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目覚めると、何かが変わっている事に気付いた。
「はて。……この糸は何だ」
赤く染められた糸がそこかしこに張られている。伸びたり縮んだり、生き物の如く。
何かの錯覚かと思い、試しに魔眼を使って辺りを見たが、さしてネウロイの痕跡も見えず……
「そう言えば、バルクホルンが前に言っていたな」
思い出した美緒はさっさと着替えると、愛用の扶桑刀を手に取り、自室を出た。
「邪魔するぞ」
ノック無しに扉を開けると、下着姿で抱き合ってすやすやと寝るカールスラント娘が二人。
只ならぬ気配を感じたのか、間も無くトゥルーデがガバッとはね起き、毛布で身体を隠す。
「な、なんだ。少佐か……こんな早朝にどうした?」
「ああ、すまんな寝ている所を……」
トゥルーデの言う通り、まだ夜も明けきっておらず、ようやく朝の薄日が差し始めたと言う時間帯。
エーリカは二人のやり取りを聞いて、むっくりと身を起こした。
「こっこらエーリカ! 服を着ろ! せめて毛布で隠す位……」
慌てて自分の毛布を掛けて、仲良くくるまる格好になるカールスラントのコンビ。
「あー、いや、今でなくても良いんだ」
逆に気を遣う美緒。
「少佐。朝一に部屋に来ておいてそれはないだろう」
「ノックも無しでね~ふわわぁぁ」
トゥルーデと、あくび混じりのエーリカから言われ、頭をかいて苦笑いする美緒。
「いや、すまん……はは」
着替えを済ませた二人は、美緒と共に部屋を出、とりあえず執務室で話をする事にした。
部屋では誰が聞き耳を立てているか分からないし、もし聞かれでもしたら厄介だから、と言う理由だ。
執務室のドアを開けると、机上に蹲る様に寝ているウィッチが一人。
「ミーナ……また徹夜したのか」
トゥルーデが心配そうに、ブランケットをそっと肩に掛ける。疲れが溜まっているのか、起きる気配がない。
エーリカは、眠る直前までミーナが使っていたであろう万年筆を机の脇から拾い上げると、キャップをしてペン立てに戻す。
「私も手伝ってやりたいのだが……ミーナが一人でやると聞かなくてな。生憎私も事務仕事は苦手で……」
ミーナを見て、心配と困惑が少し混じった表情の美緒。トゥルーデは微笑むと言った。
「私から言うのも何だが、少佐も、たまにはミーナを手伝ってやって欲しい」
「そーそー。何かお茶淹れる位でも違うと思うよ?」
「そ、そうか。なら今度」
エーリカの提案を受け、やる気を出す美緒。ぴくり、とミーナの耳が動いた気がしたが誰も気付かなかった。
そんな501の隊長を寝かせたまま、三人は本題に入る。
「さて、ここなら安心だろう」
「そうだな」
部屋のソファにそっと腰掛け、頷く美緒とトゥルーデ。そして何故かワクワクして話に参加しているエーリカ。
「ハルトマンは良いのか」
美緒がエーリカを指差す。
「ん?」
「楽しそうだし、いいじゃん」
「お前は誰かに言いそうだからな……」
「こう見ても私、口カタイよ?」
にやにやするエーリカを前にどうしたものかと悩むトゥルーデ。
しかし美緒はお構いなしに話を切り出した。
「バルクホルン。話と言うのは他でもない。私にも見える様になったんだ」
「見える? 見えるって何が……ま、まさか」
先日トゥルーデ自身が体験した“未知なる世界”を思い出し、戦慄する。
「ああ。この前、お前が言っていた赤い糸だ。私も見える様になった理由は分からない。これと言った原因や切欠が無いんだ。だが、実際に見える」
美緒はそう言って頷いた。
「確かに、私も理由は思い当たらなかったな。気が付いたら目の前が糸だらけと言う感じだった……でもまあ、少佐だから」
「私だから、何だ?」
「少佐なら魔眼の延長線上の事かも知れないし」
「ふむ、なるほど。なら普通通りに……」
「ダメよ美緒!」
突然の声にぎくりとする一同。いつの間に起きたのか、ミーナが美緒の手を握ってふるふると顔を振った。
「例え見えても人に言っちゃダメよ! トゥルーデだって約束は守ったんだから。ねえトゥルーデ?」
「あ、ああ」
「私には話してくれたよ」
あっけらかんと言うエーリカ。
「なんですって?」
冷気を纏ったミーナに、慌てて釈明するトゥルーデ。
「わ、私とエーリカの間の事だけだ。他は何も。本当だ」
