アフリカの星


照りつける太陽
地平線まで広がる砂漠
そう、ここはアフリカだ。

「何故……私はこんな所にいる……?」

私の名前はゲルトルート・バルクホルン。
所属はカールスラント空軍JG52第2飛行隊司令、階級は大尉。
ガリア開放までは、連合軍第501統合戦闘航空団、通称『STRIKE WITCHES』に所属。
ガリア開放後は、原隊に戻り祖国カールスラント解放の為の戦いに身を投じていた。
しかしロマーニャに新たなネウロイの出現により再び501部隊に参加し、ロマーニャでの戦いに身を投じた。
その戦いも我々の勝利に終わった。
ロマーニャ解放後は再びカールスラントの最前線に移動するとばかり思っていた。
しかし……501部隊解散後、私の元へ届けられた異動先は信じられないものだった。




『トゥルーデ、私達の異動先が決まったわ。』
『ほう、やはりカールスラントの前線か?』

その日私とミーナは事務仕事を片付け、午後のティータイムを基地のテラスで堪能していた。
501部隊の解散が決まり、隊の仲間はそれぞれの原隊へ帰っていった。
が、私とハルトマンとミーナの異動先に関しては中々上層部からの指示が来ず、こうしてロマーニャの基地に留まっていた。

『ええ、私とフラウはカールスラントの前線なんだけど……』
『む……なんだ、私だけ別の前線か?』
『……残念だけど……』

慣れ親しんだ戦友と離れる上に祖国奪還の戦いに参加できないのは残念だ。
残念だが、今の各地の戦況を考えれば仕方のないことだろう。
どの前線でも経験豊かなウィッチを必要としている。
私1人が駄々をこねるわけにもいくまい。

『残念だが命令とあらば仕方がないな。で、私はどこに異動になるんだ?』
『それが……その……はい。』
『???』

いつもならハキハキと答えるミーナがらしくもない。
ミーナが渡してきたのは上層部からの書類だった。

『何々……』



――ゲルトルート・バルクホルン大尉 第31統合戦闘飛行隊勤務ヲ命ズ



『……』
『……トゥルーデ?』
『私はカールスラント軍人だ。極寒の地であろうと、灼熱の地であろうと命令であらば戦おう。』


第31統合戦闘飛行隊、通称「ストームウィッチーズ」は現在アフリカ戦線を主戦場として活動している。
つまり、昼間は灼熱地獄、夜間は極寒という過酷な環境で軍務に就くということだ。
それは別に構わない。だが……

『だが、ここにはマルセイユがいるだろう!!!』

ハンナ・ユスティーナ・マルセイユ。通称『アフリカの星』
私のかつての部下で命令不服従、軍規違反は当たり前。チャラチャラした生意気な奴だ。
以前は軍規違反で昇進が遅れていて『ウィッチ最年長の少尉』と言われていたが、今では撃墜スコアが200を超え、さらに容姿端麗であるため
軍の広告塔として重宝され、今や私と同格の大尉だ。
ハッキリ言って私はマルセイユのことが気に入らない。
この前ロマーニャに来たときも、私のことを『融通のきかない上官』『石頭』『シスコン』などと散々馬鹿にしていった。
そんな奴と同じ隊で戦うなど冗談ではない。

『全く、冗談ではない!!マルセイユと同じ隊だと!?』
『お落ち着いてトゥルーデ!?』
『落ち着いていられるか!!何で寄りにもよってあいつと同じ部隊なんだ!?上層部の嫌がらせか!?』
『あ、あのねトゥルーデ。実は今回の貴女の人事に関しては、第31統合戦闘飛行隊隊長の加東圭子少佐から強い要望があったらしいの。』
『何?』

ミーナから話を聞くに、私も当初はミーナ、ハルトマンと同じ部隊に異動する予定だったらしい。
だが、加東圭子少佐から『バルクホルン大尉には是非こちらに来て欲しい』という要請が何度もなされ、私の異動先が第31統合戦闘飛行隊になったというのだ。

どうにも胡散臭い話だ。
何故私を指名してきたのだ?戦力の強化が目的ならば別にミーナでもハルトマンでも良いはずだ。

『トゥルーデがハンナのことを気に入らないのは分かるわ。でもこれは決定事項なの。』
『ぐ……分かった。命令なら……仕方がない……』

承服しかねる……が、命令ならば仕方がない。
そして私は重々しい気分のままアフリカへ向かった。




Ju52輸送機から降り立たった私を迎えたのは、灼熱の太陽と見渡す限り続く砂漠だった。

「噂には聞いていたがこれほど暑いとは……」

しかも夜になると氷点下まで冷え込むという。
何とも過酷な環境だ。体調管理には今まで以上に気を使わねばなるまい。

「ゲルトルート・バルクホルン大尉ですね、お待ちしておりました。」

私の目の前に現れた伍長の階級章を付けた若い男が、私の名前を呼び敬礼をしてくる。

「そうだ、本日付けで第31統合戦闘飛行隊勤務に配属となった。」
「自分は第31統合戦闘飛行隊基地指令付伝令のハンス・アルニム伍長であります。」

ハンス伍長は、ふと私の手元へ視線を移した。
私が持っていたのは最低限必要な備品と私物を詰めた鞄だ。

「お持ちします。」
「ん?あぁ、じゃあ頼む。すまんな。」
「いえ、自分は少佐からバルクホルン大尉の従卒として働くように命令されておりますので。」
「何?従卒?」
「はい、以後よろしくお願いします。」

従卒というのは将校に専属し、身のまわりの世話などをする兵卒のことだ。
別に従卒など私には不要だと思うのだが、まだ私はアフリカに慣れていない。
そう考えると、この環境に慣れるまでは好意に甘えた方が賢明だろう。


「こちらこそよろしく頼む伍長。」
「では……あ、大尉はアフリカ軍団の軍服を受領されてはいないんですね?」
「ん?ああ、見ての通りだ。」
「では基地に向かう前にここで軍服を受領していきましょう。」

私は伍長に言われるまま付いていき、飛行場と隣接している補給所に向かった。
補給所の中は各国の補給物資が運び込まれ、山積みにされていた。

「第31統合戦闘飛行隊の者です。カールスラント・アフリカ軍団航空隊の軍服を……ええ、将校用の……」

私が補給所の中を見物している間に伍長は軍服受領の手続きを進めていく。

「……はい、そうですね……は?いやそれは……」

何だ?急に伍長が困惑し始めた。

「どうした伍長?」
「いえ……その……」
「どうした?ハッキリしろ、カールスラント軍人なら如何なる時も毅然と……」
「サイズ、服のサイズですよ大尉さん。」

私がいつもの調子で伍長に説教をしようとすると、受付の女性が言葉を割り込ませてきた。

「サ、サイズ?」
「ええ、3サイズも。」
「……伍長すまん。」
「い、いえ……」

困惑するわけだ。
初対面の伍長が私の3サイズなんて知っているわけなどないし、面と向かって私に聞けるはずもない。
伍長には悪いことをしてしまった、後で何かしらの埋め合わせをしないといかんな。

「こちらにご記入お願いします。」
「分かった……」

私は必須事項を全て記入し、後は伍長に全て任せることにした。

「被服類はこれで全部ですね……後は将校用の物品を……」
「はい、ではこちらにサインを……ええ、伍長のサインで結構ですので。」
「ブランデーと血入り腸詰、あとリベリオン煙草を50本……」

私は酒も煙草もやらんのだが……ああ、後でさっきの埋め合わせとして伍長にくれてやればいいか。

「軍服一式揃えましたので、更衣室はあちらです。」
「分かった。」

受付の女性から軍服一式を受け取り更衣室へと向かう。

「……これがカールスラント・アフリカ軍団の軍服か……」

私がこれまで着ていた軍服のグレー色とは異なり、白っぽいタン色だ。

「着替え終わりましたか?」
「ああ。」
「よくお似合いです。これで大尉もアフリカ軍団の一員ですね。」
「ははは、そうか。」

ふーむ……伍長の言葉から何となくだが、アフリカ軍団に対する愛着のようなものが見える。
ブリタニアとロマーニャにはなかった、アフリカ独特の団結力があるのだろうか?

「物品の受領も終わりました。他に何もなければ車で基地にお連れしますが?」
「ああ、頼む。」

どうやら私が着替えている間に、受領した物品を車に積み込んでおいていたらしい。
うん、手際がいい。カールスラント軍人足る者時間を無駄にしてはいけない。

「どうぞ大尉。」
「ほう、ジープか。」
「はい、こいつは四駆ですからスタックした時もすぐに抜け出せますよ。」

リベリオンの自動車技術は世界でも有数だ。
カールスラントの自動車だって負けてはいないが、前線の兵士からのジープへの信頼は厚い。

「後部座席には大尉の荷物を積んであります。一応ご確認下さい。」
「ふむ、どれどれ。」

私の鞄に……こいつはブランデーか……後はパン、イワシの缶詰、牛缶、リベリオン煙草、血入り腸詰、ブドウ酒……
正直無用の長物が多いな。
軍規で、将校は一般兵より好待遇ということが定められているが、正直ブランデーと煙草は私には必要ない。
私は酒も煙草もやらん主義だ。

「ブランデーと煙草はいらん。伍長にくれてやる。」
「いえ結構であります。」
「遠慮するな、私は酒も煙草もやらん。それに先ほどの軍服受領の時の侘びだ。」
「いえ、それはバルクホルン大尉が私に物品渡す理由にはなりません。こういうことはキッチリしないといけません。」
「ほう、いい心がけだ。」

久しぶりに良い軍人に出会った。
世間では堅物などと言うらしいが、私はそう思わない。
私だって上官に同じ様な事をされれば、伍長と同じ態度を取るだろう。

「しかし困ったな、私は酒も煙草もやらんのだが……」
「それなら心配には及びません。」
「何?」
「私に考えがあります。道中説明します。」
「そうか。」

私は車の運転を伍長に任せ、助手席に乗り、道中変らない景色を見つめていた。
見渡す限り続く砂漠……果たしてこの砂漠はこれまでにどれ程の血を吸ってきたのだろうか?
ネウロイが現れる前にはガリアと現地民との間で大規模な戦闘も行われたらしい。
血生臭い土地だ。

「伍長、アフリカは長いのか?」
「割と長いですよ。大尉殿はどうなんです?」
「私はブリタニアとロマーニャに居たがアフリカは初めてだ。……ここは暑いな。」
「でしょうね、海岸部で30~40度、ジブリが吹くと50度以上になります。夜は逆に冷え込みます。」
「体調管理には気をつけないといかんな。」
「慣れですよ慣れ。」
「人類連合軍アフリカ軍団はどんな感じだ?」
「ブリタニア、ロマーニャ、カールスラント、いずれの各国も士気旺盛です。後最近リベリオンの連中の錬度も上がってきてます。」
「ほう、リベリオンもか。」
「ええ、当初は戦い慣れていなかったので本当に戦闘ができるのか不安でしたが、今では立派にアフリカ軍団の一員です。」
「ふむ、では連合軍の中で一番錬度が高いのはどの国だ?」
「勿論我々カールスラントですよ。次いでブリタニア、ロマーニャもまぁまぁってとこですね。」
「ははは、そうか。」

やはりカールスラントが一番か。
そうだろう、そうだろう。何せ兵力は欧州でも随一だしな!

