riverside hotel
雨降りしきる夜、激しく逃げ回るネウロイの群れを追うカールスラントのコンビ。
一機、また一機とネウロイを叩き落として行くも、ある時点で連絡が入る。
『追撃はそこまでだ。それ以上深追いはするな』
無線のインカムから美緒の声が聞こえる。
「少佐か」
『ネウロイはこのままロマーニャ北方の巣に後退するものと思われる。これ以上の深追いは無用、お前達は帰投しろ』
「帰投か……基地から大分遠くまで来たが、どうする」
『そうだな……二人の現在位置は把握している。帰りの魔法力は持つか? ギリギリじゃないか?』
「恐らくは」
『無理しないで。この天候下では方位を見失う恐れがあるわ』
「ミーナか」
『よし。連絡をつけて、付近に仮の宿泊施設を手配する。今夜はそこに宿泊しろ』
「地元の軍基地じゃなくて?」
『あいにく、距離がな』
「了解した。方位と距離の指示を頼む」
山をひとつ越え、言われた通りの場所にやって来たトゥルーデとエーリカ。
川沿いにぽつりと、小さな村がある。小雨に紛れる様に、小さな明かりがぽつぽつと灯っている。
村の端の方に、大きな民家らしき建物があった。軒先に何か小さな看板をぶら下げている。
「ロマーニャの言葉は分からないが……あれか?」
「どうだろうね。聞いてみればいいんじゃない?」
ゆっくりとホバリングしながら近付き、確かめる。
看板には何かが書かれているが、二人には読めない。
「はて」
そうこうしているうちに、中から一人の老婦人が出てきた。
「ああ、あんた達かい、軍のお客と言うのは。ようこそようこそ」
恰幅の良いその女将は笑って手招きした。
ストライカー整備の為、納屋の隅を借りると、濡れたストライカーユニットを置き、簡単な点検を行う。
「トゥルーデ、タオルとスリッパ借りてきたよ」
「ああすまない。私達のストライカーは恐らく大丈夫だろう。明日も問題無く飛べる筈だ」
「ありがとトゥルーデ。私のも見てくれたの?」
「機械は苦手だが、簡単な点検位はな」
エーリカからタオルを受け取り、顔を拭うトゥルーデ。雨中での作戦行動と言う事で、何気にびしょ濡れ。雫が滴る。
基地ならすぐに着替えてシャワーを浴びるべき状態だが、この状況ではそんな事も言ってられない。
「濡れてるからって、ついでに服も」
「随分気遣いが良いんだな。そこに置いといてくれ。点検が終わったら、シャワーを浴びたいところだが……」
「シャワーも用意してくれてるってさ~」
気楽に答えるエーリカ。
「なら、先に浴びてくるといい」
「了解。お先に~」
エーリカはさっさと何処かへ行ってしまった。
黙々と作業を続ける。一通りの点検が終わった所で501基地への無線通信を試したが、地理的な条件か、連絡は付かなかった。
「まあ、宿泊施設は、ここで良いのか……?」
宿屋の者は既に連絡を受けていた様だし、何とかなるか、と開き直る。取って食われる様な事は無いだろうと。
十分程経ってエーリカが戻って来た。
「先にシャワー浴びたよ。トゥルーデも行ってきなよ」
宿屋が用意してくれたのか、質素な寝間着……だぶだぶの大きさだが……を着ているエーリカ。
「ああ。エーリカ、そのパジャマは」
「借り物。トゥルーデのはそれ」
「ああ、これだな……」
服を広げてぎょっとする。
「な、なんだこの服は」
「パジャマじゃないの?」
「パジャマ? これが? 妙に黒々しいというか、雰囲気がその……フリルにリボンに」
顔を赤らめるトゥルーデ。まるで人形遊びで着せる様な服が、そのままサイズを大きくした感じだ。
「照れてる。かわいい」
にやにやするエーリカ。
「ちがう、そう言う意味じゃない」
「とりあえずトゥルーデびしょ濡れじゃん。風邪ひいちゃうよ。早く早く」
