count your mark!!
午後三時きっかりに、再びその数字は現れた。
頭の上にピコンと表示されたその「数」は、減る者こそ居なかったが、おしなべて皆増えていた。
増え方に多少の……多少とも言えないばらつきは有ったが、確実に増加していた。
……ただ一人のウィッチを除いて。
再びの事態に混乱を来す501。先日の“首謀者”たるエーリカとルッキーニは「今度は何もやってない」と頑なに主張、
証拠らしいものも見つからなかった。しかしこうたびたびプライベートな事が露見するのは問題だと言う事になり、
501は暫く、(安全回避の意味合いも含め)他のウィッチ部隊との接触を禁じた。
「ひっつき過ぎですわよエイラさん」
「小さなサウナなんだからしょうがないダロ?」
サウナの中、汗だくで“密会”する二人のウィッチ。
相変わらず頭の上の数字がゼロのまま変動しないペリーヌ、そして幾らか増えてはいるが微妙な感じのエイラ。
「で、何で私がオマエにキスしなきゃならないんダヨ?」
口を尖らせるエイラ。
「貴方この前言ってたじゃないですの! 『サーニャと数が違うゾ~』って」
「私の真似スンナ!」
「だから、ここはひとつ共同作戦と言う事でいかがかしら?」
「ちょっと待テ。何が共同ナンダヨ。私一つも得しないゾ」
「どうして。サーニャさんと数を合わせるのにちょうど良いんじゃ無くて?」
「だって、キスってしたくもない相手とするもんか普通?」
「それは……で、でも、わたくしにもプライドというものがありましてよ。ゼロだなんて……」
「それはドウカナー?」
エイラは一瞬にやりと口の端を歪めた後、不意に真面目な顔になって言葉を続けた。
「ツンツンメガネの家柄って、何だったっけ?」
「はあ? いきなり何ですの」
「確か貴族か何かだったよナ? そんな家柄のエラいウィッチが、結婚の前に実はしまくってましたとか知れたらどうするんダヨ」
「……なっ!」
「ほーれホレ、それでもキスしたいのカ?」
「ちょっ、何近付いて来るんですの! 嫌がらせですの?」
「今頃考え変わっても遅いゾ」
壁際に身体を押しつける。
「あ、熱っ! エイラさん、貴方わざと」
「こうでもしないと逃げられるからナー。私は先読み出来るからナ。私からは逃げられないゾ」
「そ、そうかしら」
ペリーヌの台詞と同時に、不意にサウナの扉が開いた。
「やっぱりここに居たんだ、エイラ」
サーニャだった。途端に身体が固まり、異様に別種の汗をかくスオムス娘。ペリーヌの言う通り、ここまでの先読みは出来なかったらしい。
「さ、サーニャ!? これには訳が」
「どんな?」
「こここ、これはペリーヌから言って来た事で、その……」
「ちょっ、ちょっとお待ちなさい! 何でそこでわたくしを悪者に!」
「分かってます、ペリーヌさん」
サーニャは微笑んだ。しかしエイラにとってその微笑みは獅子の咆哮よりも恐ろしく見えた。
「エイラ、私の数と合わせようとしたんでしょう?」
「な、何故それヲ!」
「エイラの考えそうな事だもの」
「じゃ、じゃあ聞くけド、サーニャは何で私より数が多いんだヨ!? おかしいじゃないカ!」
サーニャはその言葉を待ってましたとばかりに、薄い笑みを浮かべた。
「知りたい?」
「だ、誰とダヨ? まさか、宮藤か? 宮藤なのカ!? アイツなのカ!?」
「知りたい?」
繰り返される言葉。サーニャの底知れぬ恐ろしさに気圧され、エイラはごくりと唾を飲んだ。
「い……いや、知りたくナイ」
「エイラだって、501(ここ)に来る前に誰かとしてるかも知れないし……」
「そ、そんな事は……無いゾ……多分……」
「ほら、エイラだって」
「わあ、待ってサーニャ!」
「じゃあ、二人で数、増やす?」
「ふふ増やす! 増やしたい!」
サーニャに手を引かれ、エイラはそそくさとサウナを出て行ってしまった。
無情にもばたんと閉まる扉。
一人ぽつねんとサウナに残されるペリーヌ。
「な、な……なんですの一体!」
ペリーヌは一人立ち上がり、吠えた。
唐突にサウナの扉が開いた。興味深そうに中をひょっこり覗き込んでいるのは……
「何だ、誰かの大声がしたかと思ったらペリーヌか」
「その声は、しょ、少佐!? 申し訳ありません」
「どうした、歌の練習か? ここは熱いんじゃないか?」
冗談のつもりか、笑う美緒。そのままボディースーツも脱がずバスタオルも巻かずにサウナに入り込むと、ペリーヌの真横にどっかと腰掛けた。
「うむ。これがサウナか。扶桑の風呂とはまた違うな。こう、じりじりと灼ける熱さがまた良い」
またも笑う美緒。ペリーヌは至近距離で見える美緒の顔がほのかに紅い事に気付く。まだ入って数分もしていないのに何故? と。
「どうしたペリーヌ、悩み事か?」
「え? いえ、その」
美緒は眼帯をめくってペリーヌの身体を見た。そして微笑んだ。
どきりとするペリーヌ。
「はっはっは。身体の部位の大きさだの、ナントカの回数だの、気にしすぎなんだ皆は!」
大声で笑い飛ばす美緒。
「それに、操を守る事も大事なんだぞ。扶桑の言葉だったかは忘れたが」
思い出す様に、美緒は言葉を続けた。
「は、はあ」
頷くしかないペリーヌ。
「己の操を守れもしない者が、他人を守れるか、と言う事だ」
真面目に語り、ひっくと詰まった息をする美緒。思わず聞き入るペリーヌ。
「まあ、そう言う訳で、深く考えるなペリーヌ。お前はいい子だからな。何でも考え過ぎなんだ」
と言って、ペリーヌのおでこにちゅーをひとつする美緒。そして笑う。
ペリーヌの頭上の数字は……
その前に、純情なガリア娘は酔いどれ扶桑魔女の余りの突飛な行動について行けず……失神しかけた。
よろけつつサウナから出た時、突如として“その数字”は霞と消えた。
他の隊員も同じく、また消えていた。
あの時のおでこのチューは数に入るのかしら……とぼんやり考えを巡らせるペリーヌ。
美緒は酔ってそのままサウナで寝かけたところを、探していたミーナに見つかり“連行”された。
ミーナは、ペリーヌの事こそ気遣っていたが、それ以上に何やら別の事で殺気めいたものを感じ……、ペリーヌは何も言わなかった。
もう二度と現れない事を願いつつ……ミーナの再びの厳命により、全てが伏せられた。
ペリーヌはサウナでの出来事が気になっていたが、どうする事も出来なかった。
テラスで夜風に吹かれ、黄昏れるガリアの娘。
夜空に輝く無数の星々、そして一筋の流星。
ふう、とつく溜め息は、何度も繰り返された。
end