「将軍もカールスラントが一番だと思います。何せ我らがカールスラント・アフリカ軍団の司令官はロンメル将軍ですからね。」
「ほう、ロンメル閣下か。ブリタニアに居る時週間ニュースで何度か見たな。」
「後はブリタニアのモントゴメリー将軍、リベリオン派遣軍団のパットン将軍ですね。」
「ほう、いずれも聞いたことがあるな。」
「この3人が人類連合軍アフリカ軍団のTOPです。」

噂に名高い三将軍か……
いずれその戦いを見てみたいものだ。

「おっとすいません少し止まりますね。」
「故障か?」
「いえエンジンのオーバーヒート防止に、10キロ走ったら停車してエンジンを冷やさないといかんのです。」
「なるほど。ブリタニアやロマーニャのようにはいかんのだな。」
「ここは色々と大変ですよ。機械のメンテナンスに飲料水の確保もありますし。」

予想以上にアフリカは大変そうだ。
一刻も早くここの環境に慣れないと戦闘どころではなくなるな。

「大尉、アフリカコーヒー如何です?」
「アフリカコーヒー?」
「まぁ飲んでみて下さい。」

伍長が手渡してきたコーヒーを飲んでみる。

「何だこれは?しょっぱいぞ!?」
「オアシスの水なんです。ここら辺のオアシスは塩分が多いんです。」
「う~む……贅沢は言ってられんか……」
「そうです。アフリカでは水の一滴が血の一滴ですから。」

やはりアフリカでは水が貴重品なのか。
今までのように風呂に入ることなど絶対できないだろうな。
……あいつのことなど考えたくもないが、マルセイユはしっかりやっているのだろうか?
貴重な水を使って風呂になど入っていなければいいが……

「伍長、マルセイユについてどう思う?」
「マルセイユ大尉ですか?我らがアフリカの星、黄色の14、カールスラント空軍の誇りですよ。」
「……そ、そうか。」

あいつがカールスラント空軍の誇りだと?
あの軍規違反の常習犯、上官の命令に対する反抗の数々……
うーむ……アフリカに来てから変ったのだろうか?
いや、ロマーニャに来たときのあいつはJG52に居た時と全く変っていなかった。
何であんな奴が我がカールスラント空軍の誇りなんだ?

「お、いい所に。」
「ん?」

伍長の見つめるその先には街道を走ってくるトラックが一台。

「おーい!止まってくれ!」
「どうした戦友?車の故障か?」

停車したトラックにブリタニアの兵士が乗っていた。

「戦友、リベリオン煙草50本あるぜ?」
「何!?コンビーフと牛缶、それとジャム缶でどうだ!?イワシの缶詰も付けるぞ!?」

なるほど、吸わない煙草は物々交換に使えるわけか。
自分には必要のない物でも、それを必要とする者も当然いる。

「取引成立だ、ありがとう戦友。」
「なーにリベリオン煙草が手に入るなら安いもんさ。」

ブリタニア兵は上機嫌で去っていった。
リベリオン煙草はそんなに人気があるのだろうか?

「コンビーフとジャム缶は補給所の方にもなかったのでいい買い物でした。」
「よく煙草だけでこれだけ交換できたな。」
「リベリオン煙草は一番人気ですよ。」

煙草の違いなんて私には分からん。
分からんが煙草を吸う人間にとっては、リベリオンの煙草が格別の味なのだろう。
しかし、リベリオン煙草が一番人気ということは、それだけこのアフリカには喫煙者が多いのだろう。
以前に聞いた話だと、煙草はストレス解消や気分を紛らわせるために吸う人間もいるらしい。
やはり過酷な環境、過酷な戦場ではストレスも溜まるのだろうな。




それからほどなくして第31統合戦闘飛行隊の基地に着いた。
気分は……控えめに言っても良くはない。
そう……いよいよ以てあのマルセイユの居る基地に来てしまったのだ。
これからあいつと毎日顔を合わせるのかと思うとストレスで胃が痛くなってくる……

「大尉殿、自分は宿舎に大尉の荷物を運んでおきますので、その間に基地指令にご挨拶を。」
「そ、そうだな。」

何にせよ、来てしまったものは仕方がない。
色々と納得はいかないがこれは軍務……そう軍務なのだ!
いかなる困難、逆境においてもカールスラント軍人足る者軍務を全うしなくては!

「失礼します。」
「いらっしゃい、貴女はバルクホルンさん?」
「はっ!ゲルトルート・バルクホルン只今着任致しました!」
「私は加東圭子、アフリカにようこそ。」

書類が山積みにされた席に座るこの女性が、第31統合戦闘飛行隊指揮官『加東圭子少佐』か……
『あがり』を迎えてウィッチは既に引退しているらしいが、的確な判断力を見込まれ戦闘飛行隊指揮官をしているという。
そして本来カールスラントの前線に行く予定だった私をここに配属にした張本人……

「楽にして。色々話したいこともありますし、座ってちょうだい。」
「はい。」
「え~と……貴女の事は何と呼べばいいかしら?」
「は……?バルクホルンか、もしくは大尉と……」
「違うわよ、貴女と親しい者は貴女の事を何と呼んでいるの?」
「トゥルーデ……と呼んでいます。」
「そう、じゃあ私も貴女の事をトゥルーデと呼ぶわね。」
「はぁ……」

何というか……流れを完全に持っていかれてしまう感じだ。
大人しそうな人だが、どことなくミーナと似ている気がする。

「私のことはケイと呼んでちょうだい。」
「い、いえ!自分の上官に対してその様な呼び方をするわけには……」
「駄目よ。」
「しかし軍規で……」
「じゃあ命令するわ、私の事は以後ケイと呼びなさい、分かったかしら?」

何という強引さだ……
この手の人間には理屈や軍規は通用しない……

「は、はい……分かりました……ケイ少佐。」
「無理に階級を付ける必要もないのだけれど……まぁいいわ。」
「それで私に色々話したいことがあるそうですが……」
「ええ、まず貴女のストライカーユニットの到着が明日になるそうです。」
「そうですか……」

本来なら私が着任する前に届く予定になっていたはずだが、輸送の遅延などがあるのだろうから致し方ない。
まぁいざとなればここの基地にも予備のストライカーくらいあるだろうし、それを使わせてもらえばいいだろう。

「という訳で、貴女は今日一日非番と致します。まだアフリカにも慣れていないだろうし、今日一日はゆっくりするといいわ。」
「分かりました。お心遣い感謝致します。」
「もう少しお話したいのだけれど……いいかしら?」
「はい。」
「じゃあ貴女について。」
「私について?」

一体何を聞かれるのだろうか?
どうにも嫌な予感がする……

「ゲルトルート・バルクホルン、カールスラント空軍JG52第2飛行隊司令、階級は大尉。他人にも自分自身にも厳格な性格である。」
「はい。」
「ブリタニア、ロマーニャと転戦し、撃墜スコアは350機。」
「はい。」
「これらのスコアの大部分はブリタニア、ロマーニャで記録されたものであり、東部戦線、カールスラント防衛戦の時には撃墜スコアは僅か数機……」
「ええ、そうです。」
「ふふ……これ嘘でしょう?」

ギクっ……

「さ、さぁ何のことでありましょうか?」
「乱戦だった東部戦線、カールスラント防衛戦で、撃墜結果が誰のものかわからなくなった時、貴女は気前良く戦果を部下に譲ったらしいわね?」
「い、いえ決してそのようなことは……」

確かに私は東部戦線、カールスラント防衛戦の時、撃墜スコアの大半を部下に譲った。
実際問題あの乱戦の中では、イチイチ誰が撃墜したかなんて確認している暇なんかなかったし、
本当に自分が撃墜したのか……正直かなり怪しかったものが殆どだった。
そういう怪しいスコアは全部部下に譲った。
自分が確実に撃墜した、と確認できるものだけを自分のスコアにした。

「トゥルーデ……上官に対して嘘を言うのは軍規ではどうなのかしら?」
「ぐ……はい、その通りです……」
「正直でよろしい。つまり……譲ったと思われる撃墜スコアを貴女の記録に加算すると……総撃墜数は400機近くになるのね?」
「はい……恐らくは……」

この人はどこまで私の事を調べ上げているのだろうか?
正直少し怖いぞ。

「あと貴女は正式撃墜スコアが350機であるにも関わらず、メディアへの露出は極力控えていたそうね?」
「はい。」

雑誌だのラジオだの……ハッキリ言って興味がない。
私はカールスラント軍人だ。モデルでも映画女優でもない。
軍人の仕事は戦い、そして守ることだ。それ以外のことなど興味も関心もない。

「これからはしっかりメディアに出てもらうわ。」
「そうですか……ってえええ!?」
「撃墜スコアがマルセイユを上回る堂々のアフリカ第一位、しかもその凛々しい美貌なら世間の注目の的になるでしょう。」
「そんな……私は軍人です!見世物になるなど……」
「いいトゥルーデ、今現在人類連合軍アフリカ軍団はヒーローを求めているの。」
「ヒーロー……?」
「ええ、人類連合軍アフリカ軍団の三将軍もちゃんとメディアに出ています。貴女も週間ニュースでロンメル閣下を拝見したことがあるでしょう?」
「はい、ありますが……」
「多忙を極める将軍達でさえが時間を割いて、メディアに出ているのよ?」
「は、はぁ……」

確かに週間ニュースでロンメル閣下のことは何度も拝見している。
閣下はその卓越した戦術で『砂漠の狐』の異名を取るほどだ。
今やカールスラントのみならず世界中の人間が知る有名人だ。

「マルセイユだってそう、連日の戦闘で疲れているのに、彼女はしっかり雑誌にラジオ、あらゆるメディアへ顔を出しているわ。」
「む……確かに。ですが、奴の場合嫌々ではなく好き好んでメディアに出ているのでは?」
「……まぁそれは否定できないわね……」

そんなことだろうと思った。
あの目立ちたがり屋らしい。

「とにかくです。今後は貴女にもメディアからの要請があればしっかり出てもらうわよ?」
「分かりました。」

正直メディアへの顔出しは極力控えたいが、命令とあらば致し方ない。

「あとは……そうだ。」
「……何でしょう?」

何だろう?とてつもなく嫌な予感がする。

「マルセイユについて……貴女がどう思っているのか聞きたいわ。」
「マルセイユについて!?」
「ええ、貴女はかつてマルセイユの上官だった、是非聞きたいわ。」
「正直……気に食わないですね。」
「あら?それはどうして?」
「勝手気まま、破天荒で上官を全く敬わない言動、編隊による共同戦法を無視した単機突撃……全く言い出したら切りも限りありませんよ。」

ハルトマンとマルセイユ、私の隊の2大問題児。
軍規違反は両手では最早数え切れない。
一体何度営倉送りになったことか。
ハルトマンはまだ可愛気があるからいい。
それに比べてあいつときたら、生意気でチャラチャラしてて私や上官に対しても反抗的だったし、こないだロマーニャに来たときも私に対して
非礼無礼の数々をしていった。

「あら、そうだったの?」
「ええ、そうです!全く!」

ああ、もう!
思い出しただけでも腸が煮えくり返る!!

「じゃあ今のマルセイユを見たらきっと驚くわね。」
「は?」

ケイ少佐はクスクスと笑いながらそんなことを言った。
私が驚く?どういうことだ?

「それより……興味深いのは、そんなマルセイユがどうして除隊処分もされずにいられたかよね?」
「さぁ……?」
「上官に対する反抗的な態度、命令無視、普通なら除隊処分ものよね?」

まるで獲物を目の前にした狩人の目で、ケイ少佐は私のことを見つめてくる。
……嫌な汗があふれ出してきたぞ。

「トゥルーデ?」
「わ、私には分かりません!」
「ゲルトルート・バルクホルン大尉?」
「知らないものは知りません!」
「ふふ……まぁいいわ。意地悪はこれくらいで勘弁してあげる。」

ふう……助かった。
かつて受けた『敵の捕虜になった場合の尋問に対する訓練』より辛かった。
……それにしても

「ふふ……」

ケイ少佐は本当に一体どこまで私の事を調べているのだろうか?