「だだ大丈夫だ」
服を前にたじろぐエーリカ。
「私達、また飛んで帰らないといけないんだよ?」
「ああもう、分かった分かった」
エーリカに押され、小さな浴室に入る。
熱いシャワーを浴びる。雨粒と汗にまみれた身体の嫌なコーティングが、うっすらと、ゆっくりと溶け落ちていく感覚。
生き返る。
ふう、と一息ついて脱衣篭に置かれた服を見る。
いささか気が滅入るが、他に着替えは無いのだから、仕方無い。
宿屋のセンスを疑いつつ、フリフリの衣装を身に纏い、エーリカの待つ部屋へと向かう。
木製のドアを開けると、きい、と蝶番の音がし、中からほのかに食欲を刺激する香りが漂ってきた。
「似合ってるよトゥルーデ」
いつの間に用意されたのか、簡単な夕食を前にエーリカが笑う。
「ふ、服の話は良い! と言うか、この食事は」
椅子に腰掛ける。
「今夜のご飯だって。用意してくれた。ロマーニャ料理らしいよ」
「そりゃ、ここはロマーニャだからな」
「何のスープかな? よく分からないけど。あとパンに、何かの肉のソテーとサラダ」
「何の肉か分からないのか……まあ食べられれば何でも良い」
「はい、あーん」
「私に毒味させるのか」
「宿屋の人の親切を、ダメだよそんな風に扱っちゃ」
「エーリカの態度を言っているんだ」
「まあとりあえずはい、あーん」
「……」
押されっぱなしのトゥルーデは、仕方なく一口、食べる。濃厚なソースに負けない、ガツンと強烈な“肉”の味。
「何だろう。牛肉か? 分からないけど、美味い事は美味い」
「じゃあ一緒に食べようよ」
「何か引っ掛かるが、……まあいい」
二人でもくもくと食事を済ませる。
食事が終われば次は就寝、と言う事になる。木製の大きめの寝床を前に、腕組みするトゥルーデ。
「で、ベッドは一つという訳か」
「トゥルーデ、床で寝る?」
「何故私が床に」
「じゃあ私?」
「どうしてそうなる」
「え、じゃあ二人で?」
「別に恥ずかしがる事も無いだろう……」
「顔赤いよトゥルーデ」
「エーリカこそ」
「トゥルーデ、そんな服着て、私を誘ってる?」
頬を手で隠すエーリカ。
「エーリカ、さっきからにやついてると思ったら理由はそれか。私が好き好んで着ている訳じゃ……」
「なら、軍服着て寝る?」
エーリカが指差すと、濡れた制服は揃って部屋の中に吊し干しされていた。明日の朝に乾くかどうか。
「参ったな」
「まあ、いいじゃん」
言うなり、ベッドに押し倒す。
「うわ、エーリカ」
「何か、こんな感じなのかな」
「?」
「新婚旅行とかさ」
「いきなりな話だな」
「だって、いずれはするでしょ? したいでしょ?」
「それは、まあ……」
「予行演習だね。事前に勉強しておかないと」
「どんな勉強だ」
「トゥルーデの服、フワフワして面白い」
胸に顔を埋めるエーリカ。ふんわりとした感触の奥に、熱い鼓動が脈打って聞こえる。
「こ、こらエーリカ」
「楽しいね」
「お前という奴は……」
エーリカを抱きかかえると、そのままポジションを変えるトゥルーデ。押し倒す格好になる。
「いやん♪」
「いやん、じゃない」
そこで、はたと気付く。ごろごろとベッドの中を動いているうちに、エーリカの寝間着がはだけ、脱げかけている。
肩は露わに、胸まで露出している。
「お、おい、エーリカ……」
「あ、やだトゥルーデ。私脱がせて欲情してるんでしょ」
「そ、そんな事……」
エーリカに軽くキスされる。飛びかける理性を抑えつつ、ごくりと唾を飲み込み、“愛しの人”の顔を見る。
トゥルーデの表情を見ての事か、小さな天使は少し頬を赤らめ、少し探る様な瞳の色を浮かべる。
「ねえ、トゥルーデ……」
「エーリカ、その、あの、」
