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「おい、どう言う事だ、これは?」
トゥルーデが怒声を上げる。いつもの事かと思いきや、声色にどこか焦りが混じっている。
皆が声の主の方へ振り向くと、慌てて介抱している彼女の姿があった。
「どうしたよ堅物」
のんびりと箸をくわえたまま様子を見るシャーリー。
「どうしたもこうしたも有るか。夕食を食べた途端に……」
トゥルーデが介抱しているのは、501へやって来たウルスラ。
技術試験と称して様々な武器・ストライカーのテストに来た筈なのだが、夕食を半分位食べたところでぐてっと机上に突っ伏してしまったのだ。
「おい宮藤!」
夕食を作った芳佳を呼びつける。
「大丈夫ですかね、ハルトマンさん」
「何か変な物を入れたりしてないか?」
詰問するトゥルーデに、呑気に答える芳佳。
「まさかそんな事する訳ないじゃないですか。他の皆さんも普通ですよ」
周りを見るトゥルーデ。確かに、ウルスラ以外の誰もが、いつも通りである。
「何か混入したとか」
「……あ」
「何か思い当たる事でも有ったのか?」
「今夜の夕食、天ぷら蕎麦なんですけど」
「この付け汁で食べるヌードルに、アレルギーになる様なものでも有ったのか?」
「いえ、そばつゆ作る時にみりんがなかったので、お酒と砂糖で代用しました」
「それだけ?」
「はい」
トゥルーデはウルスラの蕎麦つゆが入った容器を観察する。そして、小指の先をつゆに浸し、ぺろりと舐めた。
「……これは、酒じゃないかっ!」
驚いたのは芳佳。慌てて問題の蕎麦つゆを一口舐める。
「あれ、お酒ですね。ちゃんと煮てアルコール飛ばしたのに」
「!?」
トゥルーデ、そして話を聞いていたシャーリーの二人が、一斉に美緒を見る。
酒と言えば美緒。
しかし彼女は……他の隊員同様、特に何処かおかしくなる様子もなく、とても美味そうに故郷の味を楽しんでいた。
「少佐は、何とも無いのか?」
「どうした、バルクホルンにシャーリー」
「少佐、ちょっと失礼」
シャーリーは美緒が手にしていた蕎麦つゆを取り上げると、ぺろりと舐めた。
「ありゃ、普通だわ。酒も何も無いけど」
「……本当だ」
「どうしたんだ一体。蕎麦つゆに酒など……いや、有ったか」
「え?」
「扶桑では昔、修行僧がこっそり酒を飲む為に、蕎麦つゆに酒を混ぜて食する事が有ってな」
笑う美緒。その横で、何故かちょっぴり不機嫌なミーナ。
「宮藤! お前一体何を!」
「私何もしてません! 本当です!」
「おいおい、宮藤を疑うのかよ」
「しかし……じゃあこの酒は一体」
「分かりません。……あ、そう言えばハルトマンさんが」
「ん? どのハルトマンだ」
「ええっと……」
「ハルトマンならついさっき夜間哨戒に出掛けた筈だが」
「そのハルトマンじゃなくて?」
「と、ともかく!」
トゥルーデはぐったりしたウルスラを抱きかかえ、立ち上がる。
「介抱しなければ」
来客用の部屋に着くなり、ベッドにそっと寝かしつける。
呼吸も落ち着き、顔色も少しずつ戻りつつある。
「やれやれ。扶桑の酒で酔っ払っただけか……いや、それはそれで問題だな」
呟くトゥルーデ。横には申し訳なさそうな芳佳の姿が。
「すいません、私の不注意で」
「いや……。他の隊員は問題無かったのだから、宮藤が作った元々の食事は問題無かったんだろう」
「はあ」
「誰が酒を盛ったか、と言う事になるな。誰か心当たりはないか」
「ハルトマンさんが」
「どっちの」
「ええっと……」
説明に困る芳佳を見、溜め息を付くトゥルーデ。
「分かった、もう良いぞ宮藤。後は私が面倒を見る。お前は厨房係としての責務を全うするんだ」
「分かりました。では、失礼します」
芳佳は出て行った。
眠るウルスラ、そして傍らで一人見守るトゥルーデ。
だいぶ酒が抜けて来たのか、いつしか呼吸、胸の鼓動はいつもと変わらない感じに戻る。ぐっすりと眠るウルスラ。
トゥルーデはほっと一安心する。
しかし一体誰が? と訝る彼女の両目を、突然誰かが覆った。ひやっとした感覚を瞼に感じ、ぞくっとする。
「あー、上空の風ってやっぱり冷たいねえ」
エーリカの声と即座に分かったトゥルーデは、さっと両手を掴むと向き直った。
「おかえり、と言いたい所だが……」
「ありゃ、もうバレた?」
やっぱりお前のせいか! と怒鳴りかけたところで、手でしっかり口を塞がれる。
「静かに。ウーシュ起きちゃう」
声のボリュームを下げて、ひそひそと話す二人。
「お前なぁ。妹に何て事するんだ」
「これは姉なりの優しさだと思って欲しいな」
「優しさ? どうして妹の食事にアルコールを混入させる必要が有る」
「そうでもしないと眠らないからだよ」
「何?」
「トゥルーデ気付かなかった? ウーシュ、多分最近殆ど寝てないんだよ。顔色見ればすぐ分かるよ」
トゥルーデはウルスラの顔を見る。気付かなかったが、言われてみれば、確かに少々寝不足だった様に見えなくもない。
そして酒が抜けても、深い眠りのままである事から、確かにエーリカの言う事がその通りなのかも知れない、と思う。
「流石は実の姉、と言う所か」
トゥルーデはそう言うと、椅子に腰掛け、肘を付いて考えを巡らす。
「しかし、皆の居る前で彼女は突っ伏したからな……酒も入っていたし」
「こうでもしないとウーシュは寝ないよ。知ってるでしょトゥルーデも、ウーシュの性格は」
「それは、まあ……。だが、だからと言って……」
「もう、私のせいでいいじゃん」
「そう言う問題じゃない」
「違うの?」
「そうした所で、どうなる」
困り顔のトゥルーデ。普通に考えれば懲罰モノだが、色々考えると情けも湧いてくる。そして立ち上がる。
「私がミーナに話してくる」
「それじゃあ余計に混乱するよ」
肩を掴まれ座らされる。
「じゃあどうしろと。お前がまた謹慎だのトイレ掃除だのするのも……」
頭を抱えるトゥルーデ。そんな彼女は、愛しの人にぐいと押され、ウルスラのベッドに寝かされる。
「おい、何の真似だ」
「たまには三人で寝ようよ」
「何で」
「私が寝たいから。あとウーシュも同じだと思うな」
「何なんだお前達は……」
言いながらも、そっと優しく、二人をあやす様に寝かしつける。トゥルーデもいつしか浅い眠りに落ちた。
翌朝、ミーナから昨夜の夕食の件について問われたウルスラは
「少々私が疲労していただけで問題有りません。何も」
を繰り返し、(書類上)何も無かった事にした。ミーナも意図を察し、その様に扱った。
執務室を出た後、待っていたトゥルーデ、エーリカと合流するウルスラ。
「自分の身もそんな風に扱うとは……さながら、生粋の研究員だな」
半ば呆れ気味に言うトゥルーデ。
「理由は単純です。皆に迷惑を掛けたくなかっただけです」
いつも通りのウルスラ。
「私達の前では、無理しなくていいんだよウーシュ?」
エーリカが笑う。
ウルスラも笑った。
「だから、こうしてたまに、来るんです」
end