ファラウェイランド1945 5月20日


「ふぅ」
「『ふぅ』じゃないでしょ。溜息つきたいのはこっちなんだけど」
「フムン」
「『フムン』でもないわっ! キョトンとした表情で見つめ返されても困るわよっ」
「そうか……ほら、ビールだ。それとも紅茶の方がよかったかな?」
「だからそういうんじゃなくってぇ」

 まだ少し上気したままの、それでいてどこか余裕のある事後の横顔。
 どう考えても私の反応を楽しんでいる。
 腹立たしさを落ち着かせるため、少しの間でも彼女の顔を見ず意識しないようにする為、大した尿意は無いけれどトイレに行く事にする。
 私はシーツを胸元に引き寄せながら上半身を起こした。

「花摘み? 場所はわかる?」
「馬鹿にしないで」

 毎度の事ながら半ば無理矢理連れ込まれたホテル。
 かなり高級な部屋であるとは言え、極端に広いわけじゃない。
 トイレぐらい、ドアを一つ二つ開ければすぐに見つけられるに決まってるじゃない。

「フム……おっと」

 私がシーツを引きながら立ち上がった事によって、上半身を起こしてビールジョッキを傾けていた彼女の身体が露になった。
 同性の私でも見惚れる様なすらりとした肢体、バランスも形もいい乳房。
 さっきまでの情事を思い出して思わず赤くなる。
 悔しい事に、この女……アドルフィーネはセックスが上手い。
 同性同士だからイイ所をわきまえてるとか、そういうのじゃ説明が付かないほどに、その……気持ちよくしてくれる。

 正直な所、ダーリンよりも凄い。
 原因は多分、あの魔眼だというのはわかっている。
 あれで私の一番いいところを探り当てて弄りこんで来てるんだと思う。
 そして、まだ朝までは長い。
 きっとまた、体力が切れるまでいっぱいされちゃうんだろうな……。
 と、そんな思考が無意識に脳内を満たすけど、くすりと笑う彼女の表情に現実へと引き戻される。
 考えてる事、見透かされた?

「いい表情」
「うっ……」

 やっぱり。
 現役の将官ともなると、人の思考を読むのも上手いって事なのかしら。

「と、とにかく! トイレの場所は教えてくれなくても構わないわ。自分で探すから」

 アドルフィーネにに背中を向けつつシーツを体に巻く。
 彼女から完全にシーツを剥ぎ取る恰好になるけれど、気にしない。

「その角度で君を眺めるのは初めてだが……なるほど、背中からお尻にかけてのラインも絶品だ。本当に君は素晴らしいよ。先に魅力に気付けなかった自分を恥じる。魔眼など、名ばかりだ、全く嘆かわしい」
「はいはい」

 芝居がかった彼女の台詞を尻目に、ベッドを離れる。

「本当にそちらにはトイレが無いんだが……」
「でも、部屋のドアはそっちでしょう」

 視界内にあるドアを指差す。

「その通りではあるのだが、その向こうには無いという事を言いたいのだ」
「じゃ、どこにあるの?」
「待ちたまえ」

 私に待機を命じたアドルフィーネは、おもむろにジョッキのビールを飲み干した。

「ふぅ……よし、用意が出来た」
「どういうこと?」
「わからないのかな?」
「あんたがナニ考えてるかなんてわかるはず無いでしょ」
「フムン」

 裸のまま、ベッドに腰掛けて右手に空のジョッキを持ち、少し考えるような仕草のアドルフィーネ。

どんな状況のどんな態度でもサマになる美人ってのはいるものね、と思い知らされる瞬間。

「つまり、だ」

 右手に持ったジョッキを、左手で指差す。

「ここが君のトイレと言う事なんだが」
「は?」
「これが君のトイレだと」
「もう一回」
「これに君が用を足すんだ。ジョボジョボと」
「だ、だれがするかっ!!」

 思いっきり叫んだ!
 平手……いや、グーでパンチを食らわせなかったのは我ながらなかなかの自制心だと思う。

「この、変態っ!!!」
「フム、君に罵られるのは実に心地いい。気が済むまで罵って構わないので気持ちよく用を足して欲しい」

 ぐっ、とジョッキを近づける。

「くっ」

 このマイペースな自己中変態のVIPには既に常識など通用しない。

「わかった! わかったわよ! やってやるわよ! やればいいんでしょ!」

 投げやりに言い放ちながらジョッキをひったくり、床へと置き、その上にしゃがみこむ。

「み、見ないでよね……」
「それは無理だ。見たいが為にこうしたんだから」
「へんたい」
「結構だ。さぁ」

 わざわざベッドの上に座りなおし、軽く開いたフトモモの上に肘を置いて鑑賞モードのアドルフィーネ。

「せめて後ろくらい向かせてよね」
「却下だ。ついでに目線はこちらに貰おう」
「へんたいっ!!」
「結構だ。さぁ」
「くっ」

 覚悟を決めて、腰の位置を合わせる。

 ジョッキが大きいせいで、何となくお尻の高さが落ち着かない。
 ついでに元々大した尿意があったわけでも無かった所に加えて、妙な緊張状態を強いられているせいで、出すものが出せそうに無い。
 人の前で、ジョッキの前で脚を開いて座り込んで……こんな恥ずかしいポーズをとっているって言うのに、早く終わらせたいのにどうにもならない。

