joy-juice
「あっつー」
「なんかだるいよなー」
普段はからりと清涼なロマーニャでも、夏はやはり、暑い。
連日の暑さで食も進まず、うんざりしていた隊員達はミーティングルームで気怠さと暇を持て余していた。
「ねえシャーリー。なんかおもしろーい事ない?」
「有ったらとっくにやってるよー」
「ならサウナに入ったらドウダ? ここよりは暑いから、出たら一瞬だけ超涼しく感じるゾ」
「一瞬だけじゃやだー!」
そこに、扶桑の魔女二人が何かを持ってやって来た。何か大事なものらしく、木の箱に入れて丁寧に持ち歩いている。
「ウジャ なにそれ?」
面白そうなものを見つけたルッキーニが美緒の前に飛んで来た。
「ああ。皆を元気付けようと思ってな。扶桑から取り寄せた」
「まさか」
その場に居た一同は、以前飲まされた肝油を思い出して戦慄した。
「皆さん違いますよ。肝油じゃないですよ。もうちょっと美味しくて、ガツンと効くものですよ」
笑う芳佳。
「お前ら扶桑の魔女の言う事は信用できナイ!」
「あたしもちょっと、何が出てくるか心配で……」
拒絶しサーニャを守るべく一歩出るエイラ、扶桑のウィッチを前にやや引き気味のシャーリー。
「ご安心下さい。今回ご用意したのはこちら! じゃーん!」
芳佳が箱から一升瓶を取り出した。
その瓶の中身を見たウィッチ達は、一目散に部屋から逃げ出した。
「何故逃げる」
「効くんですけどね……」
瓶の中をたゆたう液体は琥珀色に染まりとろんとした蜜の様。そして瓶の底にびっしりと沈むのはスズメバチ。
「あら、皆何処へ行ったのかしら? ……って何それ」
入れ替わりに部屋に来たミーナは、瓶と中身を見てぎょっとした。
「おお、ミーナ良い所に来た。どうだ、一緒に飲まないか」
「え、えっ、えええ?」
色々な情報が一気に雪崩れ込み混乱するミーナ。
「何を驚いているんだ。これは滋養強壮に効くとされていてだな」
「こんな大きな蜂、扶桑に居るの? 怖い……」
「掴まえて、生きたまま焼酎に漬け込むんですよ。少しずつ飲むと身体に良いんですよ、とっても」
芳佳の説明もそこそこに聞き流し……見た目のインパクトに圧されたミーナは、流石に一歩退いて、どうすべきか迷った。
「そ、そうねえ……」
「美容にも良いんだぞ? なあ宮藤」
「ですねえ。そう言う言い伝えですけど」
二人のセールストークを聞くうちに、なら一口、と行きそうだが、一緒に美緒も飲むと言う事、その点がとても気に掛かる。
また暴走してあんな事やこんな事になりはしないかと。
「おいミーナ、急ぎの仕事だ」
扉の向こうからトゥルーデの声がする。僅かに扉が開いて、声だけ聞こえて来た。
「あ、あらそう。残念ね。またの機会にね」
ミーナは書類の束を抱えたまま、逃げる様に部屋から出て行った。
「何故だ」
「何ででしょう」
取り残された扶桑の魔女ふたり、そして酒。
「ふう。危ない所だった」
扉の向こうでは、ミーナの手を引くトゥルーデの姿が。
「危ないってどう言う事?」
「あんな生物標本みたいなものを飲めるかと言う話だ」
呆れるトゥルーデ。横でくすくす笑うエーリカ。
「でも、滋養強壮に良いし、美容にも良いって話だし……」
名残惜しそうな501隊長。
「おいミーナ。問題はまだ有るんだぞ。仮にあの不気味な酒が栄養豊富だとしても、一緒に飲むのが少佐と言う事を考えろ」
「そ、それは……」
「良いのかそれで」
じと目でミーナを見やるトゥルーデ。額に汗を一筋流し、答えに窮するミーナ。
「今度、少佐の居ない時に、ミヤフジに持って来て貰うといいよ」
現実的な解決策を提案するエーリカ。
「それが良い。あの酒を試すにしろ、少佐と一緒に、と言うのはとにかく危険だ」
先日の、基地でワインに「飲まれた」美緒の事を思い出し、少し頬を赤らめながらミーナの手を引くトゥルーデ。
それに気付き、くすっと微笑むミーナ。そんな二人を見て、にししと笑うエーリカ。
こうして501の危機は去ったかに見えた。
「邪魔するぞ」
美緒が執務室にやって来た。何をするとでもないが、深夜になってもミーナが執務室から出てこないので
また残務が溜まっているのではと心配になったのだ。
「あら、美緒」
ミーナは椅子を窓辺に向けたまま、何かカクテルの様な物を呷っていた。言葉を続ける。
「ちょうど良い所に来たわ」
液体を飲み干す。美緒に振り返りもせず、舌なめずりする音。
不審に思った美緒が近付く。机の上には、かの「スズメバチ酒」の瓶があった。既に中身が半分無い。
「おいっ、ミーナ、これは一体!?」
酒を見、慌てた美緒はミーナの顔色を確かめるべく彼女の前へと回った。うっとりとした目で美緒を見るミーナ。
「確かに美緒と宮藤さんの言う通りね。色々と、みなぎってくるわ。良いわね」
「この酒、一本しかないのにどうやって手に……」
「宮藤さんから、少し借りたのよ」
「借りたって……しかもこれは少量ずつ飲むモノだぞ。何でそんな一気に……」
焦る美緒。頬を紅く染め、眼を細め微笑むミーナ。
「ふふふ。可愛い美緒。貴方の使い魔も素敵だけど、私の使い魔、何だか知っているでしょう?」
答えを言わせる間も無く、ミーナはグラスを投げ捨て、美緒に襲い掛かった。
「うわっ! ミーナ待て、落ち着け! こら、服を裂くな! おい、誰か! 誰か助け…うわあああああ……」
それっきり、執務室からの叫び声は途絶えた。
「やはり、恐ろしいな。扶桑の酒と言うのは」
近くの物陰から、執務室の様子を伺っていたトゥルーデとエーリカ、そしてシャーリーは、顔を見合わせて頷いた。
「でも、それってミーナと少佐の酒癖の悪さじゃなくて?」
エーリカは素朴な疑問を口にする。トゥルーデは時折執務室から聞こえてくる嬌声に顔を背けながら言った。
「と、とにかくあれは禁止だ。二人が落ち着いたら、あの酒を回収して封印する」
シャーリーがぼそっと呟く。
「やっぱり、中身捨てちゃうのか?」
「……どうするか」
はあ、と溜め息を付くトゥルーデ。指揮官不在ともなってしまった今、先任尉官に出来る事はただひとつ。
見守る。
そして頃合いを見計らって、酒を回収・封印する。
不意に、扉が開いた。
服が乱れきったミーナが、固有魔法を発動させたのか、トゥルーデ達の居る方向を正確に見て声を掛けてきた。
「貴方達も一緒にどう?」
三人は振り返りもせず、全力で遁走した。
end