ひとりじゃないから
「なに、これ……」
気がつくと私の目の前には焼け野原が広がっていた。
辺りの木々は燃え盛り、周りには瓦礫の山が散乱している。
そして上空には今までに見たことないくらい巨大なネウロイと、それに交戦するウィッチ達の姿。
巨大ネウロイはウィッチ達の攻撃をもろともせずにビームを撃ち出し、1人また1人とウィッチを地上に墜としていく。
「ウーシュ!」
墜ちていくウィッチの中に自分の半身の姿を見て、私は全身の血の気が引いていくのを感じた。
「そんな……嘘、だよね……?」
私は急いでウーシュのもとへと駆け寄って、その華奢な身体を抱きかかえる。
ウーシュの身体からは止めどなく血が溢れ出し、軍服を真っ赤に染めていく。
「やだよ、こんなの……」
目を開けてよ、ウーシュ……!
――――――――――――
「ウーシュ!」
大声とともに私はがばっと起き上がる。
辺りを見回すと見慣れたガラクタや衣服の山が散乱していた。
「夢か……」
汗で額に張り付いた髪を払いながら、私は呟く。
そうだよね、あんな悪夢みたいな出来事が現実なわけないよね……
あんな悪夢を起こさないために私たちは戦ってるんだから。
「エーリカ、大丈夫か? 随分うなされてたぞ」
「トゥルーデ……」
ジークフリート線の向こうから顔をひょっこり覗かせたトゥルーデが心配そうに訊ねてくる。
「えへへ、私の寝顔を凝視してたの? 照れるなぁ」
ここで今見た夢の話をしても、トゥルーデをかえって心配させるだけだよね。
私は笑いながら話をはぐらかした。
「な!? そ、そそそんなわけあるか! と、とにかく、起きたならさっさと着替えて朝食を食べにいくぞ」
「……うん」
私は軍服に袖を通しながら、部屋のカレンダーに目をやる。
今日は4月19日――私とウーシュの生まれた日。
全く、そんな日に限って私は何て夢見てんだろうね。
「エーリカ」
「何? トゥルーデ」
「その……本当に大丈夫か?」
トゥルーデが背中越しに優しく声をかけてくれた。
私は振り返りながら、笑顔で応える。
「大丈夫だよ、心配してくれてありがとね」
「おはよ、エイラ」
「ああ、おはようハルトマン……って、何でお前がこんな朝早くに起きてるんだよ!」
エイラが食堂に入るや否や、私を見て驚いたように後ずさりする。
何もそこまで驚かなくてもいいんじゃないかな?
「大袈裟だなぁ。私が起きてるのがそんなに珍しかった?」
「ああ、すごく珍しい」
「明日は雪が降るかもな」
と、横からトゥルーデが冗談交じりに呟く。
「トゥルーデまでひどーい!」
私は頬を膨らませて、拗ねたふりをしながら言う。
「皆さん、温かいスープができましたよ」
そこに宮藤がスープの入った皿をトレイに乗せてやってきた。
スープの美味しそうな匂いが辺りに漂う。
「わぁ、美味しそう。ありがと、宮藤」
「いえ……あ、そうだ。ハルトマンさん、妹さんって何か好き嫌いとかありますか?
