trude in the nightmare
ふと夜中に目が覚め、扉を開け放った時……
扉を抜けた先が、今居る世界とはまるで別の「セカイ」だったら?
アナタならどうする?
エーリカは夕食後の雑談で、ミステリー雑誌片手にそんな事をトゥルーデに言った。
「馬鹿言うな。そんなのおとぎ話の世界だけで充分だ。我々はもっと厄介なものと戦っているだろう」
お茶を一口含んだ後、呆れた様に返すトゥルーデ。
「またまた~。頭カタイんだからトゥルーデは。もっと夢が無いと」
「そう言うのは妄想と言うんだ」
くだらない、と言わんばかりにトゥルーデは席を立った。
「何処行くの?」
「先に寝る」
さっさと部屋に戻ってしまう堅物大尉を見て、一同は呆れた。
「いいのかね、あれで」
エーリカにシャーリーはぼやいてみたが、当のエーリカは
「ま、いいんじゃない」
とかなり適当だ。
やがて夜も更け、ひとり、またひとりと眠りに就く。
トゥルーデはふと目が覚めた。少し喉が渇いて、厨房に水でも飲みに行くかと、扉を開けた。
刹那、眩い光が彼女を包み込む。
部屋の扉は彼女を飲み込むと、ばたん、と閉まった。
「何だ、今の閃光は?」
トゥルーデは頭を振って辺りを見回した。
そこは基地でもない、何処とも分からない、野原のど真ん中。
辺りを何人もの女性が……今まで見た事も無い、重装備の防護服に身を包んだ娘達が行き来する。
「おいお前、そこで何してる」
一人の女性から、カールスラント語で呼び止められる。
「何って、ここは何処だ」
同じくカールスラント語で返す。
「爆発の衝撃で意識でも飛んだか? ホラ、お前の分だ!」
手渡されたのは、ずしりと重い吸着型の地雷らしきもの、そしてパンツァーファウスト数本。
「これをどうしろと」
「私達が最後なんだよ。ここで食い止めないと、街が」
「街? 一体何を食い止めるんだ」
「お前、やっぱり頭の打ち所が悪かったんだな。見ろ」
その女性……恐らく軍人だろう……が指差す先に見えるのは、不気味にそびえ立つ塔。いや、人間にも似た何か。
目を凝らすと、人型に見えるが生物ではない様にも見受けられる。ゆっくりとだが動き、こちらに迫っている。
「しかし何だその格好は。って、お前まさか一般人か?」
「何?」
トゥルーデは言われて初めて気付いた。自分の服装……パジャマだったような……いや、いつもの軍服を着ている。
「ここは一体何処なんだ」
「とにかく行くぞ!」
答える暇も与えられず、トラックの荷台に詰め込まれ、目的の場所にまで近付くハメになった。
道行くトラックに揺られる少女達。周囲には同じ様なトラックやらサイドカー、バイク等が連なって走る。
塞ぎ込んだ者も居れば、ヤケに饒舌な者も居る。
「簡単だよ。狙いを定めて、引き金を引く。次に皆に一、二、三、全員集合って合図して、突入。あとは地雷仕掛けて逃げるだけさ」
「何なら、あたしが先頭切ってぶち込んでやるよ」
口先だけは威勢が良いものの、心底怯えている事までは隠せない。歴戦のトゥルーデには一目で分かる。
「そんな簡単に出来ると思うな小娘共! 英雄気取りは要らん! そんなアホタレが真っ先に死ぬんだ! 良いか? 言った事は守れ!」
上官と思しき人物が怒鳴り散らす。
私もそんな新兵に混じるとは……そう言えば、私にも新兵の時期が有ったな、と思い返す。
しかし、ここは何処で一体何なんだ。夢にしてはリアル過ぎる。トゥルーデは分からず終い。
「おいそこのお前! そんな装備で大丈夫か!?」
トゥルーデは自分が言われている事に気付かなかった。周りは皆、酷く滑稽に見える程の防護服を着込んでいる。まるで鋼鉄の救命胴衣だ。
とりあえず、大丈夫だ、問題無いとだけ答える。
「全く、お前みたいな呑気な奴から死んでいくんだ! 良いかお前ら! 姿勢は低く、なるべく気付かれない様に!