「あの、質問してもよろしいでしょうか?」
「許可するわ。」
「この度の私の異動に関して、ケイ少佐の方から強い要請があったとのことですが?」
「ええ、そうよ。」
「何故です?」
「何故って……今アフリカ戦線は厳しい状況下にあるの。経験豊富なウィッチが1人でも多く必要なのよ。」
「それならば何故、私を指名したのですか?」
「……」
「経験豊富なウィッチというなら、私ではなくてもミーナでもハルトマンでもよかったはずです。」
「……」
「ケイ少佐?」
「軍事機密です。」
「な……」
「軍事機密よ、トゥルーデ。話は以上、下がりなさい。」
「は、はい。では失礼します。」

軍事機密と言われれば引き下がる他ない。
だがこれは……どう考えても軍事機密に属する事柄ではない。
どうも個人的な思惑が絡んでいるような気がしてならない。

……先行き不安だ。
この先アフリカで上手くやっていけるのか実に不安だ。……ハァ




さて、一日休養をもらったわけではあるがどうするか。
基地内は一通り見て回ったが、それほど広い基地でもないし、大して時間もかからなかった。
ウィッチも全員出払っていて挨拶はできなかったが、夕食時になれば全員揃うだろうし、その時でもいいだろう。
あの問題児……マルセイユが居なかったのは僥倖だった。
今顔を合わせても、どうせ罵り合いになるだけだ。
せっかくの休養だ。そんな無益なことで体力を消耗したくはない。
逡巡しているとアルニム伍長が目に入った。

「伍長。」
「大尉、挨拶の方は?」
「一通りは済ませた。ケイ少佐から一日休養をいただいたんだが。」
「なるほど、することがなくて暇なんですね。」
「その通りだ。」

察しがいいな伍長。

「それなら前線の見回りでも行きますか?」
「前線の?」
「ええ、カプッツォなんて如何です?」
「悪くないな。」
「なら車でご案内します。」
「何?いいのか?忙しいんじゃないのか?」
「私は大尉の従卒ですから。」

いくら私の従卒でも他にやることもあると思うが……
少々悪い気もするが、ここは厚意に甘えよう。
久々に最前線を見て見たいしな!!




道すがら、トラック、装甲車、戦車が行軍しているのが見えた。
活気に溢れ、砂塵を巻き上げ前進して行く様は見ていて気分がいい。

「久々だな、こんなに活気に溢れて前進する部隊を見るのは……」
「そうですね、自分もカールスラント防衛から後退しか経験していませんでしたから……」
「ああ……そうだな……」

あの時は本当に悲惨な状況だった……
防御陣地の構築もままならず、雨風を凌ぐ場所さえなかった。
明日への希望も何もない……あんな行軍は二度とごめんだ。

「ん?何か歌っているのか?」

行軍する部隊が何やら声を張り上げ、聞いたこともない軍歌を斉唱していた。

「ああ、あれはカールスラント・アフリカ軍団の歌ですよ。」
「ほう、そんな軍歌があるのか?」
「大尉がご存知ないのも無理ないですね。あれは作曲家が作ったなんて大層なもんじゃないですから。」
「そうなのか?」
「ええ、前線のカールスラント兵達が作ったんです。それがいつの間にか人類連合軍アフリカ軍団中に広まったんです。」
「伍長も歌えるのか?」
「勿論です。あの歌を知らないとアフリカの兵隊としては半人前です。」
「ははは、そうか。なら私も早く覚えないとな。」
「いえ、そんなつもりで言ったわけでは!」
「分かっている心配するな。それにしても……すごい歌だな。」
「ははは、そう思いますか?」
「ああ、活気に溢れていて、何とも勇壮な曲だ。」

それにしても前線の将兵が将軍を称える歌を歌うのは珍しいな。
普通将軍は前線の将兵から嫌われることの方が多いのだが……

「前線の将兵はロンメル閣下のことを尊敬しているのか?」
「そりゃあ勿論です。あんな将軍今まで見たことがありませんよ。」
「興味深いな。」
「よければお話しますか?」
「ああ頼む。」
「我々がこのアフリカの地を踏んだときの士気は最悪でしたよ。劣悪な環境に、貧弱な装備……」

だろうな。それまでは気候が安定していた欧州が戦場だったんだ。

「当時精鋭と言われていた部隊は皆ブリタニアに回されていましたから、このアフリカに回されたのは落ち零れの部隊なんだと皆が思っていましたよ。」
「ふむ……」
「装備も士気も最悪……そんな中にロンメル将軍が現れたんです。」

そこからの話は私もある程度知っていた。
ロンメル将軍派兵士を鼓舞し、少ない装備をやりくりし、巧みな戦術でネウロイを撃退し続けたんだ。

「あんな将軍派は初めてでした。50km離れた司令部ではなく前線からたった3㎞の場所で指揮をしていたんです。」

将軍としては随分型破りな御方の様だが……なるほど将兵から愛されるわけだ。
前線にいれば状況の変化に即応できるし、理に適ってはいる。
だが当然危険も多かったはずだ。
それでも前線で指揮を続けてきたのだろう。大した胆力だ。

「ロンメル将軍の行くところ、私達はどこまでも付いて行きますよ。」

ロンメル将軍のことを語る伍長はどこか誇らしげだ。
部下に信頼され、的確な指示で部隊を勝利へ導く……なるほど優秀な将軍だ。




カプッツォに付くとそこには砦を中心に、88㎜砲で強化された堅牢な陣地が広がっていた。
カールスラント兵、ブリタニア兵、ロマーニャ兵、リベリオン兵までもがいた。

「まさに人類連合軍だな。」
「ええ、士気も高く、ネウロイ共が押し寄せてきても絶対に陥落しませんよ。」

昼時なので陣地を守備する兵士達は皆昼食を取っているところだった。
辺りを見回していると、1人のブリタニア兵と目が合った。

「あ……ウィッチだ!!!!」
「は?」

周囲の兵士の視線が一斉に私に注がれる。

「ウィッチだ!!!!」
「守護天使様が来たぞ!!!」

皆昼食を放り出し、私の元へ駆け寄ってくる。
あっという間に私と伍長の乗るジープは兵士達に囲まれてしまった。

「ねぇねぇ君どこのウィッチ!?」
「だ、第31統合戦闘飛行隊だ。」
「31って……まさかアフリカの星!?」
「ち、違う!!!!断じて違う!!!」
「バーカ!これだから新参は困る!俺はアフリカの星を何度も見ている、この娘じゃないよ。」
「君お名前は??」
「ゲルトルート・バルクホルン大尉……だ。」

私の名前を聞き、皆キョトンとしてしまう。

「バルクホルン大尉?」
「聞いたことあるか?」
「いや、ない。どこかから転属になったんじゃないか?」

やはりメディアへの露出を控えていたせいか、私はアフリカでは無名なのだな……

「バルクホルンって……カールスラント空軍の!?」

群がる兵士達の中の1人が声を上げる。

「何だよお前、知ってるのか?」
「知ってるなんてもんじゃねえよ!この人すげえんだぞ!?前に新聞に載っていたが撃墜スコア350機だってよ!!」
「さ……350!?」
「本当かよ!?アフリカの星より多いじゃねえか!?」
「すげえ!!!」
「え!?バルクホルン大尉はアフリカに転属になったんですか!?」
「そ、そうだ……」

辺りが静まり返る。
何だ?どうした?

「すげえええええええええ!!!!!!」
「350機!?すんごい守護天使がきたあああああああ!!!!」
「しかも美人さんだぞ!??」
「サイン下さい!サイン!!!」
「ざけんな!!俺が先だ!!!大尉!帽子にサインして下さい!!!」
「大尉!握手して下さい!!」
「大尉さん、とっておきのワインがあります!一緒に昼食でも如何です!?」
「引っ込んでろロマ公!それより私とティータイムは如何ですか?」
「てめえらのくそ不味い茶なんぞ飲ませられるかトミー野郎!!大尉殿は我らカールスラント兵と昼食するんだ!!!」

堰を切った洪水の様な大騒ぎになってしまった。
こうなってはいくら私でも手のつけようがない。

「諸君!何をしている!?」

辺りが一瞬で静まり返る。
群衆の波を掻き分け、1人の将校が私の元へやってきた。

「諸君、昼食は済ませたのかね?なら持ち場に戻り陣地の強化をするなり作業を始めるんだ。」
「はっ!パイパー少佐殿!!」

先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり、皆持ち場に戻っていった。
あれだけの騒ぎをただの一括で静めるとは……この人は一体何者だろう?

「部下が迷惑をかけて申し訳ない。私はヨアヒム・パイパー少佐だ。カールスラント第1近衛兵団装甲擲弾兵連隊第3大隊長、今はアフリカに派遣されここの指揮官をしている。」
「私はゲルトルート・バルクホルン大尉、所属はカールスラント空軍JG52第2飛行隊司令です。この度第31統合戦闘飛行隊に配属になりました。」

近衛兵団とは陛下をお守りするための特別編成部隊。
カールスラント軍の中でも選りすぐりを集めたエリート部隊だ。
今は確か……避難された陛下をお守りするために、陛下と行動を供にしているはずだ。

「部下が大変失礼したね。どうだろう?お詫びと歓迎を兼ねて昼食など。」
「は、はい。」

普段の私なら断っていたかもしれない。
だが、この少佐には有無を言わさぬ迫力があった。
勿論少佐は私に強制させてるつもりなどないだろう。
だがこの少佐の眼光はまるで狼の様に鋭かった。




食事に誘われた私は指揮所の建物の中に案内された。

「誘っておいてこんな物しかお出しできず申し訳ないね。」
「いえ決してその様なことは……」

机の上に並んでいるのはスープ、チーズ、イワシの油漬け、黒パンだ。
私の知る限り、おおよそ佐官クラスの将校が食べる食事のメニューではない。

「この最前線で、自分だけ贅沢な食事をしては部下に示しがつかなくてね。」
「なるほど。」

将校は部下の模範となるべし。
部隊を率いる将校の心構えだが、それを実践できる将校は中々いない。
私だって部下の模範になろうと、カールスラント軍人として規律ある行動を心がけてきた。
だが……中々上手くいかないこともある。
ロマーニャで同じ部屋だったハルトマンは、私がいくら部屋の整理整頓に心がけても、部屋を片付けようとはしなかった。
マルセイユだってそうだ。私がいくら注意しても……

「ところで大尉、アフリカはどうかね?」
「は?」
「暑いだろ?」
「ええ、ロマーニャとは大違いですね。」

アフリカは私がこれまで経験してきた場所とは全く環境が異なる。
まず暑さだ。
ロマーニャも比較的暑かったが、これほど暑くはなかった。

「ははは、確か君は501に居たんだったな。」
「はい。」
「何でまたアフリカに?志願でもしたのか?」
「いえ、本来ならカールスラントの前線に行く予定でした。」
「だよなぁ、普通。」

誰もが普通そう考える。
私だってカールスラントに行くとばかり思っていたのだから。

「31統合戦闘飛行隊の加東少佐の方から強い要望があり、こちらに配属になったようなのです。」
「ふむ……」

パイパー少佐はチーズを頬張ると、何やら思案する。

「何か作為的なものを感じるな。」
「と、申しますと?」

作為的なもの?どういうことだろう?
確かに……加東少佐からの強い要請というのは事実なのだが、何故私を指名したのか?
その疑問だけがまだ残っていた。

「モンティ、パットン、ロンメル親父の誰かが根回ししたんじゃないかな?」
「三将軍がですか?」
「ああ、あの親父達我儘だからな。『もっと魔女が欲しい!』何て平気で上層部に言いそうだ。」

私は三将軍達がどういう人間なのかは分からない。
だがこのパイパー少佐は三将軍達と面識があるらしく、その人間性も把握しているようだ。
その少佐が言うのだから、望むモノを手に入れるのに手段を選ばぬ困った方々なのだろう。


「少佐殿は何故アフリカに?」

気になると言えばこの人は何故わざわざアフリカに来たのだろう。
近衛兵団は陛下の避難先に駐屯しているはずだ。
それが何故アフリカに居るのだろう?