今日の誕生会に何作るかリーネちゃんと相談してたんですけど……」
誕生会――その単語を聞いて、起きてから沈み気味だった気持ちも少し明るくなる。
そう、予定では今日の午後ウーシュがこっちに来ることになっていた。
何でも滅多に逢えない私たちのために、トゥルーデとミーナが今日の誕生会を企画してくれたみたい。
ウーシュと一緒に誕生日を過ごすのなんて何年ぶりかな。
トゥルーデとミーナには後でいっぱいお礼を言わないとね。
「う~ん、そうだなぁ……納豆以外なら食べると思うよ」
「ええ!? どうしてですかー! 納豆美味しいのに……」
「悪いが宮藤、私も納豆だけはどうにも苦手だ」
「私も苦手ダナ。ネバネバしてて臭いし……まぁシュールストレミングには遠く及ばないけどな」
「あはは、さすがにあれより臭いものはないって~」
それから私たちはしばらくの間笑い合った。
本当に501のみんなといると退屈しないね。
早くウーシュともこの楽しみを共有したいな。
「みんな揃ってるかしら」
そこにミーナと坂本少佐がなんだか難しそうな顔をして食堂にやってきた。
「何かあったの?」
私が訊ねるとミーナは深刻そうな表情で口を開いた。
「ええ。全員、至急ミーティングルームに集まってくれるかしら?」
「エイラは悪いがサーニャを呼んできてくれ」
「あ、ああ分かった……」
坂本少佐に言われてエイラは、サーにゃんを呼びに食堂を出る。
私たちもミーティングルームに向かうため、食堂を後にした。
――十数分後、ミーティングルーム
「サーニャ、大丈夫か?」
「うん、大丈夫……」
エイラは夜間哨戒明けで眠そうなサーにゃんを支えながら、席に着く。
「全員揃ったな」
坂本少佐はエイラ達が席に着いたのを確認すると、中央のスクリーンにロマーニャの地図を映し出す。
「昨晩、サン・ミケーレ島の上部にネウロイが複数出現したそうです」
ミーナが映し出された地図のヴェネツィアの辺りを指示棒で差し示しながら言う。
あれ? サン・ミケーレ島って確か……
「サン・ミケーレ島……ですか?」
宮藤が疑問の表情を浮かべながら呟く。
「ああ。ヴェネツィアの潟に浮かぶ島だ。戦死したウィッチの魂を祀る場所……ウィッチの墓場だ」
「ウィッチの、墓場……」
坂本少佐のその言葉を聞いて、私の脳裏に今朝見た夢の光景が蘇る。
ネウロイに対抗できる力を持っているとはいえ、私たちウィッチだって人間だ。
時にはネウロイという強大な力に敵わずに死ぬことだってある。
私は目の前で仲間を失ったことこそないけど、撤退戦の時には何人ものウィッチが亡くなったという話を何度も耳にした。
ウィッチだって死ぬ時は死ぬんだ。
そう、夢の中の無数のウィッチ達やウーシュみたいに……ダメだ私、こんな時に何考えてんだよ。
今はミーティングに集中しなくちゃ。
「駐屯地のウィッチがこのネウロイに応戦し、何とか振り払ったそうですが部隊の被害は甚大でほとんどのウィッチが負傷、
現在、戦闘が可能なウィッチは1人しかいないそうです」
「その上、厄介なことに戦闘中にネウロイが1機、姿をくらましたそうだ」
「消えたということか……?」
トゥルーデが驚いたように訊ねる。
「ああ。恐らく、以前サーニャ達が戦ったネウロイと同一のものだろう」
「現在、第504統合戦闘航空団はみんなも知っているように部隊再編成中のため、代わりに我々が援軍に赴くことになりました」
「バルクホルンにハルトマン、それにサーニャ。今回の任務はお前たちに頼みたい。現地のウィッチと協力して、
ネウロイを見つけ出し撃破に当たってくれ」
「了解」
「OK!」
「分かりました」
「はいはいはいはい! ちょっと待て! 私は!?」
「エイラは待機だ。こちらにもいつネウロイが来るか分からないからな」
勢いよく立ちあがりながら、手を挙げ自分の存在をアピールするエイラに坂本少佐がぴしゃりと言い放つ。
「そんな~」
「心配するな、エイラ」
気が抜けたようにその場にへなへなと座り込んだエイラの肩をぽんぽんと叩きながら、トゥルーデが言った。
「私たちWエースが一緒なんだ。サーニャには傷一つだって付けさせはしない。そうだろ? エーリカ」
「え? う、うん……大丈夫だよ、エイラ。サーにゃんも私たちも絶対無事に帰ってくるから」
私はエイラに、というよりはほとんど自分に言い聞かせるようにそっと呟いた。