走る時は小刻みにジグザグに、なるべくすばしこく走れ! 死にたくなければな!」
歩兵の戦いのイロハが即席で教えられていく。
ふと、トゥルーデは気付いた。
持たされているパンツァーファウストに記された文字は、カールスラント語で「人民共和国製」と書かれている。
軍のマークも、今まで見た事の無いものだ。
もう一つ気付いた事。目の前の少女達だけでなく、トラックを運転する者も、辺りで戦闘車両を動かす者も、全てが女性だと言う事に。年齢もばらばら。
そして肝心のウィッチは……陸戦ウィッチも、航空ウィッチも、一人として居なかった。
すぐ横で小刻みに震えている少女を肩で小突き、小声で聞いた。
「何で女性ばかりなんだ?」
「あれが、みんな食べたから……」
少女が見上げる先には、例の不気味な“謎の巨人”の姿。
近付いて分かったが、人間型に見えたものは、ボウリングのピンと言うか、円筒状の物体に、いくつもの触手にも似た腕が生えている。
頭のてっぺんに、口と目らしきものが見える。
まるで怪物だな、とトゥルーデが感想を言うと、少女は涙目で言った。
「じゃなくて本物の怪物だよ! あいつらネフィリムさえいなければ!」
ネウロイじゃないのか。とトゥルーデはひとりごちた。ネフィリム……聞いた事のない言葉だ。それがあの物体の名称。
「良いかお前達、あと少しで降車ポイントに着くからフォーメー……」
上官らしき人物の言葉はそこで途切れた。トラックの前面が「手」にえぐられ、荷台ごとひっくり返ったのだ。
トゥルーデも持たされた武器毎、近くの地面に放り出される。
横転した車体から散り散りになる娘達。戦う以前の問題だ。
横転の衝撃で重傷を負った者が居る。ぴくりとも動けない。恐らくこのままでは助からないだろう。
しかし、トゥルーデに出来る事は限られていた。
横転で出来たかすり傷も気にせず、魔力を発動させ、倒れた少女達の分まで武器を担ぐと、一気に走り出した。
突然のトゥルーデの変異に驚く少女達。
トゥルーデは時折空から打ち付けられる長く平滑な「手」を避けると、他の「兵隊」がしているのを見て真似、足元目掛けてパンツァーファウストを有りたっけ撃ち込み、吸着地雷を持って更に近付く。
パンツァーファウストを撃つだけでも一苦労なのに……撃つと大抵目を付けられ、「手」で激しく殴り飛ばされ絶命する……トゥルーデは更にその先を目指す。
そして足元に辿り着き、吸着地雷を仕掛けた。全部仕掛け終わった所で一斉にスイッチを入れ、離脱する。
五十メートル程ダッシュで走った所で地面に伏せる。タイミングが良かったのか、連鎖的に爆発する吸着地雷。
振り向くと……ネフィリムの外皮が剥がれ、何か筒状のものが一対、そして棒状のモノが二本、突き出ていた。
そこだけまるで、絵本のページを切り裂いたかの様に情景が全く違い、トゥルーデにはある種の懐かしさを覚えさせた。
立ち上がり、近付く。
「逃げて! これ以上はもう無理よ! 撤退よ!」
近くで足を引きずっていた少女がトゥルーデに叫ぶ。帰りのトラックを指差すも、上から降りてきた手に潰され、あっけなく爆発した。
「撤退も何も有るか」
トゥルーデはそう言い捨てると、先程見えた「何か」目指して走る。
やっぱりそうだ。
ネフィリムの足に埋まっていたもの。ぼろぼろに朽ちていたが、それは紛れもない、トゥルーデのストライカーユニット、そしてMG42。
「何してるの! 逃げないと、潰されて食べられる……」
別の少女も悲鳴を上げる。
「この魔物を倒してやる」
トゥルーデには、確信めいた気持ちが有った。
「ええっ? どうやって」
「それは、多分……」
トゥルーデはストライカーに手を掛けた。力を込める。
引き抜く。
泥状とも言える怪物の身体から抜かれたそれは、トゥルーデが手にした瞬間、新品へと変わっていた。MG42も、元の整備したての美しさが甦っている。
トゥルーデは少々乱暴なやり方で……その場の地面にストライカーユニットの先を押し込むと、そのまま飛び乗るかたちで足をくぐらせる。
頭に生える使い魔の耳、お尻の上にぴょこんと出る尻尾。
MG42をたすき掛けにすると、トゥルーデは魔力を込める。軽快に回り出す魔導エンジン。
「飛べる」
トゥルーデがそう言った瞬間、天から巨大な手が彼女を押し潰そうと襲い来る。だが手は空を切った。
カールスラントの魔女が、空へと舞い上がる。
トゥルーデはひとまず急上昇すると、戦況を一目で把握した。
