count your mark
午前十時きっかりに、その数字は現れた。
頭の上にピコンと表示されたその「数」は、ウィッチによりまるで違っていた。
突然の事態に混乱を来す501。
「これはどう言う事? 何なのこれは?」
「落ち着けミーナ。とりあえず直接の害は無さそうだが……まさかネウロイの仕業か?」
「ウィッチによって数が違うってのも気になるな」
「美緒、魔眼で分からない?」
「撃墜数じゃないか? はっはっは」
「いや、笑い事じゃなくてね」
「とりあえず全員を集めて調査を!」
ミーナの号令で、全員が(夜間哨戒明けで寝ていたサーニャとエイラも叩き起こされ)調査を開始した。
ブリーフィングルームに集まった501の面々。
「現状、判明している事を報告します」
いつにない緊張の面持ちでミーナは皆に告げた。
「この数字が現れ、見えているのは私達ウィッチ同士だけ。ウィッチ以外の人間は……基地内の男性も女性も、その兆候は無く、
私達には見える数も、全く見えないそうよ」
「なるほど。やっぱりウィッチの能力に関係してるとか。例えば魔力とか」
シャーリーが頬杖付いて仮説を立てる。
「それはどうかしら。仮に撃墜数だとすると、皆のスコアと合わないわ」
否定するミーナ。
「これは天が与え指し示した罪の数ですわ!」
ペリーヌが立ち上がり、新たな説を唱える。
「罪? どんな?」
「例えば、懲罰とか」
「仮に懲罰だとしたら、ペリーヌがゼロなのはともかく、他の隊員も全員一以上有るってのはおかしいよな」
「そ、それは……」
「他の部隊にも問い合わせたけど、この様な事態にはなっていないそうよ」
「じゃあウチ(501)だけかあ。何だろうね」
「やはりこれは、ネウロイの仕業かっ!?」
握り拳を作るトゥルーデ。
「今の所、この数に変動は無いから、恐らく何かの数値だと思われるわ。あと、坂本少佐と宮藤さんのは……」
「漢字で表示されてますね」
美緒と自身の頭の上の数を指差す芳佳。梵字にも似た崩し字、そして旧い書体で書かれている為、扶桑のウィッチでないと判読しにくい。
「ラテン語圏の私達は、ラテン数字だな。何か微妙に分かりにくいな」
「とりあえず、ハルトマン中尉とルッキーニ少尉を先程哨戒任務から呼び戻したので、これから全ウィッチを……」
「身体検査でもするのか?」
この前の「虫型ネウロイ」の様に、基地の中まで侵入し悪事を働いているのかと考えを巡らせ、だんと机を叩くトゥルーデ。
「一体どうすれば良いんだ!?」
のほほんと構えて居たシャーリーは、エイラとサーニャの数を見て呟いた。
「……サーニャとエイラはなんか数が多いな」
「わ、分かったゾ。これはラジオだ。ラジオの回数ダ」
「二人でそんなに放送したのか?」
「えうッ……」
「あ、二人が帰ってきましたよ」
芳佳が指し示す。
ドアがぎぃーと開いて、エーリカとルッキーニが帰還した。
「あれ、どうしたのみんな。深刻そうな顔して」
いつもと変わらないエーリカ。彼女の頭上にも、数が見える。
「あ、見てみて、あれ。ちゃんと出てる! みんな見える見える!」
何故か嬉しそうなルッキーニ。当然彼女にも数字が現れている。
皆の数字をしげしげと観察するエーリカとルッキーニ。
しばしの沈黙。
やがて「またお前達か」と言う、全員からの刺す様な視線に晒される。
「や、やだなー。どうしたの皆」
「ヤダナー、ナー」
冷や汗を一筋拭い作り笑いするエーリカとルッキーニ。一歩退く。
「事情を聞きます。二人を拘束して」
一歩踏み出したミーナは、冷気の籠もった目で二人を射抜いた。
間も無く捕縛され(椅子に座らされ)たエーリカとルッキーニはあっさりと口を割った。
そして事の次第を聞いたウィッチ達は驚きの声を上げた。
「キスした回数?」
全員で声を上げ、改めて、頭上に浮かぶ数字をまじまじと見る。そして他のウィッチのと比べ……
「こら、じろじろ見るな!」
「大尉だって見てるじゃないカー!」
「ほほう。サーニャ、お前結構……」
「しょ、少佐まで何見てンダヨ!」
ミーナから“尋問”を受けるエーリカは、いともあっさりとネタばらし。
「そ。これはキスの回数だよ。朝食の時に、セクシー魔法少女の私が、とある魔法の粉を鍋の中に……」
「誰がセクシー魔法少女だ。大体、皆の食事に毒物を混入させるとは何事だ! 重罪だぞ」