「志願したのさ。」
「志願?」
「ああ、ゼップ親父に何度も頼み込んでね。」

ゼップ親父と言うのは恐らく第1近衛兵団団長のゼップ・ディートリヒ大将のことだろう。
兵団長のことを親父と言うくらいだから、懇意の仲なのだろう。

「何故わざわざ……」
「カールスラント・アフリカ軍団がアフリカで歴史を作っているのに、遥か遠方でジッとしているのがどうにも我慢できなかった。」
「軍人としての性……ですか?」
「かもしれないな。父が軍人でね、私は軍隊に憧れていた。」

一般人からすれば、どうしてわざわざ危険な最前線に?と思うだろう。
だが、自分の力に自信のある軍人ならば、自分の力がどこまで通用するのか試してみたくなってくる。
たとえそれが死の危険がある最戦線でも、だ。
だが、私はまさか近衛兵団にいる人間が軍人としての性を持ち最前線に出てくるとは思わなかった。

「私としては陸軍にいたかったが、私の風貌が理想的なカールスラント人だったらしくて近衛兵団に異動になってしまってね。」
「栄転ですね。」
「私にとっては左遷同然だったよ。何せ周囲には貴族だの子爵のボンボンがいるだけだった。」
「実力ではなく、血筋で近衛兵団に……ということですか?」
「そういうことだ。そのくせ選民意識が強い連中で……全く。」

少佐の話していることが事実だとすれば忌々しき事態だ。
本来なら陛下を守護せんが為の精鋭部隊が、血筋だけで入団してきた大して実力もない、選民意識が高いだけの集団に成り下がってしまう。

「勿論陸軍から実力を見込まれて異動になった奴らもいたさ。でも近衛兵団は殆ど前線には出ないからね。」
「まぁ……陛下の守護が主任務ですからね。」
「そう……優秀な人員、優れた装備、宝の持ち腐れとはあのことだ。」

陛下を身辺警護が大事なお役目であることは勿論私も分かっている。
だが戦況が……いや人類の存続が緊迫している中、優秀な人材、優れた装備を前面に出さないのはどうかと思う。

「もし、私の知り合いがアフリカに来れば……戦況は一変するだろうな。」
「そんなにすごいんですか?」
「ああ、一騎当千の陸戦魔女、部隊をまるで手足のように自在に動かす指揮官、そんな連中ばかりだよ。」
「すごいですね。ということは少佐も……?」
「ははは、そんなに期待してもらっても困るな。」

笑っておどけて見せるが、この少佐も相当な指揮官に違いない。
前線の兵士から信頼を得るのは容易なことではない。
先ほどこの少佐が兵士達に命令を下した時、兵士達は皆迅速に持ち場に戻っていった。
常日頃からこの少佐が、兵士達の畏怖と敬意の対象である何よりの証拠だろう。

「警報!!!!!!」

突如陣地内に響く兵士の声。
その瞬間私の頭の中で警鐘が鳴り響く。
この感覚は東部戦線、カールスラント、ブリタニア、ロマーニャでも経験してきた。

「少佐!敵襲ネウロイです!!!!」

指揮所に慌しい兵士の声が響く。

「規模は?」

だが少佐は動じず、ただ静かな声だった。

「陸戦型ネウロイ約30、飛行壺型20!」
「陸戦型はいいとして、飛行壺が厄介だな。」

そう言うと少佐は無線機に向かった。

「発、こちらカプッツォ守備隊のパイパー少佐だ。付近を哨戒飛行中のウィッチに告ぐ、我らネウロイの攻撃を受けつつあり。敵の規模陸戦型30、飛行壺20。
陸戦型は我々が貰う。飛行壺20撃破スコアを献上したいのだが、受け取ってくれる麗しのお嬢さんはいるかな?」
『私が貰ってやろうか?』

無線から響く声。
上官を上官と思わない不敵な声。
あいつだ。私には誰だかすぐに分かった。

「どこのお嬢さんかな?」
『黄の14だ。』
「喜んで献上させてもらうよ。どれくらいで来れる?」
『5分もかからない。』
「了解だ。おめかししてお待ちしているよ。」

とても軍隊の通信とは思えない口調だ。
だが、これがアフリカ流なのか?

「さて、後5分でマルセイユ嬢が来る。こちらも準備をしなくてはな……大尉、君は我々の戦いを砦の上から見ているといい。」
「分かりました。」

本当なら私も戦いたい。
戦いたいが、今はストライカーユニットがない。
ここは少佐の言うとおりにすべきだろう。

「紳士諸君、仕事の時間だ!この戦いはバルクホルン大尉がご覧になる、無様な戦いは許されないぞ!」
「「「「うおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」
「それと後5分もすればマルセイユ嬢がいらっしゃる!おめかしを忘れるなよ!」
「アフリカの星が!?」
「うおおおおおおお!」

兵士が一気に活気付く。

「それと……バルクホルン大尉。」
「はい、何でしょう?」
「アフリカの戦いを見るのは……これが初めてかな?」
「ええ、そうですね」

今日来たばかりだからな。
来た初日に戦闘を見ることになるとは思わなかったが……

「聞いたか諸君!?大尉がアフリカの戦いをご覧になるのはこれが初めてだそうだ!大尉の初めては我々がいただけるぞ!!!」
「「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!」」」」」」
「な、ななななな!!?」

ひ、卑猥だ!
言い方が卑猥だ!!
そもそも何でそれで一番活気付く!?

「し、少佐!?」
「兵隊を活気付けるにはこれが一番さ。」

そういうものなのか!?

「スピアーズ大尉、ポッリ中尉、出番だ。」
「承知しました。」
「了解です。」

気がつくとそこには2人の男が立っていた。
軍服から見て、リベリオンとロマーニャの人間のようだ。

「スピアーズ大尉はリベリオン101空挺師団、ポッリ中尉はファルゴーレ空挺師団の所属だ。」
「スピアーズです。以後お見知りおきを。」
「ポッリです。よろしくお願いします。」

2人とも顔つきが精悍だ。
いかにも戦闘のプロという感じだ。

「さて……我々の務めを果たそう。」

少佐は軍帽を被ると装甲車に乗り込み、戦車と装甲車を率いて砦から出陣していった。




「撃てぇ!!!」

88が轟音を轟かせ、戦いの火蓋を切った。

「命中!!装填急げ!!」

次々に発射される88の砲弾。
88が射撃をする度に遠方のネウロイは四散していく。

「すごいな……」
「流石は88と言ったところですね。」
「それだけではないぞ伍長、一発も外さない砲兵の技量もすごい。」
「的が大きいですからね。」

確かにそれもあるかもしれん。
だが……ネウロイが自分達目掛けて突進してくる中、あんな冷静でいられるだろうか?
普通なら恐怖心、焦燥感で実力の半分程度しか出せないかもしれん。

『こちら黄の14、パーティーに遅れたかな?』

無線機から不愉快な声が聞こえてくる。
上空を見れば2人のウィッチの姿が見えた。
見覚えのあるシルエットに、ストライカーに描かれた黄色の14。
あいつだ。

「いいからさっさと片付けろ!!!」

私は我慢ならず受話器越しにマルセイユを怒鳴りつけた。

『ん?この声は……バルクホルンか?』
「そうだ馬鹿者!!馬鹿なこと言っていないでさっさと攻撃を開始しろ!!」
『なんでアンタがここにいる?』
「そんなことはどうでもいい!!」
『はいはい、全く相変わらず口うるさい堅物だな』

相変わらずの減らず口だ。

『黄の14交戦開始。ライーサ続け。』
『了解。黄の2交戦開始。』

それは余りにも一方的な空戦だった。
飛行壺は小型で起動性に優れているが、マルセイユの射撃にかかればそれは全く無意味だった。
マルセイユのMG34が火を吹く度に、飛行壺は四散していった。
まるで、飛行壺が自らマルセイユの放った銃撃に飛び込んでいくようだ。
私はあいつが気に入らない。
だが、その戦闘能力はカールスラント空軍の中でも随一だと言わざるを得ない。

「おい見ろ!アフリカの星だ!!!」
「すげえ!」
「俺たちも負けてらんねぇ!!おい!!装填急げ!!」

それにマルセイユが来た途端に兵士達の士気も上がっている。
マルセイユが前線の兵士達の士気の支柱になっている何よりの証拠だろう。

「ネウロイが退却を始めたぞ!!」

戦力の半数と飛行壺を全て失ったネウロイ達は、来た道を引き返し退却を始める。
普通ならば戦闘終了、我々の勝ちのはずだ。
だが、ネウロイ達が退却する先には戦車、装甲車、対ネウロイ用兵器で武装した歩兵達が待ち構えていた。

『パイパーより各員へ、ネウロイを逃がすな。』
『レオパルド1より各車へ、砲撃を開始せよ!!』
『スピアーズより各員、右翼に展開しろ。』
『ポッリよりスピアーズ大尉へ、左翼はお任せを。』

退却するネウロイ目掛けて、情け容赦のない攻撃が浴びせかけられた。

『聞こえるかネウロイ共、ここの通行税は高く付くぞ。あまり人間様を舐めるなよ。』

ネウロイはその数を次々に減らしていき、攻撃を退却もままならない状況で全滅した。
対してこちらは損耗無し。余りにも一方的な戦いだった。

『お仕事完了だ諸君。砦に帰ろう。』
『見事なもんだな少佐。』
『なに、君達の上空支援の賜物さ。』
『はっはっは、そうだろう、そうだろう。』
『感謝するぞ戦友。今度ワインでも届けさせるよ。』
『それは楽しみだ。黄の14帰還する。』

意気揚々と引き上げていくマルセイユ。
私はどんな表情でその姿を見ているのだろうか?
奴の人柄が気に入らないのは以前からのこと。
私は奴の姿を見つけるなり、不機嫌な表情になっていたと思う。
だが前線の兵士達から頼りにされている様子を見せ付けられてまで、不機嫌な表情になっているのだろうか?

「やぁ大尉。我々の戦いはどうだった?……どうした何だか難しそうな表情をしているが?」
「い、いえ別に何でもありません。」

なるほどそんな表情をしていたのか。
難しそうな顔か……なるほどそのままだな。

「そうか……ならいいが。体調管理には気をつけろよ?」
「は、はい。」
「そうだ言い忘れていたな。アフリカにようこそ、戦友。」
「こちらこそ、よろしくお願いします。」

戦友……か。
そうだな、今日からここが私の任地。
アフリカ軍団将兵全てが私の戦友になるんだ。
マルセイユのことで悩んでいても仕方がないな。
私はパイパー少佐と握手を交わし、誓う。
私は決して戦友達を見捨てたりはしない、と。
……そう、もう二度と見捨てたりはしない。




基地に戻るとそこにはウィッチ達が全員戻ってきていた。
聞けば哨戒任務に就いていたのはマルセイユと僚機だけで、他のウィッチは近くの街に買出しに行っていたらしい。

「今日はバルクホルンさんの歓迎会をするんですよ。」
「何?私の?……え~と……」

この子は誰だろう?
見た目からして宮藤と同じ扶桑人だというのは分かるが……

「あ、私稲垣真美と言います。扶桑陸軍軍曹です。」
「そうか、これから世話になる。よろしくな。」
「はい、よろしくお願いします。」

笑顔が可愛い。
きっと誰からも愛されているのだろう。

「それにしても私の為にわざわざ歓迎会などしなくても……」
「駄目ですよ、これからバルクホルンさんはこの隊の仲間……家族になるんですから。」
「そうそう、隊の仲間は家族同然。家族が増えるんだから歓迎会をするなんて当たり前のことですよ。」
「お前は今日マルセイユと一緒に飛んでいた……」
「ライーサ・ペットゲン。所属はカールスラント空軍第27戦闘航空団、階級は少尉。よろしくです大尉。」
「ああ、よろしくな。」

ライーサ・ペットゲンか。
今日、戦闘を見ていたが……いい腕をしていた。
あのマルセイユの変則的な機動についていきながら、常にマルセイユの上空と後方を警戒していた。
マルセイユめ、いい列機を得たな。

「マミ。歓迎会のお料理の準備始めようか?」
「うん。」
「私も手伝おう。料理はレパートリーは少ないが、力仕事なら任せてくれ。」

皆が私歓迎会の準備をしていると言うのに、私だけ傍から見ているというのもおかしな話だ。

「だ、駄目ですよ!バルクホルンさんの歓迎会なのに手伝ってもらうなんて!」
「マミの言う通りですよ。その辺で適当に休んでてもらえれば。」
「そうはいかん。私達は家族なんだろ?家族の手伝いをするのは当然だ。」

2人とも目を丸くして驚いているがどうしたと言うんだ。

「は、はい!お願いします!」
「ハンナから聞いている噂と違いますね大尉。」
「何?マルセイユから?」
「ええ、ハンナは大尉のことを融通のきかない堅物って言っていましたから……私はもっと冷たい感じの人かと……」

私が冷たいだと!?
あいつ……一体どんな噂を流しているんだ!?

