怖い お話
「……ってなわけで、その日哨戒に出ていたメンバーは誰一人として、
基地には帰ってこなかったんだってさ」
「……ふーん」
「どうだ、怖いだろ?」
「……エイラの話なんて、全然怖くないもん……」
そんな強がりをいうルッキーニちゃんはシャーリーさんの軍服の裾を
きゅっとつかんだままで、本当はすごく怖がっていることぐらい、
誰の目にも明らかだった。
どうしてそういう流れになったのだったか、夕飯の後にみんなでお話していたら
みんなが知っている怖い話の話題になって。
お仕事のあるミーナ隊長と坂本少佐は作戦司令室に。
怖い話が苦手なリーネさんは芳佳ちゃんと一緒に自分の部屋に。
バルクホルン大尉とハルトマンさんは夜間哨戒にいってしまって、
残っているのは私とエイラ、シャーリーさん、ルッキーニちゃんの4人だけになっていた。
そして、ルッキーニちゃんが自分の話に怖がっていると気付いてからというもの、
エイラはずーっと、自分が知っている限りの怖い話を続けているのだった。
「シャーリーの影に隠れながらいっても説得力ないぞ。
ま、お子様にはちょっと刺激が強すぎたかな」
「……怖くないもん」
今にも泣きそうなのを唇をきゅっとかんで我慢しているルッキーニちゃんと
勝ち誇ったような顔をするエイラ。
エイラ、ちょっと大人げないよ。
「サーニャの前ではヘタレなくせに、偉そうにすんな、バカエイラ……」
「……なんでそこでサーニャが出てくんだよ」
ルッキーニちゃんの精一杯の反撃にちょっと顔がひきつるエイラ。
「だって本当じゃん、このヘタレダメダメスオムス人!」
「サーニャの前でそんなこというなぁ!」
「さーにゃー、さーにゃー」
「やーめーろー!!!」
「二人ともいい加減にしなよ! エイラも調子に乗りすぎ!」
「エイラ、やめなさい」
見るに見かねたシャーリーさんと私がついに仲裁に入る。
このまま放っておくと、子供の喧嘩になりそうだったし。
「だって、エイラが……!」
「はいはい、ヘタレエイラはほっといて、お風呂入って寝ような」
「うん……」
そうして、ルッキーニちゃんはシャーリーさんに抱きかかえられてお風呂へ。
ヘタレっていうなー!とエイラは抗議していたけれど、自業自得。というか真実。
「エイラも。小さい子いじめちゃだめでしょ」
「別に私はいじめてなんか……」
「反省しなさい」
「……ごめんなさい」
もう、本当に子供なんだから。少しは大人にならないとだめだよ、エイラ。
さぁ、私たちもそろそろ寝ましょう。
「……エイラ、どうしたの?」
部屋に戻って、すっかり寝る準備を整えてしまった頃になっても、
エイラは部屋のなかを落ち着きなく行ったり来たり。
「いや……その……寝る、今寝るよ」
「そう……じゃ、こっちの明かり消すね」
「うわぁぁっ!!!」
枕元の小さな電球だけを灯して部屋の電気を消そうとすると、
エイラがものすごい勢いで飛んできた。
「だっ、大丈夫だから!私が消すから!サーニャは布団に入っててくれ、な!」
あまりにもいつもとは違うエイラの様子にピンときた私は、あえて何にも言わずにベッドに潜り込んだ。
お布団の中からエイラをみると、妙におどおどしながら戸締りを確認して、
ようやく電気を消す段になって、やっぱりもう一度戸締りを確認してと、ぜんぜん落ち着かない。
「エイラ……寝よう?」
「う、うん……」
「電気消してくれないと、眠れないよ?」
私が声をかけても、エイラはあいかわらず部屋を行ったり来たり。
「ねぇ、エイラ……?」
「ん?」
「もしかして……怖くなっちゃったの?」
エイラの動きが面白いくらいにぴたりと止まった。
「ばっ、バカッ!べっ、別に怖くなんて……!」
「じゃあ、早く電気消して?」
「いや、だからそれは……」
「怖いんだよね……?」
「うっ……」
困ったような顔で私の顔を見ているエイラと、見つめ返している私。
エイラがルッキーニちゃんに意地悪してた理由もなんとなくわかった気がする。
「……じゃあ、今夜だけ、だからね……?」
そういってお布団をめくり上げると、私の横をぽんぽんと叩いた。
「さっ、サーニャ……?」
「一緒に寝てあげる……」
「ええぇぇぇ!!!!」
いつも一緒に寝ているくせに、なんでそんなに驚くのだろう、この人は。
もしかして、本当に私がいつも寝ぼけてエイラのお布団に潜り込んでいるとでも思っているのだろうか。
だとしたら本当にヘタレダメダメスオムス人だ。
「でっ、でも……」
「じゃあ、一人で寝る?エイラちゃん?」
「うぅ……」
「エイラ、私もう眠いんだよ……?」
わざとらしくエイラを急かすと、今日だけだから、今日だけだかんな……と
お決まりのセリフを口の中でぶつぶつと呟きながら、それでもずいぶんと経ってから、
ようやく電気を消して、ベッドのふちにそっと腰掛けた。
「お、お邪魔、します……」
遠慮がちに入ってきたエイラにぎゅっと抱きついて、お布団のなかに引きずり込む。
エイラの顔がすぐ目の前にあって、なんだかこっちまでどきどきしてくる。
「エイラちゃん、今夜はずっと一緒にいてあげるからね」
「さ、さーにゃぁ……」
「ふふっ。いい子、いい子……」
エイラは口をぱくぱくして心臓が止まりそうな顔をしていた。
小さい子の頭を撫でるみたいにエイラのを撫でながら、こんなエイラだったら
子供のままでもいいなぁなんてことを考えながら、私は眠りに落ちていった。
さてさて。夜が明けて、手をつないだままだった私たちにエイラが大慌てをして
ベッドの柱に頭をぶつけて大きなたんこぶをつくったことや、
それ以来、リーネさんよりもずっと怖い話が苦手になったことなんかは、また、別のお話。
fin.