トゥルーデが腰に手を当て追及する。
「毒じゃないじゃーん」
「色々な意味で毒だ! 大体、こんなプライベートな数字を、互いに可視可能な状態にしてどうする?」
「面白いじゃん?」
あっけらかんと答えるエーリカを見て、呆れるシャーリー。
「あのなあ……お前達、ちょっと遊び過ぎじゃないか」
「ウジュー、ごめんね、シャーリー」
頭にたんこぶをつくった……美緒の鉄拳がその理由だが……涙目のルッキーニは、シャーリーにすり寄ると、
子猫の如く、唇をシャーリーに合わせた。
刹那の出来事だった。
ルッキーニと、シャーリーの頭の上に輝く数が、ぴこーんとひとつずつ増える。
実際の現場を見、そして数が増えるさまを目の当たりにした隊員達は、動揺を隠せない。
「うわ、本当だ!」
「ちょ、ちょっと……」
「これはまずいんじゃないか」
動揺する一同。
「でも、シャーリーとルッキーニの数、シャーリーの方が僅かに多いね。何で?」
「えっ、シャーリー、あたし以外の誰かと?」
「うーん、どうだろう。なあ堅物」
「な、何故私に振るッ!?」
「動揺し過ぎダゾ大尉。隠しても隠しきれてないシ」
「芳佳ちゃん……芳佳ちゃんの数、私読めないよ」
「だだ大丈夫、リーネちゃんと一緒だよ?」
咄嗟に適当に答えて頷く芳佳。
「わあ、嬉しい! 私達一緒だね!」
抱き合う芳佳とリーネ。
「お待ちなさいそこの二人! 数が一緒だなんておかしいでしょうに!」
納得いかないペリーヌの頭上を見た芳佳とリーネは、可哀相なものを見る目をした。
「ペリーヌさん……」
「ペリーヌさん……」
「ちょっ、これは、その……」
頭上の数字を、手でかき消す素振りをしつつ慌てふためくペリーヌ。
「なあサーニャ、私と数が微妙に違うんだけド」
「……私の方が少し多いね」
「さサーニャ? そ、それってどう言う事ダ? まさか私以外に? ……何で何も言わないんだ、答えてくれサーニャぁぁぁ」
「エイラが壊れかけてるぞ、誰か止めてやれ」
「無理だなー」
「ねえ、宮藤さん?」
「なんでしょうミーナ中佐」
「み……坂本少佐の数字を教えて欲しいんだけど」
「ええっと、ミーナ中佐よりも多いですね、倍くらい」
「ば、倍!? ちょっと美緒! どう言う事!?」
「おいおい穏やかでないなミーナ、私は何もしてないぞ」
「じゃあその数字はどう言う事なの!? きっちり説明して貰います!」
「いや、私は全く記憶に無くてだな……若い頃に原隊で……扶桑で、いや、戯れが有ったかも知れないが記憶に無い……」
「記憶に無い……まさか」
「ネウロイか?」
「じゃなくて酒のせいだろ、少佐のアレは」
呆れる隊員達をよそに、ミーナと美緒の押し問答が続く。
「だがミーナ、お前だってそれなりにカウントが多いじゃないか。それはやっぱり……」
「昔の事はもう良いの!」
「おい危ない! 拳銃を向けるなミーナ!」
「なんか中佐の機嫌が急に悪くなったが大丈夫か?」
「大丈夫じゃない、問題だ」
「トゥルーデと私の数は……私の方がちょっと多いね」
「何故だ」
「さあねー。JG52の頃とか……」
「な、何ぃ? さてはクルピンスキーか!? それともあのマルセイユか? 誰なんだ相手は!?」
「にしし。教えて欲しかったらキスして」
「ぐぬぬ……」
「今度は大尉が慌て始めたゾ」
「この数字、過去に出した最高速度だったら面白かったのになあ」
「そう考えるのはお前だけだリベリアン」
「ま、楽しければいいんじゃない? 堅物も考え過ぎだって」
「お気楽だな、リベリアン。見ろ、501全体が混乱してるじゃないか」
「そう言う割には皆楽しそうだけど? ……あれ、中佐が少佐連れてどっか行こうとしてるぞ」
「お、おい、ミーナ待て!」
声を掛けたが止められる筈もなく、指揮官不在となってしまう501。
「ま、いいんじゃね?」
気楽に構えるシャーリーを前に、トゥルーデは辺りの状況を見回して言った。
「一体どうするんだ。これで何か有ったら501は戦わずして負けてしまうぞ」
「その前に、何に負けるのさ」
昼食前、突如としてその数字は霞と消えた。
ミーナの厳命により、一度は記録された各隊員の数値も全て破棄され、極秘扱いとされた。
そしてミーナが美緒を何処かへ連れて行った事も、全て伏せられた。
全ては、無かった事に……。
end