「確かに私は自分にも、他人にも厳格だ。軍規に関してもそうだが……冷たい人間ではないぞ。」
「はい!バルクホルンさんて優しい方なんですね。」
「後ハンナは大尉のことをシスコンとも言っていました。」
「シ、シスコンだと!?」

妹を大切にして何が悪い!?
妹を持つ者なら、妹に優しくするのは当然だろう!?

「誤解だ!私は姉として妹を大切にしているだけで……」
「でも妹さんも幸せですね、それだけ大事に想われているなんて。」
「そ、そうだろうか……」
「そうですよ大尉。妹さんもきっと嬉しいはずですよ。」

ブリタニアから私は妹と会っていない。
手紙はマメに書いていたが、やはりたまには休暇を貰って会いに行ってやろう。

「バルクホルン大尉いるかしら?」
「あ、ケイさん。どうしたんですか?」
「バルクホルン大尉にお客さんよ……」
「私に?」

一体誰だ?
アフリカに知り合いなんていないはずだが……
というか……ケイ少佐のうんざりした表情から察するに、とんでもないお客なのだろうか?

「……バルクホルン大尉、来てくれる?」
「はぁ……」

ケイ少佐に呼ばれるまま、テントの外に出る。

「あの……客とは?」
「……もうすぐ来るはずよ……」

もうすぐ来る?

「ほら来た……」

ケイ少佐の指差す方を見上げて見れば、偵察機のシュトルヒが飛んでいた。
段々と高度を下げ、基地の滑走路に目掛けて来る。

「一体誰なんです?」
「……すぐ分かるわ。あの人暇なのかしら?」

一体誰だ?
私に会いに来る人間に全く心当たりなんてないぞ。
シュトルヒが滑走路に着陸し、中から数人の人間が降りてくる。
身なりからして高級将校に見えるのだが……

「あれは……?」
「カールスラント・アフリカ軍団のロンメル閣下よ。」
「は……?」

ロンメル閣下……?
ロンメル閣下は……カールスラント・アフリカ軍団のトップだったはず。
な、何故!?何故ロンメル閣下がここに!?

「出迎えご苦労ケイ君。」
「いえ……」

状況が全く把握できない。
先ほどケイ少佐は私に客だと言っていたが……ロンメル閣下が客!?
そんな馬鹿な!?

「おお、バルクホルン大尉!会えて嬉しいよ!」

私の姿を見つけると、閣下が歩み寄り私の両手を掴んで握手をする。
頭が真っ白だ。
一体全体これはどういう状況なんだ。誰か説明してくれ。

「わ、私をご存知なのですか!?」
「知っているとも!新聞は欠かさずに読んでいるからね。」

閣下が新聞で私の事を……?

「いや~本当に嬉しいぞ!よくアフリカに来てくれた!」
「こ、光栄です!」

緊張して声が上ずっている。
は、恥ずかしい……

「ところでケイ君?」
「はい、何でしょう閣下?」
「今日はバルクホルン大尉の歓迎会をするんだろう?」
「ええ。」
「私宛に招待状が来ていなかったのだが……?」
「送っていませんから。」

ニッコリと満面の笑みで答えるケイ少佐。

「参加していい?」
「駄目です。」
「騎士鉄十字あげるから。」
「結構です。」
「贈り物にワインとか色々持ってきてるよ?」
「それだけ置いてお帰り下さい。」

笑顔を崩さないケイ少佐。
笑顔がとても怖いな。ミーナに似ているのは間違いないようだ。

「そんな冷たいこと言わずに……ね?」
「閣下。あの看板の字読めます?」

GENTLEMAN OFF LIMIT
要するに男子立ち入り禁止ということだろう。

「読めない。」
「嘘つかないで下さい!全く……ところで閣下、何故バルクホルン大尉がアフリカに来たことをご存知なのでしょうか?」
「それはカプッツォのパイパー君から連絡を貰ってね。」




『とりあえず今日の所はなんとか凌ぎましたよ。』
『流石は近衛兵団の精鋭だな。パイパー君よくやった。』
『光栄です閣下。ところでお聞きしたいことがあるんですが?』
『何かね?』
『航空ウィッチのバルクホルン大尉がアフリカに着任したのですが、閣下の方から働きかけでもしたんですか?』
『知らんぞ?』
『そうなんですか?ふーむじゃあ誰が……』
『それよりパイパー君、今誰が来たと言った!?』
『バルクホルン大尉ですよ。』
『ゲルトルート・バルクホルン大尉か!?正式撃墜数350機のエースが!?』
『ええ、本日付で第31統合戦闘飛行隊に配属になったと。』
『今日配属ということは……歓迎会があるな!?』
『あるんじゃないですか?』
『こうしちゃおれん、パットンとモンティに嗅ぎ付けられる前に行かなくては!』
『はぁ……』




「と言う訳だ。」
「どんな訳ですか!?」
「参加させて?」
「駄目です!」

ロンメル閣下は食い下がるが、ケイ少佐は頑として許可を出さない。
アフリカの力関係は一体どうなっているのだろう?
それよりも私の人事に関してロンメル閣下は何も知らなかったらしい。
ということはケイ少佐1人の判断だったのだろうか?

「む……あれは。」
「え?嘘!?」
「ん?」

ロンメル閣下、ケイ少佐が見る先には砂塵を巻き上げながら物凄い速度で走ってくるジープが見えた。
ん?んんん??
気のせいだろうか?あのジープに三ツ星が付いているように見えるのは……

「もう嗅ぎ付けたか!?」
「嘘でしょう……何でこうなるのよ……」
「あれは……」

ジープは私達の前で停止し、ヘルメットに三ツ星を付けた男が降りてくる。

「よお!まだパーティーは始まっていないな?」
「パットン貴様、何しに来た!?」
「将軍……どうしてここに?」

パットン……?将軍……?
まさか……

「君がバルクホルン大尉か?」
「は、はい!」
「ワシはリベリオン軍指揮官ジョージ・S・パットンだ。」
「閣下の武勇は存じております。」
「そうか!ワシのことはジョージと呼んでくれ、ワシの天使ちゃん。」
「は、はぁ……」

て、天使ちゃん?
シャーリーといい、リベリオン人のノリには付いていけん……
そんなことはどうでもいいか。
何でたかが私の歓迎会に将軍が2人もやってくる!?

「将軍?どうしてこちらに?」

ケイ少佐の笑顔がピクピクと引きつっている。
よく見れば眉間に青筋が立っている……

「おおケイ少佐、カプッツォのスピアーズから連絡を貰ってなぁ。」
「そうですか……」
「ワシの席は用意してあるんだろ?」
「してません!」
「何!?」
「どうぞお帰りください。」
「ワシの辞書に撤退という言葉はない。ほらワインにケーキも持ってきたんだ。」
「それだけ置いてとっととお帰りください。」
「断る。」
「あの看板の文字が読めますか?」
「近頃目が悪くなってな。歳は取りたくないな。」

ケイ少佐が頭を抱える。
まぁ……この状況では無理もあるまい。

「パットン、彼女達は嫌がっている。潔く帰りたまえ。」
「馬鹿言うな、お前こそ帰れ。」
「2人ともお帰り下さい。」

何だかとんでもない事になっきたぞ。
というか私が来ただけで何でこんな騒ぎになるんだろうか?

「ケイ少佐、モントゴメリー将軍から通信です!」
「……すごく嫌な予感がするわ。」

司令部の通信兵に呼ばれ、ケイ少佐がテントに向かう。
私と……何故か将軍達も付いて来た。

「お待たせしました閣下。」
『ケイ少佐、実は今基地の近くまで他用で来ているんだが……今後の作戦のことで話がある。そっちに寄らせてもらう。』
「……今からですか?明日では駄目ですか?」
『バルクホルン大尉の歓迎会をやるんだろう?ついでに出席させてもらう。』
「……何故ご存知なのですか?」
『ブリタニアの諜報機関を舐めてもらっては困る。』
「おいモンティ、他用って何だ?テメェは今日はずっと司令部にいるはずだろう?」
『パットンか?貴様何故そこにいる?』
「うるさい!貴様の席なんぞない!とっとと失せろ!!」
『何を!?誰が貴様の指図なんぞ受けるか!!』
「貴様らに歓迎会に出る資格などない。基地に帰れ!!」
『ロンメル!貴様もいるのか!?』

司令部で三将軍達の大喧嘩が始まった。
私とケイ少佐は頭を抱えて司令部を後にする。

「トゥルーデ……」
「はい……」
「歓迎会が始めるまでおっさん達の相手をしてもらえる……?」
「分かりました……」

一体アフリカ軍団はどうなっているんだ!?
ウィッチが1人来ただけで、将軍が3人も来るなんて……他の戦域では絶対に有り得ないことだぞ!?




それからほどなくしてモントゴメリー将軍が基地にやってきた。
ケイ少佐は将軍達の相手を私に押し付けようとしたが、今後の作戦の事で話があるとのことで、モントゴメリー将軍に呼び止められ、
結局私と一緒に基地司令部で、将軍達の相手をすることになった。

「……でだ。今後ネウロイの行動も活発になってくると考えられる。」
「……なるほど。」
「夜襲も十分に考えられるので備えておくように。」
「承知しました。」

私から見れば至って真面目なケイ少佐とモントゴメリー将軍の会話なのだが……

「……ぺっ!」
「……」

パットン将軍とロンメル将軍は何が不満なのか、その様子を不機嫌そうに見ている。

「分かりきっていることを……」
「電話で済む内容じゃねぇか……」

確かに電話で済む内容だったかもしれない……
私はアフリカに来たばかりで戦線の状況も分からないから何とも言えんが……分かりきった内容なのか?

「さて作戦に関しての話は終わりだ。」
「もう……退出してもよろしいですか?」
「いや、まだだ。バルクホルン大尉の今後のことで話がある。」

私の今後?
何だ、何か特殊な作戦でもあるのか?

「第31統合戦闘飛行隊の現状戦力は十分であると言える。そこでバルクホルン大尉はブリタニア軍の方で預からせてもらいたい。」
「な……ちょ」
「ざけんな!!!」

ケイ少佐が異議申し立てをする前に、パットン将軍が怒鳴り声を上げた。

「バルクホルン大尉にはリベリオン軍に来てもらう!!それが一番幸せだ!」
「な、何を言っているんですか!?何故バルクホルン大尉がそちらに行かなければならないのです!?」

ケイ少佐の言うとおりだ。
何故私がブリタニア軍、リベリオン軍に!?