「本当だな~? サーニャに何かあったら、ハルトマンもバルクホルン大尉も承知しないんだかんな~」
「心配しないで、エイラ。私は平気だから」
「サ、サーニャ……」
エイラの手をぎゅっと握りながらサーにゃんが微笑む。
ねぇ、エイラ。サーにゃんは君が思っているよりずっと強いコだよ。
「よし! それでは3人とも早速準備にかかってくれ」
「くれぐれも無茶はしないでね」
「了解!」
坂本少佐達に見送られながら、私たちは出撃準備のためにミーティングルームを後にした。
「ハルトマンさん!」
出撃の準備を終え、格納庫から飛び立とうとしたちょうどその時、宮藤が息を切らして駆け込んできた。
「どうしたの? 宮藤」
「あ、あの……気をつけてくださいね」
「え?」
「えっと……何て言うか今朝のハルトマンさん、いつもより元気なさそうだったから私心配で……余計なお世話だったらごめんなさい」
と、申し訳なさそうな顔で宮藤が言った。
私の事を心配してわざわざ格納庫まで来てくれたんだ。
本当に宮藤は良いコだね、トゥルーデが気に入るのも無理ないよ。
「心配してくれてありがとね。私は大丈夫だよ。午後にはウルスラが来ることになってるから、宮藤は誕生会の準備お願いね」
私は宮藤の頭を撫でながらそう告げると、トゥルーデとサーにゃんに続いて空へと飛び立った。
「サーにゃん、大丈夫?」
サン・ミケーレ島に向かう途中、私は夜間哨戒明けで碌に寝てないであろうサーにゃんの横顔を覗きながら訊ねる。
「あ、はい。大丈夫です」
意外にも冴えた目でサーにゃんがそう答える。
「そっか。ならいいんだけど」
「お前のほうこそ大丈夫なのか?」
「へ?」
不意にトゥルーデが私の方を見ながら問いかけてきた。
「宮藤も言ってたが今日のお前、何だか元気がないぞ。今朝うなされてた事と何か関係があるんじゃないか?」
鈍感なトゥルーデにしては珍しくついた言葉だった。
私は平然を装いながらそれとなく話題を変える。
「何でもないよ。それよりさ、サン・ミケーレ島ってヴェネツィアの北部だけど着くのにどれくらいかかるのかな?」
私が話題を変えるとトゥルーデもそれ以上は追及しなくなった。
それから二、三言軽い会話を交わした後はみんな無言になり目的地のサン・ミケーレ島を目指して飛行を続けた。
「見えたぞ、あそこだ」
しばらくして目的地のサン・ミケーレ島が見えた。
四角い形の壁で囲まれた小さな島だった。
少し目を凝らすと、人影が手を振っているのが見える。
「現地のウィッチがお出迎えしてくれてるみたいだね」
私も地上の人影に手を振り返し、トゥルーデやサーにゃんと一緒にサン・ミケーレ島へと降り立った。
「ベンヴェヌーテ! よく来てくれたわね」
ストライカーを島の格納庫に収め、地上に降り立つと褐色の肌が眩しい陽気そうなウィッチが出迎えてくれた。
あれ? この人、どこかで見たような……
「感謝するわ。バルクホルン大尉にハルトマン中尉。それにリトヴャク中尉」
「私たちの事、知ってるの?」
「もちろん! バルクホルン大尉とハルトマン中尉と言えば世界的に有名なエースだもの。それにリトヴャク中尉、
あなたとユーティライネン中尉のラジオ、いつも楽しく聴いてるわ」
「あ、ありがとうございます」
「おっと、紹介が遅れたわね。私はジュゼッピーナ・チュインニ、階級は准尉よ」
「チュインニ准尉と言うと……あの第四航空隊のジュゼッピーナ・チュインニ准尉か?」
と、トゥルーデが目を丸くしながら訊ねる。
「昔の話よ。アガリを迎えた今は母国のロマーニャで教官みたいなことをやってるの」
あっ、そうか。この人、どこかで見たことあると思ったら昔新聞で見たんだ。
ロマーニャ人にして元カールスラント空軍第4航空群第2大隊のエース、ジュゼッピーナ・チュインニ准尉、
確かネウロイとの戦闘中に被弾してその後は成り行きでスオムスの義勇独立飛行中隊に配属されたとかなんとか……
「あれ? って事はもしかしてウルスラの昔の同僚さん?」
「ええ。あなたの妹とは苦楽を共にした仲よ。双子だとは聞いてたけど本当にそっくりね」
「まぁ、性格は全然違うけどね」
「ねぇジュゼ、私の事忘れてない?」
「あっ、ごめんごめん。この娘はエンリーカ・タラントラ准尉、バナナが大好きだから『バナナ』って呼んであげて」
「よろしく~」
