愛妻弁当


――1947年、カールスラント空軍JG52

「ハルトマン大尉、バルクホルン中佐がお見えになってますよ」
「え? トゥルーデが?」
ここはJG52の司令室、経費の削減だとか補給物資の明細だとか面倒くさい書類と睨めっこしてるところに、
この前ウィッチになったばかりの新米軍曹さんが、かつての戦友の来訪を知らせてくれた。
「はい。応接室で待って頂いてます」
「ありがと。それじゃ私はトゥルーデに逢ってくるから、訓練場のみんなには私が行くまで休憩するように言っといて」
「あ、はい。了解しました!」

――――――◆――――――

「久しぶり、トゥルーデ」
「エーリカ」
私が応接室に入るとそこには、髪を二つ結びにしたままのトゥルーデの姿があった。
一緒に飛んでいた時とほとんど変わらない――ううん、少し大人びたかな。
トゥルーデは私を見てほっとしたような表情を浮かべると、すぐに視線を逸らした。
「どうしたの? トゥルーデのほうから訪ねてくるなんて珍しいね」
私はトゥルーデの隣に腰掛けて、彼女の顔をじっと見つめながら話しかける。
「そ、その……今朝おかずを作り過ぎてしまってな、私とクリスでは全部食べきれないと思って、
お前に弁当を作ったんだ」
そう言ってトゥルーデは、お弁当箱を包んだ綺麗な布を私に差し出してくれた。
「へ? このお弁当をわざわざ私に届けにきてくれたの?」
「たまたまこの近くで会議があったからそのついでに……ほ、本当にたまたまだからな! それよりお前、
軍の仕事は真面目にやっているのか? お前の事だから面倒くさい書類は全部、部下に丸投げしてるんじゃないか?」
「失礼な、これでも毎日真剣に書類と向き合ってるよ。なーに? お小言を言うためにわざわざ来たの?」
「い、いや、すまん。そういうわけじゃ……とにかく、元気そうで良かった。それじゃ、私はこれで」
トゥルーデは頬を染めながらそう言うと、ほとんど逃げるように応接室を去って行った。
「……変なトゥルーデ」
あ、結局お礼言いそびれちゃった。まぁいっか、今日の夜にでも感想と一緒に電話で言えばいいよね。
おっと、みんなを待たせてるんだった。私も早く訓練場に行かないと……

――――――◆――――――

「はい、お疲れ様! 午前の訓練はこれでお終い! お昼にしよっか」
私が手を叩いて午前の訓練の終了を告げると、みんな安堵したようにその場に座りこんだ。
「あれ? みんなもう疲れちゃった? 午後も訓練はあるんだから、お昼食べて少し休んで、この調子で頑張ろう」
「は、はい!」
と、私の呼びかけに笑顔で答えてくれるウィッチ達。
うん、本当にみんな、素直ないいコ達だね。
「ふふっ、中々様になってるわね。ハルトマン大尉」
懐かしい声に呼ばれ、振り返るとそこには苦楽を共にしてきた戦友の姿があった。
「あっ、ミーナ! 来てたんだ!」
「ええ。ここの佐官の方々とちょっと打ち合わせをね」
と、2年前と変わらない笑顔でミーナは私に言う。
大佐となった今は各部隊の視察や指導で大変みたいだけど、それを感じさせない温かい笑顔だった。

「ヴィ、ヴィルケ大佐! お疲れ様です!」
座っていたみんなはミーナを見ると驚いたように一斉に立ち上がって、ミーナに向かって敬礼をする。
う~ん、ミーナが怒ると怖いって認識はどの部隊でも共通なのかな。
さすがのミーナもこれには驚いたのか、少々戸惑いながらも私に向けたのと同じ笑顔でウィッチ一人一人に接する。
「そんなに畏まらなくていいのよ。私の事はミーナでいいわ」
「は、はい! ミーナ大佐」
「ねぇ、私たち今からお昼なんだけど、良かったらミーナも一緒に食べてかない?」
「あら、いいわね。それじゃあ、お言葉に甘えようかしら」
「よーし、決まり! じゃみんな、早く食堂に行こう」
「はい!」