「待て、お前達何か勘違いをしていないか?大尉はカールスラント軍に属しているのだぞ?なら私の所に来るのが筋と言うものだろう?」
「閣下まで何を言い出すのですか!?」

話が突飛すぎて付いていけん……

「彼女の類稀な能力を有効活用できるのは私だけだ。」
「馬鹿言うな!テメェに預けたら一生予備兵力扱いだろうが!」
<<バルクホルン大尉。こんな奴らの所へ行くなら私の元へ来るべきだ。今なら騎士鉄十字に柏葉も付けるよ?>>
<<もう……持っています……>>
「こらロンメル!カールスラント語で話すな!!」
「テメェ汚ねぇぞ!!」
「これも立派な戦術だ諸君。」

め、眩暈がしてきた。
私の中の三将軍のイメージが音を立てて崩れていく。

「ま、待って下さい。少しは彼女の考えも……」
「「「それもそうだな。」」」

ケイ少佐の一言で将軍達の視線が一気に私に集まる。
少佐……何て事を……

「大尉、ブリタニア軍に来たまえ。君は軍規を重んじる軍人だと聞いている。ならブリタニア軍に来れば間違いない。決して損はさせない。」
「リベリオン軍は君を待っているぞ。君の様に強い人間はワシの元で勝利の栄光味わうべきだ。」
「私の所へ来なさい。そうすれば君を必ずスエズまで連れて行こう。」
「え……あ、あの……少佐……」

私は少佐に助けを求めるが、視線を逸らされてしまう。
そんな……あんまりだ……

「ブリタニア!」
「リベリオン!」
「カールスラント!」
「バルクホルン大尉は第31統合戦闘飛行隊が貰う。」

司令部内に響く不敵な声。

「マルセイユ君……」
「全く、準備が終わったから呼びに来てみれば……」
「納得できんな。大尉の人事は我々が決めるべきだ。いくら君がエースとは言え……」

モントゴメリー将軍がマルセイユを睨む。
だがマルセイユはそれを不敵な笑みで受け流す。

「おや?モントゴメリー将軍ともあろう方が軍規を破るおつもりですか?」
「何……?」
「大尉の第31統合戦闘飛行隊勤務は上層部の決定なのですよ?」
「む……」
「上層部からバルクホルン大尉の人事について議論せよなどと、三将軍の方々に何もお達しがなかったでしょう?」
「確かに……何もなかったが……」
「議論の必要などありませんからね。大尉の第31統合戦闘飛行隊配属は決定事項なのですよ将軍方。」

テントの中が静まり返る。
マルセイユの言っていることに間違いは一切ない。
私の第31統合戦闘飛行隊勤務は連合軍上層部の決定だ。
いくら人類連合軍アフリカ軍団のTOP3と言えど、その決定を覆すのは容易ではない。

「はっはっは!モンティ、一本取られたな!!」
「ぐ……パットン……」
「バルクホルン大尉が31隊勤務なら文句は言わんよ。ブリタニア軍なら話は別だが?」
「私も異議なしだ。リベリオンでもブリタニアでもないなら文句はない。」
「やれやれ嫌われたものだな……」

私はただ驚いて事の成り行きを見守っていた。
これが……あのマルセイユなのか?と。
JG52時代のマルセイユであれば、筋も軍規もあったものではない。
何というか毅然とした態度が様になっている。

「というわけでシスコン石頭はうちが貰いますから。」
「何だと!?貴様!」

少しでも褒めようとした自分が馬鹿だった。
相変わらず私に対する態度は全く変らない。
いくら今は同じ階級だと言っても私は先輩なんだぞ!?少しは敬え!!

「はいはい、歓迎会があるんだから主賓は早く来い。」
「お、おい!」

突然マルセイユは私の手を取ると、強引に私をテントの外へ連れ出し、そのまま走り出した。

「お、おい!引っ張るな!自分で走れる!」
「駄目駄目。」

なんでこんなに楽しそうなんだこいつは!?
あれか!?そんなに私を困らせて楽しいか!?




「ではシスコン石頭バルクホルン大尉の着任を祝って……乾杯!」
「「「「「「「乾杯!」」」」」」」

マルセイユの音頭で皆がグラスを掲げる。
一体何を食ったらそんな言葉が口から出て来るんだか……
あ……料理はマミが作っているんだったな。
料理が原因ではないとすると……生来の性格の悪さか。
何にせよ呆れて怒る気にもならん。

「アフリカにようこそ大尉。」

私の隣に腰掛けてきたライーサが私を歓迎してくれる。

「ありがとう。今日の空戦拝見させてもらったが見事なものだった。」
「本当ですか?」
「ああ、マルセイユの不規則機動に付いていき、上空後方警戒するなんて中々できることじゃない。」
「そうですか!?」
「ああ、マルセイユは本当にいい相棒を得たな。マルセイユの二番機が務まるのはお前だけだろうな。」
「……」

何だ?急に黙り込んでしまった。
何か変な事でも言ってしまったか?

「飲みましょう!大尉!!!!!」

何か急に元気になったんだが……

「ティナの背中を守れるのは私だけなんです!」
「う、うむ……そうだな……」

真面目な軍人だと思っていたが……一癖ありそうだ。
いや、彼女が真面目な軍人だということは変らないが、まさかマルセイユのことでここまで熱くなるとは思わなかった。

「ライーサはマルセイユの事を崇拝しているから長くなるわよ。」

ケイ少佐がそっと私に耳打ちする。
まぁ……アフリカの星なんて言われるくらいカリスマ性があるようだし、その傍で戦っていれば崇拝するくらい普通か。

「あれは本国のJG27にいた頃でした。」

本国って……そこまで遡るのか?
相当長くなるんじゃないか?
下手をすれば日付が……いや夜が明けるかもしれん。
誰か助け舟を出してくれ……

「大尉、将軍も会話に混ぜてくれんか?」
「君の武勇を是非聞きたい!」
「今後の参考にさせて欲しい。」

超ド級の戦艦が三隻突っ込んできた。

「閣下、今は私とティナの馴れ初めを話しているんですが?」
「大尉はこれからライーサ君と同じ基地に配属になるんだよ?」
「ワシらは話する機会滅多にないんだぞ?」
「普通に考えれば私達に譲るべきだと思うが?」
「お断りします。」

ライーサは一歩も譲る気はないらしい。
ギロリ……と将軍達を睨む。
酔っているのか目が据わっている。

「こらライーサ、上官に対してそういうことをしてはいかん。」
「え……バルクホルン大尉……」
「話ならいつでも聞かせて貰える。今日は閣下達と話をしよう。」
「う……大尉がそう言うなら……」

ライーサは渋々ながら納得してくれた。

「ありがとう少尉。さて……じゃあブリタニアでの話しを聞かせてくれんかね?」
「そうだな、ワシも君の武勇伝が聞きたい。」

武勇伝……か。
501部隊の武勇伝なら話せるが、私個人の武勇伝は何も無いな。

「恐れながら閣下、私個人の武勇伝は何もありません。」
「何?そんな事はないだろう。ガリア解放に置ける君の功績は……」
「あれは部隊の皆の功績です。私個人は何もしていませんよ。」
「ほう……」

501部隊の功績はとても輝かしいものだ。
だが私個人の成したことは微々たるものだ。

「惜しいな、君のような人間には是非ブリタニア軍に来て欲しかった。」
「モンティ、その話はもう終わったはずだぞ?」
「言われなくても分かっている。大尉の今回の人事には納得している。だからこそ『惜しい』なのだよ。」
「惜しいか……そうだな。元気で活発な魔女も大好きだが、大尉のような人材もリベリオンに欲しかったな。」

私に来て欲しかった?
一体私の何が気に入ったのだろうか?

「大尉。」
「何でしょうか。」
「君は撃墜スコア350機ということだが……君はそれを誇りにしているかね?」

モントゴメリー将軍は私に興味を持ったのか?
真面目な質問のようだし、こちらも真面目に答えなければ。

「それなりには思っています。撃墜スコアはウィッチとしての強さを表す指標の一つだと考えていますから。」
「ふむ……」
「ですが私はそれよりも全ての列機を連れて帰ることを誇りに思います。私は編隊を率いる立場ですから。」

私は列機を絶対に見捨てたりはしない。
それが生き残るための鉄則であると心得ているし、編隊を率いる者の責務だ。

「大尉、本当に君は立派だ。」
「光栄です。」
「今度、我が軍の陸戦魔女達と会ってくれ。マイルズ少佐も喜ぶだろう。」
「ワシのパットンガールズとも会ってくれると嬉しい。」
「KAK陸戦魔女とも会ってくれ。約束だよ大尉。」

陸戦魔女か、うん……会ってみたいな。
航空魔女達は各国に知り合いがいるが、陸戦魔女とは会ったことが殆ど無い。
それにしても自分達の虎の子の陸戦魔女と会わせてくれるとは、私の人柄がそれなりの評価を受けている証拠だろう。
これはとても嬉しい。

「はい、是非。」
「お、やっと笑ってくれたね。」
「え?」
「いや、先ほどから全然笑わないから少し心配していたんだ。」
「ワシらとの会話が退屈なのかと心配していたよ。」
「いえ!決してそんなことは!」
「こらこら大尉を苛めるな。」

始めは面食らったし、緊張もした。
だがこの人達と会話をしていると自然と笑顔になれる。
いい人達だな。

「ケイ少佐、いい魔女だ。大切にしてやれ。」
「勿論です、モントゴメリー将軍。」

始めはどうなるかと思ったが、アフリカでもしっかりやっていけそうだ。

「……」

何だ?どこからか視線を感じる。
反対側のテーブルに居るマルセイユを見ると、ジト目でこちらを睨んでいた。
私と目が合うとマルセイユは席を立ち、こちらにやってきた。

「楽しんでいるようで何より。」
「……ああ。」

私を見てマルセイユはニヤリと笑う。
何だこいつは……何を企んでいる?

「ところで将軍方、バルクホルンの撃墜スコアを知っているか?」
「勿論だよ350機だろう?」

とても嫌な予感がした。

「違う。非公式ながら400機を越えている。」
「マ、マルセイユ!?」

突然何を言い出すんだこいつは!?
ケイ少佐も驚き声を上げる。

「それは本当かね!?」
「400機!?」
「しかし非公式とは?」
「東部戦線、カールスラント防衛線の時にバルクホルン大尉は、自分のスコアを部下に譲っていたんだ。」

なるほど、ケイ少佐の情報の出所はこいつか。

「大尉!それは本当なのか!?」
「パットン将軍……実のところ乱戦で誰が撃墜したのか分からなかったので。」

いちいち誰が撃墜したのか分からないほどの乱戦だった。
あんな中を誰が撃墜スコアの確認など……

「私がこの目で確認していた。間違いない。」

ふふん!と自信満々にマルセイユは胸を張る。
こいつは私の部下だったし、JG27に異動になった後も同じ戦域で戦う機会も多かった。
そう言えば、こいつはその当時『私がお前の撃墜スコアを証明してやろう』などと言っていた気もする。

「400機とは……いやぁ驚いたな……」
「ああ、腰を抜かすところだ。」

いえロンメル、パットン将軍。
マルセイユが突然そんなことを言い出すなんて思っていませんでしたから、私の方が驚いています。

「ところでバルクホルン、あんたの貰っている勲章は?」
「む……柏葉騎士鉄十次章だ。」
「私の勝ちだ。私のは剣の飾り物が付いている。」

マルセイユが自慢気に見せる勲章は、剣付き柏葉騎士鉄十次章か。
こいつめ……嫌味なやつだな。
ん?何か嫌な予感が……

「正式撃墜スコアが350機なのに柏葉しか貰えないなんて変な話だな、バルクホルン?」

ニヤリ……とマルセイユは笑う。
こいつまさか……

「確かにおかしな話だな。350機も撃墜していればリベリオンなら名誉勲章ものだが。」
「ロンメル、カールスラントの勲章授与基準はどうなっているんだ?」
「うーむ……普通ならとっくに貰えるはずなんだが……」
「こいつはね、剣付の話が何度もあったのに辞退していたんだ。馬鹿っすわ。」
「馬鹿とは何だ!!!馬鹿とは!!」

言うに事欠いて馬鹿とは!
全く何て奴だ!
私にはまだ早い、そう思っただけだ!

「辞退!?」
「これは酷い。」
「大尉、君には勲章を授与する資格があると思う。謙遜のし過ぎはいかん。」
「は……はい。」

くそ……マルセイユにやつめ。余計なことを。
何度もって……2回だけだ……

「ケイ君。」
「はい?」
「明日にでも剣付の推薦書を書いてあげなさい。」
「し、しかしロンメル将軍……私には……」
「早すぎることはない、君はとても立派だ。それとも……剣の飾りは自分には不要とでも?」
「い、いえ決してそんなことは!」
「じゃあ決まりだ。」
「は、はい。光栄です!」
「ふふ、じゃあ明日一番で推薦書を書きます。」

ここまでされたら受け取らないわけにはいかない……
ハルトマンならともかく私にはまだ早すぎると思うんだが……

「くっくっく……」

くそマルセイユのやつめ!
私が困っているのを見て笑っているとは……本当にこいつの性根は腐っているな!!

「それとバルクホルン?」
「今度は何だ!?」
「アンタ不思議なことに新聞以外のメディアに殆ど出ていないんだよなぁ……」
「知らん!私は何も知らん!」
「正式撃墜スコアが350機、その上……」

マルセイユは私の顎をくいっ……と持ち上げ見つめてくる。

「私から見ても十分な美貌の持ち主なのに雑誌の取材が来ないなんて……不思議だな?」
「く……知らん!」

私はマルセイユに手を振り払い、そっぽを向く。

「大尉のブロマイドだけ出ていないんだもんな……欲しかったのに。」
「雑誌には一度も載っていなかったな。」
「新聞には出ていたが……」

将軍達が疑いの眼差しを向けてくる。
堪りかね私は視線を逸らすが、その先には不敵に笑うマルセイユの顔。
反対側を向けば、苦笑いをするケイ少佐。
何なんだこの状況は!?

