red line II
芳佳は、夜中にふと目覚めると、トイレに向かった。
用を済ませ、ぼんやりと、うつらうつらとしていた目が冴えてくるうち……
何かが変わっている事に気付いた。
「やだ。……何、この糸」
赤く染められた糸がそこかしこに張られている。しかもまるで生き物の如く、動いたりしている。
「ま、まさか、ネウロイの仕業?」
気味が悪くなった芳佳は、手近な部屋へ駆け込んで、助けを求めた。
「それで、ノックも無しに執務室へ飛び込んだと言う訳か」
事情を聞いたトゥルーデから呆れられる。エーリカはソファーですやすやと眠る。
ミーナは机の上で変わらず書類整理を進め……美緒はと言うと、眼帯を外し目隠しをした状態でソファーに座っている。
「坂本さん、一体どうしたんです? 目が悪いとか?」
「お前と一緒だ、宮藤」
「へっ?」
「お前も先程言っただろう。見えると。何が見えたのかもう一度言って見ろ」
「いえ、ですから、基地の中に赤い糸が沢山……」
「……貴方も見えるのね。流石、この師匠にしてこの弟子あり、ってところよね」
ミーナも呆れ気味。
「そう言う言い方はちょっとな」
むすっとした様子の美緒。
意味が分からない芳佳は、えっ? っと辺りを見た。
部屋の中も赤い糸が幾筋も伸びていたが、そのうち最短で結ばれたふたつの糸を見る。
ミーナと美緒。
トゥルーデとエーリカ。
それぞれが結ばれている。
「あっ! 赤い糸!」
結ばれている糸、そして対象者を思わず指差す芳佳。
「知っている」
「バルクホルンさん、何で知っているんですか」
「私も知っているがな」
「坂本さんもですか? どうしてです?」
美緒の代わりにトゥルーデが説明し始める。
「私達も過去に同じ経験をしている。もっとも少佐はまだ見えるらしいが。私とエーリ……いや、ハルトマンはどうだ?」
「今話した通り、繋がってます」
「ミーナと少佐は」
「はい。同じく」
「では、お前の小指はどうなっている?」
「え、私?」
トゥルーデに言われ、自分の小指を見る。
二本有った。一本の太い糸は基地の何処かへと伸び……もう一本は窓の遥か彼方へと伸びていた。
「あ、あれ? あれれ?」
「私も前からその事を聞きたかった。何故、お前は二本有るんだ?」
「そ、そんなぁ。私知りませんよ~」
「まさかミヤフジ、二股? それは相手が悲しむよ」
いつ起きたのかエーリカにもニヤニヤ顔で言われる。
「宮藤に限ってそう言う事は無いと思っていたが……」
無念そうな美緒。
「ごっ誤解です! 多分何かの間違いです!」
大袈裟にぶんぶんと手を振る芳佳。美緒は目隠しを外し、芳佳の手を掴んでじっと見た。
「やっぱりな」
「や、やめて下さい! 私そんな……」
「お前にも見えるだろう?」
「見えますけど……でも、違うんです!」
「何が違うんだ」
「わ、私は、その……」
「一本はリーネと結ばれている。それは私も確認した」
「トゥルーデ、さらりと言わないの」
「この際だ。そしてもう一本は誰と、と言うのが知りたい」
「ぷ、プライベートな事は!」
「トゥルーデ、尋問になってるわよ」
苦笑するミーナ。
「とりあえず、他の奴等に接触せずすぐ我々に報告したのは賢明な判断だった。それは誉めてやろう」
「だねー」
言いながらトゥルーデは背後から芳佳をがっしりと掴み、エーリカは目隠しで芳佳の両目を塞いだ。
「えっ? ちょっ? これってどう言う……」
「命令です。その症状が直るまで……糸が見えなくなるまで、宮藤さんはゲストルームに謹慎して貰います」
「な、何でですか!? 私何も悪い事してません!」
「美緒もまだ元に戻らないと言う話だから、そうね。二人で一緒に暫く過ごして貰いましょう」
「何? 宮藤と一緒か?」
「外出の際は目隠し着用を義務付けます。これは命令です」
「あの、私が何か、迷惑を……」
「他の皆に掛けない様に、と言う意味だ。察しろ宮藤」
「えー」
「バルクホルン大尉とハルトマン中尉が監視と世話役をしてくれるそうよ。何か有ったら二人に言うといいわ」
「了解した。行こうか、少佐」
「さ、行こ~ミヤフジ」
「ミーナ中佐、納得いきません!」
「諦めろ、宮藤」
美緒がげっそりした表情で呟いた。
「色々見たかったなあ……」
「見ると後悔するぞ」
「あう……バルクホルンさん、一体何を見たんですか」
「ミーナに言うなと言われているのでな。残念だが」
「相談しに来ていきなり目隠しとかもっと残念ですよー」
「はいー歩いて歩いて」
芳佳は美緒と一緒に、執務室から出て行った。監視役のトゥルーデとエーリカも一緒に部屋を出た。
一人残されるミーナ。
「赤い糸、ねえ」
ぽつりと呟く。
まるで伝染病の様に広まる「不思議な視覚」。
幾分ロマンチックではあるが、隊員同士の関係を暴き出す非道なものでもある。
ミーナは、その危険性を排除する方向に決めた。
「今もきちんと繋がっているのかしら、美緒と」
自分の小指を見、頬を赤らめるミーナ。
「部屋の中では目隠しを解いても良いそうだ……やれやれ、参ったな」
美緒はうんざりした表情で呟いた。
「どうしましょう、坂本さん」
「私が知りたい。原因も分からぬ、いつ元に戻るかも分からぬ。まあネウロイの仕業ではないだろうが」
「そんなネウロイ居たら困りますよ」
「案外ネウロイかも知れないぞ。何しろ基地に忍び込んだのも居たからな」
「でも、実害は出てないです」
「今の所はな……。我々が色々喋ると、問題が起きるとミーナは考えたのだろう」
「バルクホルンさんも見えてたって言ってましたよね」
「もう見えないらしい」
「はあ……」
殺伐とした……必要最低限のものしか無いゲストルームに閉じ込められ、二人は溜め息を付いた。
「どうしましょう坂本さん」
「ミーナの命令とあらば仕方ない……。とりあえず、部屋で出来るトレーニングでもするか?」
「いえ、こう言う時に訓練とか止めましょうよ」
「あー、二人共悪いが、もう少し静かにしてくれないか?」
外からトゥルーデに諭され、更に落ち込む扶桑の魔女二人。
「どうしたもんかな」
トゥルーデは扉の外で、後ろ手に腕を組んで天井を見た。
「元はと言えば、トゥルーデが最初に見たからじゃないの?」
エーリカの指摘に、ぎくりとする。
「どう言う意味だそれは」
「見た者に伝染する、とかね」
「それじゃあ今頃、皆に赤い糸が見えて大変な騒ぎになっているぞ」
ははは、と笑うトゥルーデ。汗が一筋垂れる。エーリカも笑みがひきつる。
「ま、まさかな」
「まさか、ねえ」
二人は乾いた笑いで誤魔化した。
end