Le Tour de 501 II


 基地のハンガーに置かれた自転車二台。
 一台は、この前シャーリーが整備し再生させた銀色の自転車。
 そしてもう一台は、同じフレームを使っている事こそ辛うじて判別できるものの、
他の部分はもはや原形を留めない程に改造された“自転車”。
 半ば呆れ返りつつ、二台の自転車を見比べる501の隊員達。
「で、どうするんだこれを」
 トゥルーデは、両方の“整備”を手掛けたシャーリーを呼んだ。
 シャーリーは二台の自転車に手を置き、自慢げに話し始めた。
「こっちは普通の自転車。誰でも乗れるよ。で、こっちなんだけど、余剰の魔導レシプロエンジンを積んで……」
 説明するシャーリーに口を挟むトゥルーデ。
「何故積んだ」
「そこにエンジンがあるから」
「載せるか普通」
「浪漫だからに決まってるだろう」
「リベリアン。確か、これとは別に普通の……サイドカーだったか、とにかくバイクを持っていたよな?」
「あれはあれ。これはこれで、あたしの力でどこまで限界に挑めるかチャレンジするんだ」
 きらきらと目を輝かせるシャーリーに、あえて問うトゥルーデ。
「それで、何がしたいんだ」
「競争」
「貴様は馬鹿か!? かたや人力、もう片方は魔導エンジンを積んでいたら勝てる勝てない以前の問題だ」
「それは分からないよ。あたしが魔導エンジン積んだ方に乗って固有魔法を……」
「自転車で空でも飛ぶつもりかリベリアン?」
「じゃあ分かったよ。あたしが普通の自転車乗るよ」
「待て。こっちの改造しまくりの方は、誰が乗るんだ」
「堅物頼む、あたしと競争してくれ」
「ばっ、馬鹿を言うな! こんな物騒な物、乗れるか!」
「物騒って酷いな。ちゃんとカリカリにチューンしてるから大丈夫だ。ちょっとピーキーに仕上げてるけど」
「余計に無理だ」
「ははーん、そう言えば堅物は機械類は苦手だったっけ」
「言わせておけば……良いだろう、相手になってやる。但し壊れても知らないぞ」
「あたしがスッピンの自転車で勝てばあたしの魔法力のおかげ、堅物が勝てばあたしの技術力のお陰って事で
どっちも楽しいんだけどな」
 それを聞いたトゥルーデは一歩退いて首を横に振った。
「……やっぱり止めておく」
「ちぇー、なんだよつまらない」
「なら、私が乗るよ」
 はーい、と手を挙げたのはエーリカ。ぎょっとしたのはトゥルーデ。
「ハルトマン? 何でまた」
「楽しそうだし」
 エーリカはにやっと笑ってシャーリーに言った。
「シャーリー、何だかんだで遊びたいんでしょ? 面白そうだしね、私もやるよ」
「そう来なくっちゃな」
 シャーリーも頷いた。

 スタートラインに二台の自転車が並ぶ。
 既に魔力を解放させ、耳をぴんと張りスタートの瞬間を心待ちにするシャーリー。
 スイッチやら動力やらを確かめ、自然体で望むエーリカ。
 釈然としない表情で、しかし内心二人が(特にエーリカが)怪我をしやしないかと心配で仕方ないトゥルーデ。
 芳佳が二人の間に立ち、指折りカウントする。
「行きます。五、四、三、二、一、スタート…うひゃあ!」
 点火されたロケットの様に、二台の自転車はラインを超えて突っ走っていった。

 シャーリーは魔力を解放してシャカシャカと軽快に自転車を漕いでいた。
 ほぼ真後ろに、エーリカの乗るエンジン付き自転車が位置している。
「もっとスピード出して良いんだぞー」
「とりあえず自転車の手応え確かめないとね~」
「なっ……あたしを色々試そうとしてるな?」
「どうかなー」
 シャーリーは立こぎになり、固有魔法で自転車をかっ飛ばす。
 一方のエーリカの乗るエンジン付き自転車は、魔導エンジンがエーリカの魔力を受け、車軸に動力を伝達していた。
 速度は二人共拮抗し、平均して時速百二十キロ以上出ている。「普通の自転車」としては有り得ない速さだ。

 コースは基地の中をぐるりと巡る様に設定されていたが、コーナーや路面状態の悪い部分が大半で、滑走路周辺、及び外部への通路付近の二箇所が最も状態が良い。
 外部への通路付近に出た辺りで、シャーリーは一気に引き離しに掛かる。
 魔力を最大限引き出し、猛烈な勢いでペダルを漕ぐ。翼を付けていれば飛び上がりそうな速度だ。
 一方のエーリカも、引き離されぬ様、注意深く後を付けていた。
 シャーリーの様な超加速の固有魔法を持たないエーリカにとって、これが今出来る精一杯の事。