「メディアへの露出に関しては、今後積極的になると約束してくれましたのでご安心下さい。」
「おお、そうか。じゃあ出るんだなブロマイド。」
「しかし自分で断っていたとは……」
「メディアへの顔出しは自分の為にもなるし、軍の為にもなる。しっかりやってくれ。」
「はい。」

ケイ少佐の助け舟で何とか助かったが……
マルセイユめ、どういうつもりだ?

「メディアへの対処に関しては私が教えるから安心してくれ。」
「うむ、マルセイユ君なら安心だ。」
「慣れているからな。」
「しっかり教えるように。」
「任せてくれ。しっかり教えてやる……手取り足取り……な。」

何が手取り足取りだ!
こいつが私に教えるだと!?
く……何でこんなことに……

「さて……そろそろ主賓をこっちのテーブルに連れて行ってもいいかな?」
「ああ、私達だけで独占するわけにもいかない。」
「……だそうだ。行くぞバルクホルン。」
「ふん!言われるまでもない!」

せっかく楽しく会話をしていたのに、こいつのせいで台無しだ。




「わ……私シャーロットと言います。お会いできて嬉しいです大尉。」

台無しにされた気分は一瞬で吹き飛んだ。
緊張しながらもしっかり挨拶をする金髪美少女、名前はシャーロットと言うのか。

「バルクホルンだ。よろしくな。」
「手を出すなよ、シスコン。」
「ははは、何を言っているんだお前は。」

全く馬鹿なやつだ。
シスコンなんて呼ばれたくらいで私のことを怒らせられると思っているのか?

「シャーロットも航空魔女なのか?」
「いいえ、私は陸戦魔女です。」
「ほう、一体どんなものを使っているんだ?」
「表にある馬鹿でかい戦車ユニットを見てなかったのか石頭。」

マルセイユが何か言っているが何も聞こえない。

「ティーガー……と言います。」
「そうか、あんな大きなユニットを動かすなんて大変だろう。頑張っているんだな。」
「い、いえ……これも皆の為ですから……」

心が洗われるようだ。
マルセイユなんてものを見た後だから余計にそう感じる。

「私はフレデリカ・ポルシェ、技術少佐。シャーロットの専属みたいなものよ。」
「ゲルトルート・バルクホルンです。以後よろしくお願いします、少佐殿。」
「敬語は使わなくていいわよ。階級も離れていないし、普通に……皆と同じ様に接してくれると嬉しいわ。」
「む……」
「無理無理。クソ石頭のシスコンにそんなことできっこない。」
「フレデリカ少佐、よろしく頼む。」
「あら♪よろしくねバルクホルン。」

マルセイユの馬鹿め。
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。

「あら、フレデリカのことはそんな風に呼ぶんだ?」
「ケイ少佐。これはですね……」
「ふ~ん……」

グラスの酒を呷りつつ、私をジト目で見てくる。

「少佐、そんな怖い顔をしないでくれ。……これでいいか?」
「結構よ♪」

敬語を使わないと、上官と部下の線引きが曖昧になり混乱すると思うのだが……仕方あるまい。

「あの~……」
「ん?」
「自己紹介させてもらってもいいですか?」
「ああ、構わない。」
「北野古子です。扶桑陸軍曹長です。」

ほう、扶桑の陸戦魔女か。
今まで扶桑の航空魔女なら見てきたが、陸戦魔女は初めて見た。

「勇猛果敢な名高い扶桑陸軍の陸戦魔女か。一緒に頑張ろう。」
「あ、ありがとうございます。でも私……陸戦魔女でもそんなに強くないですよ?」
「ルコ、そんなことない。ルコは十分強いよ。」
「ありがとシャーロットちゃん。」
「ルコ、お前は十分強い。それに三将軍を殴れるほど度胸もある。」
「わー!!!!!!!マティルダさん!その話禁止!!!」

将軍を殴った!?ロンメル閣下を!?パットン将軍、モントゴメリー将軍を!?
えええええええええ!?
そんなことをするようには見えないぞ!?
控えめで大人しそうなんだが……

「ふふん!その拳骨のお陰で統合戦闘団が生まれたんだ!」
「マルセイユ……何故お前が胸を張る?」
「そうだよな?将軍方。」

背後のテーブルの将軍達を振り返る。

「そういえばそんなこともあったな。」
「ああ、まるでお袋に叱られているみたいだったな。」
「彼女の意見具申には感謝している。」
「あう……」

ルコは顔を真っ赤にし、その場に縮こまってしまう。
いや……驚いたな。
全く、扶桑人にはいつも驚かされる。

「マティルダ。バルクホルンに自己紹介しろ。」
「分かりました。鷲の使いよ。」

鷲の使い?
ああ、マルセイユの使い魔は鷲だったな。

「マティルダだ。よろしく頼む。」
「バルクホルンだ。」
「マティルダは私の身の回りの世話をしてくれる。それと私の身辺警護もな。」

こいつの世話か。
さぞ骨の折れることだろう。

「自己紹介は一通り済んだな?よし今夜はとことん飲むぞ!!」

マルセイユの音頭に合わせ、一同が再びグラスを掲げる。
それにしても……アフリカの星……か。
言いえて妙だな。
私からしてみれば生意気で気に食わないやつだが、いつの間にかこうして皆の中心にいる。
まるで夜空に輝く星のようだ。

……そういえば私とこいつは犬猿の仲のはずだ。
なのにこいつは私のことを剣付きに推薦するような話の流れに持って行った。
嫌がらせのようにも思えるが、普通嫌っている相手に勲章を授与させるだろうか?
撃墜スコアに関しても、私のメディアへの話に関してもそうだ。
うーむ……何とも不思議なやつだ。




歓迎会の片付けも終わり、用意されたテントの中で休んでいる時だった。

「よぉバルクホルン。」
「マルセイユ?何か用か?」

夜も更け、そろそろ就寝の時間だというのに一体何しに来たんだこいつは?

「そう警戒するな。ただ飲み足りなくてね。付き合えバルクホルン。」
「断る。今から飲んだら明日の任務の差し支えになる。」
「そう堅いことを言うな、色々話したいこともある。」

話たいことだと?

「ほら行くぞ。」
「お、おい!?」

マルセイユは私の手を取ると、強引にテントから連れ出した。
そしてそのままマルセイユのテントまで連れて行かれる。

「何だこれは?」

マルセイユのテントの中はとても戦時下とは思えないほど煌びやかに彩られていた。
中でも目を引くのが……

「ふふん、私自慢のミニバーだ。酒も一流品ばかりを揃えてある。」
「お前……一体どうしたんだ?」
「まぁいいから座れ。」

呆気に取られる私をマルセイユは椅子に座らせる。

「これはなロンメルからもらったんだ。」
「閣下から?」
「ああ、『何か欲しいものはあるかね?』と聞かれたから、ミニバーをくれと言ったんだ。」
「お前というやつは……」
「そしたらロンメルは『よし分かった。ネウロイを後20機片付けろ。』ときたもんだ。」
「少しは遠慮と言う物を覚えろ。」
「それはできない相談だ。私は欲しいのものは必ず手に入れる主義だ。」

全く呆れた奴だ。

「まぁ飲め。こいつは扶桑の酒だが中々いけるぞ。」
「何で私が飲まなければならない?」
「私なりの好意だぞ?無下にする気か?」

好意だと?あのマルセイユが?
うーむ……こいつなりに私と上手く付き合っていきたいということか?

「分かった、貰おう。」
「そうこなくては。」

猪口に注がれた酒を飲み干す。
む……酒は飲めない方だがこれは中々……

「どうだ中々いけるだろ?」
「ああ、美味い。」
「だろ?これはケイがくれたんだ。」
「ほう、少佐が。」
「私の200機撃墜のお祝いにな。」

200機撃墜か……
戦果だけなら立派なエースだな。
ああ、そういえばグンドュラ・ラル大尉が言っていたな……

『バルクホルン。あいつをどう見る?』
『マルセイユですか?うーむ……訓練学校の報告書に書いてあった通りの問題児ですね。』
『それだけか?』
『いえ、射撃訓練や数度の実戦を見ましたが、光るものがあると思います。』
『同感だ。あいつは磨けば光る。だが今のままでは危うい。生き残り方を教えてやれ。』
『了解しました。』
『頼むぞ、あいつは将来カールスラント空軍を背負って立つエースになる。』
『あいつがですか?』
『ああ、間違いない。』
『大げさ過ぎませんか?』
『ははは、それはお前の磨き方次第だな。』

大尉……いや今は少佐でしたね。
貴女の言った通りマルセイユはエースになりましたよ。
カールスラント空軍を背負うには、まだ少し早い気もしますが。

「マティルダ、つまみを持って来てくれ。」
「はい。」
「つまみはスライスベーコンでいいか、バルクホルン?」
「何でも構わん。」

別につまみに拘りなどないし、こういうことに関してはマルセイユに任せておけば問題ないだろう。

「あんたとも長い付き合いだよな。」
「そうだな。」
「あの頃からあんたはちっとも変らないな。」
「ああ変らない。」
「頑固で融通のきかない石頭だ。」
「お前も相変わらすだ、全く……」
「だが、それがいい。」
「何のことだ?」
「あんたは頑固で融通がきかない石頭だからこそ、ゲルトルート・バルクホルンなんだ。」
「何を言っているんだお前は?」

訳の分からないことを。

「私も私だからこそハンナ・ユスティーナ・ヴァーリア・ロザリンド・ジークリンデ・マルセイユなんだ。」
「酔っているのかお前?」
「酔っていないさ、私は素面だよ。」

酔っているようにしか思えん。

「マティルダ、今日はもういい休んでくれ。」
「分かりました。では何かあればお申し付けください。」
「ありがとうマティルダ。」

マティルダは私達に一礼すると、外に消えた。

「それにしても変らない……か。」
「ん?」
「昔のあんただったら私と酒なんか絶対に飲まなかったよな?」
「当然だ。今だってかなり妥協しているんだぞ?」
「それで十分だ。」
「そういうお前だって変ったと思うが?」
「私が?冗談言うな、変ってなどいないさ。」
「いや、昔のお前だったら私に好意などと言わなかった。」
「……いや、変らないさ。」

変わらない……か。
マルセイユ、私から見ればお前は……少しは変わったように思える。

「そういえば、マルセイユ。」
「ん?」
「お前、いい僚機を得たな。」
「ライーサか、あいつはいい奴だよ。腕も確かだ。」
「ああ、よくお前の変則機動に付いて行っているよ。」
「あいつとも長い付き合いだ。JG27の頃からの付き合いになる。」
「お前が仕込んだのか?」
「ああ、そうさ。中々難儀だったよ、生き残り方を教えるのはな。」
「ふ……私も中々難儀だったがな。」

こいつとハルトマン。危なっかしくて本当に毎日ヒヤヒヤしていたものだ。

「む……私は覚えが早かったほうだろう?」
「お前とハルトマン、全く……危なっかしくて見ていられなかったぞ。」
「そんなことはないだろう?」
「ネウロイを1機落とす度にストライカーユニットを壊していたのは誰だ?」
「む……」
「ははは、そんな顔をするな。別に攻めているわけではない。」
「どこがだ。」
「普通なら死んでいてもおかしくはない。無事に戻ってきてくれて嬉しかったぞ。」
「な……そういう言い方は卑怯だ……」
「卑怯ではないだろう?褒めているんだぞ。」
「……ひ、卑怯だ。」

顔を真っ赤にし、蚊の鳴くような声で何を言っているんだか。
褒められて照れるなんて、可愛いところもあるんだな。

「ま、まぁ……何だ。自分も僚機を持ったことで、あんたの気持ちが少しは分かるようになったよ。」
「ほう?」
「危なっかしい飛び方をされるとヒヤヒヤするし、守ってやりたくもなる。」
「ふむ……」
「無事に帰還して、ライーサの笑顔を見ると安心するんだ。」
「……」
「ライーサが成長していくのを見るのは嬉しかったよ。あれは自分が率いる立場になって、初めて分かることだ。」
「あぁ……そうだろうな。」
「いつからだったかな……自分の撃墜数が増えるよりも、あいつが無事でいてくれる方が嬉しくなったのは。」

