新妻エーリカと裸エプロン
――1947年、バルクホルン姉妹の家
「おはよ、トゥルーデ。ぐっすり眠れた?」
「な!?」
……あ、ありのまま今見た事を話そう。
『私が目を覚ましてすぐに水を飲みにキッチンに赴くと、裸エプロン姿のエーリカがキッチンで料理をしていた』
何を言ってるか分からないと思うが、私自身、今の状況を中々理解できずにいた。
とりあえず私は深く深呼吸をして、今言いたい事を全部エーリカにぶつける。
「な、何でお前が私の家にいるんだ!? 軍の仕事はどうした!? なぜ料理を作っている!? そもそも、その格好は何だ!?」
「質問が多いよ……簡潔に答えると、この前のお弁当のお礼にトゥルーデに朝食を作ってあげようと思ったんだ。
もちろん、軍からちゃんと休みは貰ってあるよ。あっ、この格好はトゥルーデを驚かせたくてやってみたの」
「……人の家に無断で侵入して、料理を作ってる時点で充分ビックリだ」
「無断とは人聞きの悪いなぁ。合鍵をくれたのトゥルーデじゃん。どう? このエプロン、似合ってるかな」
エーリカは悪戯っぽく微笑むと、エプロンを広げて私にウインクをしてくる。
(な!?)
エーリカがエプロンを広げた時に一瞬、彼女の大事な部分がチラリと見える。
さ、さすがに、朝から刺激が強すぎるぞ……
「へへ、どうトゥルーデ? ドキドキしてくれた?」
「ド、ドキドキしないわけがないだろう……馬鹿者」
「ふぁ~あ、おはようお姉ちゃん……あっ、エーリカさん! おはよう」
と、キッチンにやってきたクリスが何気なくエーリカに挨拶をする。
いや、もう少しこの状況を驚いてもいいんじゃないか?
我が妹ながら少々天然だ。
「おはよ、クリス いいところに来たね。私特製のスープ、味見してみて」
エーリカが鍋の中のスープをすくって、それをクリスに飲ませようとする。
それを見た私は、思わず声を荒げた。
「や、やめろ!」
好意はありがたいが、こいつの料理の腕が壊滅的な事は他ならぬ私が一番よく知っている。
クリスの身に万が一、何かあったらどうするんだ!
私はエーリカからスプーンを奪い取り、それを自分の口の中へと運ぶ。
「まず……くない。いや、むしろ美味い」
エーリカのスープは驚くほど美味だった。
卵すら碌に割れなかったこいつに、こんな料理の才能があるなんて思ってもみなかった。
「へへ、でしょー? ほら、クリスも飲んでみて」
「あ、はい……わぁ、すごく美味しいです。エーリカさん」
「にしし~、エーリカちゃん特製スープも完成した事だし、朝ごはんにしよ」
そう言ってエーリカは、テーブルの上に自分の作った料理を次々と並べていく。
朝食にしては少々豪勢すぎる気もするが、エーリカがせっかく作ってくれたのだから、残すわけにはいかない。
私とクリスは、椅子に腰かけエーリカ特製の料理に舌鼓を打った。
「エーリカさん、この芋料理すごく美味しいです」
「うむ。以前、宮藤が作ってくれた扶桑の『肉じゃが』とかいう料理に似てるな」
「へへ、扶桑の料理に詳しい後輩に作り方を教わったんだ。作り方をマスターするのに1ヶ月はかかったかな。
ねぇトゥルーデ、私料理上手くなったでしょ?」
「ああ。キッチンを爆発させかねなかったお前が、人並み以上の料理を作れるようになったんだからすごい進歩だと思うぞ」
「えへへー、これなら私、トゥルーデのお嫁さんになれるかな」
「な!?」
エーリカのあまりに唐突な発言に、私は思わず口に含んでいた芋を噴き出しそうになった。
「な、ななな何を言っているんだお前は!?」
私は何とか芋を飲み込んで、エーリカに言った。
自分の胸の鼓動が早くなるのを感じる。
エーリカが私の嫁……?
「あれ? 私が旦那さんのほうが良かった?」
「そ、そうじゃない! 何で嫁とか旦那とかそういう話になるんだ!」
「ほら、私たち出会って8年になるんだし、そろそろいいかなーって。ねぇ、クリスはどう思う?」
「私、エーリカさんがお姉ちゃんになってくれたらすっごい嬉しいです」
と、目をキラキラさせながらクリスが答える。
「お、おい、クリスまで何を……」
「決まりだね。それじゃ、改めてよろしくね。旦那様♪」
「……わ、私を『旦那様』と呼ぶな~!」
――――――◆――――――
「ご馳走様」
途中、思わぬハプニングもあったが何とかエーリカ特製の料理を完食する事ができた。
さすがに少々腹がキツイ……
「わぁ、完食してくれたんだ。トゥルーデもクリスも美味しそうに食べてくれるから作り甲斐があったよ。
さてと、食事の後にはお片付けしないとね」
そう言って立ち上がったエーリカを、私は引きとめた。
「片付けなら私がやるぞ」
「いいよ。私が勝手に料理を作ったんだから、後片付けも私がやる。旦那様はゆっくりしてて」
「だ、だから! その呼び方はやめろ! 後片付けをやってくれるなら、せめてズボンは穿いてくれ」
「えっ、何で? あっ、もしかして穿いてたほうが興奮する?」
「そ、そういう問題じゃない! その……目のやり場に困る」
「あっ、そういう事……じゃあ今日はズボン穿いてあげるけど、早く慣れてよね」
「な、慣れるか! 馬鹿者!」
「ふんふふん、ふんふん♪ あっ、クリス、そこの洗剤とって」
「はーい」
鼻歌を歌いながら、慣れた手つきで食器を洗うエーリカの後ろ姿を見て、私は彼女のあの言葉を思い出す。
『私がしっかりしたら安心してくれる?』
エーリカにそう言われ、私は引退を決意した。
そして彼女はその言葉通り、見違えるほど頼もしくなった。
ウィッチとしても、生涯のパートナーとしても……
「……お前ならきっと良い嫁になれるよ」
私は食器を洗うエーリカの背中を見つめながら、彼女には聞こえないように小さくそう呟いた。
~Fin~