club madonna


 誰も居ない夜更けの厨房。
 こっそりと現れた一人のウィッチ。明かりを灯すと、なるべく音を立てずに食器やら道具を準備する。
 パジャマ姿のまま、手元にしたためたノートに目を通し、準備を進める。
「ええっと、これを……少量入れて」
 ぼそぼそと確認し、化学の実験の如く、慎重に作業を進めていく。
 湯気が立ち上り、ほのかにハーブの香りが厨房から食堂に流れ出る。
「あとは仕上げに……」

「誰か居るのか!?」
 美緒の誰何に驚いた台所の主は、思わず手にしていたスプーンを落としてしまった。
「何だ、ペリーヌか。こんな夜中に何をやっている」
 安堵と呆れが混じった美緒は、“厨房の主”の姿を見た。あたふたしているのがはっきりと分かる。
「も、申し訳ありません。すぐ片付けますので」
「いや、真面目なお前が隠れてまでやる程の事だ、何か理由が有るんだろう? 私に構わず続けるが良い」
 その言葉を聞いたペリーヌは、ほっと安心すると、美緒に告げた。
「あの……以前ハーブティーをお作りしたことが」
「ああ。有ったな」
「新しいハーブティーをと思って、試しのつもりで……」
 ペリーヌの弁明を聞いた美緒は笑った。
「つもりと言うか、まるで何かの実験だぞ。そんなに正確な分量が必要なのか」
「いえ、完璧を期したまでで」
 いつものきりっとした制服姿でなく、清楚かつ淑女、何より「少女」たるペリーヌのパジャマ姿を見て、ほほう、と頷く美緒。
「どれ。その実験とやらを、私も見届けるとしよう」
「わ、わたくしにお構いなく。少佐もお早めにお休みになられた方が」
「たまには少し位夜更かしもするさ」
 美緒は笑うと、刀を脇に置き、興味深そうに様子を眺めた。
「では、失礼して……」
 言いながら作業を続けるペリーヌの動作が一層ぎこちなくなったのだが、美緒は知る由もない。

「出来ました」
 琥珀色に染まったお茶を、ポットから静かにカップに注ぎ入れる。
「ペリーヌ、これは?」
「ラベンダーティーですわ。先日、ラベンダーで良いのが手に入ったので、試してみようかと」
 美緒はカップを受け取ると、香りを嗅いだ。明らかに他のハーブと違う、甘くふくよかな風味。
 一口含むと、とてもすがすがしく、洗練された味わいが口の中に広がる。
「なる程。私は西洋の茶には疎いが、これは効きそうだ」
「はい。気分をリラックスさせるのに適していますわ。気落ちしている人を元気づける為にも使われていましてよ。
偏頭痛にも有効です。元はロマーニャからブリタニアにまで伝わったそうで、昔の薬草では欠かせないものだったそうです」
「さすが博識だな、ペリーヌは。話を聞いているだけでも効いてきそうだ」
「と、とんでもない!」
 慌てるペリーヌに、美緒は笑った。
「少しお口に合わなければ、蜂蜜で味を変えてみても大丈夫ですけど、如何ですか?」
「なら少しそうしてくれ」
「はい、かしこまりました」
 かいがいしく動き回るペリーヌを、じっと見つめる美緒。
「少し垂らしてみましたので、スプーンでゆっくりかき混ぜてお召し上がり下さい」
「ふむ。悪いな」
 蜂蜜で味を調えられたラベンダーティーは一層まろやかに、口当たりも良く、じわりと滋味が効いてくる。美緒は唸った。
「うーむ。身体全体に染み渡るな。ペリーヌ、将来は、こう言う職に就いてみたらどうだ」
「えっ、少佐、何故その様に?」
「研究熱心だし博学で、飲む人の事をしっかり考えて調合している。まるで名医か女神の成す技だ。これはなかなか出来ん事だぞ」
「いえ、少し分かれば誰にでも」
「謙遜するな! 自分を過小評価し過ぎじゃないかペリーヌ」
「とんでもない!」
 顔を真っ赤にして否定するペリーヌを見て、美緒は笑った。

 一服楽しんだ所で、美緒は言った。
「しかし、こうして厨房で一緒に茶をしていると、まるで……」
 言いかけたが、笑って誤魔化す美緒が気になったのか、ペリーヌは続きを聞いた。
「基地の中に、こう言った、皆が安らげる場所が有っても良いんじゃ無いかと思ってな」
「いえ、わたくしなど、とても……それに」
(わたくしがハーブティーを淹れた所で、どうせ茶化されるのがオチですわ)
 とペリーヌが内心思っていると、美緒がじっと見て、言った。
「私は良いと思うんだがな。どれ、今度ミーナにも言ってみるか」
「ちゅ、中佐にもですか!? それはちょっと」
「心配するな。変な事は言わん! ああ、そうだ」
「はい。何でしょう少佐?」
「今度、またこの茶を頼む。気に入った」
 ご馳走様、と言い残すと、美緒は刀を手に取り、厨房を後にした。

 それから暫く後、たまに夜更け、ひっそりと秘密の「お茶会」が開かれる。
 ペリーヌのハーブティーを楽しみに、美緒が訪れる。
 もっとも、美緒の傍らには必ずミーナが付き添っているのでペリーヌとしてはとても気を遣うのだが……。
 それでも、めいめいがハーブの香りに充たされ、気分を爽やかになるのは悪い事ではないとペリーヌは思う。
 美緒とミーナの笑顔を見ていると、……少々複雑だが、特にその気持ちは強くなるのだった。

end


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