tester
訓練のお手本になる様な、見事な着陸を決め滑走路をゆっくりとタキシングする。そのままハンガーに戻ったトゥルーデは、
なびいてほつれる髪も気にせず、手にした銃器をラックにそっと置くなり、待ち構えていたウルスラに言い放った。
「こんないい加減な作りでは、実戦で役に立たないぞ」
ウルスラは手元の書類に幾つかメモをしながら、トゥルーデに答える。
「技術部としては的確な運用を考慮して製作したつもりですが」
トゥルーデはストライカーユニットを履いたまま、腰に手を当て、それは違うと反論する。
「『つもり』では困るのだ。実戦では何が起こるか分からない。だからあらゆる可能性を考えてリスクを可能な限り低くするのがお前達の仕事な筈だ」
「ごもっともです」
ウルスラはそう答えたっきり、手元の書類を見たまま。トゥルーデは何か言いかけたが、一呼吸置いて、声を掛ける。
「……とりあえず、このままでは、この銃は絶対にジャムを起こす」
「分かりました。持ち帰って再度調整します」
「そうしてくれ。他には?」
「今回は、有りません。試験終了です。お疲れ様でした」
「分かった。ハルトマン中尉も少し休め」
それだけ受け答えすると、トゥルーデはストライカー格納装置に自分のストライカーを固着し、よいしょと脱ぎ、
すたすたとハンガーから去っていった。恐らくシャワーでも浴びるのだろう。
「相変わらず、厳しいですね、バルクホルンさん」
横でやり取りを見ていた芳佳が呆れ半分に呟く。
「いえ、良いんです」
ウルスラは機材と書類を片付けながら、ぽつりと言う。
無表情。
その顔色から、何かの感情を読み取る事は、芳佳には無理な事だった。芳佳は何と声を掛けるかか迷っているうちに、
ハンガーにとてとてとやってくる足音に振り向く。
「芳佳ちゃん! お茶とお菓子の準備出来たよ! ハルトマン中尉もどうぞ」
リーネがやって来て、皆をミーティングルームに招待する。
朝からあいにくの雨天で始まった今回の試作銃器のテスト。過酷な状況下で出来るならこれ幸いとばかりに
トゥルーデは真っ先に試作の銃器を担いで曇天の空に昇っていったが……、銃の仕上がりに不満だったのか、
フィーリング、反動、射撃時の姿勢変化、排莢の具合など、事細かに様子を無線越しに実況し、
基地に戻ってからは責任者のウルスラを掴まえてあれやこれやと“説明”した。
ところがその「説明」の様子がまるで説教に見えたものだから、周りは少々肝を冷やした。
皆の輪の中に混じり、ちびりちびりと紅茶を飲むウルスラ。今日は散々だったねと皆に励まされたりしながら、
自身は表情を余り出さずに紅茶のカップをずっと持っている。
そこに、実の姉であるエーリカがやって来て、隙間に入り込む様にするっとウルスラの横に腰掛けた。
「お疲れウーシュ。トゥルーデ五月蠅かったでしょ」
「いえ」
「そう? ハンガーからトゥルーデの怒鳴り声がこっちまで聞こえて来たよ」
苦笑いするエーリカ。クッキーをひとつ食べて、美味しいよ、とウルスラに薦める。
ウルスラは言われるがままに受け取り、もそもそと食べ、紅茶を一口飲む。
「疲れた時は甘いモノが一番だって」
笑うエーリカにつられ、もう一枚クッキーを食べる。
「ありがとう、姉様」
「気にしない気にしない」
ウルスラにはすぐ分かる。自分の姉は、無神経な様でいて、とても相手の事を思いやる事に長けている。
今もまさに、自分に向かって、最大限の「気遣い」と言う名の姉妹間の愛情を注いでくれているのだ。
辺りには余り悟られぬ様に。
そんな姉をちらりと見て、ウルスラは何とも言えぬ気分になる。何か言おうとしたが、うまく言葉に出来ない。
こう言う時、本は何と言えば良いと言っていた? 書物や教科書でこう言う時の対処法を教えてくれる事は滅多に無い。