この付近に居るのは、目の前に居る“巨人”一匹で最後。但し図体はやたらと高く長く、頭頂部は地表から軽く三千フィート以上有りそうだ。
迫る巨大な手をひらりひらりとかわしながら、一気に上昇し頂点を目指す。そしてMG42を両手に構え、トリガーを引いた。
効果は覿面で、触手があっさりと千切られ、がりがりと体表面が削られ、粉と砕かれる。
やがて口の近くに、見慣れた結晶を見つける。色はオレンジ色だったが、恐らく、と当たりを付ける。
狙い澄まして、集中打を浴びせる。
耐えきれずにコアが破壊され……巨人は巨体を粉と変え……まるでバランスを崩した粘土の様にぐにゃりとひしゃげ……どうと倒れ込み、爆発した。
地表に戻り、ホバリングする。様子を見ていた少女達が集まり、不思議な表情でトゥルーデを見ている。
「貴方、一体何者?」
まるでトゥルーデを天使か神の使いかと思っている様だ。トゥルーデはそんな彼女達を見て、慌てた。
「いや、あの……私はウィッチ。航空歩兵だ。カールスラント空軍大尉……と言っても通じそうにないが」
空に浮かぶトゥルーデを見て狼狽える少女達。
「何よそれ。聞いた事ない……」
「そう言えば、お祖母ちゃんが言ってた……遥か昔に、空を飛ぶ魔女が居たって」
「ま、魔女だって?」
驚く少女達。
トゥルーデは言葉を聞いて頷いた。
「魔女、か。確かにな。通りすがりのウィッチとでも言っておくか」
「なに、こいつかっこつけちゃってさ」
少女の悪態も気にせずMG42を肩に担ぐと、トゥルーデは言った。
「悪いな。私には帰るべき場所がある。どうやらここではないらしい。そうだ、ここは何処なのか教えてくれないか」
「貴方、この状況でよくそんな呑気な事が言えるわね」
「何?」
「戦場のど真ん中で帰るだなんて、どうやって」
「言われてみれば……」
その時、一人の少女が遥か先を指して言った。
「危ない! あれ!」
「まずい、遠距離砲だ、逃げろ!」
突然皆散り散りになって、手近なトラックやらバイクに乗り込むと一斉に遁走した。
一人取り残されたトゥルーデが振り向くと、遥か遠くで何かが光った。不気味な音と共に、辺り一面が爆発する。
爆風に体勢を崩し、地面にぶつかった。
ごしゃ、と床にしたたかに頭を打ち付ける。
「いたた……何ださっきのは?」
トゥルーデは辺りを見た。真っ暗闇。軋む蝶番の音と共に、ばたん、と背後で扉が閉まる音がした。
やがて物音で起きたのか、エーリカが明かりを付けた。
「どうしたのさトゥルーデ」
「ここは何処だ?」
「寝惚けてるの? 501基地に決まってるでしょ。ついでに言うと私達の部屋」
「そ、そうか」
「で、何でトゥルーデは完全装備で寝転がってるの」
「ん?」
トゥルーデは自分の身体を見た。軍服を着、MG42を二挺たすき掛けに構え、足にはストライカーユニットを履いている。
「あれ?」
「やっぱり寝惚けてるよトゥルーデ。銃持ってストライカー履かなきゃいけないほど、夢が怖かったの?」
「いや、あれは夢じゃない」
「じゃあ、何?」
自分の身体を見る。軍服は泥だらけ砂まみれで、手の甲には軽い擦り傷まで有る。
「……何だったんだ」
「もう。私が寝る前に言った事、真に受けたんじゃないの? 一緒に手伝ってあげるからさ。ほら、貸して」
床でだらしなくストライカーユニットを脱ぎ、MG42のセーフティを掛けると、ハンガー目指して歩き始めた。
「どんな夢見たのさ」
聞かれたトゥルーデは正直に全てを話した。謎の世界で、雲よりも高い怪物と戦う夢。
エーリカは何かの妄想じゃない? と笑った。そんな馬鹿な、とトゥルーデはヤケになって反論した。
例えば、この手のかすり傷は何だ、と。
「どうせ寝惚けてつけたんじゃないの?」
ハンガーに辿り着いた。そしてトゥルーデのユニット格納装置を見た。
そこで二人は驚愕した。
格納装置には、既にトゥルーデ愛用のストライカーユニットが整備万全の状態で収まっていた。予備機も置かれている。
慌てて武器庫を見る。
やはり、そこにはトゥルーデが使うMG42がきちんと整備され、置かれていた。
手元にあるストライカーユニットと武器を見る。機体番号からパーソナルマークまで全てが同じ。
「トゥルーデ、これって」
「だから言ったじゃないか……」
「どうするの」
「どうするか。それが問題だ」
……夢であって欲しいよ。
トゥルーデはそう呟くと、外へ出て空を仰ぎ見た。
あの世界は現実だったのか。それとも夢か。出来ればあんな世界、夢であって欲しいのだが……。
end