不器用な二人


「なんだ、珍しいヤツがいるじゃないか」
 サウナに入ったエイラは、蒸気で曇った視界の向こうに、先客を認め驚きの声を上げた。
「別に、私がサウナに入ってて何か可笑しいことでもありまして?」
「いや、充分オカシイって。ツンツンメガネが一人でサウナ……。あ、今はメガネかけてないか」
「だからその呼び方はおやめなさいとあれほど……」
 お約束のやり取りをここでも繰り広げた二人は、やれやれと言った風に肩を竦めた。
「オマエ、サウナ嫌いじゃなかったのかよ」
 ペリーヌの隣に腰掛けたエイラは白樺の葉で相手の身体をぺしぺし叩く。
「ちょ、ちょっと。それ、地味に痛いからやめてくださらない?」
「それがいいんじゃないか。ホレホレ」
 いつもの小悪魔的な笑みを湛えたエイラを見て、ペリーヌは諦観した様子だ。そして水気を含んでもさもさになった金髪を弄びながら、エイラに問うた。
「あなたこそ、今日は一人なんですのね。確かサーニャさんは、今夜は哨戒任務じゃなかったはずでは?」
 その言葉に白樺の葉を打つエイラの手が止まる。
 痛いところを突かれたとばかりに、ギクシャクと身を震わせ視線を反らせた。
(わかりやすい人ですこと……)
 それだけでだいたいの事情を察したペリーヌは、エイラの図星を容赦なく突き刺した。
「その様子ですと、またサーニャさんと一悶着あったんですのね」
「だ、だから……! なんでそこでサーニャが出てくるんダヨ! 私とサーニャは何も関係」
「関係ないはずないでしょう。だったらなぜ、そんなに慌てているんですの?」
「あ、慌ててなんか、いないんダナ。わ、私は別に、いつも通りダゾ!」
「はぁ……。そうですの……」
 これでは押し問答にしかならないと判断したペリーヌは全力で溜息を吐き出し、ふと思い至ってエイラに問いかけた。
「あなたも、私に何か訊きたいことがあるんじゃなくって?」
 そう口にしてからペリーヌは少しだけ後悔した。何を自ら墓穴を掘るような真似を。
「私がオマエに? 別にオマエのことなんか知りたくねーよ」
 予想通りの反応が返ってきたことに目眩を覚えつつも、ペリーヌも食い下がる。
「だから! 最初にあなたが言ったでしょ! 珍しいヤツがいるって!」
 やたらと食いつくペリーヌに、エイラは少しの憐れみを浮かべた表情で呟いた。
「オマエ、そんなに寂しかったのかヨ……」
 バチバチ。
 僅かばかりの電気の奔流に髪を逆立てたペリーヌの鬼気迫る様相に、トネールの一撃を恐れたエイラは大人しくペリーヌに従った。何よりこのままでは神聖なサウナが危ない。
「あぁ、もう。わかったよ! 落ち着けって! それで、ペリーヌはなんで一人でサウナに入ってたんダ?」
 ようやく話に乗った、というか無理やり乗せた、エイラにペリーヌはおずおずと語り出した。
「それは、その……。今日の訓練で少佐にきつく叱られてしまって。それで、先ほどお風呂に入ろうと思ったのですけど、少佐も入られているようで、その、顔を合わせづらくて……」
 いざ話してみるとなかなかに恥ずかしい。
 なんでこんなことに。
 と、自らの不器用さに辟易とした。
「なんだよ、割と思ったまんまじゃんか。ペリーヌは少佐のこととなるとアレだな、まったく。そんなの気にすることじゃねーぞ」
 あっけらかんと語るエイラに、ペリーヌはいよいよ顔を赤らめ爆発した。
「そんなのはどうでもいいんです! さぁ、私も話したんですから、あなたも一人でサウナに来た理由を素直におっしゃい!!!」
「うぇー。なんだよそれ。それこそ関係ないじゃんか」
 それでも話そうとしないエイラに対して、ペリーヌは低く唸りながら詰め寄る。そして根負けしたエイラはようやくその口を割った。
「わかった、わかったよ! 話せばいいんダロ。そうだよ、サーニャと、喧嘩したん、だよ……」
 やっとのことで認めたエイラに、お互いに不器用だとペリーヌは同情を覚えた。