教科書や教本は良く読むが所謂「純文学少女」ではなかったウルスラには、余計に難しく感じる。
巧い方程式、戦術と言うものは、対人コミュニケーションと言う分野に於いては難解極まるものだ。
やがて、紅茶で唇を潤したウルスラは、エーリカに聞こえる程度のちいさな声で呟いた。
「トゥルーデ姉様は」
「ん? どうしたのウーシュ」
「優しいですね」
妹の思いも寄らぬ言葉に驚く姉。
「え? あんなにガンガン言われたのに?」
「裏返し、ですよ」
「あー。ウーシュの言いたい事分かった」
エーリカはウルスラの言葉を聞いて、はにかんだ。
「本当は誰も傷付いて欲しくない。だから、試作の武器には……」
「まあ、適当に審査されるよりは良いかもね」
エーリカはウルスラの頭をくしゃっと撫でた。小さく微笑む双子の妹。
さっぱりとした表情で、遅れてやって来たトゥルーデ。団欒の輪を見回し、ウルスラの姿を見つけると、つかつかと歩み寄った。
「来ていたのか、ウルスラ」
「ウーシュで良いですよ」
「ああ、そうだったな。おっと、リーネすまない」
トゥルーデはリーネから紅茶を受け取ると、エーリカとウルスラの横に腰掛けた。
シャワーを浴びた後なのだろうか、髪が濡れ、下着も新しくなっている。石けんの香りが微かに漂ってくる。
「ところで。あー、その、なんだ。さっきは少し言い過ぎた。済まなかった」
紅茶を一口含んだ後、らしくなく、反省してみせる「お姉ちゃん」。
「良いんです。あれ位厳しく言って貰わないと私達も弛みます。それに」
「?」
「エースの言葉には重みが有りますから」
「何だ何だ、急に私を持ち上げて、気持ち悪い。私をおだてても何も出ないぞ」
少々困惑の表情を浮かべるトゥルーデ。
「あれ、トゥルーデ姉様……」
ウルスラは紅茶のカップをそっと置くと、おもむろにトゥルーデの髪に手を伸ばし、しゅるりと髪縛りの片方を解く。
「お、おい。何をするんだ」
「ほんの少し、泡の跡が残ってます……急ぎましたね。髪に悪いですよ」
まじまじと魅入るウルスラ。本人にはその気がなくても……あくまでも科学的観察だったのだが……
その仕草、手指の動きが気になって仕方ない。エーリカの双子の妹だからか。
「こら」
エーリカに、ぐにゅーと頬をつねられ無理矢理顔を彼女の方に向けられる。
「なんて顔してるの」
「なっ! 私がそんなおかしな顔する訳無いだろう!?」
焦って弁明するトゥルーデを見て、一瞬笑顔を作るエーリカは、すぐに「狩人」の目をして言った。
「照れてる。可愛いけどさ~。でもあんまり度が過ぎると許さないよ?」
「おいおい……って、ウーシュもいつまで私の髪で遊んでいるんだ!?」
「すいません。よく手入れされてますが、少々毛先が」
「大丈夫だ、戦闘では関係無い。問題無い」
「私が気にします」
「何? どう言う事だ」
「トゥルーデ姉様には……」
「おっとそこまでだよウーシュ」
エーリカはウルスラの前で人差し指を立てると、もう片方の手で、しゅるりとトゥルーデの髪縛りを解く。
「こらお前達! 私の前で喧嘩をするな! と言うか勝手に髪を解くな!」
「誰のせいだと思ってるの?」
「何っ?」
呆気に取られ、意味が分からず身体が固まるトゥルーデ。スキを見逃さず、双子の「ハルトマン」は一斉に飛び掛かった。
「うわ、やめ……うひゃひゃ……」
二人の“同時攻撃”に悶え、笑い、苦しむトゥルーデ。
傍から様子を見ていた501の隊員達は、いつもの事かとすました顔。
やれやれと溜め息をついたり、変わらず自分達のお喋りを続けたり。
でも、ハルトマン姉妹とトゥルーデのいちゃつきは視界の隅にしっかりと入れている。
501はそう言う意味でも「戦場」であり、そして同時に平和なのだ。
end