキーニ。面白い。なかなか面白いぞ」
「えっ、ホント、少佐?」
「ああ。なかなか興味深い発想だったぞ。でもこれはネウロイ相手の実戦ではどうかなぁ」
「アチャー やっぱり?」
「まあ、そうだな。場合によっては……応用が利くかも知れないな。これで終わりか?」
「うん。ありがと少佐。付き合ってくれて」
「はっはっは。少し肝を冷やしたが……まあ、たまにはこう言う訓練も良いな」
 二人は笑った。

 帰投後、ハンガーで仁王立ちで待っていたのはミーナ。
 笑顔で事の顛末を話そうとした矢先にきついお叱りを受け、とほほ……としぼむ美緒とルッキーニ。
 基地の整備員から連絡を受け、慌てて司令所からふたりの様子を「見て」いたのだ。
「二人が交錯してそのまま墜落したらと思って、救護班まで準備させかけたのよ?」
「すまん、ミーナ」
「ごめんなさーい……」
「命が幾つあっても足りないわよ、貴方達と付き合っていると……」
「これは訓練を許可した上官の責任でもある。と言う訳でルッキーニは大目に見てやってはくれないか」
 珍しい、美緒の申し出。ぴくり、と耳が動いたミーナは、あらあら、と言った顔を作りルッキーニの頭をぽんと叩いた。
「全く……ああ言う危なっかしい飛行訓練は程々にね?」
「はーい」
「もう行って良いわ。報告書は何とかしておくから」
「ありがとミーナ中佐!」
 ルッキーニは喜びスキップでハンガーから退散した。
 同じく、基地に戻ろうとした美緒は何故かミーナに肩を掴まれた。
「ん? どうしたミーナ?」
「上官の責任、って言ったわよね?」
「あ、ああ……」
「分かってるわよね? まずは報告書、次は……」
「分かった分かった。隊長殿の、仰せのままに」
「宜しい。じゃあ、行きましょうか」
 何故か嬉しそうなミーナ。
 機嫌が良くなるなら、まあ良いか……。
 美緒はぼんやりとそんな事を思いつつ、ミーナと一緒に執務室へ向かった。

end


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