 双眼鏡片手に様子を見る一同。
「本当にあれ、自転車なんですの? ヘタなバイクよりも速いと思いますけど」
 ペリーヌが呆れ気味に言う。美緒は魔眼で二人の様子を見ると、速いな、とだけ呟いた。
「二人共、速い……」
「どうするんダあの二人」
 サーニャとエイラも呆気に取られた表情。
 予想以上の速さに、一同はただ見守るのみ。ミーナはもし何か有ったら……とやや渋めの表情。
 芳佳があっと声を上げた。
「シャーリーさんが少し離しました。でもハルトマンさんも頑張ってます! 真後ろに居ますよ」
 トゥルーデは心配そうに、土煙を上げながら爆走する二台の自転車を見、呟く。
「リベリアンの真後ろに付けて空気抵抗を減らす作戦か……」
 コースの先を見る。心配は尽きない。
「これからコーナーの多い部分か」
 ルッキーニは楽しそうに二人のレースを見ている。シャーリーを指差して言った。
「シャーリーの方が小回り効くから良いんじゃない?」
「どうかな」
 トゥルーデは腕組みしたままじっと見つめた。
「え、バルクホルンさん。ハルトマンさんに何か秘策でも?」
「ああ。恐らくは」
 それだけ言うと芳佳に双眼鏡を託し、一人席を外す。

 ラスト、ゴールへ続く滑走路周回に入る。路面状態も良く、ストレートで伸びを見せつけるシャーリー。
 エーリカも魔導エンジンを宥め賺してひたひたと迫る。
 折り返し地点を越えた所で、それは起きた。

 ごうっと、風の音がした。
 背後に迫る猛烈な空気の塊を感じたシャーリーは、殺気にも似た危険を感じ咄嗟に車体をスライドさせてかわす。
 その僅か上を文字通り「飛行」するエーリカ。シュトルムをまとい、直線を一気に加速……いや、飛翔し、シャーリーを抜いた。
 そのまま僅差で先にゴール。
 ゴール前で待っていた隊員達が風に煽られ、ふらつく。
 しかしエーリカの自転車はブレーキの制動力が追いつかず、止まらない。
 ハンガー脇の壁に突っ込みかける。
 誰もが息を呑んだ。
 刹那、壁に伝わる鈍い衝撃と立ち上る煙。幾つかの部品が辺りに撒き散らされた。
 ミーナと美緒は救護班の手配をと立ち上がったが、それは無用、と煙の中から声が聞こえる。
 立ちこめる煙の中から、人影が見えた。
 エーリカを抱きかかえたトゥルーデその人。
 エーリカのお尻にひっついていたサドルをぽいと投げ捨てると、ふん、と鼻息一つ鳴らした。

「バルクホルンさん、一体どうやったんですか」
 芳佳の問いに、トゥルーデは頭を掻きながら答えた。
「私の固有魔法を応用的に使っただけなんだが……」
「えっ、怪力で? どうやって」
「私の力をもってすれば、勢いの付いた物体から必要な部分を受けとめるなど容易いこと」
「おい! じゃああの自転車全部を抑えろって!」
 シャーリーがバラバラになった自転車を見て悲鳴にも近い言葉を上げる。
「すまない、エーリカだけで精一杯だった」
「嘘だッ!」
「とりあえず怪我が無くて何よりだったな、エーリカ」
「ありがとトゥルーデ。でも何でゴールで待ってたの?」
「エーリカなら最後に仕掛けると思っていた」
「なんだ、作戦ばれてたんだ」
 トゥルーデはふっと笑いエーリカを地面に下ろすと、辺りに散らばった部品を拾い始めた。
 堅物大尉の意外な行動を見、自転車にまたがったままの姿で驚くシャーリー。
「何やってるんだ堅物」
「改造品とは言え、お前にとって大切な物じゃないのか?」
「そりゃあ、まあ」
「空飛ぶ自転車を掴まえるのは難しかった。すまない」
「いや……いいよ」
 馬鹿正直に謝られても困る、と内心呟くシャーリー。トゥルーデはそんなお気楽大尉を後目に、部品を拾いながら言った。
「また作ってくれ。今度は、もう少し安全なものを頼む」
「分かったよ」
 苦笑いするシャーリー。

 夕食の席上、シャーリーはエーリカに聞いた。
「でも、途中よくあたしに付いてきてたよな。絶対無理だと思ってたわ」
「色々考えたんだけどね。私に出来る事ってあれ位だから」
「スリップストリームとか、最後の直線で固有魔法で飛ぶって事?」
「そう。シャーリー抜けるとしたらそこしかないじゃん」
「なるほど。あたしとしては最初にもっと先行逃げ切りモードでぶっちぎって離してないとダメだったって事か。作戦負けだなー」
 あーくそ、くやしい、とシャーリーは歯がみした。
 その姿を見て笑うエーリカとトゥルーデ。
「まあそう僻むなリベリアン。スピードで負けた訳じゃないんだから。スピードではお前の方が終始圧倒していたぞ」
「だから余計に悔しいんだよ!」
「まあまあ」
「慰めは要らないよ……」
「あれ、どっちが勝ってもシャーリー嬉しいんじゃなかったの?」
「ハルトマンが固有魔法使うのは想定外だった! あと壊れるのとか」
「それは……すまない」
「今度皆で組んでみようよ」
「ウジャーおもしろそう」
「まあ、部品は大体残ってるから、出来ない事はないけどさ……分かったよ。またやろう」
 楽しみがまた増えたね、とエーリカに言われる。トゥルーデも同じ言葉をシャーリーに投げてみる。
 苦笑いした501の“Speedstar”は、今度こそ、と決意を新たにする。
 そんな賑やかな夕餉。

end



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