と、チュインニ准尉の横のこれまた陽気そうなウィッチが、私たち一人一人に握手を求めてきた。
「わっ、すごくすべすべしてる……」
「へへ、バナナは美容にもいいんだよ。私なんて毎日食べてるからほら、こんなにすべすべ」
へぇ~、バナナって美容にも良いんだ。私も今度から毎日食べてみようかな……おっと、今はこんな事考えてる場合じゃなかった、
早くネウロイを捜さないと……ねぇ、トゥルーデ……
「……何してるの?」
私が振り返ると、そこにはチュインニ准尉に身体のあちこちを触られているトゥルーデの姿があった。
「ふふ~ん、あなた、結構可愛いわね。私の好みかも」
「な!? ど、どこを触っているんだ……」
「ジュゼは女の子大好きだからね、あれはジュゼの挨拶みたいなものだから気にしないで」
と、何気ない口調で私とサーにゃんに語るバナナ。
ふ~ん、まるで伯爵みたいなウィッチだね。
「と、とにかく! 早速、この近辺にネウロイが潜んでいるのか調べたいから離してくれないか?」
トゥルーデがそう言うと、チュインニ准尉は一転して真剣な表情になってトゥルーデから手を離した。
「あっ、そうだったわね。早速調査しましょうか。バナナ、あなたも手伝ってくれる?」
「もちろん。ウィッチ達の安らぎの場所をネウロイなんかに壊させたくないもん」
――それから十数分後……
「どうだサーニャ? ネウロイの反応は確認できるか?」
『いえ、確認できません……』
上空でバナナと一緒に索敵に当たっているサーにゃんの透き通った声が、インカムに届く。
サーにゃんの固有魔法でも発見できないなんて、この辺りにはもういないのかな……
「どうする、トゥルーデ?」
私が訊ねると、トゥルーデは少し考え込むような表情をした後、ゆっくりと口を開いた。
「……一旦状況をミーナに報告しよう。サーニャ、タラントラ准尉、ご苦労だった。戻ってきてくれ」
『分かりました』
『了解!』
「チュインニ准尉、そういうわけで501と連絡を取りたいんだが、無線機はあるか?」
「ええ、それなら仮設基地の電信室にあるわ」
「案内してくれ」
トゥルーデとチュインニ准尉が仮設基地の方へ駆けていくのを見送りながら私は、その場に腰を下ろす。
辺りには白く塗られた墓標がいくつも並んでいた。
「自然に囲まれてて良い場所だね……ここでならゆっくり眠れそう」
墓標にはウィッチ達の名前と没年が一つ一つ丁寧に刻まれていた。
母様がウィッチとして戦っていた頃から現在まで、戦っていた時代も、国籍も年齢もみんなバラバラだ。
ただ1つ共通しているのは、ここに眠っているウィッチ達はみんなネウロイのいない平和な世界を実現するために戦って、
その夢を実現できず志半ばに亡くなったという事だ。
「私も夢を叶える前に死んじゃうのかな……」
不意にらしくもない事を口にしてしまう。
ダメだ、どうも今日の私はネガティブ思考でいけない。
しっかりしろ、エーリカ・ハルトマン!
私は自分の頬をばちんと叩いて立ち上がる。
「この島にはウィッチ達の何年分もの想いが詰まってるんですね」
気が付けば、私の隣には索敵から帰ってきたサーにゃんとバナナの姿があった。
サーにゃんが白い墓標に刻まれた名前の一つ一つを見ながら呟いた。
「うん。だから私、この場所が好き。辛い時にここに来ると、この島のみんなが励ましてくれてるような気がするんだよね。
『頑張れ』って。そりゃ、何人もの同志が亡くなってるのは辛いけど……でも、彼女達の果たせなかった想いを果たす事ができるのは、
今を生きてる私たちだけでしょ? だから私はくよくよしないで前を見て進もうって思ったの。何事もね」
そう言いながらバナナが私にウインクを向けてきた。
彼女の言う通り、くよくよしててもしょうがない――今を変えられるのは今を生きてる私たちだけなんだから。
「我武者羅にでも前に進むしかないって事だね」
「そういう事。さ、早くジュゼ達のとこに行こっ」
「バナナ、あなたに良い報せがあるわ。今病院に連絡したんだけど……」
仮設基地のドアを開くと、チュインニ准尉が口を開いた。
何でも、昨日ネウロイの襲撃を受けて負傷したバナナの仲間達の容体が回復に向かっているらしい。
「3日もすれば退院できるそうよ」
「本当!? 良かった……」
ほっとしたように胸を撫で下ろすバナナ。
と、その直後どこからかぐぅという音が鳴り響いた。