何だ……もうこいつは一人前じゃないか。
もうマルセイユはカールスラント空軍を背負える。

「立派になったな。」
「ん?」
「お前は上官に対する敬いはなかったが、もう一人前だ。」
「一人前なのは分かっているが、上官に敬いがないとは?」
「上官を上官とも思わない口の利き方のことだ。」
「口の利き方は今更変える気はないね。」
「やれやれ……」
「私は尊敬できるやつには敬意を払うさ、上官であれ部下であれ……な。だが尊敬する相手でも口の利き方を変える気はない。」
「全く……お前に尊敬されるやつがどんなやつなのか、見てみたいものだ。」

少なくともケイ少佐は、マルセイユに尊敬されていそうだ。それにライーサも。
他には一体誰が尊敬されているのやら。
ハルトマンは……ライバルだろうし。
伯爵か、ロースマンあたりだな。

「バルクホルン私は……」

マルセイユは猪口に酒を注ぎ、飲み干す。

「私は……」
「ん?」
「いや、待ってくれ。」

マルセイユは再び酒を飲む。

「おいおい、いくら何でもペースが速すぎるぞ。」
「ここから先の話はアルコールの力を借りないとできない。」
「話って……お、おい!」

私の制止も聞かず、マルセイユは酒を飲み続ける。

「……っぷはぁっ!」
「マルセイユ、いくら何でも飲みすぎだ。」

顔が真っ赤じゃないか。
いくらいい酒でもそんな飲み方をすれば体に毒だ。

「私はな……バルクホルン、あんたのことを……尊敬している。」
「は?お、お前何を言って……」
「私は変ってなんかいない。同じ航空魔女として心から尊敬している。」

マルセイユが……私のことを尊敬している?
昔から?
は?こいつ何を言って……

「馬鹿な……何を言っているんだ?」
「あんたへの気持ちは昔から変ってなんかいない。」

昔から変ってなどいない?
お前は何を言って……

「あんたをアフリカに呼ぶように頼んだのは私だ……」
「何……」
「同じ空を飛びたかった……」

頼んだ?
マルセイユが?
私と同じ空を飛びたかった?

「理想とは言わない。どう頑張ってもあんたみたいな生き方はできない。」
「……」
「立派だよあんたは。英雄ってのはあんたのことを言うんだろうな。」
「私は……英雄などではない。」

私は英雄などではない。
英雄なものか……

「あんたが英雄でなければ、アーサー王もジークフリートも英雄ではなくなるな。」
「馬鹿なことを……」
「ああ、馬鹿なことさ。あんたは英雄になるべきではない。」
「支離滅裂だぞ、マルセイユ……」
「英雄ってのは孤独なんだ。そして最後に待っているのは非業の死。」
「……」
「あんたには……そうなって欲しくはない。」

死……か。
あの時……カールスラントの時、ブリタニアの時も戦友に助けられた。
戦友が居なければ私は死んでいただろう。
私は孤独ではない。
死にもしない。
故に私は英雄ではないのだろう。
英雄とは誰かのために孤独に戦い、散っていった者への賞賛の言葉なのだろうな。

「なぁ……トゥルーデ……」

親しげにマルセイユは私の名を呼んだ。
その目尻には涙がうかんでいた。

「英雄になどなるな。死なないでくれ……頼むから……」
「マルセイユ……」
「お前みたいな奴は絶対に死んではいけない。死んではいけないんだ。」

死ぬな。そうマルセイユは言ってくれた。
有難い言葉だ。
ああ……そうだ。以前にもこんなことがあった。
カールスラントの時、そしてブリタニアの時。
ブリタニアの時は宮藤が……そしてカールスラントの時はマルセイユと……

「なぁ……マルセイユ……」
「トゥルーデ……泣いてるのか……」

ああ、そうだ。私は泣いている。
駄目だ……思い出してしまった。
あの地獄の様な戦場を……
私が……いや、私達がカールスラントで失ったものは多すぎた。

「マルセイユ……カールスラントのことは……憶えているか?」
「忘れる……もんか。」
「……そうか。」

私もマルセイユも、カールスラントの魔女達は何かしら大切なものを失った。
故郷を、家族を、恋人を……そして……戦友を。

「マルセイユ……辛いことを思い出させてしまうが……もう少しだけ、あの時の話をさせてくれないか?」
「ああ……聞こう。」
「私は撃墜スコアよりも全ての列機を連れて帰ることに誇りを感じている。」
「……ああ。」
「だが私は……あの戦いで多数の未帰還機を出してしまった……」

無念だった。
悲しかった。
家族同然の戦友達、そして自分の部下達。
あの笑顔を二度と見ることができないかと思うと胸が張り裂けそうになる。

「多くの戦友達を……仲間を……国民を見殺しにしてしまった……」
「トゥルーデ……」
「私は……取り返しのつかないことを……」
「お前も私もあの時精一杯戦った。救える者は全て救った。それでも救えない者だって……あるさ……」
「それでも……私は……おのれが不甲斐ないと思う……」
「あれだけの人間を救ったのにか?」
「もっと救えたはずだ……」

マルセイユは無言で首を横に振る。
だが……私の言葉は止まらない。

「救えたはずなんだ……もっと私が頑張れば……」
「トゥルーデ……」
「100人を救えたとは言わない。だがせめて……10人……5人……いや1人だけでも救えたはずだ。」

自分の力を過信するつもりはない。
だが……もう少し早く……一秒でも早く駆けつけることができれば救えた命もあったはずだ。
人間1人の命をだぞ?
救えたはずなのに……

「あんたは十分に戦った、救った。あんたはできる限りのことを……いや、それ以上のことをしたんだ。」
「……だが救えなかった、その事実は変わらない。私は無力だ……」
「無力だと?ふざけるなよバルクホルン。」
「ふざけてなど……」
「お前は決して無力ではなかった。私は今でも憶えているぞ……カールスラントからの全面撤退が決まった時のことを。」




『なぁ……伯爵。』
『なんだい?……フラウ。』
『私達何の為に撤退するの?』
『生き延びるため……かな?』
『何で生き延びるの?』
『明日の……為……さ』

あの時、私達は明日なんて信じられなかった。
希望も何もない……惨めな退却だよ。

『伯爵、私達に明日があればいいけどな。』
『ハンナ……』
『お前達は私達に明日があるかどうか、信じられないのか?』
『中尉……』
『マルセイユ、お前は信じられないのか?』
『正直信じられませんね。』
『ハルトマン、お前は?』
『私も……信じられない。』
『伯爵、お前は?』
『信じたいですし、希望は持ちたい。でも……今の状況を考えると……』

倒しても倒しても、新手が出てくる圧倒的なネウロイの物量。
私達がいくら奮戦したところでジリ貧だった。

『そうだな……悲しいが現実はそこまで甘くはない。』
『トゥルーデ……』
『だがな、だからと言って諦めるのか?』
『……』
『私達が明日を信じて戦わなければ、一体誰が明日に希望を持てるんだ?』
『それは確かに……そうですけど……』
『私達の後ろには何千何万、それ以上の人間がいる。その人々が明日への希望を持てるなら、私達が戦い続けることには意味がある。』
『……』
『中尉……貴女は……』
『ちっ……馬鹿が……大馬鹿……』




「あの時……お前の言葉がなければ私達は戦えなかった。」
「……」
「お前の言葉のおかげで私達は戦えた。そして戦えたおかげで多くの命を救うことができたんだ。」

そんなこともあったな……
私自身が憶えていなくても……こいつは憶えていてくれたのか。

「だからバルクホルン……自分のことを無力だと思うな。」
「ああ……」
「それにしてもあんたは救えなかった者のことばかりを考えている。少しは救われた者にも目を向けてやれ。」
「マルセイユ……」

マルセイユは引き出しの中から、大量の手紙を出してきた。

「これは?」
「私宛の手紙だ。」
「ファンレター……か?」
「いや違う。この手紙は……私が救った者達からの手紙だ。読んでやる。」




――マルセイユ中尉様へ
私は今ブリタニアへ避難している、カールスラント国民です。
新聞で貴女の所在を知り、今こうして貴女への感謝の意を示すために手紙を書いています。
普段手紙を書かないので、どのように書けばよいものか分かりませんが
それでも、貴女へお礼を言いたく、手紙を書きます。
私達家族はカールスラントから避難する際、貴女に命を救われました。
貴女があの時現れなければ、私達家族は死んでいたことでしょう。
貴女に救われたおかげで、こうして今も家族7人元気に過ごせています。
このご恩は決して忘れません。
父も母も妻も子供達も貴女に感謝しています。

私達家族はマルセイユ中尉様と、戦友の方々の無事を心より願っています。
どうかお元気で




「他の手紙もこれと同じような内容だ。」
「……」
「あんたはメディアへの露出をしてなかったからな。あんた宛に手紙を書きたくても所在が分からない、だから手紙が来なかったんだろう。」
「そうだな……」
「あんたに救われた人間は大勢いる。恐らく今もあんたに感謝の手紙を出したいと思っているだろう。」
「そうかな……」
「そうさ。それにあんたのあの言葉が無ければ……この手紙が書かれることはなかっただろう。あんたが救ったんだよ。」

私の救った命……か。
そういえば考えたこともなかった。
救えなかった命は考えていたが……救った命か。
私は一体どれだけの命を救うことができたのだろうか?

「あんたが新聞、雑誌に載れば感謝の言葉が山ほど来るだろう。」
「そうだろうか。」
「そうに決まっている。……だが、一番は私のものだ。」
「何?」
「ありがとうバルクホルン大尉。貴女のおかげで私は今日まで生き残ることができた。ありがとう……」

ありがとう……か。
この言葉がここまで身にしみたのは初めてかもしれない。

「どうだ?少しは楽になったか。」
「ああ……」
「それは幸いだ。勇気を振り絞って言った甲斐があった。」
「大げさだな。」
「大げさではない。アルコールの力を借りないと言えなかったよ。」
「アフリカの星ともあろうものが?」
「ああ……だが言えてよかった。」
「そうか……良かったな。」
「ああ……さて、と。」
「?」

マルセイユは席を立ち、ふらつく足取りで私の元へやってくる。

「私は欲しいものは必ず手に入れる主義だ。」
「お、おい……」
「私はアンタが欲しい……」

椅子に座る私と向かい合うようにマルセイユは、私の太股の上に体を下ろした。

「嫌か?」
「い、嫌かって……何のことだ……」
「こういうことさ……」

マルセイユの顔が迫ってくる。
何をされるか……私には分かっている。
それが嫌なら顔を背ければいい。
マルセイユは私にそれだけの時間を与えてくれていた。
しかし……何故か私は顔を背けることができなかった。

「ん……ふ……」
「あ……ふ……」

唇を重ねるだけのキス。
マルセイユも私も互いに抱きしめあった。

「んぁ……ちゅ……ん」

マルセイユの舌が私の口内へ侵入してくる。
だが私は拒めない。
拒むどころか、自分からマルセイユの舌に自分の舌を絡ませている。

「は……んっ……ちゅ……」

私はいつからこんな流されやすくなったのだろう?

「ん……くちゅ……」

マルセイユはひたすらに私を求め、舌を絡ませてくる。

「んちゅ……ぷはっ……」

お互い息苦しくなり、唇を離す。

「はぁ……はぁ……」
「ふぅ……はぁ……」

私もマルセイユも顔を紅くし、必死に肺に空気を送り込んだ。

「はぁ……ぷっ……くくく……」
「ん……はははは……」

互いの様子が可笑しかったのか、私達は共に笑い合った。

「ありがとうバルクホルン。」
「何がだ?」
「受け入れてくれたことさ。」
「そうか……」

受け入れた……か。
以前の私では有り得なかったことだ。
マルセイユは私のことを変わらないと言っていたが……少しは変わったのかもしれない。
ああ、そうだきっと変わっているんだ。
私も、マルセイユも……いい方向に。


続き:1602

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