「もう、何も言わなくて良いよ」
彼女の方が上手だった。言うなりきゅっと抱きしめられ、もう一度濃厚な口吻を受ける。
頭の片隅で何かが弾けた感触。
トゥルーデはエーリカの名を呼び、応えさせる間も無く、自ら積極的に彼女の唇を奪い、身体を奪った。
エーリカも負けじと“反撃”している間に……
夜も更け、二人はぐちゃぐちゃに乱れた服を絡ませながら、ベッドの中で浅い眠りに堕ちた。
窓から薄日が差し込む。どうやら雨は止み、晴れているらしい。
ゆっくり起き、身体を見る。もはや服だか布きれだか分からない何かを着、昨夜の愛し合った痕が付いているのを見、
恥ずかしくなって窓の外に目をやる。
昨夜の暗闇からは想像も出来ない、長閑で平和な、村の姿があった。
宿のすぐ脇には、緩やかな川が流れていた。雨の濁りも次第に消えつつある。
「あ、トゥルーデおはよー」
いつ起きたのか、先にエーリカが食事の準備をしていた。
「おはようエーリカ……ってなんて格好してるんだ!」
一糸纏わぬ……いや、申し訳程度にエプロンを付けている程度で、他には何も着ていない。
「服着るの面倒だから」
「服を着ろ! はかんか!」
「扶桑の新妻はこう言う格好するんだって」
「はあ? なんでそこで扶桑の話が出てくる」
「トゥルーデ、そう言いながらじっと見てるし。スケベ」
「どうしてそうなる! だから、その……」
「抱きしめても良いんだよ。にしし」
言いながらトゥルーデをそっと抱き寄せ、ぎゅっと唇を重ねる。
昨日の余韻が残っているのか、トゥルーデは反射的にエーリカの身体を抱くと、続きに耽った。
「はい、あーん」
「だから服を着ろと言うに」
「いいじゃん、なんか新妻みたいで」
「宿屋の人に見られたら困るだろう」
「別に。トゥルーデだってその格好……」
「服が乾くまでの辛抱だ……て言うかなんでこんなフリルの服だのエプロンだの……」
「まあいいじゃん。あーん」
リゾットをスプーンですくい、トゥルーデに食べさせるエーリカ。
「……うん。普通にうまい」
口をもぐもぐさせながら呟くトゥルーデ。それを聞いて表情が明るくなるエーリカ。
「ロマーニャの料理ってなかなか美味しいよね。そう言えば、ルッキーニは滅多に作らないけど」
「あれは食べる方専門だからな」
陽気でやんちゃなロマーニャ娘を思い出し、苦笑するふたり。そしてもう一口、食べる。
「なんか、こう言う素朴な料理、良いよね」
エーリカは微笑みながらリゾットを食べて、一言。
「美味しい」
「ああ。美味いな」
まるでゴシック調の服を着たドールの様なトゥルーデ。そしてエプロン一枚だけの、破廉恥な格好のエーリカ。
二人はもうお互いの格好に慣れた様子で、いつもと変わらぬ様子で食事を済ます。
帰り際、借り物を返し、宿屋の女将に大体の方角を聞くと、謝礼は後で寄越す旨を伝え、勢い良く二人は飛び立った。
服も乾き、元通りの二人。昨夜超えた山をまたいだ辺りで、501基地との通信が回復した。
『二人共、大丈夫だったか』
「問題無い。なかなか……」
「貴重な体験だったよ。ねえトゥルーデ」
「馬鹿っ、そう言う事を……」
無線の先で苦笑いしているミーナと美緒の感覚が伝わってくる。
「と、とりあえず。501基地への誘導を頼む」
トゥルーデは声を張り上げた。
「無理しちゃって。お土産話も出来たし、帰ってからも楽しめそうだよ。皆行きたがるんじゃない?」
「そうか? 普通の宿……でもないか」
何だったんだあれは一体、とトゥルーデは内心ひとりごちるも、結局分からず終い。
エーリカも彼女の考えを察したのか「深く考えちゃだめ」とばかりに、首を振って、くすっと笑った。
二人は揃って飛び、我が家へ……基地へと帰った。
end