「あ、ほっとしたらお腹が空いちゃった……」
バナナがその台詞を言い終わらないうちに、私のお腹からも良い音が鳴る。
「あ、そう言えば朝ごはんの途中で呼び出されたから全然食べてなかったんだっけ……」
「ふふっ、じゃあお昼にしましょうか。バナナ、あなたも手伝って」
「は~い」
私はキッチンへ向かうチュインニ准尉とバナナを見送りながら、ソファに座っているトゥルーデの横に腰掛ける。
それから、サーにゃんを手招きして自分の膝に乗せてあげる。
「寝てていいよ。今日は碌に寝てないでしょ?」
「あ、はい……ありがとうございます」
それから数秒もしないうちにサーにゃんは眠りの世界へと落ちていった。
「それで、ミーナは何だって?」
私は横に座っている自分の相棒に訊ねる。
「ああ。もう少しここに残ってネウロイを捜してくれとの事だ。昼食を摂ったら私たちも索敵に当たろう」
「うん。その……今朝はごめんね」
「え?」
「トゥルーデは私の事心配してくれていたのに、何でもないように振る舞っちゃって。今朝、変な夢を見ちゃってね……」
私は今朝見た夢の事をトゥルーデに話した。
トゥルーデは私の目を見ながら黙って話を聞いてくれた。
「それで、そんな夢を見た後にウィッチの墓場に行くって事になったものだから私、自分も戦死しちゃうんじゃないかって
急に不安になっちゃって……でも今は大丈夫だよ。バナナと話してたら、気持ちも少し楽になったから」
「……そうだったのか」
私が話を終えると同時に、トゥルーデは私の肩に腕を回してそっと引き寄せてきた。
「へ? ちょ、ちょっとトゥルーデ!?」
「エーリカ、確かに私たちは個々の力はあまりに無力だ。だが、私たちは1人じゃない。仲間と一緒ならどんなネウロイだって倒せる」
「ネウロイはひとりぼっちだけど、私たちは独りじゃない。だから、私たちは絶対に負けません……今の言葉はエイラの受け売りですけど」
いつの間にか目を覚ましていたサーにゃんが私の膝元で頬を染めながら言う。
へぇ~、エイラの奴ヘタレだと思っていたけどサーにゃんの前でそんなかっこいい事言ったんだ……
「そういう事だ、エーリカ。仲間がいる限り私たちは負けない。だから、死ぬなんて考えるな」
まさか、一時期は戦って死ぬ事ばかり考えていたトゥルーデにこんな事言われるなんて思ってもいなかったけど、今は不思議とそんなトゥルーデの言葉が何よりも頼もしく思えた。
「……ありがと。トゥルーデ、サーにゃん」
「全く、不安事があったなら今朝話してほしかったぞ。それとも私は、そんなに頼りなかったか?」
「そ、そうじゃないけど、変に夢の話をしてもトゥルーデをかえって心配させるだけだと思って……」
「何も話してくれないほうがよっぽど心配だ。何でも1人で背負い込もうとするな」
「そういうトゥルーデだって、いつも何でも1人で背負い込もうとしてるじゃん」
「う、そ、それはその……」
私が反論すると、トゥルーデは思わず言い淀む。
そんな彼女の慌てた表情が可愛らしくて私も思わず笑みがこぼれる。
「へへ、私たち案外似たもの同士だね」
私がそう言うと、トゥルーデも笑顔で応えてくれた。
「ああ、そうだな」
「……あ」
「どうしたの? サーにゃん」
私が訊ねるとほとんど同時に基地内にサイレンが鳴り響く。
「この音……!」
キッチンにいたチュインニ准尉とバナナも慌てて飛び込んできた。
「ネウロイが現れたんだ! 行こう!」
私たちは格納庫まで一目散に向かい、ストライカーを装着して空へと飛び立った。
「敵発見!」
サン・ミケーレ島の上空に現れた巨大なネウロイと私たちは対峙する。
私たちが砲撃を開始すると、巨大ネウロイは突如その姿を消した。
「消えた!?」
「いえ、まだ近くにいます! バルクホルンさんとタラントラ准尉は攻撃を続けてください。距離約2800……」
サーにゃんが固有魔法でネウロイの位置を確認しながら冷静に対処する。
トゥルーデとバナナが連射を続けると、ネウロイが再び姿を現した。
今度はコアの位置もはっきりと確認できた。
「見えた!」
「ハルトマンさん!」
ネウロイのビームをシールドで受け止めながら、サーにゃんが叫ぶ。
「OK!」
私はネウロイの真上に移動して、狙いをそのコアへと定める。
ねぇネウロイ、この島に眠っているウィッチ達は君たちとの戦いから解放されてゆっくり眠ってたんだよ?
