rainbow rainbow


 望月が眩く空に輝く夜更け。
 その日の戦果を報告書としてまとめ終わると、トゥルーデは椅子に腰掛けたまま、うーんとひとつ伸びをした。
 ネウロイとの戦いは酷く危険で数々の技量を必要とするが、書類相手の格闘ともなるとまた別の能力が必要になる。
 幸い事務方の作業はさほど苦手ではなかったが、それでもデスクワークと言うのはどうにも自分には似合わないと感じる。
 出来ればウィッチとしての「あがり」を迎えても、可能な限り空の上に居たいと思う。
 勿論それは書類から逃げる為ではなく、ネウロイと戦う為なのだが。

 ふう。

 溜め息が口から漏れる。

 聞かれていたのか、エーリカがいつの間にか近寄って来て、不意にペンを握る手をわっしと掴んだ。
「うわ、エーリカ居たのか。驚かすな」
「トゥルーデ疲れてるっしょ。分かるよ」
「そんな事は無い」
「だって、もうこんな遅いし。さっきあくびしてなかった?」
「ちょっと深呼吸しただけだ」
「溜め息にも聞こえたけどな」
 尋問にも近い受け答えで調子が狂ったトゥルーデは、ああ、と頷いてエーリカに答えた。
「分かった。溜め息だ」
「素直になるといいよ」
 エーリカは意味深に笑うと、そっとトゥルーデの頬に唇を重ねた。
「おい、もうちょっとで終わるから待ってくれ」
 言葉とは裏腹にまんざらでもない様子で、トゥルーデはエーリカを抱き寄せると、すらすらと最後の部分のサインを済ませる。
「ほら、終わりだ」
 そう言って、もう一度エーリカにキスをすると、微笑んだ。
「じゃ、早速ミーナのところに持っていこう。待ってるよきっと」

 執務室に通されると、ミーナは机の脇に積まれた書類にうんざりした様子で、トゥルーデの戦闘報告書を受け取った。
「お疲れ様、トゥルーデ。もう遅いし、ゆっくり休むと良いわ」
「ああ。でも、ミーナも大丈夫か? その様子だと相当……」
 トゥルーデの心配を気にしたのか、ミーナは無理に笑顔を作って言った。
「大丈夫。私はこれが仕事だから。最近は空の上よりも机の上が多いけどね」
「それは良いのか? ミーナ程の腕前のウィッチが戦わないなんて」
 不満げな部下の言葉を聞いて、苦笑する501隊長。
「これも、戦いよ。分かるでしょトゥルーデ」
 それを聞いた隊の先任尉官は、椅子をひとつ引き寄せると、どっかと座り、書類のひとつに手を伸ばした。
「トゥルーデ」
 たしなめるミーナに、反論する部下。
「ミーナも、無理し過ぎは良くない。私にも少しで良いから手伝わせてくれないか。頼む」
 真剣な、真っ直ぐな眼差しで見られたミーナは、ふふっと笑った。
「じゃあ、少しだけお願いするわ」
「さっきの話と逆になるが、ミーナ有ってこその私達だからな。出来る事なら何でもするさ」
「ありがとう」
 二人は書類に取り掛かった。横のソファーではエーリカがくつろいでいる。