「それで、喧嘩の原因はなんですの?」
「えっとだな……。今朝も、夜間哨戒から帰ってきたサーニャが部屋を間違えて私のところに来たんだ。それでベッドに入ってきて、そこまではまぁいつもと同じだったんだけど。今朝のサーニャは、なんていうか、私にピッタリ寄り添ってきたんだ。いつもはそんなんじゃないんだけどな。それで私は、こう、居づらくなって……」
「ベッドから逃げ出したんですのね」
「う……、まぁ、そういうことナンダナ……」
「相変わらずヘタレですこと」
「ヘタ……、ああそうだよ、ヘタレだよ、ヘタレで悪かったな!」
 気持ち良いほどの開き直りを見せるエイラだが、それではせっかくのイケメンが台無しである。
「でも、それだけだと喧嘩なんてことには」
「喧嘩というか……。ベッドから抜け出した後は床で寝てたんだけど、その後起きてきたサーニャに一言『エイラの、バカ』って」
 余りにも鮮明に浮かび上がったその光景にペリーヌは頭を抱えた。
「はぁ、エイラさん。それは全面的にあなたが悪いに決まってますわ」
 もちろんサーニャだって不器用なことには変わりはないのだが。
「うぅ、そう、だよなぁ……。でもさ、今朝のサーニャは、なんか妙に積極的だったっていうか。やっぱりどうしたらいいのかわかんなくなって」
「どうしたらなんて、そんなの決まってますでしょ? 優しく抱き締めてあげるだけ。それだけでしょ?」
 ここ一番の重要なところでヘタレるエイラと、気持ちを上手く言葉に出来ないサーニャ。
 二人の不器用さは度々すれ違い、それでも少しずつ近づいていっているのは明らかで、見守る周囲の人間にとってはもどかしい二人であった。
「優しく抱き締め……って、そんな恥ずかしいこと」
「出来ないはずないでしょ。本当に好きな相手なんだったら」
「す、好きな相手でも……。だったらオマエ、少佐がそんな風に寄り添ってきたら、抱き締められるのかよ!」
「それはもちろん、抱き締められるはず、ありませんわね……」
 冷静になって考えてみれば、そんな状況になったら嬉しさの余り昇天するか、逃げ出すかしかない。やはり同じように不器用な二人であった。
「なんだよ、オマエもヘタレじゃないか。あー、やっぱりツンツンメガネなんかに話すんじゃなかったよ」
「なっ!? 人がせっかく相談にのって差し上げたというのにその言い草はあんまりですわ!」
「相談って、オマエが無理やり言わせたんじゃないかよ」
「元はと言えばなかなか話さないあなたが悪いんじゃなくって!?」
 そしてまた、いつものように口論の繰り返し。一頻り言いたいことを言い合ったあと、どちらからともなく笑みを浮かべていた。
「結局のところ、お互いに不器用だったってことですわね」
「私とサーニャも、私とオマエも、な」
 不器用なら不器用なりに、それぞれに気持ちを伝えるやり方がある。たまにぶつかることがあっても、それもまた前進なのだ。
「それじゃ、私はお先に失礼しますわ。ちゃんとサーニャさんに謝るんですのよ」
「わかってるってば。それくらい言えるさ」
 サウナから出ていくペリーヌの背中に、アリガトナ、という言葉が投げられたことに、結局ペリーヌは気付かないままだった。


  fin...


コメントを書く・見る

戻る

ストライクウィッチーズ 百合SSまとめ