「いいよ、そのまま。無理せずゆっくり」
「わ、わたしは、早く終わらせたいのっ!」
「そんなに早く私に見せたいのか、それは光栄だ」
「ううっ……」

 悔しい。
 何を言っても、なんだか相手を期待させて喜ばせている様にしか思えないなんて、本当に悔しい。
 でも、妹の……リーネのためには逆らえない。
 ううん、違う。
 本当に一番悔しいのは、多分わたしの中のどこかが、この状況を許容して、こんな変態行為を楽しんでしまっているって言う事。
 だから、ほら、その証拠に、まだおしっこを出していないのに、開かれたアソコがヌルヌルになってる。

「ああ、ステキだよ、ウィルマ。すごくいやらしい」

 そんな私の心を見透かしているのだろう目の前の年上の彼女は、惜しげもなく股間をさらすだけでは飽きたらず、そこに手を差し入れて自慰をしながら私の観察を続けている。
 私はといえば、そんなアドルフィーネに言われるがまま、その淫蕩に濡れた瞳へと自らの意思で視線を合わせ、ジョッキの上でもどかしく腰をくねらせるだけだった。
 そして、その状態のままどれくらいの時間が過ぎたのだろう?
 10分? 20分?
 時計を見ていないので正確なところはわからないけれど、実は思っているほど時間は経っていなくて、ものの一分くらいだったのかもしれない。
 とにかく、私にとっては長時間の羞恥に耐え……いえ、流されながら無理矢理高めた尿意がやっと実を結んでくれた。
 ぷしっ、と尿道から噴出す感覚。
 次にそれはジョッキのガラスを叩く少し高い音へと変わり、やがて水面へと当たる彼女の称した音となる。
 じょぼじょぼじょぼ……。
 同時に、感度の高まった身体は、尿道の粘膜を液体で擦られるという単なる排泄行為にまで昂ぶりを憶え、ただひたすらに自分が落ちていくのを感じる。
 そして、その間も視線は彼女に向けられ、絡めとられていた。
 股間から響く排尿の熱さと、目線を合わせる事でいやでも自覚してしまうこの羞恥の感覚が、たまらなく私の淫蕩な部分を燃え上がらせる。

「ウィルマ……」

 永い永い羞恥と恍惚の時間から開放されると同時に、蕩けたアドルフィーネの瞳が迫ってくる。

「アドルフィーネ……」

 私はすっかり力が抜けて、ジョッキの上に座り込んでいる状態だった。
 更にそのジョッキと身体の僅かな隙間に、私の濡れた女性自身に、彼女自身の粘液で濡れてぬらりとした光を反射する指先が、挿し入れられる。

「ひんっ」
「ウイルマ、これですっきりしたのなら服を着てこの部屋を出ていってくれて構わない。まだ私を感じたりないというのなら、この指先の導きに従ってもう一度ベッドの上に来てくれて構わない。どう?」

 問題の指先は、私の粘膜をやわやわと撫で続けている。
 耐えられない。
 耐えられっこない。
 こんなに昂ぶって、濡れて、気持ちがいいのに、この部屋を出ていけるはずがない。

「あぁ……あなたは、ずるいわ」
「軍で重用されるには必要な資質だよ。褒め言葉と受け取っておこう。で、どう?」

 再度の問い掛けに、私はふらつきながら立ち上がり、倒れるようにして抱きついた。
 それが彼女の指先に導かれた答だった。

「アドルフィーネ……」
「いい子だ、ウィルマ」

 そして、熱に浮かされた夜は深まっていく。

 ――――。

 朝。

「じゃあ、私はこれで」
「待ち給え」

 何時ものように先に出ていこうとするとアドルフィーネに呼び止められた。

「何よ」
「今日はフロントまで送ろう」
「別に見送りなんて……」
「好意は受け取るものさ、ウィルマ」

 これだ。
 彼女の落ち着き払った声で名前を呼ばれると、何だか逆らいがたい雰囲気になる。
 そして、結局今回も押し切られ、恋人同士のように肩を抱かれてフロントへ。
 するとそこには、派手な花束とトランクが置かれていた。

「これは?」
「ハッピーバースデイだ、ウィルマ」
「え……」
「ささやかながら花束と、そちらのトランクにはドレスが入っている。ぜひ次の夜会には着てきて欲しいものだ」

 あ、うちのダーリンは軍務で忙しくて跳び回って私の誕生日に何もしてくれてないのに、アドルフィーネは、ちゃんと……。
 なんだか、すごく嬉しい。
 私ってばすごく単純だ。
 たったこれだけの事でアドルフィーネへの反発心が薄れていく。
 本当に、とても、嬉しい。

「知って……覚えていてくれたの? 私の誕生日」
「フフ……、当然だ。私は君の生理の周期まで熟知している。その証拠に、最中に呼び出したことはないと思ったが?」

 前言撤回!

「こ、このへんたいっ!」
「今に始まった話ではないだろう」
「帰るっ!」

 話していても埒があかないと判断した私は、花束をふんだくってから乱暴にトランクを引っ張り、背を向ける。

「今度のキミの妹、リネット嬢の誕生日にも何かを贈りたい。ついては今度また買い物にでも付き合ってほしい。よろしいか?」
「しらないっ!」
「フム、ではスケジュールはこちらで調整させて頂こう。もちろん、周期は避けるので安心してほしい」
「ふんっ!」

 一瞬だけ反応して返事をしてから、再び背を向けてホテルを出て行く。
 また、次も流されてしまいそうな予感を、胸に秘めながら。


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