「おや、バルクホルンとハルトマン、来ていたのか」
 そこへ美緒がやって来た。厨房で準備したのか、急須に湯飲み、幾つかのお茶菓子をお盆に載せている。
「美緒」
 ミーナが顔を上げた。
「バルクホルンも手伝いか? それは頼もしいな」
 感心する美緒に、トゥルーデが顔をちらっと見て言う。
「少佐も少しは手伝ってくれないか」
「私もそうしたいのだが、書類相手ではなかなか勝手が違ってな……」
「まあ、少佐はネウロイ斬ってる方が似合ってるよね」
「こら、ハルトマン」
 たしなめるトゥルーデを、美緒がまあまあとなだめて笑った。
「誰にでも得手不得手は有る。適材適所とも言うな。それに、ミーナが聞かないんだ。私がやるってな」
 そう言って、美緒はお茶をとぽとぽと注いだ。
 香り高き扶桑茶を、ミーナに、そしてトゥルーデに渡す。
「あら、有り難う、美緒」
「すまない少佐……って、これは少佐の湯飲みでは」
 気付いたトゥルーデに、美緒は笑った。
「書類に滅法弱い私の代わりに助けてくれているからな。せめても、な」
「なら、悪いが少佐の分……あと、ハルトマンの分も頼めないか。全員で少し休憩も良いと思う」
「なるほど。それは良い提案だ」
 美緒はすぐに二人分を追加で準備した。
「良いの? トゥルーデ。少佐をハナで使って」
 エーリカが呆れ半分、苦笑半分で言う。ミーナもそれを聞いてくすくす笑っている。
「少佐も言っていただろう。『誰にでも適材適所がある』って」
「トゥルーデ、良い指揮官になれるね」
「お前が部下の時は容赦しないからな」
 トゥルーデとエーリカのやり取りがおかしかったらしく、ミーナはペンを置くと、湯飲みを手に取った。
「もう、二人共。これじゃ作業が進まないわ」
「なら、少し休憩って事だね」
 エーリカが、にししと笑う。
 美緒が二人分のお茶を淹れる。
 エーリカは湯飲みを受け取ると、お茶菓子を片手にたわいもない話を始める。ペンを置き、待て待てと止めるトゥルーデ。
 執務室で、お茶菓子を片手にしばしの談笑が始まる。

 暫くして、執務室から退室するトゥルーデとエーリカ。
「何だかんだで、長居しちゃったね」
 後ろ手に腕を組んで歩くエーリカがぼそっと言う。
「良いのか? ミーナの仕事、あんまり進んでなかった様だが」
 心配そうなトゥルーデの顔をじっと見るエーリカ。
「大丈夫だよ」
「何故言い切れる、エーリカ」
「だって、あんなに楽しそうに笑ってるミーナ久しぶりに見たよ。執務室に居るミーナっていつも渋~い顔してさ」
「まあ、な。気分転換になってくれれば良いんだが」
「それに、トゥルーデ見て、少佐も少し手伝う気分になったんじゃない?」
「なら良いのだが」
 そのまま二人は部屋に戻ると、軍服を脱ぎ、パジャマに着替える。
「私達も明日に備えて寝よう。明かり消すぞ」
「おやすみ~」
 一緒のベッドに寝、毛布をそっと掛ける。
 目を閉じる。
 お互いの呼吸が、耳に微かに聞こえて来る。
「ねえ、トゥルーデ」
 瞳を閉じたまま、エーリカはもぞもぞとトゥルーデの身体を手で確かめ、そっと抱きしめる。
「どうした、エーリカ?」
「皆で楽しむのも良いけど、もっと、トゥルーデとこうしていたい」
 ストレート過ぎる求愛の言葉に、愛しの人をぎゅっと強く抱きしめ、言った。
「そうだな。私も同じ気持ちだ。エーリカ」
「本当?」
「ああ」
「じゃあ、今夜はこのまま寝かせて」
 トゥルーデは額をそっとつけて小さく頷くと、そっと唇をエーリカに重ねる。
 柔らかな唇の感触を楽しむ様に、二人は長く、ゆるいキスを繰り返す。
 トゥルーデがつつっと舌を少し這わせたところで、エーリカがくすりと笑った。
「寝かせてくれないの? トゥルーデ」
「ああ、そうだった。つい」
「でも、トゥルーデがしたいなら、良いよ」
「いや。私も少しは自重しないとな。こうやって、お互い温もりを感じているだけでも十分だ」
「本当?」
「嘘は言わない」
「私も。じゃあ、お休みトゥルーデ」
「おやすみ、エーリカ」
 瞳を閉じたままの、行為と会話。
 お互いの鼓動を感じ、胸の中で、まったりとした微睡みの時間を楽しんだ二人は、やがて緩やかに眠りに落ちていく。

end



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