彼女達の安らぎを妨げるなんて、私が絶対に許さないんだから。
「いっけぇええええええ!」
私は全身の力を込めてMG42のトリガーを引く。
弾は剥き出しになったコアに命中し、爆散する。
「やった……私たち、勝ったんだ!」
「ああ。ネウロイは無事、撃墜できた」
仮設基地に戻ってすぐ、トゥルーデはミーナにネウロイを撃墜した事を報告する。
私はそんなトゥルーデの後ろ姿を見ながら、ある事を思いついていた。
「トゥルーデ、代わって」
「え? あ、ああ……ミーナ、エーリカに代わる」
私はトゥルーデから受話器を受け取って、ミーナとの対話に応じる。
『どうしたの、フラウ? 今ちょうどウルスラさんが到着したところよ』
「あのさミーナ、1つお願いがあるんだけど……」
――数時間後、サン・ミケーレ島船着き場
「ここがサン・ミケーレ島か」
「綺麗なところね」
島の船着き場にゴンドラが到着し、坂本少佐とミーナを先頭に501のみんなが次々と島に降り立つ。
そう、私が思いついたある事とはこの島で私たちの誕生会を開いてほしいというものだった。
突然の無茶なお願いにも関わらず、ミーナは快くこの件を承諾してくれた。
本当にありがとね、ミーナ。
「ウーシュ!」
「ウルスラ!」
私とチュインニ准尉はゴンドラから降りてきた最愛の妹に思いっきりハグをする。
「へへ、元気だった? 逢いたかったよ~」
「ふふっ、久しぶりね。背も少し伸びたんじゃない?」
「姉様、ジュゼッピーナ、苦しい……」
私たちがしばらくの間、ウーシュの事を抱きしめていると突如お腹から自分でもビックリするくらい大きな音が鳴る。
「姉様……」
「あはは、そう言えば朝も昼もほとんど食べてなかったんだっけ……」
それを聞いた宮藤が満面の笑みを浮かべながら、私の方を見る。
「ふふっ、ちょっと待っててくださいね。私とリーネちゃんが腕によりをかけて美味しいご馳走を作りますから」
――数十分後
「それでね、ネウロイが消えたと思ったらサーニャちゃんが冷静に敵の位置を私たちに教えてくれたの。あの時のサーニャちゃん、すごくカッコよかったよ!」
「いえ、私はそんな……」
「そうだろそうだろ。サーニャはすごいんだ。もっと褒めてもいいんだぞ」
「エイラがいばる事じゃないと思うが……それより、エーリカとウルスラがどこに行ったか知らないか?」
「ん? ああ、あの2人ならさっき外に出てったぞ」
「……綺麗だね」
「……うん」
私たちは島の岸辺から今まさに沈もうとしている夕陽をぼんやりと眺めていた。
遠くの方ではルッキーニとペリーヌが墓標の一つ一つに手を合わせているのが見える。
「ねぇ、ウーシュ」
私は隣に座っているウーシュの手をそっと握りながら呟いた。
「何? 姉様」
「私、生まれ変わってもウーシュのお姉さんでいたいな」
「私も、姉様の妹がいい」
ウーシュもそう言って頬笑みながら私の手を握り返してくれた。
「2人ともここにいたのか」
「あ、トゥルーデ」
「エーリカ、ウルスラ、誕生日おめでとう」
トゥルーデはそう言って、私たちにそれぞれ小さな箱を渡してくれた。
「これは?」
「私とミーナで決めたプレゼントだ」
私たちが箱を開けてみると中にはハート型のペンダントが入っていた。
私のは赤色、ウーシュのは青色をベースとしたもので2つのペンダントは対になっていた。
「わぁ、可愛い……ありがと、トゥルーデ」
「ありがとうございます」
「礼なら後でミーナに言ってくれ。さ、基地に戻るぞ。宮藤とリーネがご馳走を作って待っている」
「うん!」
私はトゥルーデとウーシュの手をとって、仮説基地へと歩んでいく。
世界が平和になるにはまだまだ時間がかかるかもしれないけど、この島で眠っているみんなの努力が無駄にならないためにも
今は、少しずつでもいいから前を見て進もうと思った。
辛い事があっても大丈夫。だって私は一人じゃないから――共に歩んでくれる"家族"がいるから。
~Fin~