――――――◆――――――

「わぁ、美味しそう」
ここは基地の食堂、みんなが今日の食事当番のウィッチから昼食のトレーを受け取る中、
私はトゥルーデが持ってきてくれたお弁当箱を開け、その中のおかずを一つ口の中へ運ぶ。
うん、とっても美味しい。

「ハルトマン大尉、美味しそうなお弁当ですね」
「へへ、トゥルーデが今朝持ってきてくれたんだ」
「わぁ、愛妻弁当ですか。羨ましいです」
「え!? あ、愛妻って私たち結婚してるわけじゃないし……」
「ふふっ、ハルトマン大尉顔真っ赤ですよ。可愛い~」
「こ、こら~! 上官をからかうな~」
隊のみんなにからかわれて、私はつい声を荒げてしまう。
う~ん、今ならエイラやシャーリーにからかわれていたトゥルーデの気持ち、ちょっと分かるかも。

「あら、トゥルーデも今日ここに来たの?」
と、私の隣に腰掛けたミーナが訊ねてくる。
「うん、何かこの近くで会議があるみたいで、そのついでにって」
「変ねぇ。私がついこの間、トゥルーデに逢った時はあの娘、しばらく会議はないって言ってたけど……
ひょっとして、久しぶりにあなたの顔を見たくなったんじゃないかしら」
「え?」
ミーナのその言葉を聞いて、私は自分の中で合点がいく。
考えてみたら今朝のトゥルーデ、妙にうろたえていたような……それに、このお弁当だって余り物のおかずを詰め込んだって
言う割には、彩りも飾り付けもすごく凝ってある。
じゃあ、おかずを作り過ぎたっていうのも嘘で、本当は私に逢うためにわざわざお弁当を作ってきてくれたのかな。

「もう、逢いたかったなら、素直にそう言ってくれれば良かったのに」
「ふふっ、でもあなたはトゥルーデのそんな不器用なところも好きなんでしょ?」
「うん、まぁね。そっかー、トゥルーデ、私に逢うためにわざわざ来てくれたんだ」
「わぁ、ハルトマン大尉、バルクホルン中佐とアツアツですね~」
「だ、だから! 上官をからかわないの~」

――――――◆――――――

――その日の夜、溜まってた書類の記入を全部終えた私は、トゥルーデの家に電話をかけた。

「もしもしトゥルーデ?」
『どうしたエーリカ? こんな時間に』
「ごめんね。書類が中々片付かなくて、電話かけるのも遅くなっちゃった。もしかして、クリスに本の読み聞かせでもしてた?」
『……お前、私の家に盗聴器でも仕掛けてるのか?』
「へへ、トゥルーデならやってそうだなって思ったんだ。あんまり難しい本だとクリスも混乱しちゃうだろうから、程々にね。
あっ、そうそう。今日のトゥルーデのお弁当、すっごく美味しかったよ。ありがとね」
『そ、そうか。喜んでもらえて何よりだ』
「トゥルーデのお弁当、また食べたいなぁ……ねぇ、良かったら今度また、お弁当作ってくれる?」
『……か、考えておく』
しばらくの沈黙の後、トゥルーデがそう答えてくれた。
電話越しからでも顔を真っ赤にしているのが伝わってくる。
「うん、よろしくね。そうだ! 何だったら今度は一緒にお昼食べよ」
『そ、そうだな。それも悪くない』
「うん、絶対楽しいよ。それじゃ、お休みトゥルーデ。クリスにもよろしくね」
『ああ。お休み、エーリカ』

トゥルーデにお休みの挨拶を告げた後、私はベッドの上でごろんと寝転がった。
明日からまた、忙しい毎日が続くけど頑張らなくちゃ。
自分やみんなのためにも、近いうちにまた『愛妻弁当』を届けてきてくれるトゥルーデのためにもね。

~Fin~


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