「……ならいいわ」
にっこりと笑うミーナ。寝起きなのに隙がない。
「しかしミーナ、見えてしまうものは仕方ないんじゃないか」
困る美緒に、ミーナはすっと、とあるものを渡した。
「眼帯をもうひとつ用意したから、今日は」
「待て! 眼帯を両目に付けるって、見た目からして残念な姿になってしまうじゃないか! それは勘弁してくれ」
「なら、両目を目隠しで……」
「待て待て。私が何も言わなければ良いのだろう」
「美緒はつい何か言いそうだから怖いのよ!」
泣きつくミーナ。
「そんな事は無いぞ。例えばバルクホルンとハルトマンはとても太い糸で……あれは紐に近い太さだがしっかりと」
「そういう所がね……」
何故か自信たっぷりの美緒、呆れるミーナ。
「へえ、少佐にもそう見えるんだ。やったねトゥルーデ、私達本物だよ」
「だから、前に私が言った通りだろうエーリカ」
喜ぶエーリカ、当然だと言う感じで答えるトゥルーデ。
「で、どうなの? 美緒と私は?」
「な、何ッ!?」
言われて自分の小指を見る。自分の指に結ばれ、すっと伸びる赤い糸は、確かにミーナと繋がっている。
「う、うぉぅ」
突然のフリに気持ちの整理が付かず……思わず手を引っ込める美緒。
「ちょ、ちょっと、今の動作は何!?」
「退けミーナ! こう言う関係はまずい!」
すらりと扶桑刀を抜き放つと、ぶんと宙を一振り。
「危ない! ミーナを斬るつもりか少佐!」
慌てて美緒の手元を握り動きを封じるトゥルーデ。
「いや、糸だけを……」
「私と美緒は繋がってるのね? と言うか何故斬ろうとするの!? そのままで良いじゃない!」
意図を察したのか、美緒に詰め寄るミーナ。躊躇う美緒に、トゥルーデは言った。
「聞け少佐! 私も前言った通り、この赤い糸に物理的な干渉は一切通じない。例え少佐の扶桑刀でも……え、少佐?」
「私の魔力を込めた一撃なら!」
ゴゴゴと音が出そうな雰囲気の妖気を纏う美緒を見、ミーナが一喝する。
「執務室で烈風斬は禁止よ美緒!」
「ぐっ……ミーナに止められた。一体私はどうすれば良いんだ」
「そもそも何で斬ろうとするの!? おかしいでしょ!? 斬って何が変わると言うの?」
「そ、そう言われれば……」
気落ちしたのか、扶桑刀を鞘に戻すとへたり込む美緒。
「少佐」
いつの間に用意したのか、トゥルーデとエーリカが美緒の前に立った。
「ん? どうした二人共……っておい、お前達何を」
「悪いがミーナの言う通りにさせて貰うぞ」
がっしりとトゥルーデが美緒を押さえ込み、そのスキにエーリカが美緒の眼帯をさっと外し、目隠しで両目をきゅっと覆う。
「こ、こら……これじゃ囚人か罪人じゃないか」
「悪いけど坂本少佐、今日から暫くは貴方にそうして貰います」
「な、何故ッ!? 私が一体何をした!?」
「貴方が見てはいけないものがあるの。見えなくなるまで、そのまま執務室待機を命じます」
「な、何だそれは!?」
「これは命令です。貴方の目が元に戻るまで、バルクホルン大尉とハルトマン中尉に監視して貰います。良いですね?」
「了解した」
「りょうか~い」
「ちょ、ちょっと待てお前達。その対応はおかしいんじゃないか?」
「これも隊を思ってのことなのよ……美緒」
泣きそうな声で言うミーナに、美緒は汗を一筋垂らし、呟く。
「本当にそうか?」
「命令です」
ミーナのきんと冷たく響く声を聞いて、ああ、これは私の負けだと悟る美緒。
「分かった。仰せのままに隊長殿」
「必要な時は私が介助しますから大丈夫よ」
何故か嬉しそうなミーナ。
「はい、口を開けて」
「こ、こうか?」
目隠しをされたまま、スプーンから食事を与えられる美緒。
「ちょっと、口の周りこぼれてるわよ?」
「す、すまん。見えないから」
「もう。拭いてあげる」
くすっと笑い、ナプキンで美緒の口元をそっと拭くミーナ。そしてシチューをひとすくいして美緒に与えるミーナはとても幸せそうで……
「ねえトゥルーデ、これは」
様子を見ているエーリカの問いに、トゥルーデはあっさりと答える。
「まあ、良いんじゃないか?」
「どうして?」
「少佐だし。こうでもしないとな」
「まあねー」
やれやれ、と肩をすくめるトゥルーデ、同意するエーリカ。
執務室で続く二人の奇妙な蜜月は、美緒の「目力」が元に戻るまで。
それがいつまでかは……赤い糸だけが知る秘密。
end